31_お願いは1つだけ
「お母様、先ほどは申し訳ありませんでした。」女性の囁く声が聞こえてきた。
『あっ、さっき自己紹介で緊張しちゃった女の人だ…』俺が顔を上げて前を見ると、ゲルブの隣で女性が俯いていた。
『なんて、名前だっけ?たしか、ローゼってツェルトが、言ってたな。』俺はまた皿の上のハンバーグにかぶりつく。
「本当にあなたと言う人は…」ゲルブが叱りつけるような声で囁く。
『うわぁ~、姑の小言か…、あんま、聞きたくないよな~』俺は心の中で呟く。
「と、言いたいところですが、仕方がありません。私もまだ、緊張しているのですから…」ゲルブが優しい声で囁く。
『あれ?姑の小言が始まるんじゃないの?』俺は顔を上げて、ゲルブとローゼを見つめる。
「それに、いつまでも子どもだと思っていたツェルトが、あなたを庇った姿を見て、私は嬉しくなりました。」ゲルブが微笑む。
「お母様、私…」ローゼがまだ気落ちした声で囁く。
「ローゼ、失敗は誰にでもあることです。良いですか、肝心なのは失敗を繰り返さないことです。ローゼ、まだ食事に手をつけていないでしょう。早く、お食べなさい。」ゲルブが優しくローゼに囁く。
「はい、お母様、ありがとうございます。」ローゼが答えて、目の前のハンバーグにフォークとナイフを入れる。
『ん?』ゲルブとローゼから視線を移すと、アイゼンと目が合った。
『また、俺を見てニコニコしてんなぁ~、』アイゼンは俺を見つめて、ニコニコして手を振ってきた。
「あなた、食事中になにをしてるんですか?」ゲルブが手を振っているアイゼンに声をかける。
「いや、なにも。」アイゼンが手を下ろして、顔を背けて答える。
「そうだ、エルシア、先ほど書簡を私に渡そうとしていたが、今ここでもらえるか。」殿下がエルシアに声をかける。
「殿下、お食事中ですよ。」エルシアが殿下を諫める。
「良いではないか、ここは秘密の部屋なのであろう。ならば、そこで起こったことは、全て秘密じゃ。」殿下がエルシアに声をかける。
エルシアは溜息をつくと、書簡を取り出して殿下に渡す。
「お父様、お食事中ですよ。」殿下が封筒を開けて、中の報告書を取り出したのを見て、アルベルタが可愛い声で、殿下に注意する。
「アルベルタ、良くお聞き、ここで起きたことは全て秘密なのだよ。」殿下がアルベルタに声をかける。
「ダメです。お食事中にお父様が手紙を読んだこと、お母様に報告します。」アルベルタが声を上げる。
「う~ん、それは困ったなぁ~、そうだアルベルタ、お前の願いを1つ聞くということで、お母様には内緒にしてもらえないか?」殿下がアルベルタに提案する。
『アルベルタ、可愛いなぁ~』可愛い顔の眉間に皺を寄せて考えるアルベルタを見つめて、俺は心の中で呟く。
「わかりました、それで了承します。」アルベルタが声を上げる。
「ありがとう、アルベルタ。」殿下は優しくアルベルタに声をかけると、エルシアの報告書に目を通し始める。
『ん?どうしたんだ、アルベルタ。』俺が視線を感じて、横を見るとアルベルタは俺を見つめて、ニコニコしている。
『えっ!ひょっとして、俺をお持帰りにしようと…』俺は嬉しそうにハンバーグを食べるアルベルタを見て、心の中で呟く。
『でも、殿下にダメだって、言われてたからな?いや、でも…』俺は皿の上のハンバーグに、かぶりつきながら考える。
「ふ~ん、なるほどな。亡くなった3名は、子どもを救いに行った、お前とフレヤを守るために、盾となって命を落としたということか。」報告書を読み終えた殿下が声を上げる。
『えっ!カゾの村で亡くなった3人って、先に死んでたじゃん。』俺が首を傾げて、心の中で呟く。
「ハンゾウ、詳しくは聞かなかったが、この内容で合っているか?」殿下がハンゾウに声をかける。
「どういうことでしょうか、殿下。」エルシアが殿下に質問をする。
「あぁ、昨日、ハンゾウがカゾの村まで行ってな。そこでレーニャのこと、村の山で起こったことを、聞いてきてもらっているのだ。」殿下が声を上げると、エルシアの表情が固まり、サクラが隣のハンゾウを見つめる。
「そうですね、亡くなった3名に関しては、報告がまだでございましたね。」ハンゾウがゆっくりと声を上げる。
「あれ?その3名って、サキチとヨロクとキノスケのことですか?」フレヤが声を上げる。
『ウワァ!なにこの目力。』エルシアとサクラが無表情だが、威圧感のある目でフレヤを見つめる。
「いえ、なんでもありません。」フレヤがエルシアとサクラから視線を外して、声を上げる。
『えっ、どういうこと?嘘の報告をしちゃ、ダメなんじゃない…』俺は無表情のままのエルシアと、目が泳いでいるサクラを見つめて、心の中で呟く。




