プロローグ 如月大我
幼少の折から大切に育てられた少年は、人を信じる優しい子になるのか?
愛情を一身に受けた少年は人を助け、愛する人間になるのだろうか?
如月大我という男はそのような人の見本となるような男には育たなかった。
試験管の中から人の体に育てられた彼に、他の人と同じようになんて到底無理な話だった
信じ難い話かもしれないが、彼が漢字を使い始めたのは二歳から
純文学を読み始めたのは五歳から
高校卒業までに必要な学力を手にしたのは小学校に入学した時だった。
あまりにも規格外の優秀な遺伝子配合によって産まれた彼は、子宝に恵まれなかった資産家の老夫婦が望み作られた"三つの遺伝子を持つ子供"
優秀な精子、卵子、産みの親。その三つの遺伝子が重なった事でのバグとでもいうのか
完全記憶能力、絶対音感、人並外れた身体能力。それらすべてを持って産まれた容姿端麗の少年
ただ彼に人の心は備わっていなかった。
何不自由なく暮らし、欲しいものはすべて買い与えられ手に入らない物は何も無かった。
自らの手で作り出す事さえ出来たのだから、退屈なんてしないはずだ。それなのに…
──彼の心が満たされる事は無かった。
「イズミ~配信の準備出来た~?」
「えぇ」
「今日は機嫌がいいから、歌でも歌おっかなぁー」
「権利確認してないからダメよ。またチャンネルが無くなるじゃない」
「権利権利ってうるさいよなぁ…金貰ってる訳でもないんだから好きな事さしてくれってんだよなぁ」
「不自由な中で試行錯誤するのが楽しいって言ってたの兄さんじゃない」
「まぁ…そうだけども…」
産まれてから熱中する事が出来たのは、インターネットだけだった。
他人の感情くらいしか興味を持つ事が出来なかった
惨めな人生を歩んでいる面白くない人間の溜まり場を嘲笑するのが好きだった
そんなくだらない人生に現れた最愛の人だけが生きる理由になった
最愛の妹と一緒に俺は、最愛の場で自分を発信する。