第107話 お土産が買いたいんじゃい! -後編-
先程までドレスコードが必要でもおかしくない高級店にいたとは思えない程にだらけきった体勢で酒を飲む女達。その横には数万円分の料理を胃の中に納めた筈の妹が数百円のコンビニ弁当を黙々と食べている…まぁ別に何の記念日って訳でも無いから良いんだけどさ…うん
かくいう俺だって高級ワインの後に飲んでいる缶ビールが一番美味いとさえ感じているのだから、一度現実に帰ってしまえば安心感の方が勝るのかもしれないな。ああいうかしこまった場所が嫌いなのは自分が働いていた反動だと思っていたが、案外根っからの庶民派気質がそうさせていたからなのか?真相は定かではないが結果として新たな学びを得たという事にしておこう。そうでもしなければ目の前でゴロゴロしながら安酒に酔っている母親たちをぶん殴ってしまいそうだ
「そういやカガリは北海道が故郷っていうか出身地なんだろ? よかったのか親御さんに会わんでも」
「ん? あ~言われてみればって感じだね」
晴香の唐突な質問を聞くまで俺自身も忘れていたが、確かにせっかくの里帰りの期間を俺達だけで過ごしてしまった事に気付いた。そういえばこいつらにも親という概念が有ったんだったな…とてもまともな教育を施された様には思えなかったので失念していたのかもしれない。
冗談はさておき、俺達はカガリと両親の親子仲やまだ存命なのかすら知らない訳で。もしも険悪な関係なのにおせっかいで連絡の強要なんかをしてしまえば、円満に終える筈だった旅行にケチが付いてしまいかねないので慎重に家族関係の話を聞き出してみる事にした。不思議なことに今までカガリの両親とか家族構成の話になる事なんか無かったからな…シンプルに興味が惹かれるというのが本音である
「カガリって何人家族だったんだ? 兄妹とか居た?」
「いんや? 私の知りうる限りは一人っ子だったと思うが…大我クン達のような事が無ければね」
「なんか大人になってから両親と仲悪くなったとか有るのか? 連絡しづらいとか…」
「別にそんなもの無いよ~ただ単に連絡するのが面倒なのと、札幌からはちょっと離れた場所に住んでるからってだけ」
「ふむ…」
本当だろうか?まぁ答えている最中に視線を外すような素振りを見せなかったし、別段隠し事がある風にも見えない。答え終えてもこの場に気まずい空気が流れる訳でも無い事から今の話はすべて事実なんだろうな…それにしても遺伝子上の子供を気にかけるでもなく、地元に残って親孝行するでもなく、こいつは今までどんな人生を歩んできたんだろうか?自分勝手極まりない女だな本当に
科学者なんてそうでもしないと大成しない職業なんだろうか?そうだとすれば自分の大切なお子さんと末永く暮らしたい親御さんにはお勧めできませんね。そんな予定は一切無いがもしも俺とイズミにかわいい女の子が生まれて、手塩にかけて育てた娘が上京して彼氏なんか連れて来た日には…俺は犯罪を犯してしまうだろうな
「どうしたんだい大我クンは? さっきから難しそうな顔しちゃって」
「いや…俺の娘の事をだな…」
「なによ兄さん遂に生でするの?」
「大我ちゃんはまた破廉恥な事を!!///」
「違う違う!! 架空の娘の話だよ!!」
俺の頭の中で繰り広げられていた架空のストーリーを説明すると母親連中は何とも言えない表情をしていたが、俺や大田さんにはまだピンと来ないというか…どちらかというと申し込む側に年齢が近いからだろうか?この問答の正解が娘にとっての幸せなのか、信頼できる人間に預けたいという親心なのかがハッキリとはせず、連れて来た男をとりあえず殴っておこうという漠然としたイラつきだけが宙ぶらりんの状態だ。しかしそんな俺達とは対照的に母親連中の意見は一致しているらしかった
「でもそれって親がどうこう言える立場じゃないわよねぇ?」
「そうそう、自分の好きにして気に食わなかったら絶縁しちまえば良いんだよ」
「そうは言っても一緒になる相手は赤の他人な訳だろ? 最終的に信頼できるのは血の繋がった家族なんじゃないのか?」
「大我クンは私達に全幅の信頼を置けるのかい?」
「…そう言われると絶縁もやむなしだな!」
「言い返せないだけに傷付くなぁ~」
大田さんだって家族関係は良好だけど、でもあのお父さんの事だからもしかしたら俺達の想像している昔ながらの「お前に娘はやらん!」というお手本の様な断り方をしてしまいそうだが…そもそも大田さんが連れて行く相手が男で無い事に面食らって、事情を把握しないまま娘可愛さに了承してしまいそうな雰囲気さえある。どこを取っても普通ではない俺達が議論するには少々テンプレすぎる話題だったのかもしれないな
「というか前提からしておかしい話だとは思うがね」
「結婚の話か?」
