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第108話 久々の帰宅

 


 何時に寝たのかも定かではないが習慣とは恐ろしいものでピッタリ六時三十分に目が覚めた。朝早く起きる事の素晴らしさを説くことわざに『早起きは三文の徳』という言葉があるが、現在のお金の価値に換算すると100円くらいらしい。早起きするだけで毎日100円が手に入ると考えればしない手は無いが、このホテルという環境では三文どころではない恩恵を受けられる事は前回のバイキングで皆さんにも知って貰えただろう



 バイキング会場が開くのは八時からでチェックアウトは十時まで、それまでにここでアホ面晒して眠りこけている女共の部屋に行き、ノータイムでホテルから出られる様に荷造りしておくのが今の俺に与えられた任務だ。もう少しすればイズミも目を覚ますだろうからこいつらから鍵をふんだくって部屋に突入するとしよう



 * * *



 日頃の行いからか目覚めスッキリのイズミと二人でまずは俺の母親組の部屋から片付けをする事に。カガリは科学者らしく出したものは出しっぱなし、目的を果たしたら元の場所に物をしまうという習慣が無い様だ…テーブルの上には化粧品が散乱しており、ベッドの上には昨夜までの着替えがそのまま放置されていた。案の定というか出立ギリギリまで寝ていた世界線を想像してみると、とてもじゃないが飛行機の時間に間に合わない事は明らかだった。こいつらを信じずにスケジュール管理を行った自分を褒めてやりたい



 晴香は思った以上に荷物が少なくそれほど苦労はしなかったが、明らかに持って来た荷物の量とカバンの大きさが比例していないので不安になって部屋中を探し回ってしまった。犬一匹くらい入っててもおかしくない程度にはスペースが余っているのだが…まさか本当にこんなスカスカの状態で旅行に来ていたのか?であればもっと小さくコンパクトにまとめられるリュックサックでも十分な気が…こんな所までガサツというかなんとも腑に落ちない結末となったが、一応この部屋の荷造りはこれで完了だな。次は大田さんと朝陽さんの部屋だ



 そろそろバイキングが始まる時間も迫っているのでなるべく長い時間を食事に充てたい俺達は急ぎ足で部屋中をくまなく探した。しかしなんとも拍子抜けだったのがこの部屋は綺麗に片付けられすぎている、もう既に部屋から出る事を想定された荷物の配置になっていたのだ。この几帳面さは恐らく朝陽さんの仕業だな…?北海道に来る日だって前日にかなりの量飲んでいたはずなのに自分の荷物や衣服はキッチリと用意されていた。



 なるほど、そう考えると先程の異様に少なかった晴香の荷物にも合点が行く。あれは念入りに吟味して選ばれた物を持って来たのではなく、前日に準備していた荷物を俺が大田さんに放り投げて積ませたんだった。備えあれば憂いなしとはまさにこの事か…と痛感していると共にこの部屋は手間が掛からなそうに見えて安心してしまった。



 今朝ばかりはしっかり者の朝陽さんに感謝しながらも、出発当日の朝に目覚ましだけはセットしていなかった朝陽さんの事だ、どこかにとんでもないミスが残されているかもしれないと目を皿にして探しているとやはり見つかった。本来なら開け放たれている筈の金庫がしっかりロックされたままになっていて、中には貴重品が残されている様子だった…俺が居なかったらどうするつもりだったんだよマジで



 まぁこれに関しては朝陽さんか大田さんに聞くまでは開ける事も出来ない訳で、やはり早起きは三文の徳なのか?俺達は時間ピッタリに朝食バイキングにありつける運びとなった。もしかしたら暗証番号を忘れてしまったなんてトラブルも起こりうるのでそれほど長居は出来ないが…最悪もう一泊くらいはしても良いという心構えで今はただ目の前の料理たちに向き合う事にした。なるほど今日はサバの味噌煮か…悩ませるじゃないか



 用意されている米の種類は白米だけでなく五穀米と日替わりの米が存在しているのだが、何てことだ…今日はサフランライスだと!?となると近くから漂って来るこの香りはまごうことなきカレー!カレー風味の何かではなく朝っぱらから本物のカレーを提供するのか…これには俺も恐れ入ったな。本来このバイキング形式に於いてのカレーとは悪手、取って来た料理がすべてカレー風味になってしまう悪魔の罠と俺は呼んでいる。しかしそれはバリエーションに富んだ料理が並べられている夜の話、朝カレーは正直そそられる



 イズミは肉とカレーを同じ皿によそって颯爽と白米を別皿に盛り付ける。サフランライスもあるというのになんて思い切りが良いんだこの女は、朝カレーは羨ましいが俺はまだ戸惑っている。だってそうだろう?朝から出て来るカレーなんて正直期待する方がどうかしている。寝かせたカレーの美味さを知っている俺からすれば、その日の朝に急造しただけのカレーなんてレトルトにも劣るインスタントと変わりないと思っている。それくらい一日寝かせるという行為は大切なんだ



 ひとまずは見送ってありきたりな物だけを手に自分の席に戻ると、イズミはカレーその物の味を見る事も無く豪快に生卵を落としていた。それが甘口だったらどうするつもりなんだ!?まろやか通り過ぎて甘くなったらイズミは食べられるのか!落ち着け…バイキングとは大衆向けの孤独のグルメ…俺がイズミのチョイスに口を出すなんて御法度だろうが。リアクションだけ見て首を傾げるようなら今回は見送る事にしよう、それまではこの海藻たっぷりの味噌汁を楽しみながら…うまっ、このみそ汁は酒を飲んだ翌日の体に染みわたる母なる海の味。これだけでも大満足な予感だな



