37 魔物使いとは
紳士風ないで立ちで帽子を深々と被った老人は顔を上げて微笑んでルリルを見ながら声をかけてくる。
なんていうか非常に温厚そうな人って印象だ。
「貴方は……」
ファナがその老人を見て喜びとも悲しみとも判断がつかない虚無の表情をした。
「久しぶりだね。えー……ファナと今は呼ぶべきかの。別たれし三つの魂の一つにして獣の神を宿す者よ。願わくばその悲しみの殻と死を望む夢から抜け出してくれることを祈っておるよ」
「……」
話したくないとばかりにファナは老人から顔を逸らしてしまう。
「知り合い?」
「精霊とか、そういった代物が見れる有名な人。そういえばこの人、魔物使い系統の職業だった」
へー……そういえばファナはビーストバーサーク・シャーマンだったっけ。
荒ぶる獣の精霊が宿って強靭な力を振るうって話だったはず。
精霊信仰から神様って事なのかな?
「ほっほっほ、レイベルクという名で通っておるよ。君たちが依頼を受けてくれたロネットさんとルアトルくんだね」
「はい。この度は助力出来て幸いでした」
「ものすごくあっさりと見つかって拍子抜けって位だったね」
レイベルクと名乗った老人が俺に顔を向ける。ファナは知っているみたいだし、俺に名乗れってことね。
「……海山明彦だ」
「君の噂は色々と耳にしているよ。君の職業は魔物使い何だろう? アキヒコくん」
「噂? どうせ碌な事じゃないんだろうな」
クソ聖女辺りが広めた悪評とライムがやらかした罪の擦り付けで俺の評判は散々だ。
「ほっほっほ……それだけではないさ。逃げてしまったその子が君の事を随分と気に掛けていてね。親しくなるために君への贈り物を作ってみようと話をして送ったのだけど喜んでもらえたかな?」
アンタが俺にヒールシロップを送ったのかよ。
いや……色々と助かったけどさ。
「その子は色々な魔物使いの手を焼かせてね。ワシの元に来るまでそんなに時間が掛からなかったんじゃよ」
ああ、里親に懐かずってこの一か月で転々としてたのか?
ともかく、今の飼い主はどうやら温和そうで良いじゃないか。
「キュウウ」
「ほら、今のお前の飼い主だろ。俺の事は忘れてさっさと行け」
「キュウ!」
ヒシ! っとルリルは俺に前足で抱き着いて絶対嫌だとばかりに顔をぶんぶんと何度も横に振る。
「良いから行けよ! 俺はもう魔物使いとしてやっていくつもりはないんだよ! お前はあっちの魔物使いの元で元気にやってろよ!」
「キュウウウ! キュウ! キュウウウウ! キュウウウ!」
いやいやと何度もダンダンと足踏みをしながらルリルは俺に怒気の籠った涙目で絶対に行かないとばかりに抗議をし続ける。
「キュウウ! キュウ!」
そして俺の服の裾を強く口で咥えて引っ張ってきた。
「ワガママ言うな! お前は元気になったんだから家族の分も生きろよ!」
「キュウウウ! キュウウウ!」
それでも嫌だ嫌だとルリルは頭を何度も横に振り続けた。
しょうがない。手荒だけど本気でやるぞ!
俺は腕輪でマジックショットを放ってルリルに攻撃をする。
「キュウ」
バスっとマジックショットが当たってもルリルは動じないとばかりに受け止める。
「いい加減にしろよ! じゃないと本気で怪我させるからな!」
腕輪をジャマダハルモードにして突き出す。
「キュウ……」
だが、ルリルは覚悟の上だとばかりに突き出したジャマダハルの刃先に小さな角の下にある目と目の間に重ねて俺を凝視する。
ルリルの毛皮を刃が食い込んでジンワリと出血していく。
「……どうしても行くなら私を殺していきなさいって言ってるみたいね」
ファナがそう呟いて俺の前に回り込んで小首をかしげる。
「どうする? アキヒコ」
「俺にその権利は無い」
今のルリルの飼い主はそこにいるレイベルクって老人だ。
今の飼い主の元に戻すことが俺に与えられた仕事なんだから勝手な事は許されない。
あくまで怪我させてでも俺は置いていくしかないんだ。
「ほっほっほ……その子がそんなに望むのならしょうがない。アキヒコくん、元の飼い主である君にその子を返そうじゃないか」
ここでアッサリと、レイベルクが俺にルリルを譲渡するような事を抜かしやがった。
なんだ? 何か裏があるんじゃないだろうな?
