第十一話 劇場版如月ちゃんねる!キッザニアンの逆襲
【前回のあらすじ】キッザニアの子供達を使って最強の兵士を作ろう
この国の中では年長者と言われるが、一般的にはまだ若い十五歳という年齢の彼らは今の現状に嘆く暇も許されなかった。
最低限の育児施設と僅かばかりの食糧。支援される物資の配給はこの空間に存在している大人二人からのみ受けられた。彼らも国から見捨てられ今はこの施設に遣わされているのだという。
日本に未知のウイルス攻撃が行われた。その対象はこの国の未来を背負う若者たちだった、その際攻撃されたのがこのキッザニアだった。そのウイルスに感染したと思われる百人の子供はこの施設の中に閉じ込められたまま、外の世界と切り離された。
俺達はただキッザニアで仕事がしたかっただけなのに…親からも隔離され、国はその事実を隠蔽する為に各家庭の両親に多額の保険金を支払い、逆らった者は容赦なく殺した。
国からの支給品は週に一度。その時々で足りないものを紙に書き、ペットボトルロケットを使い施設の外に飛ばすと、国によって認可された物だけが翌日この施設に届けられた。
唯一この施設に入る事が許された大人二人の手によって
今まで要求したもの全てが届けられた事は無い。いつも欲しい量より少し足りないくらいの物資が届けられる。まるで俺達の生活を監視し、そしてこの不自由を見た誰かが嘲笑っているのではないかと錯覚するほどだった
ある日、俺達十三歳以上の子供たち五人だけが配達員の男達に呼び出され、辺りを気にしながら防菌用のマスクを外すと涙を堪えながら俺達に謝罪した。
このキッザニアに備え付けられている監視カメラから国のトップ層が俺達の行動を逐一監視し、細菌によって誰が一番に死ぬかという賭博を行っているのだという。それも大企業の重鎮などを交えかなりの金額が動いているという。
俺達の両親は異を唱えようにもそれだけの金を動かせる者達を相手に何が出来る訳でもなく、涙を流すばかりだと。配達員の俺達も家族を人質に取られて奴らの言いなりだ。今はまだ君たちの姿を写真に収め、それを君たちの保護者に届けてやる事しかできない。と
十三歳の少女は泣き出し、十四歳の少年達もただ悔しさを奥歯で嚙み殺す事しか出来なかった。
そんな中、配達員からある提案がされた。それは俺達が十五歳を過ぎてからの事についてだ
今この施設に存在する最年長は十五歳という事、そして未知のウイルスに対してその症状や対応策が判明していない今しか出来ない事だという。
それは"十六歳を迎えた日"に、カメラの前で苦しみ倒れる。このウイルスがある年齢を境に訪れる細胞の変化に反応して、体組織に致命的な損傷を与える物だと思い込ませるのだ。
その後、配達員の手によって死んだはずの子供は外へ逃れるという作戦だった。病原菌の事や感染のリスクなどが一瞬頭をよぎったが、それよりもこの国に対する恨みの念が俺達の首を縦に動かし、この作戦を俺達は"卒業"と名付けた。
一人目の卒業はもっとも年齢の高い俺だった。小さな子供たちの世話は大変だろうが頑張ってくれと残りの子達に託し、このカメラの前で俺は確かに死んだ。賭博をしている奴らはどれだけの儲けを手にする事が出来ただろうか?俺の死によって悔しさを爆発させた者も居ただろうか?