 イズミのリアクションを見逃してしまった…



 俺が味噌汁に夢中になっていたほんの少しの間にイズミの皿からカレーと白米は消え失せてしまった。これは感想を聞いてしまっても良いんだろうか?全部食べている所を見るに少なくとも不味くはなかったらしいが、よしんば不味かったとしてイズミなら平気で食べてしまいそうなのが俺の決心を揺るがせる。北海道で食べた最後の食事を嫌な思いで終わらせたくないという欲が出てしまっている…頼むイズミ、もう一度カレーを持って来てくれ…もしもリピートするのならそれで俺もカレーを食べられるから…



 う~ん…サフランライスに変えて来たかぁ…



 それは白米が微妙だったのか?それともカレー自体が微妙でイズミも試行錯誤の段階なのか?答えは結局闇の中だが今回はしっかりとイズミのリアクションを注視しておこう、それが俺の道を照らす唯一の光となるだろうから。うん、カレーとサフランライスを食べて…肉も…おや?そういえば生卵を入れて無いという事はやっぱり甘口寄りだったのか…?段々と謎が解き明かされていく、さぁ最後に言え、美味いか不味いかどっちか言え。なんか言うんだイズミ…



「なんか言え」


「は?」



 あまりにも無表情のまま食べ続けるもんだからついつい心の声が漏れ出てしまったようだ。というかイズミは元から料理の感想とか言う方じゃなかったな…感想聞いてみても「普通にカレー」としか言ってくれなかったし、実際食べてみても普通にカレーだった。ホテルという一見格式高そうな響きと、バイキングには外れ料理が存在するという偏見が俺の中で合致して判断を鈍らせていたが冷静になるとそれはそうか、そうそう不味いカレーなんか無いし美味いカレーを作るならバイキングで出す必要も無いしな。損も得もしないこれこそがバイキングクオリティー、しかとこの身に刻んだぞ。



 バイキングを堪能した俺達がそれなりに満足して部屋に帰ると、信じられない事にあの怠惰を凝縮して形にしたと言われている全員が目を覚ましていたのだ。明日は嵐でも来るんじゃないかと天気予報を確認してしまったがどうやらその予定は無いらしく、却って今日の飛行機に乗る事が怖くなってしまった…もしかしたらこいつらのせいで落ちるかもしれない。しっかりと貴重品を取り出す事に成功した朝陽さん達と共にホテルを出て空港まで向かったが、その道中で俺はひっそりと神に祈りを捧げていた事は言うまでもない。



 飛行機の発着準備を待っていると空港にもお土産を売るスペースが存在していて、またも"白い恋人"はイズミに目を付けられている。どこにでも居るなお前とまりもっこりは…まぁ今回の土産は配送にしてあるので機内ではイズミが手持無沙汰になってしまうかもな、と二箱ほど買ってやった。イズミの場合は一口で食べるからボロボロこぼして迷惑を掛けるという事も無いだろうしな



 あれほど切羽詰まっていた行きの時とは打って変わって、飛行機までの道をこんなにもスムーズに歩いて来れるなんて俺は少し感動さえ覚えている。思えば北海道にいる間も何かと文句を言われ、挙げ句の果てにはご馳走した料理を前にしてぼったくり扱いだからな…やっぱりどうかしてるよこいつら。それでも思い返してみたら楽しい思い出ばかりな気がしてくるのは旅行という魔法に掛けられているだけだろうか?今回の旅行が無ければ朝陽さんの絶望的な歌の下手さも、カガリが両親をパパママと呼んでいる事も知れなかったし…まぁ別に知る必要なんか無いんだけども



 集団でどこかに出向くというのは思い通りにならない事の連続で、なんでも思い通りになって来た今までの人生から考えるとあまりにも非日常的に感じた。これが世に聞く修学旅行という行事なんだろうか?隣でサクサクと子気味いい音をたてているイズミの顔を見ても、何も答えは得られそうに無かったので俺はゆっくりと目を閉じた──



 のだが、後ろから伸びてきた手に頭を叩かれて目覚めを余儀なくされる。



「大我ー、私達の分のお菓子はー?」


「あぁ…? ねぇよそんなもん…」



 またしても俺から施しを受けようとするのかこいつらは…なんならお前らが見てる目の前で買ってただろうが。まさかとは思うが二つ買ったのがイズミの分だと気付いていなかったのか?普段の食いっぷりを見れば分かるだろうが。



 それからもやたらと起こそうとするのでなんとかイズミに懇願して半箱だけ分けて貰う事に成功した。今までに経験したどんな交渉よりも困難な状況だったが俺に掛かればこんな物だ。前回はこの機内で見た夢の中で謎の女神に忘れ物を指摘されて飛び起きたのだが、今回はそんな杞憂も必要無いし気持ちよく夢の中を堪能しよう。



 しかし今回も夢の中で女神が現れたった一言「結局抱けませんでしたね」とだけ言い残して去って行った。そうだ、イズミと旅先でのキャッキャウフフがまだだった…俺は薄れゆく意識の中で口元に笑みを浮かべながら目から一筋の涙を流した────



- 北海道旅行編 完 -


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