32 せめてこの時間だけは
「アキヒコさん……お久しぶりですね。囚人になってしまったと聞いて急いでお会いしたかったのですが、遅れてしまいました」
「あ……ああ」
ロネットが怪我が治ったけれどボロボロの俺を見て機嫌を伺うような素振りで説明してきた。
クソな連中ばかりだけど……そうだな。ロネットは丁寧に俺の相手をしていたから相手をしても大丈夫か。
これでまた難癖をつけてきたら信じるに値しないがな。
「そんな訳で合流相手のロネットだよ。しばらくの間、一緒に行動だね」
「はい。アキヒコさん」
「……なに?」
どういう事だ?
「……落ち着いてください。私はあなたを糾弾しにきた訳ではありません」
「じゃあ何しに来たんだよ」
俺を笑いにでも来たのか?
「別れる時に言ったでしょう? 様子を見に来ると……困っていると判断したので私は貴方の管理者として名乗り出て、こうして雇用したんですよ」
ロネットが別れ際に言っていたことを思い出す。
確かにそんな事を言っていた。つまりロネットは自らの責任を取りに来たと言いたいわけね。
「随分と責任感のある事で」
「……ええ、言ったからにはしっかりと責任を取らねばいけませんからね。アキヒコさん、触れられたくないようですし、あなたがあれからどんな経験をし、どうしてこのような状態になってしまったのかはこの際、保留にします」
言葉を選びやがったな。
「はいはい。ありがたい言葉ですね。まったく俺の言い分を聞くつもりはないと」
「アキヒコさんが仰りたい事があるのでしたら私個人で聞ける範囲で聞くことは出来ます。私が出来る範囲もそこまで多くはありませんが……」
なんとも胡散臭い返事だな。話を聞くだけ聞いて何もしないお役所仕事なのが丸わかりだろ。
とはいえ……ロネットは親切に俺と話をしてくれた相手だ。
他の連中よりは話を聞くって点も事実だ。
「既にルアトルさんがあなたを連れ出して雇用していますが私からも雇用……ではありませんね。管理者としてあなたを刑務所の外へ奉仕業務として連れ出す申請をして許可を頂きました」
つまりロネットが俺の看守として奉仕業務……ギルドの依頼とかを管理して償わせようって訳か。
「ルナティックムーン時には刑務所からの指示を受ける義務はありますが、経験値入手の罰則が若干軽くなります。では更新しますね」
ロネットがここでハンコのような道具を取り出して俺の胸に浮かび上がる刻印と重ねる。
パチパチと少しばかり重く感じる何かが解けるような感じがする。
「9割の没収だったのを7割まで軽減しました。どうか善行を重ねて……えー……刑務所を出られるように頑張りましょう」
「つまり俺が死んだと聞いたら後味が悪いから死なれたとしても出来ることはしましたって体裁が欲しい訳か」
「……はあ」
ロネットが大きなため息を吐いた。
「確かにそういう気持ちが無いと言うのは嘘になります。ですがそれだけじゃないのはわかってください」
「……これで見知らぬ奴なら警戒するが、ほかならぬアンタだからな」
少なくともロネットが何か俺に頼みがあるって言うなら俺に危害を加えない限りは着いてってやる。
考えてみればルアトルもロネットの仲間だったんだし、あり得た話か。
ともかく、ロネットは俺に最初に親切にしてくれた礼って奴で従ってやる……先にやりそうな事は注意しておくか。
「ただし、俺が危害を与えたって所に謝罪周りに行くとかだったら絶対に行かないからな」
なんでやってもいない事で謝りにいかなきゃいけないんだ。
アレはライムが俺に擬態してやらかしたことであって俺じゃない。
それに謝ったら罪を認めたようなもんだろ!
