第117話 お弁当を作りバズりたく候
そろそろ配信者として視聴者との意思疎通も滞りなく、SNSでも日々の配信が切望される程度の人気を博し始めた我々如月兄妹ですが
「今一つ刺激が足りない気がするのは俺だけか?」
「兄さんの人生が刺激的すぎるんじゃないの」
「それもまた然り…」
イズミの言うように俺の人生は常人と比べて波乱万丈だとは思う。なんなら視聴者から寄せられるエピソードトークにはほとんど共感出来ない程度には常世離れしているので、視聴者と昔のあるあるで盛り上がれるという配信者としての強みがそのまま弱みに転じている事は否めない。
しかし俺の様な生い立ちを持つ視聴者なんて居る訳も無く、共感できる話題なんか昔のネットなどのサブカルチャーが主流で…ここだけが時代に取り残された閉鎖的コミュニティーの様に見えてしまうのが悲しくもあり、ここらで『おらが大将ここにあり!』なんて所を自分の視聴者達に見せつけたい気もするのだが…いつものキモオタ以外の視聴者なんて料理枠に来てくれる主婦くらいしか思い当たらない訳で…
「主婦層に支持されたからと言って俺は何か誇りを得る事が出来るだろうか?」
「いい事じゃない。巡り巡って昼の番組にでも呼ばれるかもね」
「そうかその方法があったか」
最近の地上波ではタレントだけでなく、ネットでバズった人も躊躇なく番組のコーナーに呼んだりしてるのだ。インターネット出身で好感度重視の地上波に出られるのは普段の活動が清廉潔白、かつ主婦層に支持されているというのが最低限だろう。幸いにも派手なやらかしはまだない俺が地上波に出る為には、日頃料理枠を見てくれているお母さん方の力が必要不可欠な訳だ。
そこだけ満たしてしまえば料理の腕は申し分ない、顔も良ければ人当たりも軽やか。数字にこだわり、別にそうでもない微妙な顔のタレントを「イケメン料理研究家」とか「綺麗すぎる栄養士」とか言って持ち上げるほどのテレビ番組が、こんな逸材を放って置く訳が無いのだから。あとはきっかけだけ、俺は自慢の頭脳をフル回転させて"バズる"手だてを考える事にした
「兄さんのそういう所が透けて見えてるだけじゃないの?」
「うるさい、イズミも一緒に考えなさい」
* * *
あれからイズミと協議を重ねた結果、昨今の充実しすぎたインターネットで主婦層に必要されているのは『手軽に目立つ技術』だという事が明らかになった。であれば手軽に真似できてドヤれる何かを発信する事が、いわゆる表舞台で話題になるきっかけとなるだろう。
ここまで成功への条件が絞られればもうやる事は一つ、弁当作るぞ!!
そう、古くはキャラ弁という流行もネット発。いつだって面白そうなムーブメントは異常人が跋扈する汚泥の底の、ごく一部の上澄みたちが発信していったのだ。俺も昔は底の住人だったのだが…もう立派な大人じゃないか、そろそろ上澄みの仲間入りしても良い頃合いだろう?皆には悪いが俺は先に行っているよ。お前らもいつまでもこんな所でウダウダと恨み言呟いてないで早く俺の"領域"まで来いよ
善は急げだ、手頃な弁当箱を買って来て俗に言う"映える"弁当作りに励む事にした。こういった弁当にはどんな具材が入っているかよりも、どれだけ色鮮やかな物が作れるかが重要になって来るのだ。それも今流行りのアニメキャラに寄せたデザインや、海外の著名な作家が描いた絵画をモチーフにしても面白いかもしれないな。昔の作品が醸し出す独特の色褪せた色彩は、日本食ならではの茶色い具材が雰囲気づくりに一役買ってくれるはずだ。これは題材から頭を悩ませてくれる…
「そもそも誰の弁当を作るかでニーズは変わって来るだろうな。未就学児のお弁当か、旦那が会社に持って行く弁当かでは天と地ほどの差だろうし」
「高校生だとしてもカースト下位の男子がキャラ弁とか、これをきっかけにいじめられそうね」
「となれば女児向けアニメは避けるべきだろう」
弁当を作る家庭はそれこそ千差万別、もしも俺が海外の宗教画なんかを作ってそれに影響された主婦が旦那に同じ物を作ったとしよう。旦那の上司が別の宗教にドップリだった場合にはどうするのか?宣戦布告とも受け取られかねないし出世にも響く可能性がある。やはりいかに宗教に対して寛容な日本と言えども、そこら辺のセンシティブな題材は避けた方が良さそうだ…
では今流行りのアニメキャラを模したスタンダードなキャラ弁ならどうだろう?比較的友達の多い女子高生なんかであれば仲間内でキャッキャと騒ぐに留まるのではないか?