──今に見ていろ
俺は外の世界に出た後、親に会う事も許されなかった
人の目につかないように外出の際はマスクを手放せなかった
在宅で出来る仕事を配達員の二人に探してもらい、時には生活を助けてもくれた。
本当の親と会う事が出来ない俺にとって今ではこの人達が親代わりのようだった
あれだけ焦がれた外の世界は、思い描いていたよりも随分と小さく色も褪せていた
この世界に色を取り戻すために、俺達は俺達の世界を取り戻すんだ。そう心に誓った
俺の卒業から一年が過ぎた頃。俺の働いた金で少しばかりキッザニアで生活している皆への支援物資も送れるようになってきた。そして配達員の二人から告げられた
今日、もう一人あの箱庭から卒業生が生まれる。
中の様子を配達員からの写真でしか見る事の出来ない俺は皆がどれだけ大変な生活をしていたか知っている。
死亡者が出た事で国は本格的にこの事を隠蔽しようとしているようで、外の世界で俺達のニュースを聞く事は無かった。この国の記録から抹消された俺達は、もはや今を生きる事のない"記憶の中の子供達"なんだろう
卒業生の少年と再会した俺は自然と涙があふれてきた。自分の事を知っている人間がまだこの世界にも居るのだと実感できた
支援物資が極端に減らされた事や、小さな子達の成長に必要な栄養が足りない事で体調を崩す子が増えているという
それを防ぐために年上の子供達から順に食事制限を始めたと。
支援の継続を政府に要求した配達員の二人も、見せしめなのだろうか体に傷が増えている。
もう俺達であの施設を守っていくしかないと心に決めた。みんなを守る為なら犯罪だってなんだってやってやる。これはこの腐りきった国に対する革命の狼煙だ
空を埋め尽くす排気ガス塗れの雲に負けないように、俺達は空に向かって叫んだ
きっと、きっと皆で生きようと
この腐りきった世界なんかじゃない、俺達にも優しい世界で
それまでは誰かの記憶の中で、あの閉鎖的な世界の中で生きていよう
そしてあの世界から全員が"卒業"した暁には、この世界への復讐を告げる号砲を鳴らそう
俺達キッザニアの民の大合唱を
"これはキッザニアンの逆襲だ"
十二年、それがこの世界で俺たちが生きてきた年数だ。
外の世界の教育では小学生だった子供が高校を卒業するくらいの年数をこの小さな箱庭の中で浪費した
俺たちの青春はこんな小さな社会を模倣した世界が全てだった。
機械的に流れる時間、ある場所ではいつも火事が起きている
いつも同じ場所に向かって飛行機は飛び立つ
煌びやかなステージの上で踊る者は誰も居なかった
誰も来る事のないバーガーショップの入口でマスコットが今も笑顔を浮かべている
このキッザニアという世界で培われたものは一般的な教養には程遠い、様々な職業に対する知識と外の世界に対する恨みだけだった
何人もの自分達を育て上げた年上のお兄さんやお姉さんは皆"卒業"していった。
そして今日、俺達七十名の在校生は誰一人欠ける事無くこの世界から"卒業"する。
そして教壇に立ち、最後の"卒業証書"を手渡した彼らはその重厚感のあるマスクに手を掛け、傷だらけでもう表情すらも分からなくなった顔で俺達の名前を呼んでいった。
辛く苦しい日々も支えあった。外の世界の状況も逐一彼らから報告されていた
既に卒業生たちの準備は整っているという
我々在校生がここを出た後に上がる硝煙はこの世界への革命の狼煙だ
各地で巻き起こる爆発の音は我々を祝福する歓喜の声だ
そして我々の顔を見た両親が流す涙は再会を喜ぶ涙だろう
胸に抱くはこの世界を生きた証。僅かばかりのキッゾと一片のパン
外の世界に裏切られた我々はこの世界に背くイスカリオテのユダとなる
さぁ、声を上げろ。"記憶の中の子供達"
各地に響く銃声や爆炎、泣き叫ぶ人々の声を聞きながら男達は酒を酌み交わした
身体中に貼り付けられた無数の傷跡を剥がし、作られた新聞紙に火を着けながら笑った
「こんなにも簡単に国が壊れるなんてな。ウイルスが蔓延するはずの場所に何度も出入りしている俺達が、なんの症状にも見舞われずこの社会に適合している事がおかしいなんてのは、少し考えればわかるだろうに…先入観だとか集団意識ってやつは怖いね~」
「おいおいミュゼー、その知識不足を狙ってわざわざ子供を100人も使ってこんな優秀な兵士を作り上げたんだからそれは言いっこなしだぜ? それに、債務者のガキを買い付ける金だって馬鹿にならなかったんだろ?」
「まぁな、今にしてみればいい買い物だったとは思うけど100人も集められるほど子持ちの債務者がいる事に驚いたよ! 今の日本で頭の良い人間が子供なんか作るとは思ってないけど、まさかここまで馬鹿な親が多いとはね…壊れて当然さ、こんな国」
黒煙の上がる街を背に二人は海外へ向かう飛行機へと乗り込んだ。
この混乱に乗じて一つの国が日本で巻き起こったテロの責任を"ある国"に押し付ける。彼らは皆一様に"ある国の国旗と似た模様の卒業証書"と呼ばれる布を身に付けているのだから。
世界大戦の引き金を引く役目を担った俺達は安全な場所からこの世界の行く末を見守るとしよう。始まる前から結果の分かりきった戦争ごっこを眺めて酒でも飲もう。
あ、そうそう。彼らが新種のウイルスに感染しているというのもあながち嘘ではなくてね…武力で鎮圧され命を落とした彼らの体内から未知の病原菌が発生し、それが風に乗って他国を蝕んだとして…
戦争による細菌兵器の使用は禁止されているのだが、新種のウイルスが発見された時期に戦争が起こったとしたら…それはもう仕方のない事だよね?そう
ある一国だけが極端に被害を受けていなかったとしても…ね
歴史に名を残す悪人は人々から忌むべき対象として語られ、時には誰かの崇拝の対象にすらなる
だが、歴史において語られる事の無かった者達は英雄でも悪人でもない"ただの人"なのだろうか?
