12話
アスティアラとマクシミリアンは国王宮から第二王妃宮へと向かう唯一の通路で出会した。
「へっ…陛下、ご機嫌よう。」
「アスティアラ、奇遇だね。」
先程マクシミリアンと呼びたいと思ったのに染み付いた癖と恥ずかしさに陛下と呼んでしまった。
(何故、私の口よ。マクシミリアンと呼べば良いものを!!)
もうー!あたしの馬鹿馬鹿〜!とアイリがやりそうな頭に拳をコツンとぶつける動作をアスティアラもやりたい気分だった。ただアスティアラの場合後悔しすぎて自分の頭に穴でも開ける勢いで頭を殴っていただろう。
「丁度、陛下にお会いしたいと思っておりました。」
「またまた奇遇だね。私もだよ。」
(マクシミリアンが私に会いに!?)
(アスティアラが私に会いに!?)
2人の笑顔は普段のものと何ら変わりなかったが頭の中は混乱状態だった。
「「実は…」」
2人の声が重なる。
「あっ。陛下から先にどうぞ。私が陛下より先に言葉を発するなど、失礼でした。」
「アスティアラは謙虚過ぎるよ。先にどうぞ。」
「では、私から言わせてもらいます。」
ふぅ…とアスティアラは息を吐いて落ち着かせる。
「陛下、私をお捨てください。」
「えっ?」
マクシミリアンの顔は真っ青になって行った。
(あの占い師の所に行きたいというのか…!?)
「陛下をお慕いしております。…マクシミリアンを愛しております。ですからもう、私を捨ててください。」
「捨てられる訳ないだろう!!」
マクシミリアンは叫んでアスティアラの肩を掴む。
(どうして、そんなに必死に。私と離縁するのは外聞が悪いから…?)
「私も、私もだよ。アスティアラを愛している。」
「えぇ?」
アスティアラの頰に温かい何かが伝う。それは目から出ているようだった。
(これが、涙なのね。)
「わっ…私、嬉しいのに涙が。」
「嬉しい時にも涙は出るんだよ、アスティアラ。」
マクシミリアンがアスティアラを愛してくれていたなどアスティアラにとっては誤算だった。一方的に気持ちを伝え、捨ててもらうか残されるのか決まると覚悟していたからだ。それしか覚悟していなかったのだ。
(愛し合っているのに私は側室止まりなのね。)
王后にはアイリがなる。異世界の乙女は王后になるのだから。
「王后はアスティアラだ。お飾りでは無い。ちゃんと正妻になって欲しい。」
「しかし、アイリはどうするのですか?」
「異世界の乙女を王后にしなければならない決まりなど無い。私はアスティアラに王后になって欲しい。」
その時、庭園の茂みから音がした。アスティアラは音がした方向を向いた。そこには茂みの葉を頭に乗せて髪も乱れたアイリが居た。
「ごめん、今の聞いちゃった。」
遠くからアイリを探す侍女達の声が聞こえる。アスティアラがお茶を中断し、国王宮に向かう後を1人で尾けてきたのだろう。
(もしかして…アイリは王后になりたかったの?)
