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第105話 お土産が買いたいんじゃい! -前編-

 

 早い物で今日が北海道に宿泊する最期の日になるのか、俺達は口に出さないまでもどこか寂しさを感じていた。冬に来る北海道もらしさが有って良かったが、春先は快適な足元と穏やかな気候も過ごしやすそうで気に入った。冬の環境が厳しい事で有名な北海道も最近では夏場も本州と遜色ないほどに暑く、古いマンションにはクーラーも標準装備されていないので地獄らしいが…避暑地として名を馳せた北海道はどこへやらといった様子らしい



 今では夏は暑く冬は寒いのに交通の便は極端に悪いという本当の意味でも"試される大地"と化しているらしい。



「うあぁ~…帰りたくねえ~…」


「飛行機めんどくさいぃ~…」


「別にお前らくらいなら置いて帰っても問題ないんだけどな」


「前にイズミさんの食べてたお肉ってここのお店ですか?」


「そうね。加工肉はここで買って間違いないわ」


「へぇ~、これはお店のママさんたちに喜ばれそうねぇ」



 朝から明日の事を考えて早速ごねているのはカガリと晴香、それに比べてまだ社交性のある大田さんと朝陽さんは既にお土産を買って帰る事を楽しみにしている様だった。俺だって何よりもこの時間を楽しみにしていた者の一人だから、初見で昂る気持ちは非常にわかる。前回来た時に忘れたししゃもだって買って帰りたいし、他にももう一度お世話になりたい店だってある。主にイズミに食べられたお菓子類なんだが…



 この面子で買い物に出かけたのはイズミの誕生日以来だったが、あの時の様に搦め手を必要としない純粋な自分達への投資だからそこまで悩む事も無いだろうな。この時の俺はそう信じて疑わなかった…



「これとこれと…あ、でもこれも…」


「いや、こっちよりもあそこの店には…」


「大我さんちょっとこれ持ってて貰っていいですか!?」


「お前らちょっと落ち着けよ…恥ずかしいだろうが…」



 悩むかどうかよりも興奮してあれもこれもと手が足りなくなっているらしい…俺の中で女性の買い物とはより良い一つの品を選ぶ為に厳選を重ねて余計に時間のかかる印象だったが、そういえば『大安売りのバーゲン時には取っ組み合いの喧嘩くらいまでは許される』それが主婦の買い物だと昔何かの漫画で見た事を思い出した。自分が欲しいと思った物には躍起になって執念を燃やしかなりの熱量をぶつけているのを見るに、今の彼女らも解釈通りと言えるのだろうか…?



「兄さん、こっちも手が足りないわ。一度会計してしまった方が良いわね」


「これじゃあ市場荒らしだな…早めに配送出来そうな物は済ませておくか…」


「大我~会計頼むー」


「大我クンこっちも~」


「だからちょっと待て…会計!? なんで俺が払うんだよ!」


「だって私達財布持って来てないもんなぁ?」


「ねぇー?」



 信じられない乞食根性というかここまで来ると清々しいクズっぷりだな…まるで俺の事を成人するま育て切った親みたいな甘え方だけど、実際には一年も交流していないほぼ他人でこれだ。どれだけの金が口座には入っていようともカードは一枚しか持っていない、こういう時の為にある程度の現金は持っていた方が身の為だろうか…ていうか普通の人はこういう時が無いんだよ。常識の範囲内で自分のお金で買おうとするから訪れないんだよ普通は



 ふざけているのはこの要望だけではなくカウンターに並べられていた商品の数々で、人にお土産を買って貰おうとする常識的な量からは大きく逸脱している山だった。流石にこれで二人分だと知った時にはホッと胸を撫で下ろしたが…それでもこれは何度かに分けて発送しなくてはならない量じゃないのか?食品の山に地方の地酒までも網羅されて、ここだけで小さな北海道と呼べるくらいには充実したラインナップだ。ただし支払いは俺の金とする



 そういえばもう一人手が足りないとか喚いていた女はどこに行ったのか?朝陽さんの付き添いで手が足りないのか、それともこいつらのように自分が買う分も含めてなのか定かではない。まぁ先に自分達の会計を済ませてから探しに行っても遅くは無いだろう、ここで手を焼いて自らの首を絞める事だけは無いようにしなくては…買う物に漏れがあった時のイズミの方が怖いしな