中には彼らの様に人知れず世界を動かす者もいたのかもしれない。歴史の中で説明のつかない事象には彼らの様な人物が姿を隠し、関わっているのかもしれない…
「なにくだらない事やってるの?」
妄想の世界で酒を酌み交わしていた俺達を現実に引き戻す声がした
動画の編集作業の合間に様子を見に来たイズミが眉間に皴を寄せ俺達の事をにらんでいた
視聴者も巻き込み空想上の日本で非道の限りを尽くしていた二人はもう既に二時間もこんな話をしていた事に気付いた
そして今日買ってきたお土産をイズミが編集作業の片手間で食べてしまった事も…
「お腹が空いたのだけど。兄さん」
「えっ!? あれ全部食べちゃったの!?」
「えぇ」
ジョンはとても寂しそうな顔をして肩を落とした。あの世界では独裁者だった我々も眼光鋭く食糧を催促するイズミの前ではこうする事しかできなかった
中学生男子が放課後の教室で友人と他愛もない話をしていると、担任の教師に見つかって下校を促された時の感覚というのはこういうものかと大我は思った
ジョンと視聴者に目もくれずそれだけ言って部屋に帰ったイズミを見てジョンは肩を震わせた
「ミュゼーの生き写しみたいだな本当に…立ち振る舞いが本当にそっくりだよ…」
「さすがにそこまでではないだろ、イズミの方がまだ可愛げもあるだろ?」
「興味の無い物に対しての態度はまだミュゼーの方が優しいくらいだよ…それに久しぶりに会ってなんだか雰囲気も柔らかくなったよ。君は」
「そんなにか…?」
四年も会っていなかったから忘れているだけじゃないのかとも思ったが、言われてみればこの四年間が自分の人生で最も変化のあった期間かもしれないと大我は考えた。
今では当たり前のようになっているイズミとの生活も、昔はジョンとこんな風に話す日々が日常だったんだ。
今までの自分の人生で見た物は全て頭の中で保存されているにもかかわらず、自分の事となるとそこまで大きく変わっただろうかと疑問に思うほどだ。
確かに自分の記憶の中に居るジョンは大体何かの攻撃に身を備えているのだから、過去の自分は大層野蛮な人間だったのだろう…と普通の人間は罪の意識などを持つのだろうが、こちらが攻撃を仕掛けているその一つ一つにしっかりとした理由が用意されている事を俺は知っている。
トイレを流さなかったり、用意していた晩飯の食材をクソ不味い創作料理の為に無駄にしたり…
思い出すだけでも腹の立つ思いだが、今はイズミの料理を作る事が先決だ…と思い留まれるのが自分が変わった何よりの証拠か。と苦笑した。
トイレから帰ってきたジョンにツマミの一つでも作ってやろうかと冷蔵庫の中を確認すると、大我の脳裏に先程の回想がよぎる。まさかな…と思ったが一応聞いてみる
「ジョン、トイレ流してきた?」
「あっ」
ジョンの頭頂部に熱されたフライパンを振り下ろし、人は必ずしもこんな短期間では成長しないのだとまた一つ新たな学びを得た。




