17 冤罪と堕ちた名声
「やっと村が見えて来た」
ここ数日で覚えた森の道を進んで行き、やっと村が見えたその時。
「あそこだ! いたぞー!」
村の方から冒険者や村の人たちが……なんか険しい顔つきで俺の方に駆けて来て包囲してきた。
「ど、どうしたんですか! いて!」
挙句、素早く冒険者が俺の背後に回り込んで俺の腕をつかみ、強引に地面に押さえつけられてしまった。
「よくもおめおめとここに戻ってくることが出来たな!」
「え? 一体どうしたんですか!?」
どうして俺に対してみんなが敵対的なのかまるで理解できない。
「何が一体どうしただ! 覚えてないとは言わせないぞ! ジェリームを筆頭に村に大量のチェイスウルフ達をこっちが討伐作戦で村を空けた隙を突いて嗾けたんだろうが!」
「はぁ!?」
完全に身に覚えがない!
俺は先ほどまでライムによって失神させられていたんだから。
「邪悪な笑みを浮かべながら村を滅ぼそうとしただろうが! この邪悪な犯罪者め! ジェリームとチェイスウルフ達が返り討ちになった挙句、身ぐるみを切り裂かれてノコノコと逃げたのはお前だろ!」
「いや! 本当に身に覚えがないんですよ! 聞いてくれ! 俺のジェリームであるライムが下克上して俺の力を奪った挙句気絶させて逃げやがったんだ!」
「嘘を言うのは大概にしろ! みんなお前の顔を見ているんだ! 死にたくなかったら大人しくしているんだな! すぐに殺すことだってできるんだぞ!」
「違う! 俺はそんなことしてない! 話を聞いてくれ!」
「キュウウ! キュー!」
ルリルが俺を庇うように飛び跳ねていたのだけど、そのルリルも首根っこを掴まれて捕まってしまった。
「可愛そうに、こんな弱い魔物なのに犯罪者の魔物使いに使役されて……急いで取り上げるんだ!」
「キュウ! キュウウウウウウ!」
ルリルが俺に向けて両手を伸ばすけれど、力及ばず檻に入れられ引き離されてしまった。
「とにかく、今回の騒動の犯人を捕縛した。首都へ連れて行くぞ!」
「だから……俺じゃないって言ってるじゃないか!」
く……なんで誰も聞いてくれないんだ。
なんだかわからない内に俺はそのまま首都に異様に力の抜ける手枷と足かせを着けられ……拘留所らしき牢屋に入れられてしまった。
俺は事情聴取らしきやり取りを職員にされ、何度も自分じゃないと言ったのだけど暖簾に腕押しの反応で記録だけされ続ける日々を送ってしまった。
経験値を奪われて47あったLvが5になってしまっていると説明しても職員はまともに話を聞き入れてくれているように見えなかった。
そんなこんなで裁判を受けるまでの数日間、牢屋に入れられたある日の夜、牢屋の格子から外を見ると大きな満月が登っていて……遠くで戦うような音が一晩中響き渡っていた。
おそらく……ルナティックムーンと言う奴だろう……。
く……こんな所に収監されることで最悪の満月を乗り切れるなんて……嫌な感覚だ。
そうして……ルナティックムーンが明けた翌日の事。
仰々しい裁判所らしき所に連れていかれ、俺は被告人席に立たされる。異世界でもこんな所があるんだな。
あとで知る事なんだが犯罪者を生け捕りに出来た際に刑罰を与える施設なんだそうだ。
「被告人、アキヒコは首都の宿屋、薬屋、武器屋、防具屋、ギルド内で魔物を暴れさせた後に逃走、かねてから根城にしていた地方の村近隣で無数のチェイスウルフを使役して村の全滅を狙う恐ろしいほどに凶悪な手口による大量殺戮を画策した。この事実に違いは無いか?」
「違います! 俺はそんなことしてない!」
「まだ否定してる。あれだけ目撃者も被害者も見てるってのに」
「俺じゃない! 俺じゃないのになんでこんな不当な裁きを受けないといけないんだ! それより俺の使役していたジェリームが下克上をしたんだ! 処分されたって話だけど、アイツがなんかやったに違いない!」
カンカン! っと裁判長が木槌を叩いて音を出して裁判所内を静かにさせる。
「被告人、アキヒコを重犯罪者として刑罰刻印処置の後、引き回しの末、無期懲役の社会奉仕罰金刑に処す!」
「そんな!?」
なんで誰も俺の証言を信じてくれないんだよ! と言うか弁護士とかは居ないのかよ!
