第九十二話 エイプリルフール
四月頭から憂鬱な気持ちで配信に臨む如月大我はとある事に頭を悩ませていた
「今日はエイプリルフールですが、皆さんに大切なお知らせがあります」
先人達はなんでこんな事を面白いと思ってしまったのか本当に疑問でならなかったが、恐らくは俺と同じ悩みを持つ人間が一人も居なかったんだろう。他人の気持ちが分からないからこんな残酷な日を作ってしまう、誰が犠牲になろうとも自分さえよければいいなんて考えているんだ…おのれ人間め、絶対に許さんぞ…と歯軋りしながら伏し目がちにカメラに向かい勇気を出して声を上げた
「え~…今日は僕の誕生日です」
【またまた~w】
去年もやったのだこの件を、何が面白いのか分からないが俺の誕生日をエイプリルフールの嘘だと言う流れ。これの何が面白くてどうなれば正解なのかを誰も教えてはくれない、ただこの日に産まれたというだけでこんな業を背負わなくてはならないのか?俺の人生を一つのイベントとして消化する事に対して何か申し訳ないとは思わないのか?もういいよと怒れば「なんかごめんね…」という雰囲気で俺も悪いみたいな空気を醸し出しやがるし…ふざけるなよと
こんな奴等には祝われたくなんか無いし、この日を忌み嫌っている俺が嘘なんか吐く訳も無いので放送自体を辞めようかとも思ったのだが、なにやらイズミは仕込み満載で楽しみにしているらしく…どうせ俺の不幸を見て笑いたいだけなんだろう。愛するイズミに対しても疑心暗鬼のまま接してしまう
「兄さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう…で、その手に持っているのはなんだ?」
「斧」
これで俺の頭をカチ割ろうとするのか?それとも自分の手でも切り落として見せるんだろうか?この日だけは例えイズミだろうと俺の周囲の人間は総じて敵、その日の流れだけで情報だけを喰らいながら生きているみっともない生物。いや、糞尿製造機と言っても良いくらい俺は憎悪しているのだから今更何をされたとしても驚きはしない
「ブフゥゥゥ!!」
「・・・」
なんてこった…イズミの奴、手に持った斧とか関係なく俺の顔面に何かしらの液体を噴霧してきやがった。手で拭うと俺の右手は真っ青になっている…という事は俺の顔もこの色と同じく青に染まっているんだろう。もはや吐血ドッキリとかでも無いからただの嫌がらせでしかないし、唖然としている俺に向かって仕掛け人であるイズミは道化の様に両手を広げて楽しそうにしている。いやテッテレーじゃなくて、成立してないんだよエイプリルフールが
「兄さん、うそうそ」
「いや嘘じゃなくて…もう既に事象として降りかかってるから…」
タオルを差し出されて顔を拭うとやけにねっとりとした感触で、いかにこの食紅付きの液体が濃い色なのかを思い知らされる。これでは口の中に含んでいたイズミも危険だったのではないか?と被害者ながら心配の眼差しを向けると、目の前では先程同様ポーズを決めているイズミの姿が。いつまでそのポーズをしているんだと言いかけた時にタオルの異変に気付いた
手元のタオルは本来であれば真っ青なはずなんだが、何故か真っ黒に着色されている。
「イズミこれ…」
「兄さん、嘘よ」
「だからなってないんだよ嘘に!!」
どうなってるんだこの女は、目の前で青から黒に変化した人間が実際いるというのに嘘とはどういう了見だ?しかも視聴者は何に浮かれているのかそれに乗っかり【嘘なら仕方ない】なんて言っている始末。俺がそういうノリ苦手だって知らない訳でもあるまいし…これがイジメに発展する危険思想の人間達であると皆さんには心に刻んでいただきたい
やっている方は冗談のつもりでも本人はこんなにも嫌がっている。少し見ても分かるだろうに周囲の人間は同じ加害者になりたくないから、必死に被害者を作らない様に取り繕っているのだろう。だから俺は声を上げなくてはならない、洗面所で顔の汚れを落としながらどんな言葉でイズミや視聴者達を納得させるかと考えよう。空気が悪くなるなんて気を遣うから舐められる、アイツらは人間でも何でもないと思わねばとてもじゃないが反抗なんて出来ない
