第116話 動物園に行きたい男・如月大我
春の陽気という言葉がある様にまだ湿度の少ない時期に晴れ渡った空は、青というより水色でどこまでも続く様な澄み切った空だ。こんな日にはどこか外出でもしたいな、なんて言っていると都合よく自分好みのニュースがSNS上で話題になっている様だ
「イズミ見て見て、パンダが数年ぶりに交尾したんだって!」
「私達も昨日したじゃない」
「そ、そういう事じゃないから…///」
「うい奴ね」
からかわれるのは慣れたつもりだったが、そういう話はまだまだ不慣れみたいで柄にもなく顔を赤らめてしまった。女子か俺は。そんな事はどうでも良いんだ!本題はこのパンダの方だから。本日はお日柄も良いので久しぶりに動物たちと触れ合いたく存じます。しかしウキウキで準備する動物好きの俺とは対照的に、大して好きでもない動物の為に人混みと臭気に耐えねばならないイズミが乗り気な訳も無く
「別に動画で見ればいいじゃない」
「動画に話しかけても反応してくれる訳じゃないだろ? コミュニケーションが大切なんだよ」
「畜生が人間の言葉なんか理解してる訳ないでしょ」
「何てこと言うんだお前は」
幼い頃に朝陽さんは大型犬に押し倒され、体の上で腰を振られた事がトラウマだと言っていたが、イズミに関しては特にそういったエピソードがある訳でも無く漠然とした動物嫌いだけが表面化している様に感じるが…この機会になにが嫌なのか聞いて見るか
「なんでイズミはそこまで動物の事を毛嫌いしてるんだ? かわいいじゃないか」
「かわいくないし臭いでしょ」
「まぁ匂いはそうかもしれないけど、極論言えば人間だって可愛くないし臭い奴いるぞ」
「じゃあソイツも嫌いよ」
「それもそうか…」
イズミに言わせれば動物が嫌いなんじゃなくて、嫌いな条件に動物が多く当てはまっているだけなんだろう。でもそんな事を言っていたら俺との生活が窮屈じゃないんだろうか?ここまで動物に熱心なんだからこれからも定期的に動物園も行くし水族館もガンガン行きたい。どうにか折衷案を見つける事が出来ればいいんだが…まずは動物の事を好きになって貰うしかないと俺は思うんだが
「じゃあ今日でその動物嫌いを克服しようぜ!」
「別に行かなきゃいいんだから家に居ましょうよ」
「俺が普通に行きたいからとりあえず行こうぜ!」
「最初からそう言えば良いのに」
* * *
そんなこんなで動物園に来る事には成功しましたが、門の前からすでに顔をしかめて匂いを嫌がっているイズミさんです。園内で動物を見ればその評価もガラリと変わりそうな気もするんですが…まぁ今日は俺が無理やり連れてきた側面もあるので一緒に手でも繋いで歩きますか。これには俺もイズミもにっこり
入って最初に配置されているのは南国でのみ生息する色鮮やかな模様の鳥や、夜に活動的になるフクロウなんかも見られる鳥のゾーン。比較的夜型の鳥が多いからか耳障りな鳴き声も無く落ち着いた雰囲気で眺める事が出来る。それこそ匂いなんかも気にならない程度なのでイズミも楽しんでくれていると良いんだが…
「ホワァァァァァァァ!! キャオオオオオオオ!!」
「ギャッギャッギャッギャ!! ギョエエエエエ!!!」
「・・・」
あんなに大人しかった鳥たちはイズミが通る時だけとんでもない声量で鳴き出すんだが。なんだこれ、ネコにもウサギにも懐かれるから動物に無条件で好かれる特殊能力を持っているんだと思っていたのに、なぜだか鳥からは信じられない程嫌われているらしい。もしかして日頃から肉を食いすぎて鳥からは完全に捕食者として見えているのだろうか?この動物園に牛とか豚が居ない事を心底安心したわ。念のためイズミと一緒に牧場に行く事は控えようと思います
まぁこれから先イズミが食べられるような生き物は居ないはずだから、こんなに不機嫌そうな表情を見るのは最後だろう。こんな春先なのにもかかわらず俺達人間の為頑張って外に出てくれている白熊さんの檻でも見せてもらう事にしよう。
