29 難癖
『キュー!』
ルリルは……何処かで生きてると願うしかないが、魔物だ。
……ちょっと口恋しいな。腕輪からヒールシロップを取り出して舐める。
回復剤としても使えるし中々良い差し入れだよな。どこの誰がくれたのかわからないけどファナの回復や冒険者共の手当てに使えて便利だ。
ヒーリングサークルだけじゃ回復に時間が掛かりすぎる。
……もっと強くなりたい。今のままじゃライムを仕留めるなんて無理だ。
俺もグレートマッドサラマンダーを一人で倒せるくらいに強くならないと……いや、もっと強くならないといけない。
どうしてこんな所で足踏みをしなきゃいけないんだ。
ルアトルにもっと歯ごたえのある魔物退治の依頼でも提案してみるか。
指輪探しじゃ散々だったし、探し物の依頼は次は無いだろう。
「あら、そこにいるのはノリスケ様に逆らい、捨てられ世を憎んで罪を犯した重犯罪人の魔物使いじゃないの。こんな所で一体何をしているのかしら?」
その声に思わずウンザリして顔を向ける。
するとそこには村中に心酔しているマリーゼが完全に馬鹿にする視線でやって来た。
「あ!? キャァアアアアアアアアアアアア! なんでアンタがその指輪を持ってるのよぉおおおおお!」
キィイイインと金切り声に思わず耳を塞ぐ。
「それは私の指輪よ! 返しなさいよ!」
「何言ってんだ。返すも何もこれは俺の雇用主が依頼で探して魔物を倒して見つけた品だ!」
こんな所で俺から指輪を奪おうってのかよこのクソ女は!
グレートマッドサラマンダーが落とした依頼の品の指輪がこの女の物? 冗談も大概にしろよ!
「嘘を仰い! アンタみたいな犯罪者はやっぱり口ばかりのほら吹きなのね! 挙句の果てに窃盗よ!」
「人の話を聞けよ!」
「脱走者がここにいるわよ! 早くこいつを刑務所に収監するか処分なさい! いえ、アンタが収監された刑務所が軽い場所なのね! こんな所を出歩けるなんて! もっと重犯罪者用の刑務所にぶち込んでやるわ!」
「だから! おい! ぼさっと見てないでこのヒステリー女に説明しろよ!」
近くにいるギルド職員に向けてルアトルに雇用されて俺がここで待たされている件の説明を求めさせる。
しかし職員はマリーゼを見て……。
「承知しました!」
なぜか俺への包囲網を形成し始める。
くそ……クソ世界の連中は人の話をまともに聞く気もないってか?
それとも囚人に人権は無いってか? いい加減にしてくれ!
好機と見たのかマリーゼは指揮棒みたいなステッキを取り出して精製武器を展開し始める。
「ふふん……丁度良いわ。この機会に犯罪者には身の程を叩き込んであげる」
「ふざけんな! なんで何もしてないのにお前に絡まれなきゃならないんだよ!」
「まだ言ってる。文句があるなら私を倒してから言ってみなさい。出来るものならね。アンタを倒してノリスケ様に褒めて貰うんだから!」
訳がわからん。
本当、なんでここでお前を倒さないと文句を言えないんだよ!
力こそ正義理論なんて真っ平ごめんだ!
「おい! ルアトルって奴が俺の雇用主だ! 急いで連絡しろ!」
周囲の連中に声を掛けるがギルドに居る奴らは挙って俺の胸のある位置に浮かぶ印に目を向け、黙ったまま動かない。
「ほほほほほ!」
なんか余裕を見せて笑っているこの女にイラついてきたぞ。
ルアトルの耳に入ればさすがに間に入るとは思うが……どいつもこいつも誰も俺の話を聞きやしない。
降りかかる火の粉は払わないとまたやっても無い罪がきやがる。
「『私を倒せ』って言ってたよな。俺に負けたらさっさと失せろよ」
指輪を仕舞い、腕輪に手を当てて構える。
「ふふん。やれるものならやって見なさい! やれるものならね!」
マリーゼが手を上げると職員を含めた周囲の連中は離れて人の輪が形成された。
本当、なんでこんな所でこんなくだらない戦いをしなきゃならないんだよ。
ただ、村中と一緒に俺に石を投げたのといちゃもんと付けて来た仕返しくらいはやってやる。
殴られっぱなしなんて真っ平ごめんだからな!
