19 刑務所のルール
その途中。
「良いから姿を変えろ! 聞こえないのか!」
「……どこを殴るのも良いけどそういうのは違うでしょ? それ以上はどうなるか……わかる?」
「貴様……く……おのれ……」
「別に私は罪状が増えてもね……あなたも巻き込まれて死にたくないでしょ? それとも……殺す? 殺すならそれでもいいけど?」
バキっと音が一度して所長がたじろいた声が響いていたけれど、それが何なのか、俺は痛みで頭がいっぱいでわからなかった……。
「ふん……そう簡単にお前の願い通り殺す訳ないだろうが、そうだな……」
所長がぐったりとしている俺へと下劣な笑みを浮かべて俺の腕輪を見せつけながら猫っぽい奴へと顔を向ける。
「お前の特殊武器である腕輪を広げろ。そしてこいつの首に掛けるから、俺が良いと言うまで締め上げろ。ふふふ……」
「く……そんなこと……グフッ!?」
俺が抵抗しようとした直後、顔面を殴られる。
「聞こえなかったのか?」
「だから……ガハッ――」
反対側から殴りつけられた。
これは……あれだ。俺を庇おうとした相手に、俺自身が手を下させることで俺とアイツの両方を苦しめようとする肉体的、精神的な拷問なんだ。
うう……く、くそ。なんでこんな事をしなきゃいけないんだよ。
もう殴られたくないという声が脳裏を過り、楽になれと悪魔の声まで聞こえて来る。
「くうううぅううう……」
歯を食いしばって拒絶しようとしたその時、猫っぽい奴は俺へとほほ笑んだ。
大丈夫、ここは素直に従って良い。じゃないとあなた、死んじゃうでしょ?
そう……目で語っていた。
「絶対に……うぐ――」
「黙れ!」
腕輪を力業で広げられて激痛が走る。痛い痛い! それは俺の体の一部みたいなもんなんだぞ!
伸びた腕輪だった物を猫っぽい奴の首に掛けられて後に知るのだが鉄環絞首……ガローテの如く猫っぽい奴の首が締め上げられる。
「ガ――ウウウウ――ググ……ッグッグ……ま、まだまだ、まだ緩いわ……よ」
体毛に沈んで首がよくわからなかった猫っぽい奴の首が目に見えてわかる形で俺の腕輪で強引に締め上げられていく。
「――――ッ!」
無理やりな変形に俺自身にも多大な魂と呼べる部分に痛みが走って大きく仰け反る。
あ……ああ……死ぬ……肉体的にも精神的にも、魂においても……。
再度朦朧とした意識の中で猫っぽい奴を霞む目で見る。
「ググ――カハ……ァァ……ァ……」
悲鳴のように淡い光がヒビが入った腕輪から発せられていた。
これ以上は……俺の意識はブラックアウトし、水をぶっかけられて強制的に起こされた。
「よし、それくらいだ」
締め上げが緩ませられるのと同時に腕輪に掛かるダメージによる痛みが緩和し始める。
「ゲホ……ゲホゲホ……あー息苦しかった。あと少しだったのに、本当、殺さないようにするのがお上手な事で」
「まだ喋る余裕があるか! 調子に乗るなぁああああああああああ!」
そうして長い間拷問された俺は看守に肩を担がれて牢屋に戻され転がされる。
「自分で手当てはするんだな。その程度は許可されている。なければ一晩我慢しろ。朝、回復魔法の練習台へ斡旋してやる」
ガチャンと牢屋の格子は閉められ、看守が持ち場に戻る。
回復魔法の練習台……奉仕作業の一つであるのを後で知った。
僧侶系の職業の者がスキルの練習にこういった刑務所で罰を受けている囚人を練習台に使うんだそうだ。
病人とか練習で怪我させるよりも囚人を使うのが一番だって話らしい。
反吐が出る!
