25 外泊
「魔物の死体もゴミと同じ……確かにそうだね。だけどゴミは嫌だ、ふむ……僕たちが当たり前だと思っていることが実はおかしいのかもしれないね」
「ふぁあああ……」
ファナは興味が無いとばかりにあくびをしている。
強者の余裕ってか? 素手と言うか爪で戦ってるしな。
お前の武器は爪か?
「そんな訳でアキヒコがこのゴミが欲しいなら好きにして良いよ。そうした方が助かるからね」
「持ち帰る手間がなくなるもんな」
「そんな面倒な事はしないよ。焼却処理するのさ」
なんか環境に悪そうだな。
まあ見た感じこの世界は十分過ぎる程自然が豊だし、まだまだそういう問題に直面していないんだろう。
知った事じゃないけど。
ともかく俺はゴミを腕輪に入れて解放ボーナスの糧にすることにした。
「お、セイフティサークル再習得っと」
思ったより習得難易度が低くて助かった。
問題は俺自身の強さでバリアの強度が関わるって所だけどさ。
現状使うと腕輪が地面に引っ付いて効果切れまで武器に使えない。もう一つ腕輪が出せるようになるまでは状況を見て使わないとな。
そうして本日の沼地のゴミ掃除は一区切りになり、その日は解散となった。
泥だらけの体をルアトルが出した水で洗って落とし、近くの町まで向かい宿屋で就寝……囚人は宿泊が許可されていないという事で宿屋の裏にある馬小屋で、俺とファナは就寝となった。
刻印への命令で馬小屋周辺から出るとルアトルに警告が飛ぶので監視をする必要はないって話だ。
食事はルアトルが購入してくれたパンとスープを頂いた。刑務所の臭くて不味いスープと違って素直にごちそうに感謝しないと。
そういえばどこの誰だか知らないけど俺への差し入れって甘いシロップが送られてくる。硬すぎるパンをそのシロップで浸して食べるのが最近の楽しみだ。
あのシロップは傷薬にも使えるヒールメープルシロップって名前だったな。
「ふう……」
藁で作った寝床に横になって一息つく。
刑務所の牢屋じゃない所で寝るってだけで随分とマシな気がしてくるな。
久しぶりの街並みを見て……人の往来とかを見ると歩かされた道で石を投げつけられてあざ笑われたことを思い出して不快な気持ちにしかならない。
この町の連中も、迷惑を掛けた訳じゃないのに俺に石を投げつけて笑っていた。
エクリプスムーンがさっさときて滅べば良いのにな。
ともかく、硬いベッドじゃなくてホッとする。
「にゃー」
ファナがなんか珍しく猫っぽい声を出して藁のベッドの上で転がっているぞ。
そのまま転がってきて俺の腹に頭を載せて来た。
「なんだ?」
とりあえずファナの頭を撫でてみる。
刑務所でも撫でたので癖みたいなもんだ。
「んー……何でもない」
「なんでもなくはないだろ。ま、気持ちはわかるけどな」
刑務所の硬いベッドじゃない柔らかい藁で寝るってのは中々に悪くない。
今までが今までだから藁でも良い様に感じてしまうもんだ。
「刑務所から出て外泊か……」
脱走しやすくはあるが胸の刻印の所為で事実上脱走できない環境で刑務所の外で泊まる。
それだけで如何にリフレッシュ出来るのかがわかる気がした。
いつもは拷問の痛みで怪我は治っても精神がへとへとで疲れ切っている時間だ。
ファナが耳をピコピコ動かして馬小屋の外へと意識を向けている。
「囚人だからって喧嘩を売りに来る奴らでも居るのか?」
「ある時はあるよー相手が根負けするまで耐えるか監理官の所に行くか、教会辺りまで逃げるのが良いかな」
「……魔力消費するけどセイフティサークルを設置しておくか」
「魔力足りるのー?」
「維持コストを下げると警報装置に出来るんだよ」
メイプルラビットの子ウサギを手当てしていた寝ずの晩の時にそうやって設定した。
朝方にはかなりしんどかったけど、近づいてくる奴に反応する結界を設置するくらいは出来る。
……無難に馬小屋の入り口じゃあ他の客が入ってきたときに反応するか……俺たちが休んでいる区画の入り口の地面にでも設置しておこう。
サッと腕輪を設置したいところに投げてセイフティサークルを起動させる。