「ほら見ろイズミ、おっきくて白いな? かわいい~♡」
「なんでずっとケツ見せてんの?」
「それはほらあれだ。恥ずかしいんだよ」
「全然可愛くないわね」
「まぁ待ってたらその内歩いて来るよ」
それから五分ほど檻の前で眺めていたが白熊は一向にこちらを見る事もせずに、なんなら顔も見れてないのでアレが中におじさんの入った着ぐるみだとしても俺達は騙されるだろう。イズミは何度か俺の方を見て何かを訴えかけているが俺もめげずにこんな時間まで粘ってしまった。結果?ご存じの通り熊のケツ見てただけだよ言わせんな
まぁ熊にも五月病ってあるんだろうな。無理に働かせる訳にもいかないし、動物園にも働き方改革だ…イズミはやたら俺の方を睨んでくるがまだまだ俺の心は折れていない。ここから先は動物園の目玉、ゴリラ猿チンパンジーのゴールデンタイムだ!何かを感じ取ったのか歩こうともしないイズミの体を抱える様にして俺は次の檻まで足運んだ
「うわああ! めっちゃうんこ投げてくる!!」
「・・・」
正直こうなる事は分かっていたはずなのに…今日は何かがおかしい事くらい俺だって気付いていたさ。それでもまだ一縷の望みに縋りたい、そうするしか今日のお出かけを成功で締めくくる事は出来ないと理解してしまったのだ。
「兄さんもう帰りましょ」
「まだ…まだパンダが居るから…」
「なんで兄さんの方が泣きそうなのよ、泣きたいのはこっちよ」
「そうだよなぁ…ごめんなぁ…」
本当は俺がエスコートして漫画とかで見るデートみたいに過ごせるのかと思っていたのに、今ではイズミに手を引かれながら出口を求める子供の様になっている。本来なら可愛らしい動物たちを眺めながらキャッキャウフフと蜜月の時間を過ごすはずだったのに、今となってはあの動物たちが俺達の事を意図して邪魔している様に見えてくる。なんか腹立つ顔してるなあの猿軍団…お山の大将気取りやがって、人間様舐めてんのか?こっち来いこの野郎
いかんいかん…小さい頃からどれだけ人間の事を嫌おうが、動物達にだけは優しく生きて来たじゃないか。まだだ、イズミと同種のライオンやトラならきっと仲良くしてくれるに違いない。早く行こうイズミ、今日という日を過ちで終わらせない為に!!
「なーんも動かないわね」
「…うん」
「帰る?」
「…パンダ見たら帰る」
「そう」
小さい頃から動物園に行くというだけでワクワクした物だ。それは好奇心も含め様々な生態系がこの園の中に凝縮されていたからだろう。大人になってからは手軽に動画などでも欲求が満たされるから新鮮味に欠けるのかもしれない…動物たちが変わった訳じゃない。俺が大人になっただけなんだ…あれだけ渇望していたパンダを見ても心が動く訳でもなく。俺の求めていた世界はもう帰って来ない事に気付いて一抹の寂しさを覚えた俺達は動物園を後にした
「なんであんまり楽しくなかったのかな…?」
「ハードルを上げすぎただけじゃないの」
「そうかもな…」
まだ陽の高い時間に動物園を後にするなんて昔の俺からしたらありえない話で、これから何をして時間を潰せばいいのか分からない。傷心の俺を気遣ってかイズミの提案でネコカフェに寄って帰る事に。楽しめるのだろうか?動物への愛を無くしたこの俺に…
「ふんふんふん! ふんふへぇーあ!!」
めちゃくそ楽しめたわ。多分元から動物園にいる様なのがそんなに好きじゃなかっただけなんだろうな。それに比べて家に帰ってから見たサバンナの動画とかはメチャクチャ楽しかった。動物園からさらに先のステージに進んだのか?それともただ出不精になってしまっただけなのか?答えは誰にも分からない
「次は水族館にでも行ってみるか?」
「懲りないわね」
大丈夫!水族館は絶対大丈夫だから!!




