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第111話 たこやきの中身戦争

 

 最近は朝から北海道土産の高級品をおかずにしてしまうからついつい俺もイズミも食べ過ぎてしまう。朝ご飯をしっかり食べているので一見すると健康的に見えるが、朝から内臓に負担をかけすぎると一日を通して体が重く感じたりと実は良い影響の方が少ないのだ。腹八分目とは今よりも医療の発達していなかった時代に、自らの経験から導き出された真理だったのだろう



 こんな生活をしていたら多額の税金をこの国に納めているのに年金も貰う前にくたばってしまう、お昼はせめて軽く何か軽食を食べる事にした。「なんか軽く…」といえば選ばれる料理の幅が大分絞られて『逃げの選択肢』として優秀な筈だが、俺とイズミの食に対する好みの違いがこの議論を難航させている…



「だからピザでいいじゃないの」


「ピザったって前に食べ過ぎて晩御飯食べなかったろ!」


「無限に沸く訳でもあるまいし量を決めて注文しなさいよ」


「無差別に俺の分まで食べるからだろ!」


「早い者勝ちじゃない。すぐに食べない兄さんが悪いわ」



 そう、イズミにとっての軽食はピザまで含まれる。しかし俺からすればそれはもうガッツリと食事の領域まで踏み込んでしまっているのだ。俺からすればっていうかそれが普通な筈なんだが…もっとコンビニで売られてるホットスナックみたいな物を想像している俺からすると、どうしても重すぎるだろうと言わざるを得ない。それこそもっとたこ焼きみたいな…そうだ!たこ焼きなら具材に肉も入れられるし良いんじゃないのか!?



「そうだよ! たこ焼きを作って、イズミのだけ中に肉を入れよう!」


「たこ焼きにタコが入ってなかったら焼きじゃない。」


「そこは臨機応変に現代風な思考をアップデートしないと」


「相変わらずムカつく言い方するわね」



 意識が高い系の大学生みたいな口調になっていた事を諫められるが、それ以外の部分では概ねイズミも同意してくれたらしい。これなら食の好みが真逆な俺達も平等に楽しめるし、自分達の裁量で調理するのだから節制だって出来るな。まずはどれくらいの目安で焼いていくかを考えながら粉を調節する…いつもの基準で作ったら一袋使ってしまいかねないので、今日はその半分くらいで様子を見よう。晩御飯までたこ焼きは流石に味気ないだろうしな



 これで大体5~60個くらい出来る計算か?それでも一般的に考えれば相当な量だが、家にはイズミが居るから…それに俺もなんだかんだ色々な変わり種で楽しみたい気持ちも多少ある。子供のいる家庭だとアレンジが予想以上に盛り上がってしまい、メインな筈のタコが余ってしまうという事態が度々起こるそうなのだが、そういった時は晩酌の時間にお父さんのおつまみとして出されるのが定番だと聞く。今回は我が家もそのパターンになる事が予想されるが、どちらにせよ俺がいつもより多めにタコを食うだけなので何も問題は無かった。



 まずは一回の作成で12個か、穴の開いた状態ではかなり大きめに見えたが実際に作り始めるとこんな少ないのかと感じてしまう。これに騙されて晩御飯が食べられなくなった人はどれくらい居るだろうか?粉ものは想像の倍くらいお腹に溜まるので、自分が食べたたこ焼きの数×2をすると実際食べた容量の目安になる。満腹中枢が反応する前にパクパクと食べられてしまうのも原因の一つだろうが製作工程を見るとその原因もよく分かる気がする



 水を大量に含んだ生地に天かすやキャベツ、そして大きければ大きい方が良いとされるタコ。これらが入ってやっと一つのたこ焼きとしてカウントされるのだから、一つの舟で6~8個入りが標準の物をパクパクと食べればそりゃかなり腹に溜まるというものだ。これで原価はそれほどでもないうえに量産も出来るのだから屋台飯としては不動の人気を誇るのも頷けるというか、悪い言い方をしてしまえばボロい商売だと感じるな…



 しかしこれを自宅でやってしまえば簡素に思える具材も自由度が広がり、今のイズミみたいに北海道で買って来た鹿のベーコンを細切りにして入れたり、その上からこれまた道産のチーズを入れて…それ大丈夫かイズミ?完全にピザ路線に自分から切り替えようとしてないか?もはやこの小さな生地の中にどれだけ詰め込めるかのチキンレースになっている気がするが、上手く出来ているのが具材を増やせば生地が薄くなりそこまで腹には溜まらなくなる。これが今時女子にたこ焼きが人気の理由である



 様々な味を楽しみたい女子からすれば中身は多ければ多いほどいい、彼女らにとっては味なんていくら有っても困らないのだから。なんなら食べ終わった後にはデザートと称してここで生地にチョコレートとか入れて焼いたりもする。生地にはダシも入れず丸いクレープ感覚で食べているらしいのでさもありなんといった感じだが、イズミにもその楽しさを味わってもらいたいな。ちょっと目を離した隙にポテトチップスを砕いてるんだけど。なにこの子、怖い。



