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異世界の常識、悪魔の依頼



「先ほどは失礼しました。ガーストーンがあのお嬢さんに、随分と無茶をさせたようで」

「戦う者同士の手合わせだ。気遣いは無用」

 ラセスチャーと俺は薄暗い廊下を進み、やがて行き止まりが見えるころ……。


 扉の前で一人の少女が、俺達を待っていた。


「ようこそ、吸血鬼様」

「君は……」

 見た目の年齢は、ちょうど俺くらいか。

 艶のある黒髪を後ろのバレッタでまとめた、スレンダーな少女だ。落ち着いた声に似合うクールで整った顔立ち。涼やかな目元に口元を覆う藍色のマフラー、そこからストールのように広がり、騎士の前垂れのようにいくつかに分かれて伸びる帯。


 その下の服装はどこかディーラーをイメージさせる。きりっとしたシャツにベスト、しっかりとした長ズボンを履き、全体を暗い色で統一している。洗練されたスタイルに、フォーマルなだけではない鋭さを感じさせる気配。

 目元だけでも分かる整った顔立ちといい……こんな所で出くわすには相応しい少女か。


「彼女はうちの用心棒です。必要とあれば護衛の他、暗殺などの依頼も承っております」

 暗殺者、か。成程道理で。

 しかし暗殺者を平気で紹介してくるあたり、やはりここは表の華やかな雰囲気とは一線を画しているな。


「セサミ、ご案内を」

「はい。どうぞ、こちらへ」

 セサミと呼ばれた少女は、見たところモンスター的な特徴も見られない。悪魔のようにも見えないが……まさか、人間か?