…いや待てよ?
俺も今となっては古からインターネットに蔓延る妖怪みたいな存在だ、昨今の発達しすぎたネット情勢を見て危惧する部分は一つや二つでは足りない。最近では女子高生の間でも『推しキャラ』という概念が一般化しているらしく、これは匿名掲示板での話だが自分が好きなキャラを公表しただけで「そのキャラ私も好きなので別のキャラにしてください」とかいう頭のおかしな女に絡まれた事は数え切れないほどある。もしも学内カースト最上位の女がそんな奴だったらどうなってしまうのだろうか?
同担拒否の女からは毎日のように嫌がらせを受け、自分の椅子にはいつも推しキャラのイラストが貼り付けられ踏み絵をさせられる日々…そんな背信的行為に耐えかねた娘は不登校に。なんて事になってもおかしくはない、流行りのアニメは避けた方が良さそうだ。となると放映年数が長ければ長いほど安心できるのではないか?俺は国民的アニメのリストから手頃そうなキャラクターを…
著作権の問題で訴訟とかされてるわ
俺も他社が作ったゲームを配信している身分なので、著作権や肖像権がどれだけグレーな分野かはよく知っている。もしもこの弁当がバズってしまってそこに金銭的なメリットが生まれてしまった場合に、著作権元から訴えられる可能性が出て来てしまうのだ。そうなっては勝手に使用した俺の方が完全に悪いので敗訴は確定的に…まさか弁当を作るだけで前科持ちになるリスクが有るなんてな…これも賢い選択とは言えない。また別の方針で考えるとしよう
その結果
【今日はキャラ弁を作ってみました! 旦那さんやお子さんの弁当にいかがでしょうか?】
「ふぅ…なんとか出来たな…」
「ていうか誰よこのおじさん」
「これは"前田慶次"だよ」
「なんで…?」
織田信長の家臣として活躍した前田利家。その甥っ子である前田慶次は、今でこそ創作物のおかげでとんでもない偉丈夫であるとされている。だが実はその功績を証明する確たる証拠が現代になるまで見つかっておらず、なんとなくこんな事をしていたよ!という逸話から集めた情報をドラマティックに描かれた結果【天下無双の傾奇者】というイメージを背負う事になったのだ。つまりほぼ史実とは異なる活躍が伝わっているので、キャラ弁に使ったとて前田家の子孫でも文句のつけようが無いと考えた訳だ。
「なんでも槍術に長けていたとされる文献は数多く見つかるんだけど、叔父である前田利家も"槍の又左"と呼ばれるほどの名手だった事から『前田慶次のエピソードとして語られるいくつかは、前田利家の物と混同されている可能性』なんかもあるらしいな!」
「長々と喋っても私には槍持ったおじさんにしか見えないわよ」
イズミが言うように主婦層からの反響はそれほどでもなく、代わりに香ばしいかほりを漂わせる壮年の歴史オタおじさんから大量のリプライを貰い、如月ちゃんねるのアングラ化に一層拍車をかける事になったようだ…
「おのれ…次は三国志方面で勝負するか…」
「なんで頑なにおじさんなのよ」
如月ちゃんねるの夜明けはまだ遠い…




