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第115話 ホラー特番とかいう怖い番組

 


 怪談の定番と言えば夏休み、田舎にある親戚の家を訪れそこで好奇心から怪異に遭遇してしまう。憑りつかれた人を住職に見せるとしこたま怒られてしまうというテンプレートが存在するが、俺はこの流れを見るのが結構好きなのだ。理由はネットに投下される真偽不明の体験談と称した物語を大勢で眺めながら、次々と巻き起こるとんでも展開に茶々を入れたり熱中したりする様が、まるで幼稚園の頃に見せられた紙芝居の様で懐かしさを禁じ得ない。



 今もテレビに映し出されている心霊特番の様に大きな効果音や、ドアップのグロテスクな表情で驚かせようとするでもなく、文字一本で不気味さや極限状態を演出しなければいけないのだからフィクションだとしても大した文才だと思わされる。怪異の名前も明らかに怖そうで"姦姦蛇螺"とか文字を見ただけでヤバい奴だと分かるだろう。これが素人の脳内からネットに生み出され、今でも伝わる訳だからそのセンスは尊敬に値する。それに比べて今のテレビはどうだ?



『第十位…開かない扉の奥にぃ…』



 開かない扉の奥が見れるんなら普通に開くんじゃねぇか。『そこそこの力で頑張れば開く扉ぁ…』なんだから無理に怖さを演出する必要なんかないだろ、しかもその内容は何故かカメラを構えながら「開かないなぁ…本気でやるわ、せーのっ!」とどう考えても演出が入っている棒読みの演技が目立ち、いざ開いたら真っ黒の何かが中から転がり出て大声を上げて逃げる。これを大人たちが真剣に顔を突き合わせて作っているという事実に俺は背筋が凍った。



 視聴者投稿の恐怖動画でももっと怖い物が山ほどあるだろうに、何を思ってこれにしたんだろう?せっかく作ったんだから見て欲しいよね!という文化祭間近の女子高生みたいな脳内をしているのだろうか。開かない扉から黒い物体が…という事を強調したいがあまりに昼間に撮影してしまっているのもマイナスポイントだろう



「これの何が怖いのかを説明する力が今の俺達には求められているんだろうな」


「え? 普通に怖い話だとは思ったけれど…」


「そうか? あの黒い物体なんかどう考えてもテレビ側の作った陳腐な作り物で…」



「でもずっと誰かに話しかけながら、終始一人分の体しか映ってなかったのよ?」


「…なにそれ怖い」



 俺は自分が配信をかじっているからなのか、投稿者がずっとカメラの向こうで見ている視聴者に向けて話している物だと思っていた。しかし投稿者はイズミが言うように"誰かと同行しているつもり"で話していたのだとしたら…?あの茶番の様に見えた光景も、なんとか逃げ延びた先でも誰かに話しかけ続けているのだとしたら…今回の動画で彼が見舞われていた怪異の正体とは本当に『開かない扉』だったのだろうか?



「怖すぎるだろなんだその話」


「そういう映像じゃなかったの…?」


「いやもしかしたら俺の考えが浅はかだったのかもしれない。次はもっと注意深く見てみるよ」



 イズミの洞察力には驚かされるというか、『どうせテレビの作ったものだから』なんて斜めから物事を見ていた思慮の浅さが恥ずかしくて仕方がない。そもそもこの番組を楽しむ方向で見られないなら初めから見ない方が良いに決まっている。こういう番組は求められている需要に応えるべく制作されているのだから、俺もイズミの様に番組製作者が伝えようとしている意図を汲み取れるように努力しなければ。イズミからはいつも学びを得てばかりだ



