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第114話 大田まさみと少年漫画

 


 大田まさみです。昨今の週刊誌でもてはやされている冒険活劇物のブームに中々乗り切れていない事を少しだけ恥ずかしく思った私は、如月大我さんからイチオシの漫画を貸して貰う事が出来ました。少女漫画を眺めては「自分もこんな恋愛をしてみたい」と考える事の多かった幼少期の私は、まさか今流行の漫画を読んでいないだけで不思議がられる時代になるとは思わなかったのです。しかしまだまだ私も若者、流行には積極的に乗ってなんぼなのでこの機会に新たな趣味が開拓される事を喜ぶべきだろうと思ったのでした。



【スーパードラゴンマスター翔】



 なんてアホみたいな題名なんでしょうか…まぁこれが連載されていたのは私が産まれる前らしいので、その頃のセンスなら仕方ないのかもしれませんね。さっきまでの流行の話はどこに行ったのか?実は今流行っているのはこの漫画の主人公である大空翔おおぞらかけるの子供が主人公の漫画らしく、原作は同じ方ですが絵は現代風にリファインしているとの事です。最近はやたら昔の作品がアニメ化したりしているので、目新しかったり独創的なジャンルは既に出尽くしてしまったんだろうと大我さんは言っていました。


 前作から読んだ方が何倍も楽しめるとの触れ込みだったので私も挑戦してみますが…この男臭い表紙からすでに拒否反応が…大丈夫でしょうか?



 ~数日後~



「どうもありがとうございました、メチャクチャ面白かったです!」


「最近の漫画は平気で三十巻超えて来るけどコレくらいなら読みやすかったでしょ?」


「そうなんですよ、絵柄もかなり敬遠してたんですけどごちゃついてなくて読みやすかったです」



 そう、この漫画メチャクチャに面白かったのです。物語のあらすじをざっくりと説明すると、前半は不良高校の中でも更に底辺に位置付けられている通称"ゴミ箱"と呼ばれる全寮制の高校に放り込まれてしまった主人公『大空翔』が学内のカーストを駆け上がっていく不良漫画だったのだが、後半からは反社会勢力や格闘家までも巻き込んだ利権争いのトーナメントが開催されるバトル漫画へと変貌していく本作は、大きな矛盾だらけながらもそのどれもが心揺さぶられる展開のオンパレードだった



 ベタな展開というよりも王道、初期から苦楽を共にしたキャラクターとの別れも意外性や熱量を伴っており涙なしには見られなかった。作中には特に打ち倒すべき巨悪が存在している訳では無いのだが、矢継ぎ早に襲って来る様々な思想の持ち主たちとの勝ち上がりトーナメントでは、命を賭しても仲間のために戦う男達にいつしか私も魅了されていたのだ。しかしやはり昔の作品だからかライブ感で誤魔化されて、後々冷静になるとそんな訳無いだろうと感じてしまうシーンもそこそこ存在しており、今日はそんな疑問を大我さんに解決して貰おうとわざわざ足を運んだのだ。



「それでこの漫画…一度読んだだけでは分からない所がいくつかありまして」


「あぁ、確かに次回作で解決されてる設定とかもあるしね。ネタバレにならない範囲でなら答えるよ」


「助かります! じゃあまず翔のライバルポジションのあかりと出会ったシーンがあるじゃないですか」


「一巻の終わりの方でね」


「あの時これ見よがしに乗ってたバイクってなんか関係あるんですか?」


「良い質問ですね」



 物語り冒頭で登校している最中の翔は覆面をした集団に取り囲まれ、そのリーダー的ポジションに位置していたのが後のライバルにもなる灯だったのだが、二巻以降はそのバイクに乗って現れる事も無くいつの間にやら仲間の様なポジションに落ち着いてしまうのだが…そこまで気にする要素か?と疑問に思う方も居るかもしれないですが、灯はたった一度しか登場しないこのバイクに名前を付けていたのだ。


「キミもそう思うだろう…? "オーバー" 」


 とは最後のページでバイクを撫でながら灯の放った言葉なのだが、次の巻では冒頭からバイクは存在せずいつの間にか二本の足で立っていたのだ。見返そうとした時にこの事に気付いてしまい、結局気になりすぎて続きを読む事が出来なくなってしまった…



「良い質問ですが…お答えすることは出来ません」


「えっ!? なんでですか! 没になったとかじゃないんですか?」


「次回作の…物語の根幹にかかわる設定ですのでお答えできません」


「嘘ですよね!? 一巻冒頭のバイクが…えぇ!?」



「み、見た過ぎる…!!」



 ちょっとしたエピソードが聞ければ程度の疑問だったのに、まさか作者の方がそこまで考えているなんて思いもしなかった…そこまでの伏線を仕込んでいるなら今の世の中で人気が爆発するのも頷ける。これはひそかな楽しみに残しておきましょう…じゃあもしかしてこのシーンも何か伏線が!?



