第十話 ジョンと頽廃的ユートピア
顔を合わせるまでは本当に嫌そうな顔をしていた大我だが、いざ会ってしまえば昔の事を思い出しあの頃の空気感でなんだかんだ楽しんでいる様子だ。
そして日本に来た時には是非とも案内したい、と撮影の許可まで取り付けた場所にジョンを案内すると大我は言った。日本でも数少ない大我の好きなテーマパークだと聞き楽しみにしている様子のジョンは現場に到着すると目を丸くして驚いていた。
【キッザニア】
キッザニアは1999年にメキシコのサンタ・フェにて初めて開業された子供向けのアミューズメント施設であり、日本では2006年、世界で三店舗目として営業がスタートした。
この施設の入場料は子供の方が高く、大人は施設内の観賞用スペースからしか中の様子を窺う事が出来ない作りになっている。
この施設では中学生までの子供がキッザニアという国の中で、実際に存在する職業に就き、職業体験を終えるとキッゾという通貨を使い報酬が支払われる。
子供たちはこの施設で遊ぶのではない。キッザニアという一つの国の中で生活する為に訪れるのだ。
この説明を聞いたジョンは雷にでも打たれたような表情で固まっている。それもその筈、大学で共に心理学を学んだ仲なのだから、この空間が意味するところをジョンも理解しているのだろう。
スタンフォード大学で過去に行われた"監獄実験"を思い起こさせる光景だ。
監獄の中で囚人としての役割と、看守としての役割を与えられた生徒たちの中で凄まじい速度でカースト意識が形成されていき、囚人の役割を与えられた生徒が同級生に話しかけるように看守へ接すると、看守側の生徒から刑罰を科せられるようになり、まるで本物の看守と囚人のような構図がシミュレーションの中でも確認されるようになったというのだ。
もしもこの狭い世界でそれと同じ様な事が起きているのならば、権力を持っている子供たちはどれだけ横暴な態度でこのキッザニアという国を牛耳っているのか?考えるだけでもおぞましいとジョンは語った。
大我の思惑通りだった。このキッザニアという施設を知った時にジョンなら得意の邪推と妄想でとんでもない事を言い出すに違いないと考えていたが、まさかこうも上手くいくとは思っていなかった。
多くの子供たちのユートピアであるこの国も、我々の様な心の歪んだ大人達からすればディストピアなのだ。この施設を楽しんでいるのが子供の君達だけとは思わない事だ。と大我は不気味に笑った
様々な商業施設を観察する中で、一際ジョンの目を惹いたのは入口の入国審査スペースだ。
このスペースでは大人のキッザニア入国を取り締まり、子供だけの国への入国は決して許されないのだ。まるで大人が優位な立場にあるこの社会から逃れたい子供たちが作った都合のいいユートピアの様じゃないか!と頭を抱え嘆くジョン。この施設を作ったのが大人だという事を完全に忘れてのめり込んでいるようだ。
大きなサイレンの音と共に小さな消防官たちが目の前を横切ると、ジョンは泣き出しそうな顔でその子供達を見送った。すでに放火などの犯罪も蔓延っているのか…人の悪意は生まれた瞬間から芽生えると立証された瞬間だ…と、事故という線を完全に排除した危険思想の外国人の方がよっぽど恐ろしいと思った。
そしてキッザニアの中でも大人たちも入れるスペースが二つあり、保護者待機スペースという子供たちが遊び終わるまで待つ事が出来るスペースと、この劇場の観覧席だ。
劇場の中で子供たちは様々なアーティストとなって公演を行う事が出来るのだが、マジシャンやモデルなどの職業体験をしている子供たちの活躍を大人も目にする事が出来るのだ。
そしてレゲェ調の音楽と共に煌びやかな衣装を身に纏った子供たちがランウェイを歩いてくると、ジョンは失禁せんばかりの表情でヒェェェ…という声を出し崩れ落ちていた。
純粋な心の子供たちが【承認欲求の肥大化した自己顕示欲モンスター】に成り果てているこの国に発展と繁栄は無い、と足元の覚束ないまま劇場を後にした。配信者の自分を前にしてなんて言い草だ、と後を追いかけ【一般人という立場が弱者に与えられた絶対の盾と勘違いしている傲慢な無能】の内腿を殴り続けた。ジョンは少し泣いた。
息も絶え絶えでなんとかキッザニアを後にしたジョンは遠くを見つめ呟いた
「この小さな国が成長させるのは子供だけではないんだね…僕もこの国の没落を祖国の発展に活かしたいと思うよ…」
「その言葉が聞きたかった」
言質捕ったりと言わんばかりの表情でジョンを見据える大我は、いそいそとジョンを車に詰め込み自宅へと走らせた。
するとイズミに今日の動画編集を託し、ジョンと二人でカメラの前に座ると配信開始ボタンを押した