女の子なら一度は憧れるお后様。異世界の乙女が優先される事など分かっていた。異世界の乙女が機嫌を悪くし、知識を国のために広めてくれなかったら…。
その為に王后として迎え国の女の中で一番の待遇を受けさせる。
国が発展する機会を臣下達が逃す訳がない。マクシミリアンの意思でもアイリが王后になりたがっているならアスティアラが王后に…マクシミリアンの正妻になれる事はない。
「私、王后になる所だったの!?」
アイリは両手を口元に持って行って驚いている。
「アスティとマックスの仲を引き裂く所だったじゃんっ!!」
「アイリ…貴女、王后になりたいと思ってないの?」
「何で私がマックスの奥さんにならなきゃいけないの?もうアスティがいるじゃん!私は邪魔なだけだよぉ〜。」
アスティアラはアイリの無作法さが今だけは愛らしく見えた。アイリは敵ではなかった。その安心感が胸に満ちていた。
「皆の前で愛の告白が出来るなんてお2人さん熱いねぇ〜!ヒューヒュー!!」
アイリが茶化すので思い出したが、国王と側室とは言え王妃が1人で廊下を歩ける訳がない。2人ともそれなりの侍従達を従えていることに気がついた。
「「あ。」」
しかし侍従達は顔色一つ変えない。何があっても動じないように特殊な訓練でも受けているのかと思うくらいに。実際は仲の良い夫婦だと認識していた2人が「捨ててください」やら「お飾り妃」などの不穏な単語の会話をしている事に頭が追いついていなかっただけだった。
そして今初めて愛してると確認し合った様な雰囲気にもう困惑しかなかった。
(あれ…?どーゆーこと?追いつけ…私の頭。)
(陛下と妃殿下は契約結婚だった?え?全然気づかなかったぞ。)
(異世界の乙女様が入ってきて余計にややこしくなった気がする。)
各々顔には出さないが頭の中で情報を整理していた。
******
アスティアラは正式に王后として即位した。異世界の乙女が王后になるべきと反対する者たちも居たがアイリ本人が望んでいない事を理由に黙らせた。
「マクシミリアン、私涙が出るの。嬉しくて涙が出るのよ。」
マクシミリアンは手でアスティアラの涙を拭う。
「愛称で呼んで欲しい。アスティ。」
「わかったわ、マックス。」
2人は腕を組んで赤い絨毯を踏み歩き出した。アスティアラの王后への即位式でもあるが結婚式も兼ねている。もう式を短くするなどマクシミリアンの中にそんな考えはない。
たしかに式は格式を重んじ、本当にこれはいるのか?と思う程の無駄と思える箇所もあるが、それでもいい。
愛する者と共にいるならその退屈で有るべき時間も苦ではない。
アイリは王宮では無く自分がやって来た場所である神殿に行くと言い出した。王后にされるためだけに王宮に連れてこられたのだから王后にならない今、王宮に居るのは邪魔でしかないと思ったらしい。
アスティアラは友人としてアイリの意見を尊重したが、またいつでも遊びに来て欲しいと言うとアイリは笑顔で「勿論!」と言った。
アイリはお菓子作りが趣味だったらしく異世界の知識でアルラシラ王国の食文化に革命を起こしている。
「ありがとう、アイリ。」
もうアスティアラはアイリへの不快感など感じては居なかった。
アイリ付きの侍従達はアスティアラへの無礼な態度、アスティアラの侍女への虐めなど問題が調査で明るみになった。解雇される事はなかったが再教育される事となった。
******
王后となって直ぐにアスティアラは妊娠し、出産を経験した。ヨゲルの占いを信じては居なかったが、当たっていたのだ。
(もう一度ヨゲルに会ってみたいわ。)
しかし流離の占い師らしく紹介してくれたシャノンも今は連絡がつかないらしい。マクシミリアンにヨゲルを王宮に呼びたいなどというと嫌そうな顔をするので口に出しては言わないが。
(風の様な人だった。)
本当にこの世界が小説の世界だったかどうかヨゲルの言っていた未来にはならなかったのでもうわからない。
「アイリーン、どう?音は聞こえるかしら。」
長女のアイリーンはアスティアラの膨らんだお腹に耳を押し当てている。アイリーンの名前の由来はアイリからだ。
「うん、赤ちゃんの音が聞こえる!」
アスティアラはアイリーンの頭を撫でる。
(マックスの妻になって良かった。)
あの時、ヒューゴーが逃げ出していなかったら。あの時アスティアラがマクシミリアンからの提案を受け入れなかったら。ひとつでも間違っていたら、今の幸せはなかっただろう。
「良かった。」
「あー!お母様、泣いてる。」
アイリーンがお気に入りハンカチでアスティアラの涙を拭う。
「悲しーの?」
「いいえ、嬉しいのよ。」