「う……うう……」
俺は返却された腕輪でヒーリングサークルを発動させる。
ライムに腕輪を食われ、ほぼ初期化しているけれどヒーリングサークルは使用することが出来た。
ポータルゲートは……消えてしまっている。再習得が必要なんだろう。使えたとしてもこの刑務所から許可なく出ると胸の焼印が締め付けて殺すそうだけど……。
うう……弱っている状態でのヒーリングサークルの効果は相応に低く、本当に徐々にしか傷が治って行かない。
それでも、こんな所で死んでなんて……いられないんだ。
むしろゆっくりと治療することで治療痛も心地よい痛みで治ってくれる。
やがて傷がほとんど治り……腕輪のヒビも徐々に修復し始めた所で、どうにかベッドに腰かける。
「お隣さん。生きてる?」
「……」
ここで無視を決め込むか? いや……さっき、俺は隣にいるこいつによって助けられたのもまた事実か。
しかも俺の腕輪を拷問器具にされて首を締め上げられていたんだし……誰かを信じるなんてもうするつもりは毛頭ないけど返事くらいはするべきだな。
「ああ……恩着せがましい奴だな」
こんな所で他人の罰を肩代わりして反省してるって体裁が欲しいんだろう。
拷問されていても平気ってのは単純に対して痛くないって事って想像位できる。
「見た感じあんまり体力あるように見えなかったし、あのままじゃ絶対死んでたのが分かったからねー生きてて良かった。声からして大分元気になってるみたいねー」
「……特殊武器のスキルに徐々に回復するのがあるから使った」
「そう、それはよかったー」
「アンタは?」
「私ー?」
ちょっと独特の発音をする奴だ。のんびりした口調のようで、それでありながら余裕のあるような……そんな感じ。
「私は大丈夫……あの程度じゃねー……まったく……殺せば良いのに面倒くさい……」
嘆くような声で隣の囚人……猫が答える。
……殺せば良いってただの死にたがりか?
死にたいから刑務所に入るほどの犯罪を犯したのか、ただの迷惑者じゃないか。
「そういえば名前を聞いてなかったーあなた名前は? 私の名前はファナ」
「明彦」
「アキヒコって言うのね……これから色々とよろしくー」
「……」
よろしくと言われても犯罪者を相手に仲良くなんてごめんだ。
俺はライムにしていない罪をかぶせられたんだからな。
かといってこれからどうやってアイツに報いを受けさせたら良いんだ?
「あ、囚人同士の会話が許可されている時間が決まってるからそれ以降なら内緒話ね?」
……黙っていたことを怒られるとか考えているとか勘違いされるのはどうなんだ?
別に良いか……ファナだったか、エゴだっただろうが助け舟を出されたのは事実か……。
「まだ慣れないでしょうから説明すると入所者の初日は食事の支給は無し、ここのローカルルールみたい。まあ……初日の洗礼で大体の入所者は食事出来る元気があるのは稀だけどね」
「ああそう……」
「朝6時にベルが鳴ったら起床、ベッドや衣服を整えて点呼を確認する看守が来るまで行儀よく立ってないと罰があるから注意してね。新顔はここで再度洗礼されるから」
おう……それは助かるか。無意味に殴られるのは勘弁してほしいもんな。
ま、事実だったらだがな。
「7時頃には格子が開いて食堂までの道の使用許可が降りるからそのまま食堂で食事、そこからは囚人個人で作業場で奉仕作業をさせられるわ。畑の管理とか近くにある町から運ばれる洗濯物の洗濯とか色々、この辺りは職業なんかで割り振られる仕事が変わってくるかな」
「職業……」
俺は自身の職業を思い、反吐が出た。
何が魔物使いだ。その魔物に反逆されてこんな目に遭っているんだ。
腕輪のスキルはしょうがないとしても職業スキルなんて使いたいなんて思えない。
「なあ、授かった職業って……上位職じゃなくて完全に別系統の職業になるとかの方法とか無いのか?」
「え? アキヒコってそんなことも知らないの?」
知らないから何なんだよ。どうせ馬鹿にしやがるんだろ。しかもまともに教えようともしないのが分かる。
大抵の奴は聞いても教えようともしない。
本当、どいつもこいつも俺には聞く癖に俺の質問には答えやがらねえ。
とはいえ、嘘か本当かここでのルールを言ってきた訳だから期待しないで答えておくか。