43 襲撃
「はぁ……はぁ……ふう……すー……すー……」
徐々に回復する量が増していき、荒い呼吸が穏やかになって行く。
「そんな……体力が落ちているからここまでの回復はしないはずですが……」
「ヒールシロップ掛けのヒーリングサークルのロネットの回復魔法だぞ。そこまで徹底したら治るだろ」
どんだけだよ。
むしろ掛けすぎて腐るとかありそうで怖い。
「呼吸が安定していますし、スタミナも徐々にですが回復していますね……」
ロネットが小首を傾げながら俺たちを見る。
「ちょっとアキヒコさんの回復スキルを次の方に施してくれませんか?」
「ん? 既に範囲内に掛けてる」
ヒーリングサークルは重傷者が集まっているところに施している。
なので次のルリルの蜜精製での治療を始めようって所だぞ。
「ルリルさんの回復はちょっと待ってください。ハイネスヒール」
ロネットが治療を施すと傷が塞がって行く、やっぱ本職が行う回復は効果が高いなー。
「やっぱり……アキヒコさん、あなたのヒーリングサークルというスキルはスタミナと治療効果向上があるみたいですね」
「そうなのか?」
「私が掛けた回復魔法が想定より回復してます。これは単純に治療効果と回復するための体力、スタミナさえも回復させている証拠です」
回復するための基礎であるスタミナ、体力が無いと回復魔法の効果は著しく落ちるとロネットは俺に言った。
ふと俺はルリルの手当てをしていた時の事を思い出す。
モンスターヒーリングの効きが悪かったのは重傷だったルリルの体力が無かったからって事なのか?
寝ずの番でヒーリングサークルを使ったからこそ峠を乗り越えられたと?
「徐々にしか回復しないけどな」
「それでもあるのと無いのとでは違います。次はルリルさん」
「キュー」
と、ルリルも蜜精製で出来上がった搾りたてのヒールシロップを重傷者に振りかける。
さらに重傷者の傷は塞がって行き、呼吸が安定した。
「しかもルリルさんの精製したばかりのヒールシロップもスタミナを回復させる効果があるんだと思います。これならすぐに治療も終わりますね」
なるほどな。
こう言った所はさすが先輩冒険者って感じだ。
そうしてロネットの言った通りに重傷者の治療はそんなに時間が掛からず終わった。
「ふう……大分疲れましたね。魔力の消費が大きいです」
額に浮き出た汗をぬぐってロネットが一息入れる。
けが人の大半が治療されて野戦病院だった診療所内は怪我が治った人々で賑わいを見せ始めている。
「助かりました。プリースト様」
「一時はどうなるかと……」
「いえいえ、皆様のけがを治療出来てよかったです」
怪我が治った村人やその家族がロネットに感謝の言葉を伝える。
やっぱり清楚で回復魔法が使えるロネットにはお礼の言葉を言われるべきだよな。
冤罪とはいえ囚人の俺には遠い世界だ。
「アンタもその大きなウサギと一緒に回復魔法をかけてくれて助かったぜ」
なんて思ってロネットを見ていたら近くに通りかかった村人に声を掛けられて俺まで礼を言われてしまった。
「お、おう……」
「キュウ!」
ルリルがどう? 凄いんだよ! って感じで後ろから俺に抱き着いて顔を前に出して鳴く。
いや、何なんだよお前は!
