第123話 ロボット作品のイベントではしゃぐ人
こんなに嬉しい事は無い…俺が幼少の折から追いかけているロボットアニメ【気象予報士ガンバル】のリアルイベントがここ東京にて開かれているのだから。地球の天気に嫌気がさした人間が宇宙にコロニーを作り、地球に残った人々と戦争するという人間ドラマも盛り込まれた作品だが今年でもう30周年になるらしい。それを記念した劇場アニメも制作中なので今回はその宣伝という意味合いも込めてリアルイベントが開催されたのだという。
「イズミ見てくれ! 等身大のガンバルだ!」
「危ないから前見て歩きなさいよ」
そもそもガンバルは戦闘用に作られた機体ではなく、太陽光発電の普及を促進させるという名目で気象庁の看板的な扱いだったのだ。しかし第一次大戦の後にその太陽光を浴びやすい構造に目を付けられ『太陽を動力にした無尽蔵なエネルギー貯蔵庫』というコンセプトに基づき、数年間も補給無しのまま戦えるモンスターマシンとして生まれ変わった経緯がある。故にロボット作品としては異例の無人のまま最終回まで戦い続ける主人公機なのだ
「ほら見ろイズミ、あそこの不自然に空いている隙間は本来ガンバルが有人機として製作されていた名残で、実は宇宙軍として登場する敵指揮官が主人公でガンバルに乗る予定だったらしいぞ?」
「一個も分からないからもう大丈夫よ」
イズミに写真を撮って貰い施設の中も見て回るが、設定資料が壁に掛けられていたりファンが制作したプラモデルのコンテストなんかも開かれている。細かな色塗りや影の着け方も個性が溢れていて見ているだけで制作意欲がくすぐられる気分だが、ここまでの作品を作るには数カ月単位のスケジュール管理を余儀なくされるだろう。
いくら年中家に居る俺達でも厳しい…というか家の中にプラモ専用の設備なんか作ろうものなら、今も俺が余計な物を買わないか注視しているイズミに何を言われるか分かったもんじゃないので…それにしてもこれらが本当に素人が作った作品かと改めて感心する。この中にその道のプロが紛れていても俺には言い当てられそうにないくらい、どれも情熱に満ちあふれていて思わず感嘆の声を上げてしまう。
「ほら見てみろイズミ、これなんかOVA作品なんだけど、原作再現の為にここの木をわざわざ作ってもう一回焼いてるんだよ。この木にも意味が有って、実は作中で死んじゃう地球側のパイロットが残した最後の形見で、ガンバルも戦闘中なんとか守ろうとするんだけどやっぱり追い詰められちゃって、ガンバルがピンチの時にまるで意思を持ったかのように盾になるんだよ。このシーンだけを切り抜くのはにわかだとか言って逆張りする人も居るけど、やっぱりこのシーン無くしてこのOVAは語れないよな?」
「長キショい事しか伝わらないわ」
ついつい興奮しすぎて"太陽光荷電粒子砲"を充電している時のガンバルみたいに熱くなっちゃったけど、気を取り直して他の場所も見て回るとしよう。本当に来てよかった。グッズが販売されているブースでは先程まで見ていたプラモデルの原型が売られている。ここで売っているスタンダードなモデルをマニアが改良すると、果てはあそこまでの大作に仕上げる事が出来る訳だ。しかし素体のままだと完全に別物に見えるものなぁ…
おっ、これは最近出た1/100サイズの高機動型ガンバルじゃないか!33話に出て来た時は興奮したなぁ…当時の作画班が何人か死んでいるという噂があるほど凄い出来だった。ちなみにあそこで描かれている機体の中には、後にサイドストーリーにあたる作品で主人公をやっているパイロットが乗っていたっていう裏設定があるのは燃えるよな。
「買わないわよ」
「…何も言って無いじゃないか」
「どうせ作りもしないんだからダメよ」
「いやもしかしたら配信で作るかも…」
