二人の少女の叫び
「……」
血の匂い。
人間、ではない。残念ながらこれは……獣の血の匂いだ。
だが思ったよりも量は少ないか? これなら生きているものも……。
「旦那、見張りがいるかもしれやせん。用心してくだせえ」
「ああ」
俺は二人を下ろすと、そのまま息を殺して先行する。しばらく行って安全を確認してから、二人を呼ぶ。その繰り返しで村の端にたどり着き、少し高い所の小さな茂みに潜んで、眺める。
やせた土地に木造の家が立ち並ぶ、簡素な村。
そこは、既に人間が我が物顔で陣取っていた。
「占領された後、だな」
予想していた通り、彼らの村は人間の手に落ちていたのだ。
人間達は何というか薄汚い感じで、ちょうど盗賊とか野盗とかそんな粗野な男達という印象を受ける。だらしなくひげを生やし、あれは中世ファンタジー風……とでも言うのか? 粗末な衣服をあちこち擦り切れさせていたりという具合だ。
人間の国の正規軍……のようには、ちょっと見えないな。
「……どうだ?」
「み、皆見えるところにはいないみたいです。村の真ん中まで行けば、何か分かるかも」
よし、ならばこのまま回り込むか。
音を立てないよう慎重に近づいていく。
「……ん?」
村の中央に近づくにつれ、もうもうと立ち込める煙の元、つまり火元が見えてきたのだが。
「なんだ、あれは?」
燃え盛る巨大な炎。
村の中心と思われる場所で、人間たちが大きなその火の周りを陣取るようにして談笑していた。
異様なのはその火の規模だ。遠くからでも見えるほどの煙を巻き上げる火は、今もごうごうと燃え……その大きさ、直径にして十メートルはある。
赤くうねる光は灰を舞い散らせ、周りの地面は雪が積もるように白く染められている。そんな家一軒を丸々焼けるような大きな火の向こうからは、香ばしい肉の香りが漂ってきていた。
彼ら人間の周りには、これまた異様な数の動物の骨。
「あれは……何をしている?」
「さあ、普通に火を囲んで食事っていうにはちょっと妙な感じがしやすが」
俺とベーオウはそんな空気に首をかしげる。この村を知っているティキュラからすれば、何か分かるか……。
「ティキュラはアレが何か……っ! お、おいっ!」
「なっ!? え、お、おい嬢ちゃん!?」
俺とベーオウは同時にぎょっとした。
振り返ると、そこには顔を真っ青にしたティキュラがいたから。
「うっ、うぐっ! う、ううううっ!」
「ど、どうしたっ、しっかりしろ!」
口元を押さえ、必死に湧き上がる嗚咽を殺すかのように、ひっくひっくと何度も喉をならす。
ぼろぼろと、大粒の涙をこぼしながら。
視線の先には、あの、大きな火。
「い、一体なんだ!? ティキュラ、お前、あの火の中に何を……」
俺が尋ねてもティキュラは目を閉じて必死に声を殺すだけ。恐らく、声をあげれば見つかってしまう事との葛藤なのだろう。抑えられない衝動を、必死に閉じ込めているように見える。
ティキュラは必死に、湧き上がる感情と戦っていた。
「一体、何が」
「旦那……まさか、あれ!」
何かに気付いた様子のベーオウが指さしたのは、火の傍に落ちている、動物の骨。
「どうした? あれは、何の骨だ?」
「旦那、ここは古ゴート族の村です! 人間に襲われて、あんなふうに村を乗っ取られたのに、どこにも連中の死体がありやせん!」
「あ、ああ。だがまさかあの骨が古ゴート族、なのか? 殺されたとしてもあんな風には……」
そこまで言って、俺は気づいた。
気づいてしまった。
先ほどから漂ってくる肉の匂いの正体に。
「……まさ、か!?」
羊肉にも似た、香ばしい香り。火の回りに散らばる、骨の数々。
血の匂いはするのに、どこにも死体が、見当たらない理由。
それが、あの火の中に……。
「何てっ、ことを……」
奴らはあの火の中に、古ゴート族をくべたのだ。
ごうごうと燃える、あの火の勢いを増しているのは、恐らくは彼ら自身の、血と、肉と……。
「むごたらしい殺し方、しやがる」
ベーオウの怒り交じりの言葉に、俺も心の中で同意する。
白い、降り積もる灰の中に、彼らの骨が混じっている。
あまり考えたくはないが、骨の数と火の勢い、そして漂う鮮血の匂いの数が合わない。それは血を流さずに、焼かれたモノがいるという事。
何人かは、恐らく生きたまま、あの火の中に。
「……」
間に合わなかった、のか……。
今もひぐっひぐと涙を流すティキュラの姿が、俺たちがたどり着いた結末を物語っていた。
何度も、あったことだ。
寝ている間に、全てが間に合わなくなっていたことは。
今回は、恐らくは運命の歯車がかみ合わなかっただけなのだろう。
俺が起きるのがあと一日早ければ。
ベーオウがティキュラを繋いでいたことをもう少し早く思い出していれば。
そもそもそんなすれ違いがなくとも、最初から、どうにもならなかったことかもしれない。
けれど、それでも、そんなことは関係なく。
ただただ今悲しげに泣く少女の声が、どうしようもなく切なくて……。
「きゃああああああああああああああああああああっ!」
「!?」
突如上がった悲鳴に、思考は遮られた。
「あれは……」
「ッ! 今のはたぶん、あの小屋から!」
ベーオウが指さしたのは木造の平屋。そこから聞こえたのは、間違いなく女性の悲鳴で……。
「アンリッ!」
「っ!?」
「なっ!?」
俺たちの中でただ一人。そう、ただ一人。
思い当たる節があった少女は、声の限り、叫んでしまった。
「何だ! 今のは!」
「まだ生き残りがいるのか!」
「あっ!? ごっ、ごめっ! なさっ……」
ティキュラは慌てて口を押えるが、もう遅い。
彼女の声を受けて、村の様子は一変した。喧騒と怒号と武器を手に取る音があちこちから。人間たちが一斉に安息から目を覚ましたのだ。
……どうやら、隠れるのはここまでだな。
「や、やべえっ!? 見つかったっすよ旦っ」
「いや、いい」
無意識、だったのだろう。
振り返ると、ティキュラは自分の失態に真っ青になって震えていた。絶望の中で見えたわずかな希望に縋りつくように、声を荒げてしまったのだ。
今彼女の胸中を占めているのは、この状況を作り出してしまった事への自責の念、か。
だが、俺は正直ほっとしたよ。
まだ……全てが終わったわけではない。
「後ろからついてこい」
「えっ!? だ、旦那っ!」
今も真っ青な顔で、自分たちと、囚われの友を案じる彼女に、示してやろう。
もう、声を潜める必要はない、と。
<現在の勢力状況>
部下:なし
従者:ベーオウ(仮)
同盟:なし
従属:なし
備考:ラミア(?)ガールのティキュラと、彼女の仲間を助ける契約中
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