「あ、あの! 五巻で出て来たバーのマスターが右手に持ってるハチマキって…?」


「スゥー……出てきます」


「や、やっぱりだーー!!」



 本来ならシェイカーを握っていなければおかしいマスターがこれ見よがしに握っているハチマキ、誰かの形見でも無ければおかしすぎるあのレイアウトにはやっぱり意味があったんだ!となるとまだ名前とシルエットしか出てきていないあの人の…いや待てよ!?



「もしかして伝説のギャングチーム"銀河の流星"って…」


「大田さんッ!!」



「……出てきます」


「あ、あぁぁぁ!?」



 お、恐ろしい漫画やでぇ…数十年の間もこれだけの伏線を漫画の中に眠らせたまま、今まで平気で日常生活を送れる人間なんかおるんや…?もしも続編が世に放たれなければこの謎は未来永劫解明される事は無かったんだ…とんでもない話ですよこれは…でもここまで裏に隠された設定が残されているなら続編を作るまでが既定路線だった筈では?どうしてここまで期間が空いてしまったのかも気になる所ですね



「あぁここまで描かれなかった理由は出版社との利権の問題でね。これを連載している最中に何社か掛け持ちで執筆活動してたみたいなんだけど、ものぐさな人だったから契約の確認なんかしないままで問題が発生しちゃったんだって」



「あ~、なんだか面倒そうな事だけは分かりました。まるで後半から展開される利権トーナメントの…」


「あっ…気付いちゃった?」


「……え!? な、なんですかその反応!?」



 大我さんの何か言いたげな反応を見てから私も気付きましたけど、確かにこの不良漫画には似つかわしくないなんとも社会的な内容が後半から盛り込まれていて、結局解決するのは暴力なんですけど生々しい法律の話だったりとかがリアルに語られているんですよね。それがもしも作者さんの体験談をもとにした話だったのなら、この漫画の最後のシーンで主人公の翔が残した物…不良たちの通っていた"ゴミ箱"と呼ばれていた学校に埋められたタイムカプセルには【二十五年後また会おう】とだけ書かれた紙と一冊の本が入れられて…



「続編のタイトルって…」


「 "Trash box" 」


「んずえぁぁぁぁーーーー!!!!!」



 なんて事だ!!連載終了から二十五年の時を経て蘇った続編の漫画は、なにも金に困った作者の死体遊びなんかでは無かった…すべては出来すぎたシナリオの一部に過ぎなかったのか!という事はこの二十五年という時間は…出版社との契約が満了となる時間に違いない。晴れて自由の身となった一人の漫画家は現代のニーズに合った形でこの業界に舞い戻って来たのだ…ブラボーとしか言いようのない風呂敷の畳み方にただただ私は天を仰ぎ拍手をしていたのです。



「大我さん…早く読ませてください、もう辛抱たまらないです…」


「もちろんだよ。でも読む前に一応注意しておくけど…」



「──世界観は繋がってないから」


「どういう事だよ!! んああああ!!!」



 主人公が翔の子供で、あれだけ伏線だなんだと言っておきながら世界観が繋がってないだぁ!?無理があるでしょ!これは大我さんから教わった話が全部嘘っぱちか、それともファンが無理くりこじつけた物を伏線と称しているかのどちらかに違いない!となると一気に作品が駄作に見えてしまうのだが…ここまで来たらあとは野となれ山となれ!私は禁断の果実に手を出してしまった



 * * *



「大田さん…もう夕飯の時間だからとりあえず読むの止めて…」


「待って下さい今いい所ですから! 私の事はお構いなく!」


「こりゃ泊まりだな…」



 その日は二人が配信している間も没頭して、結局最新刊まで読み終えたのは朝日が昇って来てからだったが、無慈悲な事にまだまだ物語が終わる様子は全く見せず…もしも私が生きている間にタイムマシンが出来たなら、最終巻までの単行本をこの日の私に持ってきてあげたいと心の底から思った。いや待てよ!?もしもタイムマシンが存在しているとするならあのシーンは──



 如月兄妹が目覚めるまで再び単行本を読み返していた大田まさみだが、起床後の如月大我によりベッドの上まで強制送還され気を失うように眠りに落ちていった。これがきっかけで様々な作品から謎の電波を受信してありもしない伏線を考察するような人間になってしまわないか、大我はそれだけが気掛かりだった…





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