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第119話 初見のサッカーに困惑するイズミ

 


 今日はサッカーワールドカップのアジア予選が開かれるという事で、珍しく自宅でスポーツ観戦なんかしてみちゃったりして。サッカー初見のイズミにとっては「凄い大会に向けた試合が開かれるらしい」程度の認識だ。俺は料理人時代にフットボールが盛んな地域にも滞在した経験があり、基本的なルールは知っているが今日は久しぶりの観戦なので試合開始前に現在改訂されたルールの細かな所まで調べておく。これでイズミから聞かれた際の準備も万全だ



「まずもってこれから何をするの?」


「球を蹴って相手のゴールに入れたら一得点、前後半45分+ロスタイムで試合終了だ」


「ロスタイムって何よ?」


「これは結構あいまいな基準なんだけどさ…」



【ロスタイムとは?】


 サッカーの試合中はボールがフィールド外に飛んでしまい、スローインやゴールキックを余儀なくされる場面が有るのだが、その際に勝っているチームがもたもたと開始を遅らせたりする事も珍しくない。なので審判が時計を止めて「ズルしても意味が無いよ、45分経っても時間追加するからね!」という反則行為を抑止するための時間、それがロスタイムなのだ



「そんな姑息な事するの?」


「姑息というか、勝てる確率が上がるんだからやるべきだろ?」


「紳士のスポーツとか言ってるクセして?」


「それは過去の話しだから…」



 よく言われるけど今となっては欧州のサッカーなんか、放映権絡みで選手に無理を強いる事や、契約無視して大金で大物選手をかっさらう事なんか日常茶飯事。いまやサッカーと言えば金で殴り合うスポーツと言っても過言ではない状況なのだから…しかし代表戦では別。真に実力のある選手が国の威信を背負って頂点を目指す、昔ながらの清く美しいスポーツの体裁を保っているのだ。



「なんで向こうのチームと人の形が違うの?」


「これはフォーメーションと言ってね…」



 全11人が出場するサッカーの試合では・GK・DF・MF・FW と四つのポジションで構成されるのだが、基本的にはDFが四人、MFが四人、FWが二人というのが今までのサッカーでは一般的だった。がしかし最近ではチームに所属する選手の特色を加味したバリエーションに富んだフォーメーションが数多く存在し、一概にこれが正解だというセオリーは存在しない。どれだけいい選手に恵まれようとも監督の戦術によって勝率もまるで変わって来るのが近代サッカーの面白い所だろう。



「もう始まるの?」


「そうだな、前半始まるぞ」



 キックオフ



「これから始まるのにキック"オフ"なの?」


「野球でもバット使うのにプレイ"ボール"って言うだろ」



 初めての感覚だとサッカーの端々に気になる所がありまくるらしく、オフサイドも理解してない事から「一番前ががら空きじゃない」とか言ってくる始末。細かい所まで説明するのは時間が掛かるから実際にオフサイドが発生するまで待つとしよう。そして日本が攻め込んでいると相手チームのスライディングによって選手が吹っ飛んだことをきっかけに、予想外にもイズミは試合に熱中する事となる



「凄い跳ぶわね、あんなの完全に退場でしょ?」


「いや、注意で済むんじゃないのかな」


「流石に怪我しかねないんだから注意じゃ済まないでしょう…」


『ここは注意です』


「は?」



 確かに初めてサッカーの試合を見た時には"選手が転べばイエローカード"だと勘違いしていたものだ。しかしルールを確認してみると"悪意のあるプレーの妨害"というのが前提に有るので、スライディングした後に勢い余って選手の足に引っかかったとしても中々カードは出ない仕様になっている。それは試合を捌くにも免許が必要なプロの審判でも肉眼で判断する事は難しく、最近ではビデオ判定も導入されている程だ。



「じゃあ悪意があるかどうかってどこで判断するのよ?」


「明らかにする必要のないスライディングだとか、顔の辺りまで足を上げすぎたりする危険なプレーには問答無用でイエローカードだな」


「ふ~ん…曖昧なのね」


「意外とスポーツのルールは多いからな…」



 それからはファウルの判定を見極めるために今まで以上に前のめりで試合に注目するイズミだが、中には"ボールに行っている"とかいう概念も存在し、選手が転んでも立ち上がるように促される場面も多くあったので前半だけでは難しかったように思える。更にはオフサイドが発生した時には嬉々として俺が説明する物だから、覚える事が多くなって余計に混乱させてしまったか。ついついイズミの役に立ちたくなってハッスルしてしまう所は反省だな…