理路整然と言っても聞く耳を持たないというか、考える頭が有ればこんな事はしないはず。ここは少し自分の評価が落ちようと、泣きだされてしまおうともキッパリと言わねばいけない場面だろうと俺は決心した。リビングへの扉を開いてイズミの顔を威圧するように睨むが、先程と同じ道化のポーズを崩す様子は無い。
そしてイズミの前には俺の名前が書かれたケーキが用意されていたのだ
「お誕生日おめでとう兄さん。実は配信前から準備をしていたの」
【おめでとう!】【ハピバ大我くん!】【いつもありがとう!】
「あ…あっ…」
なんて言えば良いんだこの場合は
もう大声を上げて怒鳴り散らしてやろうと脳天までぶち上げた血液が行き場を無くして俺の体内をグルグルと廻っている。嬉しいとかでもなく困っていると言った方が適切だろうか…そりゃ確かにイズミの様子もおかしいとは思ったが、普段から俺の事をおちょくって遊ぶ事に躊躇なんてしなかったから今回も新しい遊びの一種だと信じて疑わなかった。
それにあの道化のポーズが予想以上に腹立たしかったからという側面もあっただろう。本来のピエロはメイクと言えど笑みを浮かべた状態であのポーズをするのに対して、眉一つ動かす事の無かった無表情なイズミにやられては煽りだと勘違いしてしまうのも仕方ない事じゃないのか?と揺らめくろうそくの火を吹き消しながら考える二十五歳の春。
「どう兄さん? 喜んでもらえた?」
「ん…あ、あぁ…皆ありがとう」
そう言い終わると俺の目の前でケーキは爆発した。
もう分かったよ。イズミはあのポーズをしながら俺を見てるんだろう?そしてコメント欄ではクリーム塗れの俺を見て笑ってるんだ。どうせ俺なんか産まれた事を祝われるような人間ではない、なんせ遺伝子の配合によって生まれた異常な生命体なんだから…愛の下に産まれた訳でもない俺を見て笑うが良いさ…
「兄さん…」
俺の悲しんでいる様子を察したかイズミも動揺しているらしい。そうなんだ、やられている側が少しでも機嫌を損ねたりダメージを喰らった様子を見ると明らかに態度が豹変する。これもイジメる側の特徴と言うか、冗談の延長でやったのだと主張するためにはここらで手を緩めなくてはいけないとブレーキをかけ出すのだ
「これは私も知らないわ」
そりゃ動揺するわ。目の前でせっかく用意したケーキが爆発すれば誰だって動揺しますわ。
となるとアレだろう、俺の誕生日だというのに黙っている筈の無い母親たちが…もっと言うとカガリが仕込んだに違いない。先程までは眉一つ動かさなかったイズミも今では悲しそうな表情でケーキの残骸を眺めている。分かり辛い?よーく見ると眉毛の角度が少し下がって困り眉になっているのだが、素人には難しかったか
そんなマウントを取りながらも家族(仮)のアイツにどんな仕返しをしてやろうかと思案しているとイズミは悲しそうな声色(素人には分かり辛い)で俺に謝罪の意を述べている。
「本当はもっと楽しく終えるつもりだったのにね…今年は忘れないでいてくれたから」
そう、昨年は祝えなかったイズミの誕生日を祝ったんだ。今年はその分だけ浮足立ってあんなに嬉しそうにドッキリを仕掛けて来たんだろう…その事を考えるとはらわたが煮えくり返る思いでカガリの携帯に直接電話を掛けた
俺の妹を傷つける人間をたとえ母親だろうと許す訳がないだろうが…
『え? いや私達は別で用意してたんだけど…自分達が片付ける訳でも無いのに爆発なんかさせないよ』
「そうか…悪かったな…」
俺は自分の後ろであのポーズをしているイズミの事を考えると怖くて振り返る事なんて出来なかった…
──この場におけるピエロとはイズミではなく俺だったのだ