「感想だけ言ったら満足して触れもしないでしょ」
「…はぁい」
イズミが言う事ももっともだ…確かにプレミアがついてるからと勢いで買ったゲームソフトを手に入れても結局はプレイもせずに未開封だった物が何本もあった。その癖マニアでも無い自分が手元に置いておくのが申し訳なくなって、結局はオークションに安価で出品してしまうのが関の山だった訳で…今までの自分の傾向から考えるとこのプラモも手を付けずに放置して、しかも通常の規格よりも大きいのだから物置に直行する可能性が往々にしてある。何か思い出の品でも、と思ったのだが仕方ない…プラモは諦めるとしよう
おっ!じゃあこのガンバルTシャツなんか思い出の品にピッタリじゃないか!俺はこの白を基調としたガンバルTシャツにして、イズミは女の子だから可愛らしくこのピンクのガンバレルTシャツにしよう。
「いやよこんなキモイの」
「なんでだよかわいいだろ!?」
このガンバレルというのは作中に登場する四つ足歩行型の要塞なのだが、首から上はカエルの顔で首から下は犬の様な見た目をしている。お尻の部分からいつもガンバルが出撃するのだが、その時口も一緒に開けてネコの鳴き声にも似た声を上げるのが一部のガンバル女子から人気となっている。なのでグッズ化の際にはこの様にピンク色の装飾が施される事が多いのだ。まさかイズミがお気に召さないとは困ったものだ…ならばこういうのはどうだろうか?
「これヒロインの女の子が来ている宇宙服なんだけど」
「なによそのクソデザイン。完全に乳首出るじゃない」
「いやこれが不思議と出ないんだよ」
「フィクションだからでしょうが。こんなの着て歩いてたらAVの撮影だと思われるわよ」
「そりゃ確かにそういうコスプレ系作品も多いけどさ…」
「そうでしょうね、完全にそれ用だもの」
まぁ言われてみれば完全に乳首の所だけが切り取られたデザインに見えなくもない…というかそうとしか見えなくなってきた。当時の作品はお色気表現に規制が無かった時代なのでこれくらいの過激な衣装は許されたのだろうが…お色気以外なら何目的だよってデザインだな、機能的な部分が一つも無いただ乳首だけ出したい人用の服に見える。こんな物でもすでに何着か売れた形跡があるのだから盲目なファン心理とは恐ろしいな
なんだか一気に現実へと連れ戻された気がしたので物販はそこそこにご飯を買って帰る事にした。しかし一歩外に出るとそこには確かに等身大のガンバルが居るのだから、再び俺の心を夢の世界へと誘ってくれる。映画も必ず見に行こうと誓った
家に帰るとこの興奮を早く伝えたいからと体験レポートを報告する枠をすぐに作って雑談を開始する。漫画や外伝小説などを含めると何作品出ているのかすぐに把握する事は難しいこの作品も、各世代に安定したファンが存在しており今回の報告枠は俺と視聴者の間で大いに盛り上がった。
が、しかし…
「え…劇場アニメ公開延期なの…? なんで…?」
「現場がブラックでどんどん辞めるからスタッフ不足!? しかも三部作の予定!?」
「最近その"全~部作"って商法が流行ってるけど今のご時世は無理よ! だって声優さんの高齢化が著しいもの! 本編から十年も経ったら別人に聞こえるのにそれから更に十年って!」
「頼むから全員オリジナルの声優で完結させてよぉ…」
日本全体の少子高齢化に拍車がかかっているのだからこれはある意味避けられない事態なのだが、それでも一アニメファンとしては願わずにいられない。自分の好きなジャンルに携わる人々にだけでも不老不死でいて欲しいのだが、それが叶わないからこそ作品に価値が生まれるのだろう。
いずれ自分達もそうなるのだから今を全力で楽しもう…とイズミと二人で決意を新たにした日であった。




