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5話

マクシミリアンは執務室にいた。頬杖をついて眠気と格闘している。異世界の乙女が現れ、神殿も王宮も混乱していた。異世界の乙女関連の書類がマクシミリアンの机の上には山積みである。


(体調が優れないのか。)


まぶたが重くなってくる。マクシミリアンは眠気に勝てず、目を閉じた。雨の音が聞こえる。多分あの日の雨だろう。完璧令嬢と言われたアスティアラの完璧でない部分を見てしまったあの日を。



******



マクシミリアンには過去に2人の婚約者が居た。その2人何方も愛していたと断言出来た。最初に婚約者になったのは隣国の姫だった。しかし元々病弱だった事で流行病に罹り呆気なく死んでしまった。


結婚式当日に初めて会うのは気まずいだろうと両国の王の計らいで、月に少なくとも一度は会っていたので随分悲しかったことを覚えている。

話して、笑って…動いていた人がベッドの上で動かなくなる。その衝撃は幼いマクシミリアンにとって大きなものだった。


2人目の婚約者はギーヘス侯爵家のビアンカという娘だった。気立てがよく穏やかな人で前の婚約者とは違い、健康そのものだった。ビアンカに婚約者を亡くして傷心していた所を支えて貰いちょうど婚約の話があったので承諾した。


しかしギーヘス侯爵家の者が王太子妃となりやがては王后になる事をよく思わなかった政敵によってビアンカは暗殺されてしまった。

ただの肉塊となってマクシミリアンの元に戻ってきたビアンカを見て悲しみという感情より絶望に近い感情が勝った。


愛していたからその感情は強かった。婚約者となった2人が死んだ。それはマクシミリアンに呪縛の様に纏わり付き、奥深くに根差した。

だから、もう誰も愛さない。愛さなければ死んだとしても悲しむ事もない。


「まぁ、涙ひとつ流さないだなんて。」


「完璧令嬢ではなくて、冷酷令嬢ですわね。」


そんな囁き声がマクシミリアンの耳に届いた。完璧令嬢、そう呼ばれるのはマクシミリアンが知る中で1人しか居ない。アスティアラ・オウァルト、なんでも完璧にこなす優秀な人物。「男なら間違いなく兄を押し除けオウァルト家の跡継ぎになっただろうに。」と言われたりもする。


ビアンカの棺の前に下を向いて唇を噛み締めるアスティアラがいた。アスティアラはビアンカと親しくしていたし、幼い頃から交流があるので知っている。


「オウァルト嬢。」


放っておくのが一番良いとわかっているはずなのにマクシミリアンは近づいて声をかけていた。


「貴方も、私を冷酷だと言われるのですか。」


ポツリと…呟いた声をマクシミリアンは聞き逃さなかった。


「私だって友のために涙ひとつ流せない薄情な私が許せないのです。幼い頃から感情を操る術を学んできました。その弊害でしょうか。今、こんなにも泣きたいのに涙が出ません。」


淡々と喋るアスティアラに人々冷酷だと感じるのも無理はなかった。でも語る言葉には確かにビアンカの死を悲しむアスティアラが伺えた。


「薄情などではないよ。」


「こんな姿…完璧などではありませんね。でも、私自身完璧になろうとした事など一度もないんですよ。周りが私に求めるからしただけなんです。」


声は先程の淡々とした喋りから今にも泣き出しそうなくらいに震えていたが、目には涙が溜まってはいなかった。本当に涙ひとつ出ない状態だった。


「でも泣けなくなるなら、たとえ全世界が私に望もうとも完璧令嬢なんてならなければよかった。殿下、私はどうやって泣けば良いのでしょう。」


(ああ、この感情だ。さっきもう誰も愛さないと決めたのに…また。)


最初の婚約者にもビアンカにも抱いていた感情。それが今、アスティアラにも向おうとしている。ビアンカが死んで今は葬式の最中だというのに。マクシミリアンは自分に嫌気が差した。愛するものが死んだから、次に乗り換えようとする様な。


その時アスティアラがマクシミリアンに倒れ込んできた。


「オウァルト嬢!?」


ビアンカの死があまりにもショック過ぎたのかアスティアラは気絶してしまった。後日回復したアスティアラの状態を人伝に聞いたが、気絶した前後の記憶が消えてしまった様だった。ビアンカの死は覚えていたが気絶する前誰と話していたかを忘れてしまったそうだ。


(駄目だ、愛したらまた居なくなった時に辛くなるだけだ。)


ビアンカが死んですぐアスティアラにこんな気持ちを抱く自分が嫌で嫌で仕方がなかった。これじゃまるでビアンカへの愛なんてそんなものだったと自分で認めている様だった。


アスティアラに対する感情に比べれば2人の婚約者に対する感情は弱かった。だが、確かに愛しては居たのだろう。だから愛していたと断言出来る。


「側室…第二妃としてきて欲しいんだ。」


リーベルス侯世子がアスティアラを捨てた時、どうしても押さえきれなかった感情がマクシミリアンの理性を支配した。しかしやはり本能的な何かが深く関われば居なくなった時今度こそマクシミリアンは立ち直れないと警鐘を鳴らしている様だった。


(愛するな、愛せば後悔するのは自分だ。)


愛せば失うのが辛くなる。大切に思っているからこそ愛したくないという矛盾した感情に苛まれながらも、このままアスティアラと結婚しなければマクシミリアンの手の届かない場所に嫁ぎに行ってしまうと思った。


これは演技だ。ただの契約結婚だ。愛するフリをするのはただの演技、その方が都合がいいから。そう何度もマクシミリアンは自分に言い聞かせた。

我慢できなくなりそうになると痩せ細り息も荒くなり苦しみながら死んだ最初の婚約者と無残にもぐちゃぐちゃになったビアンカを思い出す。


アスティアラにそうなって欲しくないのなら自分の我慢次第だと。同じベッドで寝ながらも言葉を交わすことはない。プレゼントをしようにもそれは薄っぺらな嘘の感情に塗れている。


真実を叫べたら。愛していると言えたなら。自分自身を苦しめる道を選んだマクシミリアンは日々その感情と闘いながら。

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