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第九十八話 花見の準備をする大我

 


 如月大我は四月末に控えた花見の準備に追われていた。東京近郊で四月末に花見なんかしてはもう遅すぎるのでは?と思われるかもしれないが、元より東京で花見をする気なんか無かった。



 如月兄妹は再び北海道へ飛ぶ事にしたのだ



 急に北海道という選択肢が出て来た理由としては、ネットのお花見記事からイズミが余計な情報を仕入れてきた事に起因する。どうやら北海道の花見は他の地域の様に弁当を持ち寄ってのんびり楽しむ訳ではなく、桜の木の下でジンギスカン鍋を持ち寄りジンギスパーティーを楽しむのだという。どういう事だよ北海道



 それを知ってから寝ても覚めても北海道が止まらないイズミは"花より団子よりジンギスカン"と言った様子でホテルの選別すら済ませてしまったらしい。なんて行動力か、食の楽園北海道へ向かう為ならマルコポーロの様に厳しい航海すらも厭わないだろう。兄としては大志を抱く食の探検家イズミの背中を押してやる事しか出来ないのだ



 ただ問題があるとすれば…今回は二人旅では無いという事かな



「カガリは北海道出身らしいからある程度の準備も任せてるけど…地元ってだけじゃ安心できないのがアイツらなんだよな…」



 例の四人と花見の相談をしていた時にはまだ北海道で行うと決まっていなかったのだが、イズミの提案を伝えるとそれはそれは喜んでいたそうな。理由はそれぞれ違ったものの、誰も桜の綺麗な場所を提案しなかった事から"花よりジンギスカン"なのは彼女らも同様らしい。



 しかし花見をするなら前回の様に都会の札幌で行うという訳にもいかず、様々な桜の名所を調べては開花の時期が五月上旬だという事に驚いていた。広島では三月の下旬に告げられた開花宣言が、北海道に至るまでに一月半もかかるという事だ…海外を巡りすぎて小さな島国という印象だったが、やはり国と呼ばれるくらいは相応に大きかったかと再認識する



 しかも北海道の記事を見ていても問題点はこの難解すぎる地名の数々だ。どこにあってなんと読むかもピンと来ない物ばかりで、例えば『美唄』これも実際にある地名なのだがこれで『びばい』と読むらしい…どういう事だよ北海道。こんな調子で見ていると花見だけなら静内しずない町という場所の二十間道路という場所が観光には最適だと言われていた。



 しかしそれほど大きくない町にこの時期だけで十万人もの人が訪れるらしいので、宿泊施設の確保や渋滞の問題が付いて回ると言われていた…俺とイズミだけならばどれだけの待ち時間でも楽しめるが、あんな奴等と数時間も車の中だなんて冗談じゃない。どうせ酒の飲みすぎで何度もトイレに催促されるだろうし、出来るだけアクセスの良い場所で楽しめないかと苦心している。



 そこで持ち上がったのが函館の五稜郭公園での花見だ。五稜郭を取り囲むように桜が開花し、本州に最も近い地理的な理由で桜の開花は最も早いらしい。ちょうど四月の末ごろに満開を迎えるソメイヨシノは夜になればライトアップされ、五稜郭タワーの上からも眺められる桜の数々は壮観らしい。これは良い場所を見つけてしまったとウキウキでカガリに確認を取ってみるが、少し考えた後に無慈悲にも却下されてしまった。



「大我クンそれは北海道に夢を見すぎだよ。五稜郭公園は観光で行く場所ではないね」


「観光以外では地元の人も行かんだろ」


「それが逆なんだよ。観光で行くと思ってたのと違う…って人が多くてね」



 カガリが言うには五稜郭タワーの上から眺めた桜の数々は確かにすごいが、花見をしている客は自分達だけではない訳で、もちろん下から眺めて楽しんでいる人達も多いという。その人達が下に敷いているブルーシートが桜の色よりも目立ってしまい、せっかくの景観を損ねてしまうらしい。しかし公園側としても立ったまま楽しめとも言えないし、解決までの道はどうにも平行線を辿っている状況だという