「ようこそ、裏商店へ」

 そんなことを考えていると、彼女は背にしていた扉を開け、中へと俺を誘い入れる。

 明かりの下、通された部屋は……。


「確かにこれは、表には出せない品だな」

 表の店と同様、棚や壁に商品が並べられている。だが表と違って、並べられた品はどれも生々しいモノばかり。

 いや、悍(おぞ)ましい、と形容していいほどの……。


「いかがですか? おススメはあちらの女エルフのはく製でしょうか」

 随分とまあ気軽に言ってくれる。

 セサミが示したのは、上半身が裸の……いや、上半身しか残っていない、エルフの女性の、死体。


「エルフは森の賢者と呼ばれるほど知能が高く、おまけに魔法にも優れた体質を持ち、森の奥深くで暮らすため自然の力を死後もその体に貯えております」

 美しい金の髪とぴんと伸びる長い耳、森の木々を思わせる綺麗な緑の瞳をたたえた女性だ。はく製と言っていたが、その血色の良さ、今もまるで生きているようで。

 ……生前は、さぞ多くの男を虜にしていただろうに。


「食べるもよし、魔法の触媒に使うもよし、或いは、愛でるでも」

「生憎、そういう趣味はない」

 人間達から残虐だ非情だと言われる俺達吸血鬼でも、モラルや超えない一線というモノはある。


「では、その隣の妖精モドキの串はどうです? 串に魔力を注ぐと、その妖精たちが生きている頃得意だった魔法が発動します」

 次のは……ああ、名前の通りだ。だいたい二十センチほどの小さな人型の少女達が、銀の針で股から串刺しにされている。悪趣味なことこの上ない。


「苦手な方でも魔法を扱えますし、こちらは魔力そのものとも言われる濃密な味の」

「ラセスチャー、こんなゲ(・)テ(・)モ(・)ノ(・)を見せるために、わざわざ俺を呼んだのか」

 ぴくっ、と俺の言葉に反応するセサミを無視し、今もニコニコと笑みを浮かべる悪魔に、問いかける。


「おや? お気に召しませんでしたか」

「穴蔵の魔法使いでも相手にしているつもりか」

 希少な品なのはわかるが、売る相手を間違えている。


「……お言葉ですが吸血鬼様。こちらの品は本当に希少で価値もある品です。例えばこの串の妖精は生前炎の魔法が得意で、ほんの少しでも魔力を込めれば火球が発現します」

 セサミはなおも説明を続ける。

 彼女は俺がその価値に気付いていないとでも思っているのか、まるで俺の認識違いを正すように。


「この小ささでも侮れない威力です。吸血鬼様は魔王軍と事を構えておられると聞いております。この品は、間違いなく吸血鬼様たちにとって力になってくれると」

「で、消費し終わったらまた新しい妖精をお前たちに注文するわけか」

「ッ! それは……」

 俺の……ああ、少し俺もむきになってしまった。俺の言葉に機嫌を損ねたと感じたか、セサミは一歩下がるように足を引く。


「悪いがそれを定期購入するつもりはない。俺達の戦いを、他の誰かの血で贖(あがな)おうとも思わん」

「出過ぎた真似を、お許しください」

 丁寧な所作で頭を下げるセサミを視界の端に、俺はこの部屋を見渡した。


 飾られているのは、ほとんどがかつて生きていたモノ。エルフに妖精……アレは竜の頭蓋骨。その隣のは魔力で変色した誰かの左腕。おおよそ倫理観とはかけ離れた世界が、ここに広がっている。


 確かにそれは商品としては価値のあるモノなのだろう。商人がそれをこさえているのは、何らおかしいことではない。今更、吸血鬼の俺が倫理観など振りかざすつもりもない。


 だが、それを揃えた手段については話は別だ。


「このエルフは、お前たちが殺したのか?」

 吸血鬼の赤い瞳と、悪魔の金の瞳が、交差する。


 魔法の触媒として……商品として、エルフを殺す。


 それは現実世界で人間たちがやっていた象牙狩りのような、最低級の略奪だ。

 もしそれを許しているのだとすれば……あるいは滅ぼすことすら視野に入れる必要がある。


 見極めなければ。

 こいつらが、例えばティキュラを殺してここに飾るような奴らなのかを。


「吸血鬼様、それは」

「セサミ」

 そうしてこの店の主は、答えようとするセサミを手で制し、代わりに続ける。

「そちらのエルフは、かつてエルフの村の族長だったお方です。彼女が今こうしてここにいるのは、私共と取引した際に、ある契約を交わされたからです」

「契約?」

「死後、自分の体を代金として差し出す、というものです」

「ッ!?」

 悪魔の、悪魔らしい言葉に俺は息をのむ。


「彼女たちはバンブラーの森の奥地でひっそりと暮らしていました。ですが隠れ住んでいる彼女たちをわざわざ探し当て、あろうことか村の女性の半分を差し出すよう、迫った者たちがいたのです」

「……魔王軍か」

「ええ」

 俺達の所にも来たぞ。断ったら、続く言葉で逆らえば皆殺しと言ってのけた奴らがな。


「彼女らは抵抗し、そして敗れ去りました。彼女は族長として若いエルフたちを逃がすため、最後まで戦う道を選んだわけです」

「……では、彼女が自分を売ってまで欲したという品は」

「竜の鱗で出来た弓と、風の宝玉をそれぞれ数点。どちらも魔王軍には効果てきめんでしたが、戦局をひっくり返すほどの力は、どうやらなかったようで」

 成程……話を聞くだけなら、それは一人のエルフの女性が身を犠牲にして他の者達を助けたという美談だろう。その美談の果てに、彼女はあそこに無残な姿で飾られている、と。


 だが。


「どこまでがお前の仕組んだ事だ」

「ふふ。さて、どうでしょうかね?」

 悪魔は、まるでそんな質問を予想していたかのように、したたかな笑みを浮かべて。


「先ほどのご質問ですが、私共は彼女を殺してなどいませんよ。彼女達が魔王軍に見つかったのは……まあ、アレは不幸な事故でしたが、当然私共はそれを把握し、窮(・)地(・)に(・)陥(・)っ(・)た(・)と(・)こ(・)ろ(・)で(・)商(・)談(・)を(・)持(・)ち(・)か(・)け(・)た(・)わけです」