 目の前には生地の中に砕けたポテチのカスを散りばめている少女の姿が。それ天かすじゃダメなのか?と感じてしまうが何かこだわりが有るのだろう、先程も言った様にそのアレンジ精神が何よりも食事を美味しくしてくれるのだから、もっと一生懸命に入れなさい。そもそもソース味だったり青のり味のポテチもあるんだから何もおかしい事は無いじゃないか、まぁその上からバターを落としているのは正直引いてしまったが…



 仕上げにソースも青のりも使うとするとどう考えてもバターの味の濃さは喧嘩しそうに思える…イズミを知らない人が見れば完全に悪ふざけだと思われてしまう有様だが、俺の見ている前でそんな事をする訳も無い。何かある筈だ、これが意味する方向性…多すぎる調味料とポテチの投入から導き出される答えとは……まさかとは思うがこの子"一つのたこ焼きの中でどれだけ多くのポテチ味を作れるか"ってコンセプトでやってない?



 なんか限定でソース味とかもあった気がするし、青のりやバター醤油とかもあったな…きっとそれら全部のポテチを同時に食べたとしても加工されるタイミングが違うので、味はバラバラだと予想される。確かに火入れや量の調節が完璧になされたたこ焼きの中であれば或いは…これは動画として作っても面白い試みだし、実際にポテチも買ってきて検証したいまである。そしてダメ押しとばかりに仕上げはマヨネーズも掛けるんでしょ?兄さん知ってるんだからね



 それに比べて俺はなんと王道すぎるスタイルで仕上げてしまったのか…『海老とイカを入れちゃってこれじゃあもうお好み焼きでんがな~w』とかいう古典的なネタで攻めようとしていた自分が恥ずかしい…イズミに負けていられるか!俺だって自分だけのたこ焼きを作って見せらぁ!!俺は冷蔵庫に走り出すと自分がお気に入りの食材たちをとにかく抱えて戦場へと戻った。これはたこ焼きなんかではない、俺とイズミのたこ焼きを使った代理戦争じゃい──!!



 そしてしっかりと出来上がったたこ焼きたちは何とも美しい出来栄えだった。最初に作っていた鹿ベーコン入りのチーズたこ焼きはまぁ一般受けもするだろうから良いとして…本命はこっちの"たこ焼きチップス全部味"イズミはもちろんマヨネーズをかけてフィニッシュ、対して俺の"スーパースペシャルグレート焼き"と呼ばれる物の全貌をお伝えしよう。



 これは生地の中に北海道産の瓶詰ウニをふんだんに入れ、そこに牡蠣醤油をほんの少しだけ。そして仕上げに出来上がった生地の上にはこれでもかとイクラを乗せる。こうする事でタコなんていう貧相な具材には後戻りできなくなった生地の完堕ちを味わう事も出来るのだ!もういっそ隣にタコを盛り付けてしまおう「いぇ~いwタコくん見てる~?w」どうだこの屈辱的な光景は?これにて俺のたこ焼きは完成となる。いざ…実食!!



 美味い。でもどこか全員が他人行儀というか…



 なんか野球のオールスターとかで首位打者の選手が「あ、得点王の○○さんだ…」みたいな。どっちも凄いし同じリーグなんだけど会うのは初めてで、しかも片方が年上だと「お…首位打者の…w」って気まずくなってしまう感じ。不味くは無いんだけど相性はと聞かれると…まぁ初対面だから…みたいな。伝われ。



 自分の魔作が思いの外凡作に成り下がってしまった事にショックを受けていたが、そうだ!イズミの作品はきっと凄い事になっているだろう!とイズミの様子を見てみると、口に例のたこ焼きチップスを詰め込んで明らかにテンションが下がっていた…どうしてこんな事になってしまったのか。そんな露骨に美味しくなかったんだろうか?



「どうしたイズミ…? やっぱり味が多すぎて…」


「これ…口の中怪我する…」



 そうか…天かすって丸いから口の中には随分と優しかったんだね…しかしポテチを砕いたものをあれだけ小さな球体に詰め込めばこうなる事も必然か。鹿ベーコン入りの方はちゃんと美味しかったらしいので、その後は傷付いた口の中を火傷しない様に冷ましながらゆっくりと食べていた。



 アレンジには懲りたらしいイズミに変わって次は俺が…と勇んで作った"うまい棒の粉入りたこ焼き"はなんだか貧乏くさい味になってしまい作った事を後悔した。胃の容量的にはまだまだ食べられるからめげずに何度も挑戦してみよう!と奮起した俺はこの日、晩御飯を食べることは出来なかった。



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