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リコリスの花に乗せて

作者: 藤原 アオイ

「もう、一年経ったんだね。キミがここからいなくなってから」


 季節外れの彼岸花。雪のように真っ白な()()の花言葉は「また会う日を楽しみに」。でも、もう会えないことくらいわかっている。


 私は手にしているそれを、一輪だけ無造作に道路に投げ捨てる。この花も明日になれば雪のなかに溶けてしまうのだろう。


「じゃあね、また来年。来年は……来年こそは私も変われるのかな。来年になったら、キミのことを忘れられるのかな」


 記憶は都合よく熱で溶けてくれはしない。むしろ熱によって、どんどん固く重くなってしまう。私はそれを、刀匠の手で鍛えられた刃のようだと思ってしまった。


 重ねたら、重ねた数だけ思い出はどんどん重くなっていく。どうせ失うものだとわかっていたはずなのに。私のせいで壊れてしまうとわかっていたのに。


「次にここに来るのはお盆かな。ううん、考えるのは止めとこう。キミのことはもう忘れた。これで終わりにしよう」


 投げ捨てた白い彼岸花が答えることはない。でもなんとなくわかってしまう。来年も、そのまた来年も同じ台詞を放って、また白い彼岸花を捨てに来るということが。


「白い彼岸花のもうひとつの花言葉。思うはあなた一人。うん……わかってる。わかってるよ。キミが私にこれをくれた意味。赤い彼岸花じゃなかった意味。だって赤い彼岸花の花言葉は――――」


 あきらめ。そして悲しい思い出。


 だから()()った彼岸花の色は白。キミがくれた彼岸花も、キャンバスのように真っ白だった。


 彼はそれを、彼岸花の花言葉を知らなかったに違いない。その証拠にいつの日か、赤は嫌いって言っていたような気がする。


 でも、私はそうじゃない。知っていて、この花をそこに捨てていく。知っていて、それでもなお諦めようとしない。


 だってまだ私には心残りがあったから。まだ私は、彼になにも返せていないから。


「ううん……なんでもない。ここに来たら、一歩踏み出せると思ったのにな」


 彼岸花を捨てに来た時点で、全く前に進めてなんていなかったんだ。お彼岸でもなんでもない年末に、あの花を二輪摘んでいった。そして来年も、再来年も、私が死ぬまでずっと。


 年末になったらまたここに白い花が捨てられる。


「じゃあね。また来年。次はお彼岸にでも会いに行くから」


 鉛色の空は飽きることなど知らぬように、白く小さな花を地面に咲かせ続ける。じきに春が訪れて、その小さな花も溶けていくのだろう。


 でも、まだその時ではない。


 その前に花が枯れてしまったのだから。未曾有の寒さに負けてしまった、白くて小さな花が。


 溶けていったのは、雪ではなく淡い命。いつの間にか白い彼岸花は紅く、ただひたすらに紅く染まっていた。

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