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第九十六話 リベンジ・ラーメンウォーカー

 


 ──久しぶりにラーメンを食べに行かないか?



 なんて事の無いありふれた一言にイズミが身構えてしまうのは前回のラーメン巡りで出会った強烈なまでに微妙で不快なラーメン店を思い出しての事だろう。実際俺もただラーメンを食べに行くだけなのに挑戦的な意味合いを込めてイズミの事を誘っているのだから、多少なりともトラウマとして意識している部分は有る。


 ※前回は 五十五話『如月兄妹ラーメンウォーカー』にて



 前回はレビューサイトの高評価と古めかしい店構えに騙され、まんまと店主の養分と成り果てたわけだが今回は違う。なんせ前回の我々は判断材料として大田まさみと神田朝陽の両名しか存在しなかったのだから、今回は単純計算でその二倍の人数に伺いを立てる事が出来る訳だろ?四人揃って味覚に難有りだなんて事が…



『蘭☆ラン☆亭』



 いやここ前回来たレビュー詐欺してた愛想も悪いクソ店主の店じゃねぇか。なんだって全員がこの店推薦するんだよ、そういや朝陽さんのスナックで常連客だって言ってたな…バカな女どもに安酒でも奢ってステルスマーケティングにも本腰入れて来たって訳かあのくたばり損ないが。こんな狼藉、いくらお天道様が許したって如月大我が許しちゃ置けねえ!俺はぶち破らんばかりの勢いで扉を開け入店した



「いらっしゃいませー! 何名様ですか!?」


「うぇ!? え、えっと…二人です…」


「あいよー! 奥の座敷が空いてますのでそちらどうぞー!!」



 前回と同じく無愛想なジジイの深いため息から始まると思われた入店のやりとりは、まったく予想だにしていなかった好青年の快活な挨拶に始まった。カウンターはつなぎを着た土木関係の面々で満席となり、もう食べた後なのだろう皿の上には米粒一つ残されていなかった。まさかこれが前回来た店と同じなのだろうか?にわかには信じられず俺達はもう一度この店の名前を確認した



『蘭☆ラン☆亭』



 うん、間違いなく前回と同じレビューで埋め尽くされたサイトは存在した。あれが夢でなかったとするなら前回までキッチン内で不機嫌そうに座っていた店主の存在が在る筈…しかしどれだけ店内を見回してみてもあの頭にタオルを巻き、いかにもラーメン屋といった見た目の好青年しか見当たらないないのだ。もしやと脳裏をよぎったが青年の声にその杞憂はかき消された



「ご注文お決まりでしたらそちらからどうぞ!」


「あ、はい…」



 弟子にしては手慣れている、やはり考えた通りに不幸があったか店舗を明け渡したとしか考えられないのだ。いざいなくなってしまえばあれだけ嫌な思いをした店主だろうと、声の一つでも掛けたくなってしまうのは自分があの頃よりも人間らしさを取り戻してきた証拠だろう。故人かどうかは知らないが店主を偲ぶ意味も込めて前回と同じメニューでお願いしよう



「すいません、ラーメン二つとチャーハン一つ。あと餃子も二つください」


「あいよー!」



 前回も見たこの店内とは段違いに居心地の良さを感じる。やはり店の雰囲気というのは店員の態度一つで変わってしまうのだと改めて思わされた。あんなにもくたびれて見えた店内は今ではなんだか味のある物だと思えるし、以前は余計に待たされたと感じていた五分間もあっという間に過ぎ去り餃子が届けられた。



 注ぎ口から顔を出し未手入れを主張する醤油の存在もどこへやら、ラベルまで綺麗に張り替えられて細かな気遣いも感じさせる。しかし使っている具材は変わらないはずだ、肉汁なんて感じさせないパサつきに絶句した前回の餃子を上回れるのだろうか?まずはイズミが一口頬張るともう歯に当たった瞬間に中の肉汁が飛び出すのが見えている。料理漫画さながらにはじけ飛ぶ肉汁に俺は目を疑ってしまった



 たかだかこんな町中華の店でこれほどの餃子が作られるだろうか?もしかしたらこの店は古くから格式が有り、前回は伝説の料理人が腕を振るった最後の搾りかすみたいな料理を食べたのではないかと錯覚するほどに、まずスタート地点から明らかに違って見えたから…もしかしたら逆にレアな体験が出来たのでは?とか思い始めている俺の浅はかな思考を否定してくれ。そんな思いと共に激ウマ餃子を食べつつラーメンの到着を待つ



 すると先に来たのはチャーハンだった、その米粒一つ一つが黄金色に輝きまるで卵によって化粧を施された様な美しい宝石の山が目の前に運ばれて来たのだ。なんだか具材も多い気がするし油っ気も感じさせないさっぱり五目チャーハンを食すと、まるで口の中で具材が花を開いたかと錯覚するほどすべての具材が一気に自己主張を始めた。これが日本の料理人の作ったチャーハンだと?以前自分が勤めていた中国本土のお手本の様では無いか



 怖い、何だこの店は…?最終的にコントの様に店ごと倒れ、中から張りぼてを繋ぎ合わせた中華の名店が出てきたとしても驚かない程のクオリティだ。あんな地獄のような体験をしたにもかかわらず僅か数か月でこの変わりよう…もしかするとあのジジイがとんでもない不審者だった可能性は無いか…?



