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9話

「異世界の乙女様を王后としてお迎えする準備が整いました。」


「流石陛下と言うべきでしょうか。第二王妃殿下を王后として迎えなくて正解でしたよ。」


「陛下は異世界の乙女様がいらっしゃることをご存知だったのでしょうか。」


臣下達の声が遠のいていく。


(異世界の乙女を王后にする事でアスティアラへの気持ちが収まるのならそれでもいいのかも知れない。)


異世界の乙女と結婚するのは王族の義務の様なものだった。もし自分の代で異世界の乙女が来たのなら娶る事。王太子教育でずっと言われ続けて来た事だった。


(自惚れかも知れないが、あの時アスティアラは悲しんでいた…のか?)


マクシミリアンの頭の中ではアスティアラがマクシミリアンの前から去るあの場面が浮かび上がっていた。ドレスの裾をぎゅっと掴み唇を噛みしめ、じっとこちらを見つめていたアスティアラを。


(あの表情は見た事がある。ビアンカが死んだ時。)


棺の前で見せた表情。泣きたいけど涙が出ないとマクシミリアンにだけ見せたアスティアラの内側。最初に出会った時マクシミリアンはアスティアラの事が苦手だった。


何でも完璧にこなす人間味のない冷たさが苦手だった。怖いとさえ感じていた。あの日始めた見たアスティアラの人間らしい悩みを聞いて、苦手意識が無くなった。

何て不器用で可愛らしいんだろう。なんでも器用にこなすアスティアラが実は普通の人より不器用過ぎた。


(ビアンカ…。許してくれ、君が死んで直ぐなのにアスティアラに惹かれ始めたのだから。)


許しを乞うても返事が返ってくる事はない。


「陛下?顔色が良くありませんよ?」


「今日はもうお休みになってください。」


臣下達がやや強引にマクシミリアンを休ませる。国王宮の寝室に連れて行かれベッドに寝かされてしまった。


(いい臣下達には違いないのだが、少々子供扱いしているな。)


先王の時代から仕えている者達ばかりで、まだマクシミリアンは小さい子供の様に見ているのだろう。まだまだ未熟なマクシミリアンが国王として君臨できているのも臣下達の努力のおかげだった。


その時、バルコニーに人影が見えた。


「誰だ。」


マクシミリアンは直ぐ起き上がり側に置いていた剣に手を伸ばした。窓は閉まっていたはずなのに開いていて風が吹き抜けカーテンを揺らす。そのカーテンから見え隠れするのは黒い髪だった。


「マックス、私だよ!体調を崩したって聞いたから心配できちゃった。」


両手に握り拳を作って話すアイリにマクシミリアンはため息をついた。


「若い娘が男の部屋に勝手に入ってくるのは良くない。」


(全く…国王宮の護衛はどうして見逃したんだ。)


異世界の乙女で王后になるアイリだから通してしまったのだろう。


「だってぇ、マックスが心配だったんだもん!」


先程作った握り拳をアイリはブンブンと上下に振る。


「ここにはどうやって入って来たんだ。」


「木に登ってバルコニーに飛び移ったの!」


「危なっかしいからやめてくれ。異世界の乙女が怪我したとなれば…。」


(アスティアラならこんな事しないのに。)


その時アイリは涙を一粒流した。


「異世界の乙女だなんて言わないで。」


涙を一粒流して涙腺が緩んだのか次から次へと涙を流し始めた。


異世界の乙女(余所者)って言われてるみたいで、嫌なの!寂しいの!!だから言わないで。ただのアイリとして見て。」


アイリはマクシミリアンに駆け寄り抱きついた。ここは抱きしめ慰めなければいけないのだろうが、マクシミリアンは優しくアイリを自分から引き剥がした。


「軽率な発言だった。すまないアイリ。そこまで気にしているとは思わなかった。」


「私もちょっとキツイ言い方になってごめん。慣れない場所で私、いろいろ不安定で。」


アイリは涙を拭ってまたマクシミリアンを見つめた。


「ねぇ、マックスは陛下だから偉いんだよね?ならマリー達を守って。」


「マリー…?」


「ハイデマリー達のこと。」


ここでマクシミリアンはハイデマリーというのがアイリにつけた侍女だったことを思い出した。

アスティアラに付けた侍女やレディズ・コンパニオンのシャノンはマクシミリアンが選んで付けたが、アイリの身の回りの者はマクシミリアン自ら選んでいなかった。


異世界の乙女の世話ができる家柄のいい者という条件で選ぶ様にと臣下達に任せたのだ。


「侍女達がどうかしたのか。」


「実は、マックスがくれた宮に嫌がらせ…みたいな事されてて。私にまだ実害は出てないんだけど私が受けるはずの嫌がらせをマリー達が受けてて。私悲しくて、みんなが傷つくの見てられないの。」


アイリはさっきまでの木に登るほどの元気さはなく、肩を落とし俯いた。


「アイリを害そうとするのは重罪だ。直ぐに調査させよう。」


「こんなこと言っちゃ悪いんだろうけど、アスティと一緒にいた侍女さんを私の宮で見たの。その直ぐ後に嫌がらせが起こって…。」


またアイリは泣き出した。


「もっ…もしかしたらぁっ、ア…アスティが命令したのかもって思ってぇ。」


マクシミリアンは目を見開いた。


(まさか、アスティアラがする筈ない。)


そしてアイリがアスティアラのことを愛称で呼んでいるのを聞いて、自分だって呼びたいのに…という感情がマクシミリアンの中にあった。

今は異世界の乙女であるアイリが害されてしまっているという事が大変だというのに。


(だが…もし仮に本当にアスティアラがアイリに嫌がらせをしていたとするならば、嫉妬して嫌がらせを…?)


その嫉妬する原因はもしかすると自分なのではないか。マクシミリアンはそう思えてしまった。妄想だと分かっていても。


(アスティアラが嫉妬してくれていたら…どれだけ嬉しいだろうか。)


マクシミリアンの中ではアイリが嫌がらせを受けているよりアスティアラが嫉妬しているかも知れないことの方が大きかった。


(あの時、追いかければ良かった。)


アイリとアスティアラに会った時、マクシミリアンは異世界の乙女を蔑ろにしてはいけないと思いアイリを優先してしまった。


あの後ろ姿に呼びかけるだけでなく駆け寄れば良かった。そうでなくとも後で会いにいくとか、使いを寄越すとかすれば良かった。あの日からアスティアラに会っていない。


「とりあえず、もう宮に戻りなさい。」


「う…うん。分かったぁ。」


アイリを部屋から出し、騎士に宮まで送らせた。


「アスティアラ…。」


しかしマクシミリアンの頭の中にはアイリはひとかけらも無く、アスティアラしか居なかった。

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