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青いスカートを翻し!

※こちらは旧版になります。なろうでは削除はあまり推奨されないので、ここに残しておきたいと思います。


新版はこちら

https://ncode.syosetu.com/n4218fv/61/



「え、ええと……兄さん」

「ん?」

 この世界には、俺達と同じ家名を持つ吸血鬼が存在する。

「本当にその、出立するんですよね?」

「ああ」


 ――ブルーダラク領、吸血鬼が支配する街。


 それが何を意味するのか確かめるため、俺はこうして直接出向くのだ。

 この世界の姿を知るために。

 このヒントが何にどうつながっていくのか、未だわからぬまま。


 けれど何かを掴めると信じて。


「……その恰好で、ですか?」

 そう……。

「可愛いか?」

「え、ええ、その……はい、とっても」

 マリエはその顔に複雑な表情を浮かべながら、ため息交じりに俺の言葉に頷いた。


「……姉さんとお呼びしましょうか?」

 それは……まあ、この格好の時はいいか。

 優雅に、フリルのついた青いスカートをつまんでみせる。女物に変えたスカーフタイを翻すように、スカートを風に乗せふわりと一回り。どこからどう見ても少女にしか見えない仕草で。


 そう、女装というやつだ。


「え、ええと、カイさんびっくりするくらい似合ってますけれど」

「そ、その、お、おキレイですよ?」

 ティキュラとアンリは目の前の俺の姿に顔を見合せながら、困惑した笑みを浮かべる。

 オーク達にワーダイルにワーウルフに古ゴート族。荒野の青空の下、見送りに来てくれた皆も何故か反応に困っているようで。


「カイ……私はお前がどんな趣味を持ってても、受け止めてやる」

 クーナに至っては大まじめな顔してそんな事言う始末。

「あのな、ちゃんと説明しただろう? これは変装だ」

 そう、ブルーダラク領に出立するにあたり、一つ厄介な問題があるのだ。


「人間達を欺くためのな」

 人間の国、カブレラ。

 魔王軍の大規模拠点と隣接する、人間達の一大国家の名だ。


 ブルーダラク領に行くにはどうしてもこのカブレラを横切らなければならず、また戦時下で警備も異様に厳しいとのこと。強引に突破は出来てもひと悶着は避けられないというのだ。

 魔王軍と敵対している以上、今人間とも対立するのは少々マズイ、が。


「こうして女として潜り込めば、まさか噂の全裸の吸血鬼だとは思われまい」

 俺の噂……全く不本意だがそこそこに広まっているようなので、それを逆に利用する。

 少なくとも男であると伝わっているのなら、女になってしまえばいいという悪魔的発想!


「人間達は女だと思って油断する、もし俺が吸血鬼とバレてもここが攻められる心配もない、堂々と女装ができる、いいことずくめだ」

「最後旦那の願望がもれてやすよ」

 ベーオウの突っ込みにちょっと口が滑ったと思いつつ、それでもまあこれが最善の手だと思うのだ。

 元々吸血鬼は人間社会に潜り込むことに長けている。女装は現実世界(あっち)でもしばしば使った手だ。人間の国に潜伏し、うまいことブルーダラク領への活路を開くのだ。


「いや、そうはいいやしても本当にばれねえでいけるんですかい?」

「何だベーオウ、疑うのか?」

「例えばこんな風にいきなりスカートめくられちまったらあだだだだだだっ!」

「こうするさ」

 ベーオウの頭をいつものようににぎにぎしながら、抜かりはないよなと再確認する。


 下着が女物なのは勿論、衣類や日用品は全てこの世界のモノで揃えた。地味な変化だがいつもの白い長袖シャツと黒のスーツベストも似たものを新調している。あのラセスチャーに一式注文したのだから間違いはあるまい。股間のアレも体内に収納済みだ。力技なので無限再生の能力がないと真似するのはお勧めしない。