「……何とも悪魔らしいやり方だな」

「いやはや、お褒めの言葉と受け取っておきますよ。まあ、何にせよ」

 金色の瞳を細めて、今度はいっそ不敵に笑い。


「必要以上に欲すれば、その支払いには何を差し出す事になるのか……カイ様は、私が言わずともご存知でしょう?」

 そんな言葉で、ラセスチャーは締めくくる。


「……どうやら、ようやく俺が知っている悪魔に出会えたようだ」

「恐縮です。恐縮ついでに、他にもお勧めしたい品があるのですが」

 ラセスチャーは、悪びれもせずに続ける。


「カイ様は、生きた品の方がお好みのようですから」

「語弊のある言い方はよせ。その口ぶりだと、出てくるのは奴隷か何かか?」

「ええ、ご用意させていただいております」

 いるのか。適当に言ってみただけなんだが。

 まあ、ファンタジーの世界で悪魔が用意していても違和感はないがな。


「こちらへ」

 店の中、布で間仕切りされていたところをめくると、現れるのは重々しい鉄の扉だ。

 重厚なその扉を開くと、今度は少し広めの廊下に、左右に檻が重ねられていた。その檻からはギイギイというケモノの鳴き声。まあ、これは説明せずとも大体分かるだろう。


「小竜など希少なモノばかり取り揃えておりますよ」

「ペットを飼うほどまだ余裕はなくてな」

 ラセスチャーも熱心に売り込むつもりはないようで、さっさと奥へ進む。俺はちらりと見えた可愛らしい薄青の子ドラゴンにちょっと目移りしながら後へ続く。

 ……うんまあ、心惹かれたことは正直内緒だ。


「さあ、どうです? 我が商団自慢の人間の奴隷ですが」

 ラセスチャーは、今度こそ自信と確信をもって、その子供たちを見せる。これこそ本命の品、とでも言うように。

 だが……。


「何、だ、これは?」

 俺は、予想とは少し違う光景に、思わずそんな声をあげる。

 大きな檻の中、灰色の粗末な服を身にまとうのは、確かに人間の子……なのだが。


「初めまして、吸血鬼様」

「お会いできて光栄です」

 檻の中、誰もかれもが晴れ晴れとした穏やかな笑みを浮かべる、そんな奇妙な光景に。


「いかがです? どの子も従順で、純粋で、健康ですよ」

 ラセスチャーの売り文句も奴隷の謳い文句としてはどこかずれている。

 檻の中には十人の人間の子供。男女比は半々、年齢は上は十四、五で下は八、九あたりか? どの子も優しそうで利発的な、奴隷という肩書にはおおよそ似つかわしくない雰囲気を纏っている。


 顔つきは……いや、皆美形ぞろいだ。劇団の子役の花形と呼んでも差し支えないような恵まれた容姿。見えるところに傷もなく、艶やかで健康的な肌。何よりその瞳が、希望や期待に満ち溢れている。

 な、何なんだこの子たちは?


「お前たちは……その、どこから連れてこられた」

「はい。私たちは戦災孤児です。ラセスチャー様に拾われて教育を受け、ここにおります」

 まるで面接の受け答えのように、はきはきと落ち着いて答える少女。背中まで届く艶のある茶髪、十代前半の背丈にはもう女らしい体つきが現れている。

 良いものを食べて育ってきた貴族令嬢、と言っても十分通じる見た目だ。


「私達を、いかようにもお使いください」

「吸血鬼様の、望むままに」

 胸に手を当て、うっとりとした表情で頬を赤らめる。そんな……檻の中で繰り広げられる奇妙な劇を眺めて。

「何をどうしたら、こうなる」

「いえ、毎日素直になるお薬を食事に混ぜて、丁寧に教育しただけですよ」

 ああ、もう、だいぶアウトだなそれは。


「命令すれば彼らは何でもしますよ。死ねと言えば死にますし、奉仕しろと言えば裸でベッドに上がります。体はそれなりに丈夫なので戦いを教えて戦わせるもよし、頭もいいので勉学をさせれば将来役にも立ちます。勿論、血を吸っても干からびる最後の瞬間まで笑顔のままです」