何が目的だこいつ。
「生憎と俺は、認めちゃいないけど囚人でね。私物は基本的に殆ど許可されていないんだ」
「ほっほっほ、基本……じゃろ? ならば例外、いや。魔物使いの囚人なのだから緊急時の自衛手段として魔物を管理することは認められておる」
「アキヒコさん。ルリルちゃんがこんなにも懐いているのに受け入れないのですか?」
そりゃそうだろ。
今はまだ裏切っていないけど、俺の事をいずれ見下し始めるだろ。
「魔物ってのはな恩知らずな奴等なんだよ。力を付けたら見下して裏切りやがるんだ。さっきのジェリームを思い出してみろ、あんな面をしておきながら頭蓋骨を腹に入れてたんだぞ」
「キュウウ!」
俺の言葉に抗議するようにルリルが鳴いて地面を後ろ足で叩く。
「その子は君以外に懐く素振りは見せないのじゃよ。魔物使いが完全に見放した魔物は処分されるか力を失って果てるかの運命しか残されておらん。その子の死を君は責任をもって処理できるかの? 君が……生かしたのじゃろ?」
「く……」
痛い所をこの爺さんは突いてきやがる。
けど、もう魔物なんて俺は使いたくない。
「それに、先ほどから君は魔物に頼らず生きていくような話をしておるが、魔物使いは特殊武器や精製武器だけでは強さに限界が来るのを知らないのかの?」
「何?」
腕輪の力だけでやって行こうと思っているのに何を言っているんだ?
いや、俺は魔物使いとして学ぶ機会を得られなかったんだから知らないのも当然なんだ。
どっちにしてもふざけるなよ。また魔物使いとしての枷がここで邪魔をしやがるのか?
「魔物使いはの、魔物と共に成長し、その力を強める。たとえ君が学ぶ機会が無かったとして、魔物と共にいれば自然とスキルを習得していくはずじゃよ」
「自然とスキルを習得? Lvアップで覚える奴だよな。47までのは知ってるぞ」
「……いいや、魔物と共に育たなかった魔物使いが武器スキルを除いたLvアップでだけで覚えるスキルはオーラボール、バインドウェブ、モンスターヒーリング、モンスターパワーアップ、モンスターアナライズだけじゃ。どれも基礎のスキルでしかないわい」
「――ッ!?」
それは俺がLv47まで上がった際に覚えた武器以外のスキルの全てだ。
「例え独学であっても、魔物と共に力を付けて行けば他のスキルが増えて行ったはずじゃ。例えばターゲットオーダー等じゃな」
知らないスキルだ。なんだそのスキル?
君は魔物使いと魔物とはどんな関係かわかっているのかね? とレイベルクは続けた。
「魔物使いと魔物が行うテイミングと言うスキルはの。主人の持つ知識、記憶容量を魔物に貸し与えるものなんじゃ。じゃなければ人の言葉を魔物は理解できん。であると同時に生命力すら共有して大けがを負っても主人と魔物、どちらかが無事ならある程度、致命傷を避けることが出来る」
そういえばライムが格上の魔物にやられて大けがをした際に、俺もズキズキと痛みを覚えた。
ライムの痛みに共感したつもりだったけど、あれはその通りだったのか。
モンスターヒーリングですぐに治したし、ライム自身の回復能力で痛みも無くなっていた。
ただ……生命力の共有までしていたのか。あの野郎……。
「もしも他のスキルを習得出来ていなかったとするならそれは魔物が主人へ力を授けた恩恵の見返りをしていなかったことを意味する。例えばジェリームと契約した魔物使いが覚えるスキルはターゲットオーダー、サーチ、ショックアブソーバーが割とすぐに覚えられるスキルじゃ」
いや……ライムと一緒に居てそんなスキルを俺は覚えなかったぞ。
というか魔物使いって連れてる魔物でスキルが増えるのか……もちろんよくある職業と言われる以上、ある程度限界はあるんだろうが。