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11話

翌日、本当にヨゲルの知り合いの霊媒師は王宮に来た。


「では陛下横になってください。」


霊媒師の言う通りにマクシミリアンは執務室のソファに横になった。ぼんやりと視界が歪んでいき暗くなっていく。


そして本当にマクシミリアンの目の前にはビアンカと最初の婚約者であるキャロラインが現れていた。


「キャロライン…ビアンカ!!」


マクシミリアンは手を伸ばすが触れる事はできなかった。2人は悲しそうな笑顔でマクシミリアンを見つめるだけだ。


「マクシミリアン様、どうか前を向いてください。」


「いつまでも過去(私達)に囚われていないで。私達はそんな事望んでいません。」


真っ暗な世界の中でビアンカとキャロライン、マクシミリアンの周りだけが白く明るかった。


「ビアンカ、すまない。私はアスティアラの事を。君が死んですぐ…。キャロラインも…本当にすまない。」


ビアンカもキャロラインも泣きながら笑う。


「さっきも言ったでしょう?マクシミリアン様。私達はいつまでもマクシミリアン様に想ってもらう事を望んでいません。」


膝をついて崩れ落ちたマクシミリアンに視線を合わせるように2人もしゃがむ。


「前を向いて進んで、幸せになってほしいのです。私達なんか忘れて。」


「忘れられる訳ないだろう。2人とも大切な…。」


ぎゅっと2人はマクシミリアンを抱きしめる。マクシミリアンから手を伸ばした際は触れられなかった2人の感触や体温が今はしっかりと感じられた。


「私達への感情など、アスティアラに比べれば小さいものでしょう?ありがとうございます。私達を愛そうと努力してくださって。」


ビアンカの手がマクシミリアンの頬を撫でる。


「マクシミリアン様、私達を愛してくださりありがとうございました。マクシミリアン様が心から愛しているアスティアラさんにその愛情を向けてください。私達ではマクシミリアン様の側に居ることが叶わないのですから。」


キャロラインの吐息がマクシミリアンの耳に掛かる。


「「私達は幸せでした。」」


だんだん2人が薄くなっていく。


「待ってくれ。まだ話し足りないことが沢山…。」


マクシミリアンが手を伸ばしても2人に届く事はない。2人が消えるとまた別の人物が現れた。先王、マクシミリアンの亡き父であった。元気な頃の姿ではなく亡くなる前のベッドにいる姿だった。


「父上。」


射抜くような鋭い眼差しで見つめられ、マクシミリアンは全てを見透かされているような気分になった。


「マクシミリアン、行きなさい。」


「何処へ?」


先王が指差す先には同じような白い光が差し込んでいた。沢山話したい気持ちを抑え、マクシミリアンは先王の指差した先に歩を進める。後ろから先王の声が聞こえた。


「生きなさい。」


気がつけばマクシミリアンの目に映る景色はビアンカでもキャロラインでも父でも無く、見慣れた執務室の天井だった。仮眠をする時はソファで寝るのでマクシミリアンは自身の寝室のベッドの天蓋より見慣れている。


マクシミリアンがベッドで寝るのはアスティアラの部屋で寝る時だけだ。


「陛下、霊と対話するのは予想以上に体力が必要になるのです。しばらくはまだ横になっていた方が良いかと。」


起きあがろうとするマクシミリアンを霊媒師は止めた。


「本当に霊と対話したのか?その気にさせられ、都合の良い妄想を見ただけかもしれない。何故なら全員私に都合の良い言葉しか言わなかった。」


「私は霊媒師ですから、それは妄想ではないと申す以外にありません。」


霊媒師自身が霊はいないと言う訳にはいかない。そして霊が居るのか居ないのかマクシミリアンには分からない。


「しかしあの占い師の言う通り、本当に私の望んだ答えに導いてくれたようだな。」


マクシミリアンは上半身を起こした。


「陛下、まだ横に…。」


霊媒師が慌ててマクシミリアンを横にさせようとするがマクシミリアンはソファから立ち上がった。


「第二王妃宮へ行く。」



******



「アスティとお茶が出来るなんて、ワクワクするよぅ!」


アイリはアスティアラの正面でニコニコと笑いながら席についた。喋り方や動きの癖など見た目より幼い印象を受ける。ただ無作法なだけかもしれないが。


「私もアイリ様とお茶が出来て嬉しゅうございます。」


「様はいらないよぅ〜。アイリでいいって。」


笑顔でも何種類もあるアイリの表情はよく変わった。


(私にはそんな表情出来ないわ。羨ましいなぁ。)


欲しいものならなんでも手に入る環境だったアスティアラだがよく変わる表情とマクシミリアンだけは手に入る事はなかった。


(あまり表情が変わらない女よりアイリの方が誰からも好かれるでしょうね。)


誰からも愛されない王后など悲惨過ぎる。アイリに出来てアスティアラには出来ない。


(小説の中の私は陛下から愛されるアイリに嫉妬したんじゃ無くてアイリ自身に嫉妬したのかも知れないわね。)


「熱っ!私猫舌だったこと忘れてたぁ。」


アイリは熱々の紅茶を飲もうとして口をつけるがすぐに戻した。余りにも熱すぎたのか目の端に涙が浮かんでいる。


(そういう泣き方もあるのね。)


アスティアラもアイリと同じように熱々の紅茶を口に運ぶ。


「アスティ、熱いよ!ふーふーしなくて大丈夫?」


(まあ、予想は出来ていたけど。)


紅茶が熱いくらいで涙一つ出ない枯れた身体のアスティアラはアイリのように涙が出ることはなかった。たしかに紅茶は熱かったが。


「大丈夫ですよ。」


(もうすぐ、アイリは王后になるのね。)


王后になるというのに余裕そうな表情に少しアスティアラは怒りが湧いた。アスティアラは幼い頃から教育を受けて来て王室に入っても問題ないと勉学に励んで来たが、それでもマクシミリアンと結婚する前は不安になったものだ。


行き遅れになりたく無い一心でマクシミリアンの提案を受けてしまったがこれで良かったのかと。

アスティアラに比べてアイリは王后になれるほどの教育を受けて来たようには見えない。


(陛下を愛していないなら、いっそ私にください。)


2人を近くで見るなんてどれだけの苦痛なのだろうか。それで涙は出るようになるのだろうか。アスティアラはきつくカップを握った。


(アイリのように陛下の事をマックスと呼べなくともせめてマクシミリアンと呼びたい。陛下では遠過ぎる。)


どう頑張ってもアスティアラが異世界の乙女がもたらす国を発展させる知識を持つことはできないのだ。


(いっその事この気持ちを陛下に伝え、もうお飾り妃は出来ないと正直に申し上げよう。)


捨てられるならそれでいい。ずっと妃として手元に置くというアスティアラにとっては拷問のような事をしようと構わない。


この気持ちを留めておく方がよっぽど辛い。死ぬ時何故気持ちを隠したのかきっと後悔するだろう。


「アイリ、申し訳ないですが急用が出来ました。お茶はまた今度にしてもよろしいですか?」


またお茶が出来るような関係だったなら。


「それはいいけど…。」


「アイリ様とのお茶を中断するなど…!」とハイデマリーは小声で言いかけたがアスティアラの侍女達に睨まれて黙った。


「国王宮へ行くわ。」


アスティアラは小声で侍女にそう伝える。


(陛下…いえ、マクシミリアン。どうか私を捨ててください。)


もうお飾り妃という座から解放して。

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