賢い王様
ある小さな国、武力はそれほどではないが勤勉な国民性もあって、他国から尊重・尊敬される強い国だった。それを導くのは一人の王。知識が豊富で判断も速く、時には冷酷さを持ち合わせる、王の素質十分の男だ。彼は多くの民から慕われ、人気も高かった。
しかし運命は残酷だ。王は病に伏せた。余り例がない難病と診断され、意識を失ってからすぐに命の危険が迫っている。忠臣達は嘆き、涙を流す者までいた。
この王が倒れれば、次は彼の弟が王となるだろう。弟は兄によく似ている。時間を掛ければすぐに素晴らしい王となるだろう。皆がそう噂し、安堵していた。
大きな部屋の奥で、王が眠るベッドを多くの部下が取り囲む。皆が固唾を飲み、王専属医師の一声に耳を傾けた。
「脈が、止まりました。」
その声だけが、広い部屋に、小さく響いた。そして少しの静寂が続いた。そして誰か一人が両手を大きく挙げて大声を上げる。
「王様、万歳!!」
一人が行くと、皆が続く。大勢が大きな声で王を称え、次第に拍手が巻き起こる。そしてまた誰か一人が、大きな声を上げた。
「狂った王が倒れたぞ!」
その声を聞いた者達は皆揃って口をつぐみ、部屋には緊張感が走る。そしてまた一人誰かが、ゆっくりと、拍手を始めた。乾いた音だけが部屋に響いたが、これまた次第に数が増え、歓声に変わっていく。口々に心の声が顔を出しはじめた。
「闇の時代が終わった!ここからは、我等の時代だ!」
「あの王の顔を見ずに済むなんて、なんて幸せなんだ!」
「無残に命を散らしていった者達も、これで報われるだろう!」
王は賢かった。知識も豊富で決断力も心意気もあったが、王になれる男ではなかった。彼の死を、誰もが喜んだ。踊り始める者まで出始めた。
しかし、ある一人の男が口を開くと、その騒ぎは一瞬で終わりを迎えた。
「よくもまぁ、人の死をここまで喜べるものだ。」
その場に現れたのは、死んだはずの王だった。多くの人間は彼の出現に恐れおののき、中には「王の死体だったモノ」を調べ出す者もいた。医師はいつの間にか居なくなってたが、それに気付く者はほとんどいなかった。それより、例の死体が本当に死体なのか、それが本当なら誰の死体なのか、それが気になっていた。
やはりと言うべきか意外と言うべきか、死体は王のものではなく、彼の弟のものだった。王専属医師の言葉を疑う者は、王以外にいなかったのだ。弟は毒を盛られ、簡単に命を落とした。王の死を喜んでいた者達は、この弟こそ、王に相応しい人物であると確信していたからだ。だが彼はもういない。居るのは今の王だけ。多くの人間が絶望したが、更なる絶望が待っていた。
生きていた王は右手を挙げる。それに応えるように、無数の兵士達が現れ、かつて王の忠臣であった人間達全てを取り囲んだ。その恐怖に脅え、逃げ出すものが現れる。しかし兵士達は良く訓練されていて、確実にその者の背中を撃ち抜いた。銃声が轟き、さらに緊張感が走る。そんな中、王が口を開く。
「私は王だ。私が白と言えば、全てが白に。黒と言えば全てが黒になる。それが王だ。そんな私に、忠義を尽くさないものが居るとの情報を掴んでな。一芝居打ったわけだが、こんなに多くの魚がかかるとは。食べきれるかが不安になる。既に一匹、大物を平らげた後だからな。」
王の最後の言葉に皆、ベッドで眠る死体に目をやった。
「弟も幸福だろう。自分の死をあれほど喜んでくれたのだから。いつも誰かを喜ばせたいと思っていたアイツに相応しい死だ。まぁ、もうどうでも良いことだが。」
そして王は上げた手を振り下ろした。多くの人間を取り囲んでいた兵士達に、命令が下される。
「私を馬鹿にする者は、皆殺しだ。」
多くの兵士がそれぞれ、銃の引き金を引く。それぞれが最も効率の良い形で人々を殺していった。王はその一部始終を、笑みを浮かべて見つめた。そして全てが事切れ、兵士の一人が王に報告する。
「全ての裏切り者を、排除しました。」
その言葉に王が返す。
「いや、全てではない。私が死んだと報道させよ。ネズミは全て火あぶりにせねばなるまい。」
兵士達は整列し、王に対し敬礼する。それを確認した王は、ゆっくりと部屋を後にした。
市民の粛正が終わる頃には、総人口は半分をゆうにきっていた。そうなればいくら勤勉でも国力は落ちる。他国からの格好の獲物になったその国に、もはや価値は無かった。隣国が軍を率いて攻めてきた。残った本当の忠臣達は王にその旨を報告する。すると王はスッと立ち上がる。
「お前達が戦うことはない。無論、命を落とすこともない。全て相手に明け渡せ。抵抗するな。犠牲は、私一人で十分だ。」
そういって王は一人、敵国の陣に赴き、投降する。相手国の将軍が行動の意図を聞くと、王は素直に答えた。
「一度の敗北で全てを失うわけではない。恐ろしいのは、味方のふりをしてあざ笑う蛇だよ。そして蛇を駆逐したこの国は力を失った。だが、かつて以上に強くなった。どうか、私の民を傷付けないでくれ。忠実な者達なのだ。」
それに対し、相手将軍が問いただす。
「つまり、自分に従うもの以外は消したと、そういうことか?」
含み笑いを浮かべ、王が答えた。
「よく言えばそうだ。だが、もう死が迫っているから本音を話そう。私を馬鹿にするヤツは許さん。それだけだ。」
それが本心なのか、将軍には分からなかった。しかし、彼の意図は十分理解していた。将軍は一言、「俺は、命令を果たすだけだ。」と言って、自ら剣を抜く。そして、王の首が飛んだ。
その後、王が収めていた国は隣国に吸収されるが、勤勉に忠誠心を持って働く民の姿に感銘を受けた隣国の王は、この国の自治を認め、かつて以上に栄えたという歴史が残っている。
私は歴史学者として、彼の行動を知ったとき恐怖で震えた。なにせ、かの王は自ら命をなげうって民を救った英雄として語り継がれているからだ。こうなったのはその王に忠義を尽くす者達しか残っていなかった為であると気付くまで、かなり時間がかかってしまった。確かに隣国と戦争になりそうなとき、自らの命を代償に民を救った彼の行動は正しかった。それは歴史が証明している。だが、その歴史によると、例の大虐殺までもが正しい行いであると語っているようにも思えるのだ。あの行いを正当化することは出来ない。確かにあの男は狂っている。しかし後の行動を見ると、ただの狂人でもないようだ。ただ1つ確かなことは、あの男は非常に賢い王様だった、ということである。