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22 指名雇用


「すー……すー……」


 丸まって寝ているその姿は囚人服のコスチュームに身を固めた大きめの猫にしか見えない。


「う……うう……」


 静かな眠りをしているように見えたファナだったが、何やらうなされるような声を上げている。

 こいつ……夢見が悪いのか夜もずーっと、この声を上げて寝てるんだよな。

 うるさいとは思うけどいびきみたいなもんで気にする必要はない。

 むしろそれよりうるさいいびきを立てる囚人が居たりするしな。

 ……周囲を見渡すと俺にからもうと機会を伺う囚人がこっちをニヤニヤした目で見ている。

 ファナの近くで騒いだら起きられてまた絡まれると思って近寄らずにいるのだろう。


 ……好き好んでサンドバッグになる気はない。

 ファナには悪いが近くで穏やかな昼休みをさせてもらうか。

 と、俺は寝ているファナの隣に腰かけて庭から空を見上げる。

 相変わらずでかい月が空にあってウンザリする。

 他に二つある月を確認……うん。機会は訪れる。


「うう……んんん……うう……救いなんて……うう……んんん……フー! んん……」


 隣で呻くファナがやかましいな。

 これからの事を静かに考えていたいというのに。

 思わずなだめるように寝ているファナの頭をなでて背中をトントンと軽く叩く。

 するとファナの寝息は静かになり、そのまましばらくの間眠り続けていた……。

 ……なんかのどかな時間だ。

 ここまでゆっくりとした感覚は……何時ぶりだろう。

 そう思い出して不快な気持ちになった。ゆっくりとしていたのはあのライムと一緒に冒険していた頃じゃないか。

 ピクニックみたいな感じで山で休憩した時、俺がライムの体をマッサージしていたんだ。

 俺のマッサージを満足そうに受けてピー! って嬉しそうに跳ねていやがったアイツはあの時、俺の事をごく潰しと思ってやがったと思うと実に腹立たしい。

 何がのどかな時間だ。なんて思って怒りで腹の中が渦巻いていく。

 ……考えを切り替えよう。

 ファナの奴、ズボラなのかそれとも日々の拷問で汚れるからやらないのかわからないけど毛並みが滅茶苦茶乱れてやがる。

 うー……なんだか無性に気になってしょうがない。

 これも魔物使いとしての性質とか感性なのか? 前々から気になってたんだ。

 ……まだ寝てるな。

 ほぼ無くなっていた腕輪の中身で残されていて没収されなかったブラシを取り出してファナの体の気になる所をブラッシングする。

 ス……スッ……時に引っかかるけど寝ているファナを起こさないように加減しながらゆっくりと引っかかりを解してからブラシを通した。

 やがて……うわ、結構な量の毛がとれたぞ。どんだけ抜け毛が引っ付いてんだ。

 とはいえ、少しは毛並みが整ったか?

 ジリリリリ! 昼休みが終わるベルが鳴り響く。

 ベルの音にファナはゆっくりと瞳を開けてあくび交じりに周囲を見渡す。


「あ……」


 手を置いていた俺と視線が交差してファナは背伸びをしてから立ち上がる。


「……寝ている私に触っていたの?」

「うなされていたみたいだからな。悪夢でも見ていたのか五月蠅かったから撫でたら静かになったぞ」

「……別に」


 なんとも不機嫌そうな様子でファナは静かに答える。


「心配とかしなくて良いから、それと声が漏れて不快にしたら謝るよー」


 不快……か? いびきがうるさい訳でも無いし、そこまでじゃないな。


「ついでにアイツ等に絡まれそうだったからお前を利用してただけだ」

「そう」


 昼休みが終わって拷問の時間が近づいていら立っている囚人の方へ視線を向けたファナが納得したようにうなずく。


「なら良いけどー……うなされているからって、心配しないで良いから」


 悪夢を見るのさえ望んでいるのか……収監されてから今までの出来事を思い出す。

 石抱きからの鞭打ちに始まり焼印、刃傷、鈍器による殴打、首絞めに水攻めと拷問で行われる拷問の歴史みたいな虐待を連日受け続けている訳だけど……ファナはその中でも他の囚人より数倍増し拷問を受けて尚、罰が足りないと挑発していた。

