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第125話 腹痛との格闘

 


 如月大我25歳、この年になると身体的にも仕上がって来ているというか…人間としての成熟を感じる。筋肉は隆起しどんな困難にも立ち向かわんとする活力が身体の内から溢れて来るのだ



 が、しかし



「兄さんどうしたの? すごい汗よ」


「う、うん…大丈夫…」



 ハチャメチャにお腹が痛い。しかもこれあれだ、排便を伴って解決するパターンの腹痛だ。じゃあとっとと吐き出して楽になってしまえと思うかもしれないが、俺は限界まで我慢してから放出する派閥の人間だ。今出せば腹痛は治まるかもしれないが解放を伴って得られるカタルシスは微々たるものだろう…俺が欲しているのは癒しではなく快楽なのだ…



 よって我慢する



 常識的な判断力が備わっている人間ならばなんと愚かな事を…と思うかもしれないがそこは如月大我、極限まで我慢した後にすり足で辿り着いた便器のなんと神々しく見える事か?そして求めて止まなかった玉座に座り、地球を転覆させかねない勢いで排出する計画をまだ諦める事が出来ない。



 しかし腹が痛い



 いつもなら腹痛というよりも圧迫感が先に来るものだからなんなら快感すら伴うのだが、今はとにかく苦痛が勝っている。もしかしたら盲腸か何かかもしれないとちょっとだけ不安になる程度にはお腹が痛い…イズミも言うように俺の顔は脂汗に塗れて肉体が助けを求めている事なんか分かりきっている。しかし食事の際に味噌汁から手を付けたり、お気に入りの書籍は帯ごと保存したりする小さなこだわりが俺にとってはこれなのだ。中々行動に移す事が出来ないで居る



「今日の晩御飯は何にするの?」


「はぁ、はぁ、今日…は…そうだなぁ…」



 何か考え事でもしようものなら意識を手放してしまいそうなほどに呼吸も苦しい、これはもう俺の体内で新たな生命が誕生しようとしているのではないか?生気を全て吸い尽くし今にも体内から飛び出してくるかもしれない…そんな荒唐無稽な想像で気を紛らわせながらイズミの質問に応えるのは一苦労だ…



「今日…しゃぶ…冷しゃぶにしようかな…?」


「いいわね。じゃあ買いに行きましょうか」


「…え?」


「豚肉なんか冷蔵庫に無かったから」



 そうか…まだ昼も少し過ぎた頃、今買いに行かなければ料理配信には間に合わない…しかし俺の腹事情的に言えば買い物なんかしている余裕もない訳で。「う〇こしたいからちょっと待ってて」と言えば良いのだろうがそれもなんだか恥ずかしい、小学生時代は個室トイレに入るという行為は犯罪に手を染めるかの如く憚られたと視聴者は言っていたが…なるほど確かに一歩が踏み出せない。あの時は笑っていたが今の俺はまさにクラスメイトにバレたくない男子生徒そのもの…どうしたものか



 結局買い物に来てしまった



 車の揺れが腸内を刺激し今にも吐き出してしまいそうな気がする。「辛い時には吐き出しても良いんだよ?」なんて優しい言葉をかける青春アニメのキャラには申し訳ないが、どれだけ辛くても吐き出してはいけない物だってあるんだと俺は訴えたい。仮にもそこそこの値段で買った車の中を排泄物塗れにしたら俺自身へのダメージは計り知れないだろうし、イズミも愛想を尽かして実家に帰ってしまいかねない。



 朝の通勤電車を利用するサラリーマンも満員電車で腹痛になるとこんなにも情けない顔になるのだろうか?サイドミラーが見せる今にも泣き出しそうな自分の表情を見て誰とも知らない労働者を思う。そんな事をしても腹痛は手を緩めてくれないのだから、車を止めてくれと何度も言おうと思ったほどだった。しかし俺は成し遂げたぞ!目の前にはしゃぶしゃぶ用の肉を買うための精肉店が見えて来た。あそこでトイレを借りて…



 あれ?お腹痛くない



 おや?本当に驚くほど一瞬の間に痛みがどこかへ行ってしまった。なんだったんだ今までのあの痛みは…もしかして腸内環境に問題が有って便の通りが悪かっただけなのかもしれないな、帰りにヨーグルトでも買って帰るとするか。しかし本当に危ない所だった…危うく妹の前で泣きながらクソを漏らす所だったよ…これからスーパーにも立ち寄るのだから引っ込んでくれて本当に助かった、今日はちょっといいお肉買っちゃうぞ!



 スーパーでは大根おろし用の大根や俺用の野菜を買い、調味料のコーナーで何か目新しいポン酢でも無いかと探していると"お酢少なめ!酢だちポン酢"なる物が売られていた。なるほどこの初夏の季節に旬を迎える柑橘類を基調としたサッパリ目のポン酢か、これは面白いな。お酢特有のツンと来る酸味ではなく鼻から抜ける爽やかな香りを重視した訳だ、この商品を開発したメーカーはもっと称賛されても良い気がするな。今日の放送でも紹介しよう



 他にはもみじおろしなんかも買ってみたりして気分はすっかり晩御飯ムードだったのだが、ここで俺の体内から警告が発された。



「兄さん?」


「あっ…あぁぁ…あっ…」



 どうしよう一歩も動く事が出来ない…気を緩めた隙を見計らって奴等は勢いよく体内から飛び出そうとしていたのだ!あと少し括約筋を締めるタイミングが遅ければ俺は社会的に抹殺されていた事だろう。自分の敵は常に自分の内にいるとはよく言ったものだ、今日の便意はいつもとどこか違うと思っていたが…この野郎俺を破滅へと導く"死神"だったとはな…焦らせやがって



 コイツの正体が分かった所で俺の生殺与奪をコイツが握っている事に変わりはない…弱ったなぁ、まるで蛇に睨まれた蛙の様に一歩も動く事が出来ない。このままではあと数分で俺の肛門からハデスが世に解き放たれる事になる…そんなこと許してたまるか!俺がこいつを封じ込める!!



「さっきから様子がおかしいわよ兄さん、体調が悪いのなら病院に行きましょうか?」


「イズミ…はぁ…はぁ…助けてくれ…」


「は?」



 それから俺は半分泣きながらイズミに事情を説明し、手を引かれながらスーパーのトイレへと運び込まれた。便座に座るや否や俺の体内からは禍々しき魔王が大きな破裂音を伴い産声を上げた。もしも隣に先客が居たのならば何かしらの事件だと勘違いして通報していたに違いない。それほどの爆音だったのだから



 そして驚くほど軽くなった体と救われた安息感からスキップしながらトイレを出た俺を待っていたのは本物の魔王だった。表情一つ変える事無く俺の顔面を鷲掴みにすると何度も壁に頭を打ち付け、唾でも吐きかねない勢いで買い物かごと財布を置いて車へと帰って行ってしまった。そう、愛する俺の妹はこの大荷物を抱えて歩いて帰って来いと言っているのだ



 確かにこんなしょうもない自分の趣向のせいで迷惑を掛けた事は事実だが、何もそこまでの仕打ちをする事があるのだろうか?俺が苦しんでいた事も事実だしそこはなんとか憎しみを押し殺していただけなかったのだろうか?



 そんな事を考えながら命からがら両手いっぱいの荷物を持ち帰って来た俺を待っていたのはなぜか配信用のPCの前に座っているイズミと、俺の事をうんこマンと呼ぶ視聴者達だった…



 トホホ~!もう便意我慢はこりごりだよ~!



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