 ついでに瞳もカラーコンタクトで青に変えている。完璧だ。


「いや分かりやせんよ触り心地を確かめてみなうがああああああああっ!」

「……確かめてみてどうだ?」

「いい尻でしたあああああああああああっ!」

 お前の断末魔はそれでいいのか? 周りのオーク達からもおおおと歓声らしきものが漏れてる。いや、お前らは俺が男だと知ってるだろうが。


「あのー、いろいろ気を付けてくださいね? 今の御当主様は本当に綺麗ですから、いたずらされるかもしれませんよ?」

 ミルキ・ヘーラはちょっと声を潜ませてそんな事を言う。その口ぶり、恐らくミルキ・ヘーラも経験があるのだろう。美人は本当に苦労するな。


「ああ、気を付けるようにする。こんな風に」

「あどどどどどああああああっ!? だ、だんっ! 旦那っ! 潰れるっ!」

 じゃあ手を放せ。いつまで俺の尻を揉んでいる。


「城主様、本当に私達もついていかなくてよろしいんですか?」

「人間の街に慣れているミルキ・ヘーラやリダリーンは心強いが、流石に目立ちすぎる。お前たちほどの美人を連れ歩いたらどこに行っても注目の的だ」

 心配する二人には悪いが、お前たちならそれこそ男たちの視線を釘付けだからな。


「安心しろ。人間の中に紛れる訓練は嫌というほど積んできた」

「……はい、ご無事をお祈りしております、御当主様」

「私は女の子相手でもいけますよ」

 二人のそんな励ます言葉に……いや、リダリーンだけ何故かカミングアウトだったが、深く考える場面じゃなさそうなのでちょっとスルーする。

 リダリーン、お前時々容赦なくぶっこんでくるよな。


「では、行く」

「カイさん、気を付けてくださいね」

「留守はお任せください、カイ様」

「カイ、必ず帰ってこい」

「御当主様、お帰りをお待ちしております」

「皆の健康は私が守ります、城主様」

「行ってらっしゃい、兄さん」


 俺の愛しい少女達とそう言って別れをかわし、一人一人に、キスと、吸血。


 どちらもしばらくお預けになるだろうからな。そっと慈しむように唇に触れ、その首筋から温かな血を受け取って。

 誰もかれも、その血の味で愛おしさを返してくれる。この味を覚えたら、是が非でも帰ってこなければと思える味を。

 そうしてティキュラとミルキ・ヘーラあたりは涙ぐむのを見ながら、俺は置いてあったカボチャ色のトランクを手に取り。


「ベーオウ、城のみんなと……彼女たちを、任せるぞ」

「へい……お任せ下せえっ! だん、旦那もっ、お気をつけてっ!」

 何だ、ティキュラとミルキ・ヘーラだって涙ぐむまでで我慢してたのに、お前が泣くのか。

「少し強く握りすぎたか?」

「い、いえっ……なんか嬢ちゃん達につられちまって。旦那の留守を任されるってのにこんなんじゃいけねえ」

「気負うな、程々でいい」

 腕でぐしぐしと涙を拭うベーオウ。そうか、お前意外と涙もろかったんだな。

 お前はそういう弱味をあまり見せるタイプじゃないのは知っているが……俺は従者のそんなところを見れて嬉しく思うぞ。


 俺が愛しいと思うのは六人の少女達だけではない。

 ベーオウにオーク達、古ゴート族にワーウルフ、ワーダイルの皆。


「行ってらっしゃいやせ旦那っー!」

「カイ様ー! お気をつけてー!」

「リーダー! 帰りを待ってるぞー!」

「それまでの守りは俺達に任せてくださいっ!」

 それぞれの姿と、青空の下にそびえる、俺たちの城を目に焼き付けて。


「ではな」

 俺はそう言って背を向け、駆けだす。

 地平線の果てまで続くような荒野を、振り返らずに。


 いざ、人間の国へ。


――


 人間の国、カブレラまでは真西に向かって二百キロほど。

 時速百キロで走れば二時間でつく。マッハ一で駆ければ十分程度で到着だ。とはいえそんな目立つ走り方して見つかっては元も子もない。俺は十分に速度は出しつつも迂回するように、まずはカブレラの南に位置する森を目指す。