「でもそんな事言ったら本当に田舎でキャンプしながら花見をする事に…」


「いや札幌ですればいいじゃないか」


「あんなビル街に桜の木なんかある訳ないだろ!」


「はぁ…これだから東京もんは…」



 他人の金で里帰りしようとしている女から呆れられ、ならばどういった事情で札幌での花見を提言するのか詳しく聞いてみる事にした。札幌と言えども中心街以外であればそこはやはり北海道、案外自然にあふれているのだという。東京の様にギチギチと建物が敷き詰められている訳でも無く、郊外には何もない土地が余り散らしているのだと



 五月になればゴールデンウィークで人がごった返す事も予想される札幌でも、イベントシーズン以外ではそれほど人もいないらしい。「道民はミーハーが多いから人混みの出来てる場所にしか集まらないよ」と北海道をバカにしているとしか思えない発言を平気でするカガリだが、地元の彼女が言う事を俺が咎めるのもそれはそれで憚られた。広大な土地から様々な人が集まるのだから、まぁそういう人もいるだろうし



「それに円山公園だったらガスコンロとか貸出してるしお得だと思うけどね」


「まじでジンギスカンするんだな…正直話半分だった」


「別にラム肉ってだけでBBQと変わらんよ。酒飲むだけだな」



 いや俺が気になるのはその特殊な形状の鍋をなんで皆が持ち寄れるかって事なんだが…炭で焼く訳でも無いから本当に家でやるのと何も違わないのに、まぁロケーションで味が変わるのもなんとなくわかるし否定している訳でも無いんだが…何とも不思議な文化だなとは未だに思っている



 カガリが言うなら…と前回と同じく札幌近郊で泊まれるホテルを手配する事にした。前回の旅行シーズンに比べるとあっさりと第一候補のホテルを借りる事が出来たので、ほとんどの旅行客はさっきまでの俺達の様に花見の名所として紹介された地域のホテルを必死で争奪しているのかもしれない。季節の行事を楽しむという事はそういう物だと、俺だって思っていたんだから



 実際この円山公園という場所は札幌なので当然アクセスの良さもさることながら、夜になれば別の店で飲み直す事が出来るのもかなり高評価だ。流石に移動も困難な程飲んでしまうバカな大人達だとは思えないのでホテルは若干遠い場所に取ったが、北海道で懸念材料としているのが街中を走っている空車のタクシーの少なさにある



 実際に俺達もタクシー乗り場を探したり自分で呼び出さなければほとんどのタクシーには人が乗り、道端で立ち往生するくらいなら歩いた方が早いと思わされるほどだった。札幌でも区画ごとにタクシーを呼び出せるアプリがあるくらいには北海道に住んでいる人からすると常識なのかもしれないが、俺達としてはカルチャーショックを受けてしまった



 なので出来る事ならば飲みすぎて公園内で潰れるという事は勘弁願いたい物だ…



 それからもカガリと情報のすり合わせをして、ある程度のタイムスケジュールや日数も決まると飛行機のチケットを取りいよいよ本格的に準備を始める事にした。来週の天気や温度を調べ、やはりまだ少し肌寒いかもと羽織る物を用意しておく。飛行機内でイズミが食べるに困らない、かつ音や匂いで迷惑を掛けない物も買っておけば俺達の準備はすぐに済んだ。



 冬の北海道にほとんど手ぶらで臨んだのだから、春ともなればこれくらいが妥当だと二人はリュックサック二つに収まる程度の荷物を準備し、それよりも多くの旅行バッグを空のまま用意していた。前回学んだ北海道は行きよりも帰りの方が荷物は増える、という教訓に従いガッツリと土産を買う準備を整えた。どんとこい北海道



 先程はイズミ達の事を"花よりジンギスカンだ"と揶揄していた俺だが、俺も実はジンギスカンよりお土産の品々だった事は言うまでもない。前回満足に楽しめなかった海鮮がとにかく食いたくて仕方が無いのだ…函館に胸が高鳴ったのも朝市の存在が大きく、カガリに一蹴された時には心の底から残念に思った。



 しかし北海道のあらゆる場所から人が集まるのが札幌という場所で、ならばあらゆる場所の美味い物がすべて集まる場所も札幌だと言っても過言ではないだろう。二人旅ならば絶対的な権力を持っていたイズミも、今回ばかりは流れに身を任せて海鮮巡りもさせてくれるのではないか?という淡い期待も胸に秘めながら、俺達は来る北海道旅行に胸を高鳴らせながら時間が過ぎるのを待った。



 そして夜が明け北海道旅行当日の朝、如月兄妹は家を出たのだった!


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