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第九十五話 ウサギと戯れる成人男性

 


 どうもこんにちFOOO!こんに…FOOO!!本日の動画なんですが、もう既に目の前に寝転んで俺の愛撫をせがんでいるこの黒き瞳のキミ"ウサギちゃん"との触れ合いを案件としてやらせていただける事になりました。みんなはフィクションのウサギとかバニーコスくらいしか馴染みが無いだろうから、そんな紛い物なんかと比べ物にならない程かわいらしいこの子達を目に焼き付けて帰ってください。撮影は大田さんです



 まず大半の人が最初に驚くのは、ウサギもネコの様に体を丸めている姿勢が標準なので伸びると結構長い事だろう。前足を伸ばしてピーン!と伸びをする仕草で初めてウサギの長さを知る人も多いと聞く。ウサギについての知識なんて『数える単位が~羽』だったり『耳が長くてニンジンが好き、あとジャンプする』程度の人が山ほどいる昨今、この可愛さを伝える機会を与えて貰って本当に感謝している



 寂しいと死んでしまうなんて話も聞くがウサギはストレスに敏感な生物というだけで、本来は野生の環境下で外敵から素早く逃げる為に足と耳は発達したという経緯がある。だからこそペット用として販売されている種類のウサギでも初めのうちはかなり警戒心の強い個体もいるそうだ。キュートにピクピクと動く鼻が落ち着いたらリラックスしている証拠なので丁寧に体を触らせて貰おう



 この日本で飼育されている種類は実は海外から輸入されてきた種類の"アナウサギ"という種類で、その名の通り地面に穴を掘りその中で生活する事で外敵から身を守っていたとされる。音だけでなく鼻やひげのセンサーも敏感に発達しており、室内で走り回ってもぶつかったりしないらしい。そのつぶらで真っ黒のお目目も優れもので、夜目が利き馬同様ほぼ全方位を見渡す事が出来る



 アナウサギの特徴としては毛づくろいする時に穴を掘った際に付着した土を払う動作。顔の前でパンパンと手を叩くと片耳ずつをまるで女性の長髪を櫛で梳かす様にして丁寧に撫でる仕草はもう…ほわっ!!ほわーーー!!



 それが終わればもう片耳も同様に、そして背中の毛づくろいも欠かさず…欠かさ…手が届かないねぇーーー!?もうくるくると一生懸命に背中の毛を梳かそうとするその姿勢においたん声出ちゃったねぇーー!?たまんねぇなおい!!



 これだけ興奮する俺と大田さんとは対照的に、イズミは自分に突進してくるウサギを睨みつけたまま静止している。これは甘えん坊のウサギならではの"撫でて欲しい"という愛情表現であり、その周囲で地面に突っ伏しているウサギたちも同様。どうしてイズミだけそんなにモテるんだ…俺の周りには誰も来てくれないのに。するとイズミはしゃがみこんで撫でてやるのかと思いきや、飼育員さんと俺達の前でとんでもない言葉を言い放った



「これ食えるのよね…」


「えっ!? あ、いえその…」


「こらこらイズミ、こんなかわいい子らを食べれる訳無いじゃないか」


「牛や豚は醜いから食べているの?」


「肉が絡むと途端に社会派になるんだよな」



 過去に生類憐みの令が適用されていた時代に、獣の肉を食してはならないと幕府から達せられた民は「さぎなので鳥なんです」という無理筋ともいえる理論で食べていたのが"~羽"と数えるようになった成り立ちだとも言われている。それ以前にもウサギを食べる文化は有ったとされているし諸説あるのだが、自分が見て面白いと考えられる説がこれだったので自分はこれを通説として扱っている



 しかし、昨今の日本に生息しているウサギを見て食べたいと感じる人は少ないと思われる。害獣扱いされていない事もあって現在は積極的に食肉として市場に出回る事は無い。イズミ以外でこの可愛らしい姿を見て肉だと意識する人間は少ないと思われるが…これが本当の意味での平等なのかもしれないがここは兄として倫理観を教えてやらねばならない