 途中遠目で魔王軍の一大拠点とやらを目にした。高い城壁といくつもそびえる塔、青い空をくすませる白煙がいかにも魔王の勢力といった印象を与えていた。

 ここを滅ぼせば魔王軍の脅威は当面去るかもしれない。だがそうなればこっちまで人間達が進出してくるのだから、今は放っておくのがいいだろう。

 それにあれほどまでに巨大な拠点なら、兵士以外にも暮らしている非戦闘員はいる。彼らまで殺して回るほど、俺も非道じゃない。


「さて」

 目的の森に入って少ししたあたり、小川の傍で一息つく。

「川、か」

 ここまでくると気候も少し違ってくる。バンブラーの森と違い、ここでは幹が太くどっしりした針葉樹が多い。乾燥した荒野を抜けて水源の豊富な地域に入ったのだ。

 俺はトランクを開けて、持たせてもらったサンドウィッチに舌鼓を打つ。木漏れ日の下の小川のせせらぎ、どこかから聞こえてくる鳥の鳴き声を聞きながらの食事は、状況を考えなければピクニックのようだ。

 ここは既に人間の領地。気を抜くわけにもいかないが……。


「そうか、冒険らしい冒険は、久しぶりか」

 古ゴート族の村に出向いたときも、初めてバンブラーの森に入った時もそうだが、やはり異世界の新天地を訪れるというのはいい。本来俺の弱点を考えれば遠出なんて気軽にできないのだから、こういう瞬間を楽しむくらいは……。


「それくらいは、いいか」

 小鳥の鳴き声に合わせるように、鼻歌を口ずさみながら残りのサンドウィッチを平らげた。


 ひと時の休憩を挟んで森を進み、やがて森を抜けるといよいよ人間の国が見えてくる。

 カブレラまでの道を、ここからは誰かに見られているという気で進んでいく。トランクを手になだらかな上り坂になっている平原を、ゆっくりと歩いて。


 俺の……いや、私の生い立ちの確認だ。

 名はアキ。生まれは平凡な村娘だが、父が事業に成功して一時は富裕層の仲間入り。けれど数年前魔王軍に家族を殺され故郷を追われ、世話役だった爺やと共に森へと逃げる。

 そこで暮らすうちに月日は流れ、高齢だった爺やの死を契機にトランク片手に森を出て、この国へやってきた、という設定だ。


 数年森で暮らしていたので多少のサバイバルはお手の物。爺やが鍛えてくれたおかげで格闘技もできるという感じに。かつて裕福だったという誇りを忘れないよう礼節は学んだが世間知らず、魔王軍に家族を殺されているので魔王軍憎しという娘だ。

 幼いころに人の暮らしから離れたため、モノを知らなくても言い訳がきく。都合がいいだろ? 付け焼刃の知識しかない俺にはぴったりだ。

 金銭はあまり持っていても怪しまれるから小銭と金貨二枚にした。しばらく潜伏するには心もとないが……まあ、金の稼ぎ方は少しあてがある。


「じゃあ、行きましょうか」

 俺は坂を上り切り、とうとうその入り口までたどり着く。


 カブレラは、深い水堀で囲まれた国だ。

 森がわに向かって一本の跳ね橋が伸び、有事の際はその橋をあげて魔王軍を迎え撃つという。覗き込めるぐらい深い堀が、見渡す限り続いている。幅はおよそ二十メートル。

 モンスターならこのぐらい普通に飛び越えられる奴はいるが、魔王軍の主力兵はオークだ。これでも十分効果があるのだろう。

 橋の先には石でできた門と……アレは衛兵だろうか。鎧を付けた人間が十数人。街に入ろうとしている荷車が一台止められていた。

 俺が近づいていくタイミングでその荷車は街の中に入っていく。ふむ、順番待ちはしなくてよさそうだな。


「ここはカブレラ。要件を承ろう」

 俺が傍までくると、一人衛兵の男が声をかけてくる。事務的な口調だ。

「この国で暮らしたいのだけれど」

「ん? 見たところ商人ではなさそうだが……この国に親類のつてでもあるのか?」

「いいえ。魔王軍に故郷を追われた身です」

 移民か……と男は一言呟いて、何やら他の数人と言葉を交わす。


 さて。こういうファンタジー物のお約束として、入国ではひと悶着あるものだ。


 意地悪な衛兵に何か要求されたり、通行証がなければ通さないという感じのやつ。

 ここが込み合っているようならどさくさ紛れに忍び込む手もあったのだが、意外にも閑散としていたのでその手は使えない。警備の数も多く、連携も取れていそうなため力で押し通る真似もしたくない。