 ハーフタイムには惜しかったシーンのハイライトが流れるのだが、ここでイズミはまた余計な事に気付いてしまう。



「これ完全にユニフォーム掴んでるでしょ?」


「まぁまぁ…そうだな…」


「ファウルじゃない、なんで審判も無視してるのよ?」


「ここがペナルティエリアの中だから、判定も厳しいんだよ」


「でも悪意なきゃこんな掴み方しないでしょ? さっきの理論で言えばイエローカードじゃない」


「まぁまぁそこは…そういうモノだから…」



 サッカーにはこの様な暗黙の了解が存在して、審判も人間なので試合の流れや面白さを重視する事があるのだ。ルールブックによればファウルになる行為でも「まぁ…それくらいじゃダメだよ」みたいなラインが審判によっても存在するので「この審判は結構判定厳しいですよ!」とか解説の人も普通に言ったりしている。なので見ている側からすれば余計にファウルかどうかの判断が難しいのである



「じゃあ最悪審判さえ買収しちゃえばやりたい放題じゃない」


「まぁ…実際そうなんだけどさ」



 真偽は定かじゃないが、明らかに判定が片方のチームに有利すぎた試合が過去には何度も存在しているので、実際にもそのような事例があるのではないか?と俺自身は思っているが、それで処罰されたりしていないのなら問題はないらしい。こう見るとスポーツの中でもかなり欠陥が多い部類に入るのだろうな、熱中してしまえば細かい部分は見えなくなるから問題ないのかもしれないが…初心者のイズミから言わせれば"不公平極まりないスポーツ"なのだと。



「でもほら、完璧に管理されすぎると面白さも減っちゃうから」


「そうかもしれないけどアメフトとかではルール上、ほぼ暴行まがいな事も許されてる訳でしょ?」


「そういうのが嫌な人はサッカーやるのかもな」


「それで服引っ張ってるんだから訳が分からないのよ」


「正論ばっか言ってるとなんでもつまらなくなるモノさ」



 ある程度の事は許容されてこそ面白さを感じるスポーツだってあるんだ。そして昔から伝統として残されて来た物でも、現代において理不尽ならルールも改訂するし。近代のサッカーだって新しい時代に方向転換する岐路に立たされているのだから、今は温かく見守るとしようじゃないか。なんて言っていると後半開始を告げる笛が鳴ってなんとかイズミの正論を躱す事に成功した。今はただ日本代表を応援するばかりだ



 そして再び事件は起こるのだが…



『おーっと! 日本代表、相手にPKを与えてしまいました!』


「PKってあの近くから蹴るやつ?」


「そうだな、まぁ仕方ないか…」



 なんてリプレイを見ながら言っていると、スライディングした選手はボールに先に触れている事が判明した。そしてドリブルをしていた選手がわざと転んでいる事がVTRによって明らかになったのだが…



「どう考えても判定覆るわよね?」


「う~ん…でも後ろからのタックルで確かに足にも掛かってると言えば…」


「審判も怪しいと思ったからビデオで見てるんでしょ、覆るんじゃないの?」


『あぁ~っと…これはPKの判定は覆らず…』


「はぁ?」



 イズミからすればどう考えても人間はあれだけ前に吹っ飛ぶ訳なんて無いんだから、明らかにPK欲しさの演技に決まっていると訴えているのだが…サッカーのフィールド上では別に痛くなくても必要以上に痛がって審判にアピールするなんて事は日常的に行われているので、演技だとしてもスライディングした選手の"やけっぱち感"が上回ってしまえばそれはもうファウルなのだ。運が悪かったと言えばそれまでなんだがイズミは到底納得せず…



「じゃあもう痛がり選手権した者の勝ちじゃないの」


「そうとも言えるけど、そうなる前に点を入れればいいわけだしさ…」


「無理じゃないの、ボール取ろうとしたら転がって、止めようとしても転がるんだから」


「じゃあ取られる前にこっちも転がって…」


「だから痛がり選手権でもしてろって言ってるのよ」



 この試合は結局この点により負けてしまい、試合の一部始終を見ていたイズミは「あんな茶番を繰り広げて何を悔しがっているのかすら分からない」と言っている。真剣勝負を謳っているスポーツの中では珍しい"人を欺く事"が直接勝敗に関与するこのサッカーは、スポーツ観戦初心者には向かないのかもしれないと心の底から思った一日だった。



 しかし一週間後に向かえた二試合目もイズミは自らの意思でテレビの電源を付けて観戦をしていた。またしても審判の判定に物申している姿を見て、なんだかんだ楽しむ事と文句を言う事は表裏一体なんだなと改めて実感しました。



「いや明らかにファウルじゃないの、どこに目を付けてるの?」


(はたから見てると異常な光景だけどな…)



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