 なんとまあ恐ろしい事を。


「いかがです? お気に召しましたか?」

「お気に召したように見えるか?」

「……あ、あら?」

 ラセスチャーは、どうやら冗談でもなく本気で気に入られると思っていたようで、俺と檻の中の子供たちを見比べて目をぱちくりしている。


「奴隷というから、もっと飢えて怯えたようなのが出るかと思えば」

「あ、そのような人間がお好みでした?」

 おいこら、人聞きの悪いこと言うな。

「餌を与えずに二、三日放置すればそれらしくなりますよ?」

「だから勝手に話を進めるな。というかお前たちは、人間を育てているのか?」


 そう、そもそもが奇妙な話だ。

 俺達吸血鬼や悪魔は、人間が手ごろに狩れるから獲物として選ぶようになったのだ。それこそ欲しければ本物の貴族令嬢でもさらってくればいい。

 それを手間暇かけて育てるなど順序が違うというか、随分と贅沢というか……。


「あー、その、昔とは状況が変わりまして」

 ラセスチャーはため息でもつくように、困ったような表情で、檻の中へ目を向ける。

「魔王軍がオークを主戦力にして奴隷の需要は激増しましたが、彼らが欲しているのは、容姿も経歴も無用の、丈夫で健康な女性の奴隷だけですから。それに呼応して人間の国で出された奴隷禁止令もあって、奴隷商売自体が難しくなりまして」

「……それはまた、随分な皮肉だな」

 魔王軍のおかげで人間達が奴隷を禁止するとは、因果な巡り合わせだ。


「ですが我々モンスターにも人間は必要ですし、人間の富裕層にもこのような少年少女らが高く売れるのも事実。いっそ高級品志向でやっていこうとしたのですが」

 成程、そういう背景があった訳だ。

 当然だがこの世界にはこの世界の理がある。一概にファンタジーと括れるわけではない。この世界で、俺が何度も痛感したことだ。


 ……ふむ、俺もようやく欲しいモノを見つけられたぞ。


「その魔王軍も最近はさらに物騒になって。つい先日も鬼の村が魔王軍に滅ぼされたようで……ああ、鬼のように強い種族の奴隷なら需要はありますかね?」

「さてな。少なくとも俺は買おうとは思わん」

 俺の言葉に今度こそため息をつくラセスチャー。何だ、売れなかったのがそんなにショックだったか?


「もう見せたい品とやらは終わりか」

「そ、それは、そのー」

「あと一つございます」

 と、言葉を濁すラセスチャーに代わって、ここまで大人しかった少女が前に出る。


「この奥に続くのは、私の私室です。面白味のない部屋で申し訳ありませんが、上質のベッドはございます」

 あのセサミと呼ばれた少女は、そうしてスッとマフラーを指で下ろし、隠していた口元を見せ……。


「吸血鬼様は、こういうのはお嫌いですか?」

「っ!」

 俺の手を掴み、その手を、自分の胸へと。


「お望みいただけるのなら、お相手を務めさせていただきますが」

 露わになった顔は……先ほどの子供たちの容姿が霞むほど美しかった。


 涼し気でクールな目元はそのままに、バラ色に薄く引かれた唇、白い雪を思わせるどこまでもきめ細やかな肌。今までは薄暗くて分からなかったが、その瞳は宝石でもちりばめたよう……美しく上品に、紫色に輝いていた。


「金貨二枚でこの体……お好きなように」

 手のひらから伝わる柔らかい感触。そしてこの宝石のように美しい少女の鼓動と熱が、この少女を女だと、抱ける相手だと、俺に教えてくれる。

 その紫色の美しい瞳に、俺が映って……。


「魅力的なお誘いだが、君を金で抱きたくはないな」

 俺は、その手の誘惑を振り切る。

「店の外でお誘いを受けられるよう、俺も男を磨くとしよう」

 代わりに彼女の手を今度はこちらに引き寄せ、その手の甲に、そっと唇を重ねて。


「……残念です」

 少女はマフラーをあげる際、ほんの少し赤くなった頬を見せてくれる。中々に可愛らしいじゃないか。その美しさといい仕草といい……結構危なかったぞ?