 まあ安心して欲しい。まだ手はある。

 そのためにわざわざ女装していると言っても過言ではないのだ。


「故郷を追われた、と言ったな。血縁や縁者はいないのか?」

「はい、おりません」

「なら」

 さあ、どうする?

 身寄りのない小娘が無防備にやってきたのだ。それもとびきり美しい。

 詰め所に連れ込んでもいいんだぞ?


 こういう時のために俺は女装しているのだ。正攻法で通れない道を突破するのに『女である』『美人である』という肩書は、思った以上に役に立つ。

 一度中に入ってしまえばこっちのモノ。一目のつかない場所に行ければそこからはどうとでもなる。そうでなくとも賄賂の準備もある。

 この男は、次にどんな言葉を繋げてくるか……。


「ここにサインしろ。仮の身分証を発行してやる」

 意外にも、まともな対応だった。

「働き口にあてはあるか?」

「……ええ、一応」

 素っ気ない言葉の中に、どこか温かさを感じる。ああ、どうやら思ったより真っ当な国らしい。


「働き口が見つからなければ……そうだな、この門を抜けた先の突き当り、そこを右に行くとすぐに宿がある。クーラクという店だ。そこが人手不足だから雇ってもらえ」

 おまけに就職口の斡旋まで。改めて男を見ると、短く刈り上げた赤毛寄りの茶髪に、人の好さそうな笑みが浮かんでいた。


 ええと、その……何だか思っていた展開と違う。まあ入れるのならそれでいいんだが。渡された万年筆のようなペンで少し厚めの紙に名前と故郷の名を書いて手渡す。


「名はアキ、か。故郷は……アラル荒野の旧交易地の近くだな。あそこはもうずいぶん前に滅ぼされたんだったか」

「ええ」

 ちなみに故郷に選んだのはかつてミルキ・ヘーラが暮らしていたという街の隣村。ミルキ・ヘーラは直接の住民ではないが、話は聞いているので多少はもっともらしい嘘がつける。


「今まではどこにいたんだ?」

「村の近くの森、そこにあった小屋で暮らしていました。魔王軍に見つからないようにしたかったので。人目にもつきませんでしたが」

「なら、多少の自活はできるな。魔力も無しによく森でやってきたな」

 俺を気遣うような温かい言葉に……魔力?


「私が魔力がないって、どうして」

「なに、上を見ろ。あれが魔力を感知する球だ」

 彼が指をさす先を見上げると、門の天井に小さな球が埋め込まれていた。

「魔力が少しでもあればアレが光るんだ。強い魔力を持っていれば色も変わる。何も反応しないってことは、少なくとも君が危険なモンスターじゃないことは分かるのさ」

 男はちょっと自慢げにそんな事を語ってくれる。成程、丁寧な対応の裏では厳格な検査機によるチェックか。思ったより警備の厳しい門だったな。


 この男の感じじゃ賄賂も通じないだろう。俺があの球をかいくぐれたのはたまたま、俺の特異な体質のおかげだ。俺の魔法耐性は感知系の魔法も打ち消すからな。


 人間らしい誠実な心に計算された道具の知恵、か。

 正直モンスター的には一番突破しづらいのがこの二つだ。覚えておくといい。


「では、ようこそ。カブレラの国へ」

 そう言って、この人の好さそうな男は笑みを浮かべた。


 やれやれ、準備していたものを色々と無駄にしてくれたな。そんな笑顔向けられたんじゃ……少なくとも街の中では悪い吸血鬼の部分は封印しておいてやろう。


 衛兵の男にぺこりとお辞儀して、俺は、人間の街へと一歩を踏み出していくのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中





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