こうして裁判が終わり、椅子に手足所か口まで押さえつけられて……拷問人らしき仮面を着けた人物たちに囲まれて胸に熱した焼印らしき物を押し付けられる。
「―――――――ぁ――!!!!!!????」
皮膚を焼く激痛と共に体の中に何かがねじ込まれるような気色の悪い感覚が駆け巡る。
「痛いか? それが貴様の罪だ。そしてこれが貴様が罪人にして囚人である証……この魔法刻印はこれから貴様が行く刑務所で登録され、許可なくそこから出ようとすれば貴様の心臓を締め上げるだろう。そして貴様が稼いだ経験値の大半は没収される。それが貴様の生涯をかけて償う罪なのだ」
そんな……脱走できない呪い……? しかも経験値没収って……俺は一体どうしたら……。
そのまま……首都に来た初日に見せられた鎖で繋がれたまま……護送車に合わせて城下町を刑務所まで歩かされることになった。
「おら! さっさと歩け!」
「ぐうぅうううう――」
バシィ! っと執行人に鞭で背中を撃たれて背中の皮膚が裂ける痛みに悶絶しながら無理やり歩かされる。
「あら……あそこにいるのは」
「海山じゃないか! ハハハハ! やはりアイツは犯罪者に落ちたか! 愚かな奴め! 逆らうからそうなるんだ」
声に顔を向けると良い身なりをした村中とマリーゼが俺を指さして蔑んだ目で笑っている。
「石を投げて良いんだったな! この犯罪者め! これが社会という物だ! わかったか! これがこの世界の常識だ! こういうことがあるというのを理解するんだな!」
ガスっと村中に石を投げつけられ、それが頭に当たり、激痛と共に血が流れる。
護送中の相手に石を平気で投げつけるお前は本当に日本人かと疑いたくなる神経してやがる!
どうにかやり返したくて言い返そうとした所で――。
「何をしている! さっさと歩け!」
「う――」
鎖で強引に引っ張られて言い返す事すら許されず鞭打ちにされ、皮膚が裂けて激痛が走る。
「この犯罪者! お前の所為で女房が大けがしたんだぞ!」
「もっと苦しめー!」
と、厄介になった店の人たちが俺に向かって石を投げつけてくる。
信じてくれと言おうとするのだけど、いう暇もなく鞭で打たれて歩かされる。倒れるとそこに向けて石を投げつけられ、罵声を浴びせられる。
そして無理やり立たされて顔面を殴りつけられ、首を締めあげられて歩かされる。
狂いそうだ……どうして……どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
俺が一体何をしたっていうんだ! やってもないのに……なんで……。
と言う所で……俺の頭に声が響いた。
『良い様だな! ご主人様?』
その声は……ライム!?
ハッと周囲を見渡すのだけど、それらしき姿はどこにも見えない。
『念話ってスキルでアンタの頭の中に直接語り掛けてやってんだぜー探したって見つかんねーよ。あ、念話を繋げてるからアンタの心の声を強く思えばこっちも聞こえるぜー』
く……手に入れたスキルで俺に語り掛けてるって事か。
『どうしてこんな目に遭っているのかカラクリが分からなくてかわいそうだからネタ晴らしをしてやるぜ。それはな? 俺が擬態してお前の振りをしていろんな所で暴れてやったんだよ。みーんな、お前がやったと思ってるんだ。いやー楽しかったぜ! アンタの振りして暴れるのもな』
な……どうしてお前はそんな事をするんだ!
『まだそんな事を言ってんのか? これはアンタへの手土産に決まってんだろ? 俺を奴隷のように酷使したんだから、アンタも奴隷のように犯罪者として奉仕活動をしなくちゃなー!』
奴隷だなんてしてないだろ! 共に強くなるために頑張って来たんじゃないか!
『何が共にだよ。前にも言っただろ。アンタはただの寄生虫だっての! さーて、俺は俺の好きなように生きるからよ、アンタは刑務所にでも入って死ぬまで奴隷をやって行くんだな! ハハハハハ! じゃーなー!』
ブツっと通信が途切れるような音が聞こえライムの声はそれ以上聞こえなくなった。
果たしてこれは念話が切れた音だったのか、それとも俺の堪忍袋の緒が切れた音だったのか、もしくは俺の良心が失われた音だったのかはわからない。
俺の心の奥底から黒い感情が止めどなく噴出していくのを、俺は理解していた。
一体何なんだよ! 俺が何をしたって言うんだ! 日本にいる頃からそうだがどいつもこいつも碌な奴がいない。
挙句訳も分からず異世界に引き込まれた挙句 、放逐されて……人間不信になってきた所をどうにか頑張って生きて行こうと魔物と共に生きようとしたのに、その魔物まで俺に辛く当たるのかよ!
誰も俺を信じようともしない。人も魔物も信じられない!
もう知ったこっちゃない! このまま刑務所で一生を送る? ふざけんな!
ライム! 絶対にお前を殺してやる! 絶対だ!
「うおおおおおおおおおおおお!」
俺は力の限り暴れるのだけど、鞭打ちをされ、手枷足かせで引きずられる。
こうして俺は……信頼と金、強さ……その全てを失い、重い罪まで被され……最悪の異世界での日々が幕を開けた。