 発送の終わった母親二人に捜索を申し出てから数分後、俺の携帯には『大変だ』と『早く来てくれ』というメッセージだけが送られて来た。どこにいて何が大変なのかは一切教えてくれない人を焦らせるだけの最悪な報告に呆れて返信も出来ない。それだけ大変なら俺の方からも見つけられるだろうし、最悪死んでてもまぁその時はその時だろう。なんだか向こうの方で山と積まれた商品が揺れているが、アレが俺達の知っている人物とは無関係である事を祈りながら大田さんを探す事にしよう



「た、大我さんそこに居るんですか…? これどこに置けばいいか…」


「ていうかどうやったらそんな事になるんだよ。一番上まで積んだ方法を教えてくれ」



 案の定先程の揺れる大荷物の正体は、このデパートに来てから荷物持ちとして朝陽さんに付き添っていた大田さんだった。前も見えない状態で高さ数メートルまで積み上げられた不安定な荷物を持ち続けているらしい…積んだ方法もそうだが、目の前が見えなくなる過程でおかしいと気付けなかったその頭の中も気になる。



 そして当人の朝陽さんだが…まだ何かを物色しているようで大田さんの切羽詰まった状態にも気付いてないようだ。「これだけ熱心に吟味しているのだから当然会計は自腹なのだろう」と思ったそこのあなた、まだまだですね。どうせ朝陽さんも財布を忘れているか、この旅行中に関しては俺が払うのが当然という空気に流され持って来るつもりも無かったかのどちらかだ。俺は賢いから知っているんだ…



「朝陽さん…もう大田さん持てないからその辺で…」


「あ、大我ちゃん…って大田ちゃんどうしたのその荷物の山!?」


「犯人アンタだよ」



 聞く所によるとお店で働く人たちの趣味に合わせて選んでいたらこれだけの量になってしまったそうだ。よくよく考えてみれば大田さんも両親の分だけだろうし、晴香やカガリなんかは薄情すぎて自分達の分しか買っていなかった。外界との関わりが最も多い朝陽さんの土産が多くなってしまうのは必然というか…本来ならこちらの親を甘やかしてあげるべきなんだろうな…あと当然の様に財布は持っていなかった



 色々な要因が重なりバタバタとしたが、終わってみれば各々が満足いく買い物が出来たと喜んでいる。まぁそれは良いが忘れてはならない事もあり、北海道で宿泊する最期の日にどこで何を食べるのか?という事だ。昨日は適当に飲み食いして、そのまた前日にはカラオケで適当に飲み食い歌い。まるで北海道を楽しんでいるとは言い難い食のラインナップに俺は辟易としていた



 こんな食のカタログなんかを見ていてもどうせ評価されているのは決まって高級店。どこの都道府県でも金さえ出せば食える一流のシェフが一流の食材を使っただけの三流の店が紹介されており、訪れる旅行客達はこれだけ食べれば北海道を感じられるとでも思っているんだろうか?



 感じられるんですねぇ~。俺達は高層ビルの最上階に位置する鉄板焼き屋に訪れていた



「え?あれだけ言っていたのに三流の店をご利用されるんですか?」と御思いの皆さん、俺とイズミだけならまだしもこいつらみたいな五流には高いだけの物食わしとけばいいんですよ。それにここは海鮮コースと和牛コースが選べるので肉を食いたいイズミと海鮮を食いたい俺にも優しい。問題はとてもじゃないがイズミの腹を満たすほどの量が提供されない所か…まぁ後でコンビニ飯だろうがスナック菓子だろうがいくらでも食えばいいだろう。この理論が適用されるのはイズミだけに違いない



 夜景を眺めながら目の前ではシェフが鉄板で高級食材を焼いてくれる雰囲気もこういう時にしか味わえない特別感があり、大田さんと朝陽さんなんかは目を丸くして子供の様に食い入って見ている。少しでも楽しんで貰えれば北海道まで来た甲斐があるという物だ



「…なぁ、遅くねぇか?」


「ツマミはどこで注文すればいいのかな…?」



 小声でこんな事を聞いてくる底辺層の親が居なければもっと楽しかっただろうと俺は考えているんだが…



 つづく!

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