『第九位…消えた影ぇ…』



 今回は心霊写真らしいが、ありふれた家族写真に写る幼い長女の影が消えている。この写真を撮影した後に長女は事故に遭って足を負傷してしまうらしいが…恐ろしい写真だと聞いてただけに勝手に死んだり後遺症が残ったりするのかと思っていたので、割と軽傷で済んだんだなとガッカリしてしまった。これに関してはイズミも俺と意見が同じだろうと隣を見てみるとまだ真剣な表情で画面を見つめていた。何がそこまで気になるのか聞いてみるとまたしても斜め上からの意見を聞かされた



「いつも動画を編集しているから分かるんだけど、この長女の足元…明らかに編集された跡が有るのよ。きっとここに写っている以上にまずい物が隠されていたのか…」


「いたのか…?」



「この足が"本当の彼女の足でないか"のどちらかでしょうね」


「どういう事だよ詳しく聞かせてくれ!!」



 イズミが言うにはこの家族が足を失った少女の写真を編集して、あたかもこの少女は五体満足であるかのように振る舞っているという。そんな事をする意味は皆目見当がつかないが、もしかしたら影が無い事に何か関係しているのかも…と言っている。そんな馬鹿な事があるだろうか?だっておかしいじゃないか、もしもこの家族が足を欠損する程の壮絶な虐待なんかしていたとすれば、少女はこんなにも明るい笑顔を浮かべて写真なんか撮れないだろう。



 そうか…そういう事か…



「この子…実はもう亡くなっているんじゃないのか…?」


「…なるほど、確かにそれなら合点が行くわね」



 皆が想像する幽霊像とはどんなものだろうか?俺が聞き及んでいる範囲であれば、白い装束に身を包んで長い黒髪を水で濡らし恨み言を呟いているイメージ。そして…それらには等しく足が無い



 もしかしたらこの家族写真には本来、この笑顔を讃えた少女は存在していなかったのかもしれない。自分の最愛の家族が楽しそうに撮影している光景に、まるで自分だけが仲間外れにされたように感じた彼女は、ついついあちらの世界から写り込んでしまったのかもしれない…



 そしてその事に気付いたこの家族は亡き娘も家族の輪に加えようと、科学の力によって少しだけこちらの世界へと招き入れたとでも…言うのだろうか?



「それにしても幽霊の存在は信じていないのに、考察すればするほどそこに理由が生まれるのは面白い物だな」


「幽霊の仕業だろうと人が作ったものだろうと、そこには明らかに人為的な意思が込められているのは同じじゃない」


「それもそうか」



 たとえ死んでいようと元は人間、それが本人の意思である事に変わりはないのだから。霊的存在が恨めしいという感情で人に迷惑を掛けるという風潮は、もしかしたら現世の人達によるヘイトスピーチなのかもしれないな。この少女の様に無邪気に家族を慕い会いに来ている人々も居るのだろう



「さ、それじゃあ配信始めるか」


「そうね、今日は何も用意していないけど」


「あぁ大丈夫、もう話題は十分集まったから」



 この日の俺達は終始この番組をバカにする放送を行った。本当の事を言ってしまうと俺達は霊的存在なんか信じていないのだから。なにか文句が有るのならお得意の"祟り"でも使って俺達に攻撃でも仕掛ければいいじゃないか?幽霊なんていうモノは目にも見えなければ数字でも表せない、不確かで下卑た金稼ぎの道具でしかない事を今一度思い出して欲しい。



 それを伝えるのは生きている人間で、知覚するのも生きている人間なんだったら脳の起こしたバグ以外の何物でもない。心霊スポットに行って体調が悪化するのも"怖い"という感情で心拍数が上がったまま更に長距離歩いたりすれば体調が悪くなるに決まってるじゃないか。令和にもなってもっと科学的に物事を考えられないのか人間は?



 徹底したアンチオカルトの精神をこの日は放送で発散する事が出来た為、日頃の溜飲が下がって大満足の一日だった。風呂にも入りスッキリした俺は改めて今日一日を振り返り「もしかしたら俺みたいな二重人格すれすれの人間が一番怖いんじゃないか」と鏡を見ながら思った…




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