14 看病
「おい! 大丈夫か!」
駆け寄って手を伸ばすとヌメっとした手触りがして……この子ウサギもチェイスウルフによって重傷を負わされていたのだと理解できた。
ちょこちょこと出て来たので思ったより傷は浅いのかと思っていたけど油断した。
そういえば日本でも野生の動物って死ぬまでの間、結構動き回れるって話を耳にしたことがある。
く……この傷、シャレにならない位深いぞ。背中は元より腹の方にも深い傷があって生きているのが不思議な位だ。
俺はモンスターヒーリングを施して手当をしようと思うのだけど傷が深すぎて思うように塞がらない。
もっと抜本的治療をしないといけないと思い、荷物から布地を出して裂き、包帯にして子ウサギに巻き付ける。
もちろんモンスターヒーリングを掛け続けている。
「このまま死んで良い事なんてない! やっと生き残れたんだ! 諦めるんじゃないぞ!」
「キュ……キュウ……キュ……」
か弱い声で子ウサギが鳴いているのを俺は励ましながら抱き上げる。
とりあえずいつチェイスウルフが出てくるかわからないこの場から離脱して安全な所に連れて行くのが先決だ。
「ライムー! どこ行ったんだー!」
声を上げてライムを呼ぶんだけど、ライムの奴、どこに行ったんだ?
「おーい! 戻ってこーい!」
呼びかけると……森の奥の方からライムがピョンと顔を出す。
「どこ行ってたんだよお前」
「……ピ? ピー」
よくわからないって感じでライムは斜めになって答える。
ああはいはい。興味あるものがチェイスウルフじゃなく別のだったんだろうね。
「俺だけでどうにかなったから良いけど、魔物が襲ってきたんだからしっかり戦ってくれよ。まったく……」
思わず愚痴が出てしまうけど、魔物使いって結局は魔物という自身とは異なる存在の力を借りて戦う訳だからこんなこともあるだろう。
村中みたいにガミガミ言っても始まらない。環境を整えるのが俺の仕事なんだし、やって行くしかない。
「ピ?」
ライムが俺が抱きかかえている子ウサギを見て疑問の表情になっている。
「ああ、チェイスウルフに襲われていたのを偶然助けたんだ。重傷を負っているから保護すると決めた」
「ピ」
ライムは小さく鳴いた後、背を向けてピョンピョンと跳ねて行ってしまう。
「ああ、待てよ」
そうして俺達は指定された範囲の見回りをしてから村へと帰還したのだった。
「あ、おかえり。おや? その子は……」
帰還した俺に宿屋の店主は抱えている子ウサギに気づいて視線を向けてくる。
「見回りした範囲でチェイスウルフに一家が全滅させられた最後の生き残りなんです。凄い怪我をしてて、助けられないですか?」
「この香り……メイプルラビットだね」
そんな感じの名前の魔物なのは俺も魔物使いとしてのスキルでわかってはいた。
「名前は知ってるけど、どんな魔物なんですか?」
「メイプルラビットってのは樹液に近い甘い体液を出す魔物でね。体液採取用の仕掛けが森に設置されているもんなんだよ」
ほう……そういえばメイプルってメープルとも聞こえるもんな。
なるほど、樹液に似た甘い体液を出すウサギなのね。
「うーん……アンタも治療をしているんだろう? 近場に居る回復魔法の使い手と薬師辺りに相談するのが良いと思うけど……それだけ弱ってんなら諦めるのが無難じゃないかい?」
「いや……言いたいことは分かりますけど嫌じゃないですか! 唯一の生き残りだったんですから」
「キュウ……キュウ……」
この腕の中で今にも死にそうになっている子ウサギを見捨てろなんてしたくない。
ドライに切り捨てる考えだってわからなくはないし、魔物なんだからって考えも理解できるけどさ。
エゴでもなんでも助けたいんだよ。
「まあ、相談するなら紹介するけどねぇ。そこまで弱ってちゃみんな同じことを言うと思うよ?」
「それでも良いです!」
という訳で俺は回復魔法が使える人と薬師に相談したのだけど、劇的に子ウサギの症状が回復に向かう結果にはならなかった。
傷が深すぎて基礎的な回復が追いつかないし、子ウサギだけの面倒は見切れないと突っぱねられてしまった。
それでも見てくれただけマシって事だろう。
見て貰う途中で俺はチェイスウルフを倒した報告を行っておいた。
別の魔物を保護するとかと呆れられてしまったけど、間違っているとは思わない。
「ピー」
ライムはベッドの枕に腰かけると目を瞑ってしまった。早速寝る様だ。
帰り道で説教したのだけど、わかっているんだろうか?
