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10話

「ヨゲルの言った事は起こりうる未来なのかも知れないわ。」


アイリを虐める小説のアスティアラが理解できない…と言ったがマクシミリアンに抱く感情が愛情ならば愛に狂い、罪を犯すかもしれない。


「怖いわ。」


アスティアラは胸に手を押し当てた。その時、アスティアラの侍女が泣いているのを見つけた。


「どうして泣いているの?」


アスティアラは涙も出ないので侍女は何か悲しい事があったに違いないが涙が出る事が羨ましいと思ってしまった。


「うぅっ…妃殿下。」


侍女は顔を泣きながらアスティアラに話し始めた。


「実は異世界の乙女様の侍女に宮に呼ばれまして。」


『アイリ様は異世界の乙女様であらせられるのよ。その時点で王妃より上の立場だし、やがては王后になられるのだからアイリ様に無礼と言う方が無礼なのよ。』


『アイリ様は純粋で優しいお方なの。冷酷な王妃殿下を近づけては繊細だから傷付かれてしまうわ。自分の主人に立場を弁える様に言いなさい。』


「―――と言っていたのです。妃殿下を侮辱され、私悔しくて。」


そこで侍女はもう喋る事ができないくらいに泣き出した。


「辛かったわね。」


アスティアラは侍女の背中を撫でた。


「異世界の乙女様本人ではなくその侍女が…ね。言っていた侍女の名前はわかるかしら?名前が分からなくとも顔さえわかれば。」


「異世界の乙女様の侍女長ハイデマリーを筆頭に異世界の乙女様の侍従達のほぼ全員でした。」


「そう…。この事は陛下にもお伝え……。」


そこでアスティアの言葉は途切れた。


(陛下にお伝えしたからどうなるというの。お飾り妃より異世界の乙女の肩を持つに決まっているわ。)


王妃。しかもお飾り王妃となれば幾らでも替のきく。しかし異世界の乙女はアイリしかいない。普通の王后なら代わりはいるかもしれないが異世界の乙女の王后に代わりは居ないのだ。


「辛かったわね。これから異世界の乙女様の侍女の呼び出しに行っては駄目よ。第二王妃の私を出していいから断りなさい。異世界の乙女様本人ではなく侍女からなら私に逆らえる筈ないもの。」


「妃殿下、分かりました。」


侍女はアスティアラの言葉を聞いて安心したのか、泣き止むと侍女の業務に戻って行った。



******



国王宮の広めのマクシミリアン専用の訓練場。


「ふっ。はっ。」


マクシミリアンは剣を振っていた。練習相手など居らずただ1人で黙々と剣をするだけだった。アイリが来る前までは騎士達に時折相手になって貰ったりしていた。しかし剣の練習をしているとアイリに知られてからは訓練場にやって来てはマクシミリアンの訓練を中断させる。


差し入れのお菓子だったりタオルを持って来てくれたりと気が利き、まるでビアンカみたいだと感じていた。

アイリにビアンカを重ねて辛くなるから1人でひっそりと剣を振っているわけではない。


このお菓子をくれるのがアスティアラだったら…ここに居るのがアスティアラだったら…と考えてしまうからだ。


芝生を踏む音がしてマクシミリアンは振り返る。


(そろそろ戻れと騎士が呼びに来たか?)


そこに立っていたのは騎士の姿ではなく中性的な人物だった。


「誰だ。」


「お会いでき、光栄でございます陛下。私はヨゲルと申します。占いを生業としております。」


マクシミリアンは最近シャノンの紹介で第二王妃宮に出入りしている占い師がいる事を思い出した。


「道に迷った様だな。今騎士を呼んで出口まで案内してやる。」


「いえ、大丈夫です。帰り方はわかりますし、故意に陛下に会いに来ましたから。」


ヨゲルは妖しい笑みを浮かべる。女性の様にも男性の様にも見えた。


「故意に会いに来た?用件は聞いてあげよう。」


マクシミリアンは剣を握りなおす。ヨゲルは丸腰でマクシミリアンは剣を持っていたので心に余裕があった。


「妃殿下の事でお話があります。」


マクシミリアンの眉がぴくりと動いた。ヨゲルになんて興味がないという素振りだったのがアスティアラという単語だけでこれだけ反応した事がヨゲルは面白かった。


「妃殿下を私にください。」


「王の所有物を簡単に下賜すると思うか?功績を挙げている臣下ならまだしも、ただの占い師だろう。」


ヨゲルはマクシミリアンの言葉を聞いて鼻で笑った。


「妃殿下を所有物呼ばわりですか。側室に留めているあたりその程度なのでしょう。陛下は異世界の乙女様を王后とするのですから妃殿下を私にくださってもよろしいではありませんか。」


「悪いがあげる事はできない。何故ならアスティアラは私の………。」


そこでマクシミリアンは言葉に詰まった。


(私の…私の何だ?)


妻、妃、大事な人。沢山言い表す言葉はあるのにマクシミリアンの口からそれが出る事はなかった。言ってしまえばマクシミリアンの中に閉じ込めた愛という感情が爆発しそうだった。


「私は妃殿下が不幸になることを望みません。このままの貴方の妃のままだと妃殿下は必ず不幸になります。なら、私に下さい。妃殿下の幸せを願うなら私にくださるのが賢明な判断です。」


「アスティアラを不幸になんてさせない。」


「陛下は妃殿下のことを何も知らないのに?今妃殿下が幸せか否かわからないでしょう?」


しかしマクシミリアンのお飾りの妃となってからもう不幸なのではないか…そう思ってしまいマクシミリアンはヨゲルに反論出来なくなってしまった。


「知ることが怖くて逃げているのでしょう?貴方は愛情という感情をコントロール出来なくなるのではないかと怯えている。」


マクシミリアンが反論しなくなったことによりヨゲルが一方的に責め立てる様に話していた。


「そんな貴方が妃殿下を幸せに出来ると?」


気づけばヨゲルはマクシミリアンの目の前まで来ていた。そしてマクシミリアンの手を握る。


「離せ。」


マクシミリアンはさっきまで空気がなくなった様に喋れなかったがやっと小さくその言葉を捻り出した。しかしヨゲルは離すことはしなかった。


「貴方は誰を見ているのでしょう。死人ですか?だから今、妃殿下へと踏み出せないのでしょうか。」


そしてパッと急に手を離す。


「大事な方を亡くされたようですね。しかし妃殿下への感情と比べると大変小さく感じます。私の知り合いに腕のいい霊媒師がいます。きっと陛下の求める答えに導いてくださるでしょう。」


ヨゲルは足跡を立てずにスーッと後ずさっていく。


「陛下が望まれるのでしたら明日にでも王宮にお呼びいたしますよ?」


マクシミリアンは頷くしかなかった。最初の婚約者に…ビアンカに…可能ならもう一度会って話がしたかった。

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