やってないって引き回しされる時に訴えたのに信じてくれずに腹いせに石を投げつけて来た連中だぞ! どれだけ流血したと思ってんだ。
無実が晴れるその日まで、ライムの野郎をぶち転がすまで、俺は絶対に屈しない。
「まあこちらにも色々ある訳ですが……今回の件もありますからね」
どうやらロネットも俺があのクソ聖女に巻き込まれてありもしない罪をかぶせられた事で一定の理解は示したようだ。
「……そう」
俺はファナの方を見る。
「延長手続きをしておくさ。バーサーカーリープッド様も君が心配でしょうがないみたいだしね。好き勝手やってくれるよ」
「私が裁かれるのは決まっていることよ。一つや二つ罪が増えたって別に良いでしょ」
「どうだかね」
なんでこの二者は常々棘があるのか。
「なんだか散々だったね。何か良さそうな依頼が無いか調べる予定だったけど今日は早めに休もうか」
「はい。依頼は私が見繕っていましたが、今日は休んで頂きましょう……あんな事がありましたからね」
ルアトルとロネットは揃って休むことを告げる。
「囚人は宿に泊められないと言われますが私が申請した手続きで泊められる宿を確保しました。着いてきてください」
そんな訳で俺達は宿屋に案内され部屋でゆっくりと休ませてもらえることになった。
ロネットの案内された宿に入り部屋の鍵を受け取る時の事。
「私はアキヒコと同じ部屋で泊まれる?」
「ファナさん、あなた女性ですよね?」
「大丈夫。気にならないし」
「気にならないって……」
「ほら、アキヒコってツキが無いじゃない? 目を離したらさっきみたいな事がありそうでしょ。刑務所でもそうだったし」
「……」
何となく自覚してたけど直接言われると不快だ。
「宿の部屋に居ても妙な事に巻き込まれそうなのは確かかもしれないね。窓から強盗に押し入られるとか、寝ている最中に枕荒らしに入られるとか」
「お前らの中でどんだけ俺は不運なんだよ」
自分でもわかっている位、不幸だとは思うがな。
他人にお前は不運な野郎だな、と言われるのは不愉快だ。
「違うの?」
「違うのかい?」
「……」
く……言い返せない。
「はぁ、分かりました。確かに目が離せないのは事実ですね。その場合私が見張るのが良いとも思いますが……どうしますか?」
いや、そこは管理者であるロネットが決めろよ、とは思うけど勝手に決められるのもそれはそれで不快か。
「……まあ、ファナで良いか」
「うん。今夜もよろしくね」
「変な事をしないでくださいよ」
「変な事?」
ファナを相手に? ブラッシングでもしろってか?
まあ……人間姿のファナが美少女だってのはわかったけど、だからって手を出すかとか言われてもな。
そんな事を考える位ならもっと別の事に思考を割きたいもんだ。
女に現を抜かしながら強くなれるかっての。
「ファナさんも」
「いきなりそんな真似しないわよー私を何だと思ってるの?」
「貴方の悪名が追加されそうで怖いから言っているんですよ。バーサーカーリープッドさん」
「はいはーい。じゃ部屋で休もうアキヒコ」
「あ、ああ」
そんな訳で足早に部屋に入って休むことになった。
馬小屋でもなく牢屋でもない、比べたらわかる柔らかいベッドで横になれる幸せか。
今日は色々と散々だった。何処かで体を洗えたら良いんだがな。風呂はともかくお湯あたりは頼めば貰えるか?
「アキヒコ」
ボフっとファナが横になっている俺に乗っかってくる。
「重い」
「ふふ、アキヒコ。前より少し明るくなったね」
「そうか?」
なんかファナが俺の顔を見て笑っている。
「私の人の姿、実は気になった?」
そしてまたもファナは人の姿になって顔を近づけてくる。
くっそ、美少女が俺に詰め寄るなっての、意識して無くても意識しかねないだろ。
「普段の姿でいろ。さっき注意されたばかりだろ。人も魔物も信じられないなら獣人を信じろって言っておきながら人の姿を取るのは、新手の嫌がらせか?」
「はいはい。人間って相手を見る時、人の姿を基準にする所があるでしょ。アキヒコはどう?」
「ファナは……ファナだろ。そこに違いも何もない」
俺がそう答えると、ファナは瞳の黒い部分を大きくさせて何度も瞬きをした。
「私は……私……他の誰でもない」
そして俺の言葉を聞いていたのか非常に疑わしい形でファナは俺の胸に頭を載せて上目遣いで言う。
「アキヒコ……どうか、この先、何があったとしてもね。私が居たという事を、よく似た人を見たとしても、私が誰でもないファナって子だったって事を……どうか覚えていて」
どうしてそんなに覚えてもらいたがるのか。
……きっとファナにも色々あるんだろう。
死にたくなる様な、何もかもどうでもよくなってしまう何かが。
そうだとしても……。
「忘れたくても忘れられない」
こんだけ散々な目に遭った中で、俺を助けようと一番に駆け付けて、信じてほしいと願ってきた奴なんだ。
お前が死ぬまでの間だけ、捨て去ろうとした気持ちを……捨てずにいよう。
人間はダメだった。
だから魔物使いとして魔物を信じようと思った。
けど、魔物もダメだった。
だから獣人を、とファナは言ったが、実際は違う。
俺が信じるのは人間でも魔物でも獣人でもない。
他の誰でもない、ファナという存在だ。
ただ……絶対に忘れない。
もう一つの目的を……俺は、裏切ってこんな目に遭わせた奴らに報いを……受けさせてやるんだ。
「うん。ありがとう。アキヒコ……これからも、よろしくね」
と、ファナは獣人姿に戻り、ゴロンと転がって俺の脇に頭を滑り込ませて眠り始めた。
……ああ、確かに、今日は非常に疲れた。
大物を仕留めてその後に身勝手なクソ聖女に絡まれて戦ったんだ。疲れないはずもない。
せめて……この安らかな時間だけは、静かに過ぎて行ってほしい。
そう、願いながら俺達は泥のようにそのまま眠ったのだった。
これが……俺がファナ=ポシュ=クーンを心の底から信じるまでの出来事だ……。
一章終了です。
三日後辺りから二章を投稿していきます。