「でも海外では馬の肉を食べないし、日本では犬を食べない。人によっての感じ方はそれぞれなんだからなんでも食べ物として見るのは良くないぞ」



「日本と主語を大きくするなら世界と捉えた方がもっと広義的だと思うけど、自分の都合がいい範囲だけで考えるなら私は私自身という尺度で測るわ」



「う~む…」



 急にレスバが強くなりやがって…確かにイズミ個人の考えではそれを縛る事を俺は出来ない。しかしこれに関しては突きどころは山ほどある。まずはこのウサギ大好き人間達の前で言う必要がない事、口に出した時点で欲求は実体を持ち意味を孕む事になる。わざわざ目の前で言う事はウサギを食うとか以前にイズミの姿勢が間違っていると言わざるを得ない。それを伝えるとイズミは訝しげに言い放った



「農業高校では大切に育てた豚を殺すじゃない。豚を愛して育てた人間達に殺しをさせてる事に対して兄さんはどう思っているの?」


「なんだてめぇ」



 どうしてこんなに肉周りの事情に詳しいんだよ。それだけ食と命に向き合っていて大変すばらしい事だが、いつもの何事にも無頓着なイズミとのギャップに腹が立ってしまい口も悪くなってしまう。こればっかりは平行線を辿る議論になってしまうので自宅に帰ってゆっくりと話し合うとしよう。このやり取りを見ていたウサギ達はかわいそうに…怯えた目をしてこちらを見ている。彼らは頭のいい生き物なので少しくらいは人間の気持ちを分かってしまう



 というか大田さんも飼育員の人も怯えているから種族云々の問題ではなく、イズミの食事に対する熱量とは生半可な事ではないのだろうと改めて感じた。本来なら愛でる目的で訪れたこのアミューズメントパークだが、俺からウサギを見る目も少しずつ変わっていく事を感じた。確かにかわいい容姿をしているが彼らはこの施設の中で飼われている訳で、それが本当に幸せな事か?



 確かに外敵から身を隠す必要は無くなったがそれ以前に本来は外敵とするべき人間に捕らえられて飼育されているんだぞ?すでに野生生物としてのウサギは死に、愛玩動物として金稼ぎの道具にされている彼らの事を考えていると自分にとっての正義や価値観とはどこにあるのかと再び自分の中で答えを探している。


 が、大田さんからは俺達とは違う忌憚のない意見が投げ付けられた



「その…お腹が空いたら焼肉じゃダメなんですか…?」


「いえ…別にいいけど」


「じゃあウサギを食べなくても良いんじゃないですか?」


「…そうね」



 まぁ言われてみればそうだよな。人間の興味関心だけで「食べてみよう」とかするなら表向きではなく誰も見ていない場所で秘密裏に行われるべきだし、金も持っているんだから食うに困っている訳でも無し。お腹が空いてるんだったら帰りに焼き肉を食べて帰ろうとこの場は丸く収まった。たまにはバカな大田さんの意見の方が胸に届く事もあるんだなと新たな学びを得る事が出来た



 それからの撮影は何の懸念も無いただただ可愛らしい彼らとの触れ合い、野菜を食べてくれる時も咀嚼をしながらこちらの顔を見てもしゃもしゃと食べていてたまらん…



 ちなみにウサギの頭はとても小さいので撫でる時は手のひらではなく手の甲で撫でてやると目を瞑って気持ち良さそうにしてくれる。ネコ好きとして知られてきた俺でもこれには頬が裂けてしまいそうなほど吊り上がってしまった…きゃんわいいですね!



 運動の時間には噂に聞くジャンプも見たが、これに関しては我々人間の誇張表現でそこまで高くは跳ばなかった。でも野球少年などがトレーニングに使う"うさぎ跳び"と呼ばれる動作を本物と比べてはならないとしか言えない。あれはうさぎ跳びではなく汗かき体操と呼称すべきだ



 全ての撮影を終えると約束通りに焼き肉を食べて帰った。その頃にはもうウサギの話なんかしてなかったので、あの時のイズミはお腹が空いてただけだったのだろう。まさか空腹になるとIQが高くなるとは思いもしなかったので、これからはイズミの意見が欲しくなったら飯を抜いて話し合う事も検討しようか。



 しかしそんな事をすれば俺の身にも危険が及ぶ事を想像してすぐさま意見を飲み込んだ。空腹の獣が俺の肉だけを都合よく見逃してくれるとも思えなかったのだ…



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