8話
(どうしてこんな気持ちになるのだろう。)
契約結婚でそこに恋愛感情はなくて、お飾り妃として。確かにそうだったはずなのだ。結婚して4年、知り合ってからだともっと年月が経っている。
友人よりは上の存在だったはずだ。演技だとしても夫婦として過ごしていくうちに情は湧いたと思う。
「それが、愛情だったのですね。」
冷えた心にお湯を注がれた様なそんな感覚だった。
「妃殿下。」
その時シャノンが部屋に入って来てアスティアラは口を閉じる。独り言は聞かれていないだろう。
「最近、妃殿下はお元気がない様に思います。ですので勝手ですが巷で当たる有名な占い師を呼びました。遊び感覚でよろしいので占って貰うのはどうでしょうか。」
シャノンがアスティアラのために用意した気分転換を受けることにした。
「そうね。」
アスティアラがそういうと侍女に連れられ黒いマントを羽織ったいかにもな人物が入って来た。中性的な雰囲気と声をしていた。
「お会い出来、光栄でございます。妃殿下。私はヨゲルと申します。」
ヨゲルの占い方法は水晶を使ったりカードを使ったものではなく、手を握りその人から感じ取る占いだった。だから恋愛はどうなるか、死期はいつかなど客が望むものを占えるわけではない。
「どうでしょう。何か感じられました?」
アスティアラは手を握ったまま目を閉じているヨゲルに話しかける。しばらくしてからヨゲルは目を開けた。
「妃殿下のお腹からオーラを感じます。遠くない未来、ご懐妊なさるでしょう。」
それを聞いてアスティアラは落胆した。占いを信じていたわけではないが当たると有名だと売り文句にしているなら今すぐ変えるべきだと思う。
しかし王妃として喜ぶフリをしなければならない。
「まあ、そうなのですか。」
「あっ、あともう一つ。しかしこれは妃殿下だけに言った方がいいと思うのです。」
「それなら私は退室いたします。占い師様、外には屈強な護衛騎士がいらっしゃいますから妃殿下に変な真似をしてはいけませんよ。」
シャノンは笑いながら退室していく。侍女達も退室して、部屋にはアスティアラとヨゲルだけとなった。ヨゲルは人がいなくなったことを入念に確認するとアスティアラの正面に座った。
「私は妃殿下を助けに来たのです。」
「私を何から助けてくださるのでしょうか。」
「信じられないかと思いますが、私には前世の記憶があるのです。そしてこの世界は前世で読んだ小説の世界と酷似しています。」
「それはまた…信じられない話ですね。」
しかしヨゲルの目を見れば嘘を言っている様にはどうしても思えなかった。
「異世界の乙女が現れたことで私は確信しました。ここは『異世界で私は国王陛下に溺愛されていますっ!』の世界だと。」
「ちょっと待ってください。何ですか?その長いタイトルは。」
「前世の世界では、流行りだったのです。」
話が逸れてしまったので本題に戻す。
「小説の内容ですが、突然異世界に落ちて来た愛梨が若き国王マクシミリアンと恋に落ち最終的に結ばれる物語です。」
「そこのどこに私を助けなければいけない要素があるのかしら。」
ヨゲルの言った小説の内容はこのまま行くと実現しそうな未来だった。
(多分陛下は今、アイリに恋に落ちているのでしょうね。)
「実は…妃殿下はその小説の中で悪役なのです。最初から悪役だった訳ではありません。むしろ知らない世界で戸惑っている愛梨を助ける味方キャラだったんです。小説の序盤は異世界に馴染めなく居場所がない、帰り方もわからない愛梨が徐々に異世界の民に心を開く話なんです。」
そこでゴクリとヨゲルは唾を飲み込んだ。
「中盤、アイリはマクシミリアンへの恋心を自覚します。今まで良くしてもらった妃殿下の夫を好きになってしまったアイリはこの気持ちを隠し、せめて側に居るだけでもと願います。しかし、アイリのマクシミリアンへの好意を妃殿下は気付いてしまいます。そこから凄惨な虐めがはじまるのです。」
「その小説の中の私の行動が理解できないわ。異世界の乙女は王后となる事は子供でも知ってるもの。私が虐めるなんて考えられない。そして異世界の乙女を害するなんて大罪じゃないの。」
「そうなんですけど、小説の中の妃殿下は虐めたんです。そして最終的にその事がバレ、妃殿下は断罪されます。」
そこからの予想は出来る。
「私…死ぬのかしら?」
「いえ、死にません。」
アスティアラはほっと胸を撫で下ろす。死んでしまうのが一番怖かった。あの無残な姿で棺に収まった友人を思い出すから。
「身分剥奪、一族は皆殺し。罪の元凶である妃殿下だけ生き残らせて、アイリの代わりに王后の業務をさせられますが表に出る事はなく妃殿下の功績はアイリ王后のものとして世間に認知されます。
『地下牢の様な場所で黙々と業務をこなすが彼女が評価される事は永遠にない。陰の王后の座を手に入れた彼女だが、それは絢爛豪華な宮廷に隠れた闇。王家の奴隷として死ぬまで彼女は書類に印を押し続けるだろう。』
それが最終章の最後の文章です。マクシミリアンとアイリの幸せなラストはエピローグで語られます。」
死んだ方がどれほど良かっただろうか…と思わせる様な小説のアスティアラの末路にアスティアラはしばらく言葉が出なかった。
「何故、私を助けようとするの?悪役なのでしょう?」
「それは私が妃殿下を好きだからですね。」
突然の告白に赤面して恥じらうくらいの初々しさがあれば良かったがアスティアラは動じなかった。
「あら、ありがとう。」
しかし何気に好きだと言われたのは初めてだった。アスティアラの家族仲は悪くないが好きという感情表現を素直にする家族ではなかった。
ヒューゴーは「政略結婚だがいい関係を築こう」と言うだけで好きだとは一言も言わなかった。好きじゃないから捨てたのだろう。
そしてマクシミリアンは契約結婚なのだからアスティアラをすきなはずがなかった。
「好きだからわざわざ助けるの?そんな理由で。」
「そんな理由ですよ。アスティアラ・アルラシラの容姿は私のタイプですから。」
「ふっ」とアスティアラは吹き出した。
「可笑しいわ。わからないわ。たったそれだけで命の危険を冒すだなんて。私が無礼者と言って首を跳ねる事だってできたのよ。」
「危険を冒しても好きな人を助けたいんです。」
ヨゲルはアスティアラ個人ではなく小説の中のキャラクターのアスティアラが好きなのだろうと気づいていた。
「教えてくれてどうもありがとう。気をつけるわ。」