「んじゃ行くぞ! うおおおおおおー!」
悠然と立つマリーゼ目掛けて俺は駆ける。
するとマリーゼは杖を俺に向けて魔法弾を連続で放ってきた。
「動きがお粗末よ! ホーリーボール!」
早い! が、見えなくもない速度だ。
紙一重で避けながら俺はマジックショットを放ってマリーゼの放った魔法弾の軌道を逸らしながらも前に進む。
連続で放ってきたので壁とばかりにセイフティサークルを前方に先読みで展開して連射されるホーリーボールを受け止める。
当然のことながらセイフティサークルは直ぐに耐えきれず砕け散ってしまうが、それでも飛んでくる数を十分に減らせた。
「ふん。この程度の露払いじゃキリが無さそうね。ならこっちはどう! セイントビーム!」
今度は杖から収束された光の線が……俺の肩を射貫く。
ジュっと音を立てて肉の焼ける匂いと激痛が走るが、ここで痛みで悶えるわけにはいかない。
そしてコンボとばかりに魔法の玉を一か所に集めて俺目掛けて放つ。
当たるかよ!
っと避けると俺の後方で光の爆発が起こり、背中がジュっとわずかに焼かれる。
攻撃手段多いなこいつ。範囲攻撃も完備かよ。
「まだ倒れないっての! 魔物も居ない低能魔物使い如きが!」
「うっせー!」
魔物なんて信じられっか! どれだけ気に掛けたって裏切る奴等なんか知らねえよ!
だが、これでも喰らえ!
俺は腕輪に手を入れて意識し、マリーゼ目掛けてとある代物を出すように振りかぶる。
腕輪が俺の意志に応え、中に入っていた……グレートマッドサラマンダーが吐き捨てた泥をマリーゼに思いっきり振りかけた。
一種の泥玉だ。
セイントビームってやらを放って隙と、完全に格下の雑魚が何をしたって対処できると侮っていたエリーゼには飛んできた粘着質のある泥玉に対処するのが遅れて俺の腕輪から放たれた泥玉を避けず、迎撃も出来ずに降りかかった。
確かに攻撃に関しちゃ腕輪以外は使えない。
けど腕輪から出した泥はあくまで設置物みたいな代物でそれに降りかかったってだけで攻撃とは見なされないようだ。
「キャアアア!? な、なによこの汚物!? 泥!? く……ねばついて気持ち悪い!」
ドチャッと盛大に泥が覆いかぶさり、足を取られるマリーゼ目掛けて俺は腕輪をジャマダハルにして振りかぶる。
「オラァアアア!」
「何を! く……泥が引っ付いて……」
足を取られたマリーゼが俺に向けて杖を向けるよりも早く俺の一撃がマリーゼの肩に決まった。
ジャリン! っと刃が上手く入らない感覚がした。
くそ……ステータス差って奴で上手く攻撃が入りきらなかった。
「いた! よくもやったわね!」
こりゃあ直接攻撃じゃ決定打を与えられない。俺は返す刃とばかりに振り下ろした腕輪の留め金を意識的に外して杖を持つマリーゼの腕に合わせるように腕輪を当てて装着させつつ横に飛んで反撃を交わした。
「私の腕にベルトを巻き付けた? はは! 何をしてるのよ」
「そう思っているのは今のうちだぞ」
俺は意識して腕輪を思い切りギリギリと締め上げる。
ギュウウウウウ……っとマリーゼの腕に俺の腕輪が食い込み始める。
「い、いたたたた! この! 外しなさいよ!」
「外してほしけりゃ 降参するんだな。生憎と我慢比べならここ最近の拷問で馴れてんでな。お前の腕を引きちぎるまで締め上げてやる」
「調子に乗るんじゃないわよぉおおおおおお!」
マリーゼが腕輪目掛けて杖を向けてセイントビームって奴を放つ。
ぐ……腕輪を通じて俺に痛みが走るがまだだ……。
「いたたた! 死になさいよ! この不細工! この程度ね! 私なら回復させられるのよ!」
「やれば良いだろ! 根性比べだ!」
「なんでアンタ相手にこんな事しなきゃいけないってのよ! くううう……」
自らの皮膚も一緒に焼き付かせかねないと判断したマリーゼが俺に狙いを定めてホーリーボールやセイントビームを放ってくるが紙一重で避けつつ、先に取り出しておいたヒールシロップの瓶を開けて手を入れて傷口に塗りたくって回復を図る。