なんか居心地が悪いな。
という所でカンカン! っと音が鳴り響く。
すると村人たちの表情に緊迫が走った。
「魔物の襲撃だ! 急いで迎え撃て!」
「けが人の治療は済んだ! 急いで応戦だ!」
こりゃあタイミングが良いな。居心地が悪かったんだから行くべきだな。
村の防衛線を見るとたいまつが焚かれていてアサシンアナグマやウォリアーハクビシン、アーチャーアラヤマという魔物が群れを成して襲撃している最中だった。
どんだけ襲撃されてんだ。
「アキヒコさん」
「ああ、行くか」
「キュウ!」
ルリルが腕輪を首に掛けて乗れとばかりに手で合図して座り込む。
「あまり乗って戦うのは好みじゃないんだが……」
そうも言ってられないか。
ルリルの首に腕輪を広げて巻き付けて背中に乗る。
「キュー!」
ルリルは声を上げて立ち上がり襲撃に来る魔物たち目掛けて走り出し、スタンピングを仕掛ける。
うお! かなりの速度と落下する感覚。
ドシンと大地が揺れる感覚と共に周囲の魔物共が吹き飛ばされる。
「キュ! キュー!」
続け様にルリルは後ろ足で蹴りを加える。
連続攻撃って感じだな。
俺も負けてられるか!
片方の腕にはめた腕輪で狙いを定め……ルリルが動き回るから狙いづらい。
それでも……食らえ!
と、腕輪からマジックショットを放とうとするとルリルの首に掛けた腕輪から力が流れ込んでマジックショットが変質して放たれる。
それはライムがいた頃のように魔弾の形状がウサギの姿に変わって魔物共に放たれた。
「ギャ――」
ウサギ型の魔弾は狙いを外したけれど、跳ねて曲がってアサシンアナグマに命中する。
「……」
魔物使いとしての力を使わずにいきたい所だが、これは腕輪のスキルって事で納得することにしよう。
「キュー!」
ぐるんとルリルが前足を軸にして一回転気味に群がる魔物たちを蹴り飛ばす。
「キュウウウウ!」
それからスタンピングして跳ね飛ばした魔物を思いきり踏みつけていった。
「ガガ!」
アーチャーアラヤマが5匹ほど俺目掛けて背中の針を射出してくる。
「キュウウウ!」
バッとルリルはステップで避けながらアーチャーアラヤマに向かって行き、前足で力強く殴りつけて踏み潰す。
その間にも俺はマジックショットで周囲の魔物を狙撃した。
「ギャ!」
そんな攻撃の隙を突くとばかりに3匹のアサシンアナグマが飛びかかってきたが無駄だ。
「セイフティーサークル!」
瞬間的に腕輪を地面に落としてセイフティーサークルを作動、俺とルリルの周囲に結界が生成される。
俺が弱いから耐久力はないが、一瞬でも守れれば十分だ。
アサシンアナグマの攻撃で砕けるけれど、そのわずかな隙でルリルが前足を軸にした回し蹴りをアサシンアナグマたちにお見舞いして吹き飛ばす。
そうして吹き飛んだアサシンアナグマたちにとどめのスタンピングで踏み潰した。
「キュウ……」
ルリルが激しい動きをしたので息を吸う動作をしている。
「ヒーリングサークル」
徐々に回復する効果のあるヒーリングサークルだけど、展開するとスタミナも多少は回復するそうなので次への動作の手助けを行った。
よし! どれだけ数で来られてもこのペースを維持できれば戦えるな。
「アキヒコさんにルリルさん。いい調子ですね! ルリルちゃんの動きが一匹の時より良いですよ」
「キュー!」
「腕輪をつけた魔物こそ俺の武器、だったか」
あの爺さんの言った事だが、ルリルの首に腕輪をつけた事で能力が上がってるって事で良いのかね。
「ギャギャ!」
ここでさらに魔物の増援がやってくる。
キリングアナグマとソルジャーハクビシン、スナイパーアラヤマがやってくる。
どれも今までのアサシンアナグマたちより一回り大きく、力を持った個体だとばかりに先に来ていた魔物の後ろから群れをかき分けてこっちに走ってくる。
俺たちが消耗するのを待っていたって様子だな。
残念ながらまだ継続的に戦えるぞ。
「やはり上位変化を起こしていたようです! 皆さん、気をつけて!」
ロネットの言葉に村で戦える者たちが声を上げる。
「くそ……数が多すぎる上に上位の魔物まで出てきやがるのか!」
「厄介極まりない」
「どうしてこんな事に……」
「これもルナティックムーンの影響か?」