「自分達は避妊せずに快楽を求め、ケダモノの様に性を貪った成果である自分の娘相手には途端に手のひらを返し、まるでそれが非人道的な行いであるかのように非難する事がそもそもの間違いって事さ」
「セックスした事が無い者だけが子供を非難する権利があるって事だよな、じゃあそいつはどこの子だー! って話にもなるんだけどなw」
「でもお前らセックスしてないのに俺産まれてるじゃん…」
「・・・」
なんだか俺の一言で重苦しい空気になってしまったが、今の話の中で親が示す拒否反応は『身内から性の匂いがする』事に対しての嫌悪感が原因なんだろう事は分かった。カガリは研究者らしく俺達に伝える為に直接的な表現を伏せながら話していたが、晴香がセックスとか言った時スゲー嫌だったもん。もうなんかそういう話しないでくれよ…って何とも言えない気分だった
それに比べてこいつらはよくもまあ俺とイズミの性事情に首を突っ込んで来たというか、恥ずかしげも無くあれやこれやとイズミに言えた物だと今となっては感心してしまう。というかイズミも朝陽さんが初体験の話をしていた時に嫌な顔一つせずに聞き入ってさえ居たな…もしかしてこんな所にも性差が存在してるんだろうか?大田さんの家族が一番まともだろうからこういう時ばかりは参考にさせて貰おう
「もしかして大田さんとかもその…幼少期に親の行為をうっかりとか経験ある…?」
「あ~…私は経験ないですけど話を聞いただけで結構くるモノは有りますね…」
「やっぱり俺達の親子関係が特殊すぎるだけなのかもなぁ…」
「でも母ちゃんとだったら別に抵抗なくシモの話とかは出来ちゃいますから、そもそも同性かどうかっていうのが重要なんじゃないですかね?」
「え、じゃあお父さんに『なんだ今日は随分イライラしてるけど"あの日"か?』とか…」
「ぜっっっったい無理!!!」
「そんなぁ…パパにも優しくしたげてよぉ…」
思えば俺にはどうあがいても父親との会話なんか叶わないんだし、爺さんとの会話も完全に孫と祖父って感じだったもんなぁ…晴香とかカガリが男連れて来たって完全に他人なんだし難しい関係なんだな家族って。
だからこそ親孝行という方法で大切にしなければならないんだろうな、形式上は旅行と言えどもまだこいつらが生きている内に思い出を作る事が出来て良かったのかもしれない。なんだかちょっとハートフルな方向に話が進んでいるけども、だったらなおさらカガリも親孝行するべきなんじゃないか?会話が一周してカガリを問い詰めるも頑なに両親と連絡を取り合おうとはしないのだ
「だぁ~から別にいいんだってば、大我クンはちょっと年上の親戚くらいの感覚だから私達と普通に話せてるだけで…」
「それでもいつか死ぬのは平等だろ? もう明日死んだっておかしくない年齢なんだから今のうちに一報ぐらい入れといたらどうなんだ」
「なんか大我の方が父親みたいになってるな…」
「でも言ってる事は正しいものねぇ…」
「確かに…」
なにがなんでも聞こうとしないカガリに業を煮やして俺は携帯をふんだくると、勝手に電話帳から両親の名前を探して掛けようとした。するとカガリも慌てて取り返そうとするが面白がった晴香たちがそれを許そうとせずに羽交い絞めにし、もう鳴き声とも呼べる声を上げてカガリは必死に懇願している。やはりどこかに問題が有るのだろうと仲を取り持つ算段を頭の中で組み立てている時にようやく両親の番号を見つけた
【パパ】
【ママ】
…なんだか申し訳ない気持ちになってしまったが、いやいや別にいい事じゃないか。こんな年齢になってまでもしっかりと両親にリスペクトを払っているというか、問題なのはあまりの衝撃に俺が口に出して読んでしまった事だろう。一瞬空気が凍ったかと思えば俺と晴香が大声で笑いだしたのも更に問題に拍車をかけたというか…失礼かもしれないがあまりにも意外過ぎて初めてカガリの事を可愛らしいとさえ思ったのが原因なのかもしれないな
「おいおい良い歳こいてママとパパってか~? 普段は知的ぶって"~だがね"とか言ってるクセしてなぁ~wwwww」
「おい晴香やめろよ!! カガリだって大事にしてるだけなんだから──」
「あんまり俺のママを侮辱するなよな!!wwwwww」
「「wwwwwwwwwwwwwwww」」
「~~~~ッ!!///」
カガリママは俺達の事を睨みつけながら悔しそうというか、気心の知れた相手に痴態を晒して恥ずかしかったりもしたのだろうか?朝陽や大田さんになだめられながらどうにか正気を保っている様だった。流石のイズミもあまりに無様なカガリに同情したのか自分のから揚げを一つ食べさせようとしている…
北海道最後の夜はカガリの悲鳴と俺達の邪悪な笑い声に飲み込まれ更けていった
こんなに盛り上がって明日のチェックアウトには間に合うのだろうか?否、何としても間に合わせるのだ。そう心に決めた大我も今はただこの宴に興じるのであった──