「くそ……」
「キュウ……キュウ……」
子ウサギ用に購入した籠に柔らかい藁を敷いて宿屋の部屋で俺は魔力が続く限りモンスターヒーリングを掛け続けて死なない様に見守るしかできない。
「く……魔力が……ええい! ヒーリングサークル!」
魔力が切れそうになった際は薬師にお金を渡して魔力回復のポーションを譲って貰い飲みながら回復効果の長い武器スキルのヒーリングサークルを使って休息を取ってから再度モンスターヒーリングを掛けなおした。
例え身勝手なエゴだとしても……生き残ったこの子の面倒を俺は見ると決めたんだ!
あんな悲しい顔をしていたこの子がこのまま死んで良いはずはない!
「キュ……ウ……」
「大丈夫……俺は面倒を見るから……寂しくない……だから死なないでくれ」
か弱い声で目を開けてゆっくりと俺を見つめる子ウサギに出来る限りの手当てをするのが俺の出来る事だった。
そうして……殆ど寝ることなく夜が明けた頃……。
セイフティーサークルの応用で設置したアラームが頭で警報を鳴らす。
「ん……やべ!」
思わず寝てしまった! 周囲を見渡すと、数分程度の居眠りだったようだ。
急いで子ウサギの様子を確認する。
「キュウ……キュウ……」
子ウサギの呼吸が安定し始め、静かな寝息へと変わっていた。
包帯を取り換えると傷が大分小さくなっている。
まだ予断を許せない状況だけど……峠は越したと見て良いかもしれない。
「はあ……」
正直、ドッと疲れた。
気が抜けたのか俺はそのまま意識を失うように再度寝入ってしまったのだった。
次に気づいたのは……数時間後で日が大分登っていたのだった。
「スー……スー……」
子ウサギはまだ眠っていた。大丈夫そうだ。
さて……とりあえず血まみれの包帯の処理と俺とライムの朝食を取ることを優先しよう。
という訳で寝ている子ウサギを置いて俺は立ち上がる。
「行くぞライム」
「ピ」
ああ、起きた? って感じでライムがベッドから降りて付いてくる。
俺は魔物使いだし、回復担当だからしょうがないけど手当てに何の役にも立たずに寝てるだけとはマイペースな奴だな。
はぁ……しょうがないか。
そうして食事をしてから子ウサギ用のキャベツに似た野菜を購入して宿屋の部屋に戻る。
「キュ……!?」
「あ、目が覚めたか。調子はどうだ?」
周囲をキョロキョロと見渡していた子ウサギは部屋に俺たちが入ってきたのを察して耳を世話しなく動かして警戒の様相を見せている。
このまま室内で暴れるかと思ったのだけど立ち上がろうとしてできずに居るようだ。
おそらく消耗した体力が回復しきっていないんだろう。傷はだいぶ良くなったけど、満足に動けるほどではないんだ。
「大丈夫……ここは外敵が来ない安全な所だから」
柔らかい藁の入った籠に居る子ウサギにキャベツっぽい野菜の葉っぱを差し出す。
何にしてもまずは体力の回復をしてもらわないとこれ以上の手当ても出来ない。
ヒクヒクと鼻を動かしている子ウサギ……まだ警戒心が解けないか。
見ていたら気が緩められないのかもしれない。