 そうだ、そっちの線ならしっくり来るしそうでもなければあんなクソみたいな対応をして、飯もゲロマズを提供する詐欺師がこの世に実在した事になってしまう。そんな訳が無いだろうと自分の頭を何度か叩いて現実を直視すると、イズミも幸せそうにすべての料理を完食してラーメンの到着を今か今かと待ち望んでいる。正直に言うとここまでのクオリティを見せられては俺も期待せざるを得ない



 中国のラーメンは日本でいう所の塩がかなり近いだろう、もっと言えば鶏ガラであっさりとした中華スープ風味と言えば分かりやすいだろうか?醤油ラーメンや豚骨が跋扈する現代のラーメン業界ではまだ手の届き辛い本場の味をまさかこの店で味わう事が出来るというのか?そうであるならミシュラン☆を手にしても何らおかしなこともない、名実ともにナンバーワンの名店と呼べるが…その腕前はいかに。



 目の前に運ばれて来たラーメンは案の定透き通った中華スープ、この香りは数種類の野菜とも一緒に煮込んだであろう純粋な店仕込みのスープだな。具材も余計な品を感じさせない海苔と卵にチャーシューか…お得感を全く見せない事が更なる自信を打ち出している様に感じる。このラーメンが不味い訳無いだろう、もうこのまま食わずに店を出ても良いくらいだが…念の為一口スープを啜る



 いや、クソ美味いんか~い…



 どれだけ俺がフリに時間をかけたと思ってるんだ?ここで美味かったらもう名店だろうが、誰が普通に美味い飯を食う俺らの話を提供しろって言うんだよ…最後は普通か不味くなきゃ話にならないでしょうって。これもしかして薬とか入ってて中毒になりましたってオチとかじゃないよね?健全なお店だよね?



 疑心暗鬼になりながら具材にも手を伸ばしてみるとしっかりと染みた味玉は中が半熟、チャーシューに至っては脂身以外の部分も箸で崩れてしまわないかとこちらが気を遣ってしまう程にジューシーだ。麺だってストレートでスープが絡むなんて事も無く麺に使われた生地の味までしっかり感じられるため、この一杯の中にいくつもの料理が盛り付けられているようで…これぞまさに中華麺たちの満漢全席や…あかんやろこの美味さは…!



 これだけ楽しめてお会計は二千円代…前回はジジイの姿をした悪魔が見せた悪い夢だったのではないか?そんな可能性すらも本気で考慮していた俺は意を決して例のジジイについて聞いてみる事にした。もし死んだのだったら香典を包む事すらやぶさかではない程にこの店には満足させて貰った、ふと彼の胸元を見ると研修中の文字が。



 厨房の奥から咳払いとたばこの煙が漏れ出し、この先にあのクソが居る事は分かり切った事だったが…今回は逆に美味すぎて文句も何も言えない立場になってしまった。レビュー操作ではなくて彼が頑張っている時にたまたま出くわせた客だったのだろうか?それなら納得の数字に俺はただ唇を噛み締め全力で彼を応援する事しか出来なかった…これが彼の為になる事を信じて



 その日の夜も前回同様、放送にて報告しようかとも思ったが視聴者からすると初見時の俺と同じギャンブルに手を出さなければいけない事を考えると…とてもではないがオススメする気にはならなかった。どんな化学反応であんな天才的な弟子を連れて来るに至ったのか聞いてみたいくらいだったが、顔を見ては手が出そうだったので朝陽さんにこっそりと聞いてもらう事にした。



 後日、朝陽さんから聞かされた事で納得したがあの爺さんが店主なのではなくアイツも研修中の身だったらしい。あれだけ態度がデカい老人を見れば誰でも勘違いしてしまうだろうに…というかなんで前回と値段変わってたんだよ、ぼったくられてるじゃねーか俺達。



 あの好青年には申し訳ないがしっかりとした事件なので『蘭☆ラン☆亭』はしっかり通報し、一月もしない内に潰れて跡地には定食屋が建っていた。そう、あの好青年の彼が出した念願の個人店舗だったがラーメン以外は何を作ってもクソ不味くこちらもすぐに潰れた。



 彼の商才の無さに恐怖を覚えた大我は、自分の才能に気付く事が何よりも稀少な才能なのかもしれないなと感じたのであった…



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