4話
暖かい光が愛梨を照らす。
(あれ?眩しい。)
カーテン越しの光にしては眩し過ぎるのでカーテンを閉め忘れて寝てしまったのだろうかと愛梨は眠い目を擦りながら開けた。
しかしそこは見慣れた自分の部屋では無く、全く見知らぬ場所。
「やだ、ここ何処!?」
白を基調とした西洋にある教会の様な内装に愛梨は戸惑う。愛梨の家はお屋敷という程ではないが田舎なのでやや大きめの日本家屋だからだ。
「えっ?えっ?」
状況が飲み込めず、あたりを見渡すが脳が正常に機能しないのか情報量が多過ぎるのかとにかくわからない。
大理石…だろうか。石の床が裸足の愛梨の足裏から熱を奪う。格好もパジャマのままだ。
「とりあえず、出ないとね。」
愛梨は出口らしき大きな扉を開ける。扉の先にはこれまた西洋の城の様な廊下が続いていた。
「嘘、ホテルみたーい!」
愛梨はもうこれは明晰夢だと思う事にした。
「明晰夢、ひゃっほーい!」
ラッキーだ。本当にラッキーだ。明晰夢でこんな良い夢を見られるのだから。愛梨は飛び跳ねた。
「コラっ!!何者じゃ。祭壇の部屋に勝手に入りおって。」
その時老人の怒号が愛梨の耳を貫いた。
「えっ?これ夢でしょ。なんで勝手に誰か出てきてるの。」
ボソリと愛梨は呟いた。リアルすぎる夢に心の何処かでは夢ではないのかもしれない…と思い始めていた。
白い立派な髭を持った老人の印象はサンタクロースみたい…だった。しかし赤い服を着ている訳ではない。白い服を着ていた。
「全く…最近の若い神官は…。」
そうブツブツ言いながら老人は愛梨に近づいてくる。しかし愛梨の近くにまで近づいた時、老人はその細い目を見開いた。
「これは…まさか、異世界の乙女様であらせられたか。」
「え?」
老人は愛梨の前で跪く。
「ようこそお越しくださいました。異世界の乙女様。」
愛梨はただぽかんと口を開けるしかなかった。
「異世界の…乙女?」
******
アルラシラ王国には異世界の乙女伝説というものがある。300年に一度、神殿に黒髪黒目の神が遣わせし異世界の乙女がやって来るというものだった。
異世界の乙女がアルラシラ王国にもたらした知識は国を発展させていった。今のアルラシラ王国があるのは歴代の異世界の乙女達のおかげだという。
異世界の乙女を巡って過去には戦争まで起きかけたことがあり、アルラシラ王国は異世界の乙女を国賓級に丁重に扱うと法律で定められていた。
「その…異世界の乙女が現れたというの?」
其の知らせを聞いてアスティアラは目を丸くした。前に異世界の乙女が来たのは400年ほど前。もう異世界の乙女は来ないのではないかと言われていたのだ。
「今、陛下達が神殿に確認を取っているそうです。」
シャノンは不安そうに目を動かしている。必死にアスティアラと目を合わせない様に。しかし其の状況の方がよっぽど気まずい事をシャノンはまだ気付いていなかった。
「へぇ…そう。」
アスティアラは冷静に少し冷めた紅茶を喉に流し込んだ。そしてさっきの場面は「嘘よ!!」と、取り乱すべきだったかもしれないと後悔していた。
まるでさっきはマクシミリアンなど愛していない。私には関係ないと言っている様に受け取られてしまったのではないかと。
「異世界の乙女様が現れただなんて王国としては喜ばしい事じゃないの。」
「妃殿下、大丈夫ですか?」
シャノンはアスティアラの顔色を伺う様に心配している声色で話しかける。
「大丈夫よ。」
異世界の乙女は王后として迎えられる。歴代の乙女達が皆そうだった。つまり、アスティアラのお飾り妃としての役目は終わる。
「しかし顔色が悪いです。もう今日はお休みになられた方が良いと思います。」
シャノンがそう言うと、侍女達も頷いた。それほどまで顔色が良くないのか、とアスティアラは顔に手を当てた。
まるでそれはマクシミリアンを異世界の乙女に取られると不安で顔色が悪くなった様に周りに映っただろう。
(陛下は、私のものじゃないのに。)
勘違いしている。勘違いしている感覚が当たり前になっていくのが怖かった。
「なら今日はもう休ませてもらうわ。」
感情を操り、表情だって自由自在にできる完璧令嬢と呼ばれていたはずなのに…とアスティアラは心の中で呟いた。今の自分は自分らしくないと。
その日の夜、マクシミリアンが部屋を訪ねてきたが侍女から体調が悪く会うことができないと伝えてもらった。
「そうか。」
マクシミリアンの声に何処か憂いの様なものが含まれている事に気付いた。
(別に私は異世界の乙女様の座である王后の座を奪っている訳じゃない。大丈夫、私が非難される様なことはないはずよ。)
人生で一番混乱しているとアスティアラは思った。いや、前にはこれよりも混乱していたことがあった気がする。
(そうよ、こんなのどうって事ないわ。あれに比べれば大した事ない。)
アスティアラは、ふっと目を閉じる。雨の音が耳の中で蘇る。湿っぽい空気の匂いが鼻に届く。それは昨日のことの様に思い出せる。
(そういえばあの日だけ、私は完璧じゃない姿を誰かに見られたんだった。)
誰だったか…と記憶を辿るが、ずっとアスティアラは下を向いていたのでどんな顔だったか見ていなかった。あれだけがアスティアラの唯一の失態。
葬式を告げる鐘の音が遠くから聞こえた。