急な配信にもかかわらず次々と増えていく同時接続数にジョンは気圧されたが、それ以上にあまりにも急な展開にうまく言葉が出てこなかった。
「さぁ皆お待たせ。今日は以前から伝えていた通りジョンと一緒に配信していこうと思うよ!挨拶して」
「あ、あぁ…こんにちはジョンです…」
日本語を喋れてる事と噂に聞いていた実物のジョンに興奮するコメント欄だが、大我も同じくらい興奮していた。
ジョンも日本にて体験してきた想い出を語りたいのはやまやまだろうが、すでに用意していた企画を視聴者とジョンに明かす。
「今日はジョンと一緒に楽しそうな企画をやっていくよ!その内容がこちら!」
【世界最高峰の頭脳を持つ二人が揃えば、キッザニアの対象年齢の子供たちを日本のトップに育て上げる事は可能なのか!?】
ジョンもまったく聞かされていなかった企画に面食らっているが、視聴者にもキッザニアを知らない人が多く居る。今日動画に収めてきた観光の流れとキッザニアのシステムを説明している間にジョンも企画の内容を飲み込めたようなので、飲み物を用意し二人で卓に着く。
今回の企画が成功と判断される条件は現在の日本政府に"三歳~十五歳"の間キッザニア内で育てられた子供"百人"の中から何人食い込ませる事が出来るのか?果てはこの日本という国をキッザニア出身の子供たち、【キッザニアン】が乗っ取るまでの道筋を我々二人だけで描くことは出来るのか?という、"子供向けシミュレーションシステムキッザニア"を利用している子供たちを利用した"大人向けシミュレーションシステム"それが今回の企画"キッザニアの野望"である
「ちなみに十五歳を過ぎたキッザニアン達は現代の日本にドンドン排出されていき、その度に三歳のキッザニアンが補充される事はなく、最初の百人から数は変動しないのでご安心ください」
「非人道的過ぎないそれ…?」
「だからお前と一緒じゃないとやりたくなかったんだよ。イズミに火の粉がかかるのは耐えられん」
二人はまず年齢と人数の分配から決めていく何歳の子供を一番多くするかという話し合いでは三歳の子供の比率を最優先として、少し年齢の幅を作る事によって上下関係や教育者という現代と変わりない縮図も作り上げる。年齢の低い者から高い者に向かって人数が少なくなっていくピラミッド方式に納まった。
三歳 七十人
六歳~九歳 十五人
十歳~十二歳 十人
十三歳~十五歳 五人
これが二人の考えた黄金比だという。この三歳のキッザニアン七十名がキッザニアから現代日本に巣立っていくまでをシミュレーションの対象とし、その後の経過はそれまで培った技能や思想を元に算出する手の込んだ妄想ゲームだが、これが日本の学校教育に何か影響を与えるやもと二人は言った。
手始めに大我は十三歳から十五歳のキッザニアンを一つの部屋に集め洗脳を始める。
このキッザニアという国は現代日本からの迫害によりこんな小さな施設の中に押し込まれているのだ、と刷り込む。そして生活必需品や食料の支給は不自由するくらいのラインに抑え込む
彼らより弱い存在である十二歳以下の子供たちが満足に生活できていない状態を、すべて日本政府のせいにする事からが育成のスタートだ。
短期間に数十人以上の人間が意思の統一を図るには不自由を意図的に作って革命を先導するのが一番手っ取り早い
しかしジョンはその育成方法に異を唱えた。
たった一人の指導者に洗脳される事は社会に出た際に、指導者からの指示を仰ぐ事が出来ずに凡人と化す可能性が高い。第二次大戦中は残虐な行為をいとも容易く行っていたドイツの軍人アドルフ・アイヒマンは大戦後、一般階級の人間達となんら変わりなく工場で働き過ごしたという。
一人の指導者を失っては、どれだけ残忍の限りを尽くし勲章を賜った人間だろうとただの人に戻るいい例だ、と
まずはロケットの切り離し方式で年齢の高い人間たちには外の世界に馴染む教育を施すべきだ。
それから段階的にこちらの教育を教え込んでいき、外の世界にアジトを作らせよう。
決まった合言葉を作り外の世界で定期的に会合を開かせるんだ。毎年一人ずつメッセンジャーが排出されるように年代を組み上げるべきだ
それをまずは九歳~十五歳の年代で徹底させよう。その間にも三歳~八歳までの年代を念入りに洗脳していくべきだ。これで日本転覆を可能にする百人の軍隊が出来上がるだろう。
子供たちの笑顔を生み出す施設キッザニアは、今や大人たちの醜い計画の的となりこの日本という国を傾かせんとする悪の軍団と化そうとしている。このまま日本は為す術もなくキッザニアン達の魔の手に落ちてしまうのだろうか!?日本の明日はどっちだ!!
続く!!




