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第124話 駄菓子のたしなみ

 


 これから夏だというのにまだ風は涼しく、今年の夏の訪れは随分と遅くなりそうな予感だ。往来の人々もこの気候が続くうちはまだ長袖のままで過ごしているみたいだが、中には元気に半袖短パンの子供達も混じっている。その子供たちは右手に小銭を握りしめて今の時代には珍しい木造屋根の駄菓子屋へと入って行った。



「すごいな、漫画でしか見た事無いけど本当にこんな形で現存してるなんて…」


「駄菓子ね…小さい頃に遠足に持って行った記憶は有るけど、大人になってから食べた記憶は無いわね」



 少し寄っていくか?と尋ねた俺に無言でうなずくとイズミも先程の子供同様に少し急ぎ足で駄菓子屋へと向かった。食べ物の事になると相変わらずという感じだが、俺自身が気になっていた事もあり今日の配信のネタにでもなればいいかと軽い気持ちで店内へと入った。



 するとそこには想像していた以上の品揃えと、この店の二代目だろうと思われるまだ若そうな女性が迎え入れてくれた。昭和感あふれる外観とは裏腹に内装には現代風なショーケースなんかも並べられており、コンビニの一区画だと言われても信じられるほど小綺麗にまとめられている。商品の内容も見た事があるどころか実際に何度も食べた事の有る物ばかりに見える



「驚いたな、てっきり水飴とかラムネみたいな物しか置いてないのかと思ったら」


「今の子供には売れないんでしょ。個人的にはどうでもいいわ」



 そんな事を言いながら小さなかごの中に山盛りに駄菓子を詰め込むイズミの姿は、幼い頃に想像した大富豪そのものであった…「ここからここまで」を地で行っているのだから子供の教育的には実に良くない光景だと思った。というかこんなスタイル抜群の綺麗なお姉さんが駄菓子屋なんか来たらそれだけで子供の教育には良くないよな…と今更になって思う。大人になる過程で理想だけが高くなってしまうパターンだ、ネットで見た事があるぞ



 それはさておき、先程話していた水飴なんかの本来の意味で"駄菓子"とされている品々も店の端の方には陳列されていて、聞いた事の有るポン菓子とか麩菓子も置いてあった。麩菓子は今のお菓子にも似たような商品が多くある事からどんなものなのかは想像に難くない。しかしこのポン菓子とか言うのはなんなのだろう?見た目的にはお米の様な形だけど…煎餅の様に原材料も米だったりするんだろうか?



「イズミこれなんだか知ってる?」


「それってチョコ掛けたら完成するやつじゃないの?」


「あ~…そう言われてみれば食べた事あるな」



 これは麩菓子にも共通して言える事だがほとんどの駄菓子はまだ進化の途中というか、今の時代には同じ様な形でほぼ上位互換の商品がいくつも存在しているのだ。このポン菓子も例に漏れず周りをチョコでコーティングされた同様の物がスーパーなんかでもよく売られている。あれは確か大麦が原材料に使われていたはずだから、俺の予想からは近からずも遠からずって所か



「あとこのハズレは酸っぱいガムも買って帰ろうよ」


「いらないわよそんなの、普通にガム買った方が得でしょ」


「損得じゃなくて楽しめるかどうかだろ~」


「そういうのは小学生で卒業する物よ」


「…俺が小学生だった時代なんか一日しかないけどな」


「そういえばそうだったわね」



 イズミから向けられる「通りで…」みたいな視線に負ける事無く、俺も小学生の頃に経験するはずだった「お菓子は300円まで」というルールにのっとり様々な駄菓子を購入した。帰りながら先程のポン菓子の件を調べてみると、簡単に言ってしまえばお米版のポップコーンだったようだ。



 圧力釜に米を入れて熱し、米が膨張した段階で蓋を開けると"ポンッ!"と大きな音がする所からポン菓子という名前が付いたらしい。これを水飴で固めると"あられ"と呼ばれるあのお歳暮に紛れてるそんなに美味しくないのに手がべたつく奴に進化するらしい。言われてみると見た目は煎餅でもなく小さな粒の集合体だった気がする…意外と勉強になるんだな駄菓子の知識って



 イズミが大量に買ったラインナップも見せて貰ったがほとんどは駄菓子屋で買わずとも手に入る一般的な趣向品に思えたが、中には独特なフォルムをしたいかにもな駄菓子が何点か紛れており



「それ見た事あるよ、桜餅みたいな名前の」


「何が美味しいのかは分からなかったけどとりあえず買ってた代表みたいな奴ね」


「へぇ~何味なの?」


「砂糖」



 これも調べてみると何てことない原材料は水飴、砂糖、香料。やわらかい金平糖の様な感覚といえば伝わるだろうか?この系統は後にキャラメルと合体してハイチュウやガブリチュウに正当進化したのか、駄菓子屋以外で見る機会はないみたいだ。他にも小さな四角い箱に入ったフルーツ味のフーセンガム、これは俺も食べた事がある。それどころかフーセンを膨らませるのはかなり得意な方だったのだ!


 最近のボトルガムは膨らむように開発されていないので久しぶりにこれで試してみよう


 と思ったのだが…



「あれ? これこんなに難しかったっけ?」


「そんな訳ないでしょ、普通に膨らむわよ」



 そう言ったイズミは確かに顔の前に大きな風船を作って見せた。内容量が減った訳でも無いしこれって俺が大人になったから一箱じゃ足りなくなったって事なのか?身長なんかあの時からどれだけ大きくなったか計り知れないんだから、必然的に舌も大きくなって風船を作る事が困難になっているのだろう、そうに違いない。そうでもなければ…



「そういえば兄さんキスも下手だものね」


「…え?」


「黙ってたけど」


「……え?」



 信じたくはなかったけど…どうやらそういう事らしい。今までの自分は何でも出来て当たり前の人間だと思っていた…しかしその実、不出来な物と巡り会っていなかっただけなのかもしれない…舌が不器用なキス下手人間、それが如月大我の本当の姿だった訳だ…なんで駄菓子買っただけでこんな凹まなければならないんだ!もういいや他のガム食って量を増やして…すっぱ!なんだこのガムすっぱ!!



「それ兄さんの買ったハズレ付きガムじゃない」


「ちくしょう!! キスも下手なら運も悪い!! 踏んだり蹴ったりじゃないか!!」


「…ていうかキスの上手い下手なんか知る訳無いじゃない。兄さんしか経験無いんだから」


「……あっ」



 完全にイズミのお茶目にしてやられた。しかもガムの量を増やせば普通にフーセン作れるし。なんならフーセンの中にもう一個作れるぞ?おぉなんか漫画のキャラが使う能力みたいになってる、かっこいい。そしてそれを見たイズミは俺の顔を覗き込みながらかなり意味深なセリフを残した



「やっぱり器用なのね」


「…そう、なんだ」


「かなり」


「…そうか」


「とろけそうなほどに」


「・・・」



 この日の夜は駄菓子とはかけ離れた"とても大人な時間"を過ごした如月兄妹だった。




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