29_レントゲン?
『う、うまそぉ~』俺は目の前に用意された、皿の上のハンバーグを見つめている。
俺の皿のハンバーグは、食べやすいようにさいの目にカットされていた。
他の者は円を囲んで座り、それぞれの前には皿に載ったハンバーグが美味しそうな湯気を上げていた。
「カツラ卿、先ず料理をいただく前に、隣にいる3人の紹介をしてくれないか。」殿下が円卓の反対側に座っているアイゼンに声をかける。
「は、はい!」アイゼンは答えると、隣にいるタキシードを着た男性を見つめる。
タキシードを着た男性は立ち上がると、姿勢を正して右腕を胸の前で水平にして頭を下げる。
「殿下、私はツェルト・カツラ、隣にいますアイゼンの息子でございます。今は、カバカリヤの町で兵士長を務めております。」タキシードを着た男性は、ハキハキと声を上げる。
『へぇ~、このあんちゃんツェルトって名前なんだ。アイゼンの息子かぁ~。将来はアイゼンみたいに禿げるのかなぁ~』俺はアイゼンの頭を見つめて、心の中で呟く。
ツェルトが頭下げて、椅子に座ると隣のご婦人がしなやかに立ち上がって、頭を下げる。
「殿下、私はゲルプと申します。このアイゼンの嫁でございます。この度は、私どものような者を、同じテーブルに座らせていただくなど、幸甚の至りでございます。」ご婦人は落ち着いて声を上げると、またしなやかに椅子に座る。
『ふ~ん、アイゼンの奥さんか、ゲルブって変な名前だと思ったけど、貴族のご婦人って感じだなぁ~』俺はゲルブの立ち振る舞いに感心する。
『ん!どうしたんだ?』ゲルブが座っても、隣の女性が立ち上がらない。
「ローゼ、ローゼ、あなたの番ですよ。立ち上がって!」ゲルブが小声で、隣の女性に声をかける。
「は、はい!」いきなりゲルブの隣の女性が、立ち上がる。
「えっと…、私は…、私は…」女性は声を震わせて、明らかに目が泳いで焦点が定まっていない。
『あら?バグった。』俺は女性を見つめて、心の中で呟く。
アイゼンを見ると、なにかをやってしまったような顔を、ゲルブは俯いてしまっている。
「殿下、申し訳ありません。」ツェルトが立ち上がって、姿勢を正すと右腕を胸の前で水平にして頭を下げる。
「この者は、私の妻のローゼでございます。本日、殿下、アルベルタ様、エルシア様と同じテーブルに座り、大変に緊張をしております。先ほども、失礼をしないか、私に申しておりました。」ツェルトが女性を庇うように声を上げる。
「ローゼ、息を思い切り吸ってごらん。」殿下が女性に声をかける。
「は、はい。」女性は素直に返事をして、息を吸い込む。
「はい、止めて。」女性が息を吸い込んだのを見て、殿下が声をかけると、女性が息を止める。
「はい、ゆっくり吐いて~」殿下が女性に声をかけると、「はぁ~」と女性が息を吐き出す。
『なに、これレントゲンみたい。レントゲン?…』俺は首を傾げて固まる。
「ローゼ、どうだい落ち着いたかい?」殿下が女性に優しく声をかける。
「は、はい、殿下、ありがとうございます。」女性は自分の胸を押さえて、深々と頭を下げると、ツェルトも一緒に頭を下げていた。
『あっ!こっちは、魂がぬけてる。』アイゼンの茫然とした表情を見て、俺は心の中で呟く。
「ローゼ、皆にも言うが、私やアルベルタにそんなに気を使わないでくれ、そうだ、エルシアはどうなんだ?」殿下がエルシアに質問をする。
「殿下の仰せの通りでございます。」エルシアが微笑んで答える。
「それにしても、このテーブルは大きいな、そうだカツラ卿、このハンバーグを作ってくれた者たちも、呼んで見てはどうだ?」殿下がアイゼンに声をかけると、アイゼンがビックリした表情となる。
「殿下、申し訳ありませんが、それはお許しください。この部屋のことを知っているのは、私たちとコウノスの町の町長だけです。」エルシアが殿下に声をかける。
「なんだそれは、この部屋は秘密の部屋ということなのか?」殿下がエルシアに質問をする。
「はい、このカバカリヤの町とコウノス町は、ユスクドの町が万が一にでも敵の手に落ちた時に、帝国侵攻への最終防衛の為に作られた町でございます。」エルシアが説明を始める。
「ほう、初めて聞く話だな。」殿下がエルシアに声をかける。
「はい、今から300年ほど前でしょうか。父はこの地を、北からの敵の侵攻を防ぐための国として、作り上げました。まずは、城を最北のユスクドに移し、そこに強固な城壁を作りました。」エルシアは淡々と説明を続ける。
「それは、私も聞いたことがある。とても強固な城壁で、どんな敵であっても、その城壁を破ることは不可能であると。また、城壁の内側には、帝都よりも大きな町が出来上がったと。」殿下が声を上げる。
『あっ、アネモスから聞いた話と一緒だ…』俺は心の中で呟く。