 所長や看守たちが逆に疲れ果てるほどだ。ここまでされたら殺した方が早いと思うけど……不思議と殺さずにいる。

 そもそもファナの拷問された後の体に関してだけど、しばらくは血まみれなんだが……勝手に傷が塞がって行くんだよ。

 職業スキルらしいんだけど……少なくとも魔物使いや僧侶とかのスキルじゃないのはわかるな。

 力はあるっぽいし、戦士はあんな感じで自動で回復するスキルでもあるんだろう。

 誰もファナの傷の治りが早いのを不思議に思っている様子はないし。


「あっそ……」


 ともかく、心配はしなくて良いってか……しかも回復スキルで賄えないような拷問による死を望んでいるみたいだし、生かすのがここでのファナへの拷問なんだろうと俺は結論付ける。

 死は幸いであるって事か。


「ただ……私をどう思っていたのかはわからないけど、撫でてくれた気持ちだけはお礼を言うね」


 別に心配って程じゃなく無意識にやってしまっただけだけどな。

 ……これも魔物使いとしての感覚って奴なのかね。反吐が出るけど撫でると何かがホッとしたような気はした。

 ファナは……俺が罪を犯しているようには見えないって疑問を持ってくれているんだし、拷問の肩代わりをしてくれたりする礼と納得しよう。




 そうして刑務所内で雑務をして機会を伺っていると……ひょんな機会が訪れる事になった。

 その日の昼休憩で食事を終え、休憩時間に体を休めようかとしていた所でファナに看守から声が掛かる。


「ファナ=ポシュ=クーン。ご指名だ」


 ご指名……ね。まあ、ファナは腕は立つっぽいから外からもお呼びがかかるか。


「あら? 私を呼ぶなんてどこの物好き?」

「さてな」


 なんて思って牢屋から看守に呼ばれて出ようとしているファナが俺の方に顔を向ける。


「アキヒコ、私が居なくて大丈夫?」

「お前は俺の何なんだよ」


 なんでそこまで心配されなきゃならないんだ。刑務所暮らしも慣れて来たけどファナの俺への対応は実に謎だ。


「心配なお隣さん?」


 疑問形で聞いてくるのがなんとも悲しい。そりゃ俺は弱いから気になるのもしょうがないけど!


「良いから行ってこいっての!」

「うーん……」


 なんか後ろ髪を引かれるようにファナはそのまま行ってしまった。

 それから少し経って。


「囚人アキヒコ。来い。お前もご指名だ」

「ご指名? この俺にどこのどいつから指名が来るんですかね?」


 卑屈に返すと看守は面白く無いと言った態度で答えた。


「良いから来い」


 俺を指名ね……どこかで当て馬として徴収しようってのかね。

 被害賠償もあって安易に俺を死なせようものなら依頼者には相応の罰金が処されるらしいからどんなもんなんだろうな。

 しかし……考えれば考えるほど、俺への依頼が来る確率は低いな。俺に課された賠償金は相当額らしいぞ。

 見殺しにはできないLvが低く弱い魔物使いとか……は、一体どこの物好き様だ?

 一応しっかり仕事をこなせば俺の雇用費が支払われる形にはなる。ま、俺の場合は賠償金に回されるんだろうけど。

 ほぼ拘束されてるけどこのゴミみたいな刑務所からしばらく出られるってんなら請けない手はない。

 管理者の雇用期間以上を過ぎると刻印が作動して死ぬって仕掛けらしいけどな。


「んじゃ、物好きの顔を見に行ってみるか」


 そうして看守についていき、囚人引き渡し用のゲートを通って依頼人とやらに会いに行く。

 ああ、足かせの重りは出る際に外されたな。相変わらず足かせで手枷は着いたまんまだけどな。

 俺を雇用する管理者の指示一つで手枷と足かせの両方が各々引っ付いてまともに動けなくなるんだけどな。

 看守もいたずらに作動させて俺を何度転ばせたかわかったもんじゃない。

 ともかく三週間ぶりくらいに重り無しの歩行が出来て体が軽く感じる。

 ちょっとだけ気分が良いけど俺はそのまま管理者兼依頼人って奴に顔合わせをすることにした。


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