「これで良いだろ、妙な連中だったら魔力を込めてはじき出す」
「何かあったら私がアキヒコを背負って逃げてあげる。壁をぶち破れば簡単」
そんな豪快な話をされてもな。
「……もう少し藁を羽織るか」
季節がどうなのかわからないが夜で冷える……刑務所でも冷えたけど、こういう時こそ温かくして寝たい。
「アキヒコ寒い?」
「少しな。まあファナがそこに居ると温かいけどな」
「そう? じゃあ温かくして早く寝よ。外に出たんだからしっかりと体を休めないとね」
普段は心休まらない挙句、時々アンデッドが迷い込んでくる刑務所で寝てるもんな。
そう思ってウトウトとし始めた所で警報が頭に走る。
誰かがセイフティサークルを踏んだ。
何だと思ってファナと一緒に起き上るとルアトルが顔を出してきた。
「夜分に悪いね」
「何だ? 言われた通りここで就寝してたぞ」
「うん。そうなんだけどね。ちょっと面倒な事になってね」
「面倒?」
「なんか君たちを奴隷と勘違いした商人が絡んできてさ、奴隷同士戦わせて賭博をしようって他の人たちもどんちゃん騒ぎで出して、なんか金持ちなのか権力を持ったおっさんまで早く勝負しろって絡まれて手を焼いてる所さ」
「くだらねー!」
そんなくだらない絡みに俺を巻き込もうとするな。
つーかそんな決闘でかけ事をこんな街でするとか腐ってんなやっぱり。
捕まる前に野蛮な冒険者って感じで騒いでいる連中を見聞きしたけど巻き込まれるのはごめんだぞ。
「僕は君たちの意思も聞いておこうと思ってね」
「相手の奴隷はどの程度?」
ファナがあくび交じりにルアトルに聞いてくる。
「腕には覚えがあるようだよ。奴隷の刻印付けてるけど主人の元で随分とやりたいようにやっているみたい」
「へーだからさっきから随分とうるさかったのね」
うるさいって……そこまでうるさいほどか?
なんか遠くで物音がするなーって程度の雑音しか聞こえない。
「アキヒコはともかく、ファナ。どうしたい?」
「そうね」
ファナは立ち上がって俺の方を見てからルアトルの方へと歩いていく。
「水でもぶっかけに行きましょうか。直ぐに戻るからアキヒコは先に寝てて良いよ」
「あ、ああ……」
刑務所でもあったけど、何処でもこういった物騒な戦闘がこの時間には付きまとうな……。
と言う訳でファナとルアトルがそのまま出かけて5分ほど経過した所でズシン! っと大きな音が聞こえた。
「……まったく」
それからすぐにファナが戻ってきた。
「私の職業を聞いて勝負を断られたから帰ってきた」
「あっそ……」
あれだ。ファナがどれくらい強いのかわからないけどバーサーカーって奴がそれだけ忌避される職業って事なんだろうって事はわかった。
で、さっきよりも静かになったので俺達はそのまま就寝したのだった。
思えば……ここ最近で一番早くぐっすりと寝入ることが出来たかも……しれない。
……
…………
………………
『ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい――』
そんな……謝る声が、聞こえる変な……夢だった。
翌日も昨日と同じく沼地で目当ての指輪探しをすることになった。
泥まみれになりながら時々魔物を倒しながらの捜索だ。
こんな事までして探さなきゃいけないのか?
黙々と指輪探しをしながら依頼人がどんな奴なのかを考えてしっくりくるシチュを思い浮かべる。
どこぞのか弱い老夫婦とかが魔物の襲撃を受けてやむなく逃げている所で落とした……とかか?
そもそも失くした指輪を見つけてほしいって所から考えて理由があるんだろうな。
じゃなきゃ新しく買えば良いだろうし、冒険者……囚人にワザワザさせる仕事じゃないだろ。
それだけ大事な指輪って事なのかね……そこまで大事なら最初から無くすな。ボケ。
なんて思いながらここに来て二日目の夕方に差し掛かった頃……。
「ん……?」
泥洗いをしていたファナが頭を上げてとある方角へと向いた。
「どうした?」
「野太い悲鳴が聞こえる」