 いやまあ、これで彼女を抱いたら浮気だしな。

 複数人に手を出すのとはまた違う……どちらも似たようなモノ? さて、聞こえないな。


「セサミもダメとなると、申し訳ありません。大口を叩いておきながら、どうやらカイ様を満足させられる品はご用意できなかったようで」

「いや、欲しいものはあった」

「……はい?」

 ラセスチャーもセサミも俺の言葉に目を丸くする。いや欲しいモノがあったのなら言ってくれと、そう言いたげに目が訴えていた。


 ああすまないな。正確には俺が見てきたモノの中には、欲しいものは無かったんだ。


「どこか個室で話せるか、ラセスチャー」

 今度は俺が悪魔を誘うように、そう切り出していった。



「こちらの部屋は、外に音が漏れたり魔法での傍聴の心配もございません。ご安心を」

 通されたのはほとんど明かりのない部屋。二メートル離れると相手の顔が見えなくなるほどで、けれど足元や家具の位置はぼんやりと明るい。秘密厳守の部屋という訳か。


「それで、お話とは?」

「俺が買いたいのは、情報だ」

 互いに椅子に腰かけ、顔を隠したまま向かい合う。


「俺がこれからいくつか質問をする。それにラセスチャー、お前は誠意をもって答えて欲しい」

「ふむふむ」

 ラセスチャーもある程度はそういった話を予想していたのだろう。けれど俺の少し持って回った言い方に、しばし考えているようで……。


「構いませんが、漠然とした情報のやり取りとなると、少々値がつけにくいお話ですね」

「それなんだが、俺から支払うのは、俺の情報でどうだ」

 暗がりの中、悪魔が体をほんの少し揺れ動かせたのが分かった。


「俺がいくつか質問した後、お前は俺に一つだけ質問しろ。俺はそれに、正直に答える」

「……ほう?」

 悪魔は、ああいや、今どんな顔をしているか分からないが、声の調子からどうやら興味を持ってもらえたようだ。


 悪魔がこういう駆け引きじみたやり取りが好きなのは、現実世界(あっち)でも異世界(こちら)でも同じなようだ。


「確認しますが、あなたの複数の質問に私は『誠意』で答え、その後の私の一つの質問に、あなたは『正直』に答える。それでよろしいですか?」

「ああ。何ならその通りにすると契約を結んでもいい」

 流石は悪魔。俺の言葉の一つ一つを聞き逃していないな。ちなみにそこの言葉を変えたのは特に意味はない。ミスリードというやつだ。

 まあ別に悪魔と知恵比べしようという訳でもないのだが。


「分かりました。承りましょう」

 悪魔は、ああ、見なくても分かる。今まさに口元に笑みを浮かべながらそう答えた。


「では、質問させてもらおう」

「ええ、どうぞ」

「そうだな……最初は魔王軍にするか。先ほどは鬼の村を潰しただの何だの言っていたが、ああ、そもそも魔王についてだが」

 俺は、かねてからの疑問を口にする。


「そもそも魔王とは何だ。王とついているが、世襲制で成り立っているのか?」

「……はい?」

 俺の最初の質問に、何か随分と気の抜けた声が返ってきたな。


「質問したのだが」

「あ、ああ失礼しました。いえ、魔王は世襲制ではありませんよ。代替わりの時には魔王候補の中から、集められた重臣たちが投票する選挙が行われます。選挙で選ばれた者が、魔王と呼ばれるわけです。ですから世襲制ではありませんが、現魔王はその選挙にあたり他の重臣たちより票を多く持っています。次代の魔王選定には、現魔王の意見が少しだけ優位に働きます」

 ははあ成程。少し違うが、現実世界の人間達でいう総理大臣のようなものか。


「魔王はどのくらいの国と民を持っているんだ?」

「え、ええと、東はラスバニアから四国、西はタリアの地を含む計五国に加え、同盟が三国、実質的に支配しているのが二国、その中で特権を持つ『魔王の民』とされるのが約七億名です」

 七億の民か。特権階級なるものも出てきたが、まあ、国の名前同様そんなものは後でいいな。


「では魔王は……魔王は何が仕事だ? 何となく政治や軍事に関与してそうではあるが」

「あ、あのー、カイ様?」

「ん?」

「一つ、先ほどの条件とは別に、質問してもよろしいですか?」

 ラセスチャーは困惑するような声で、俺にそう問いかける。


「ああ、構わんぞ」

「ありがとうございます。その、カイ様、何故先ほどから一般常識をお聞きになるのでしょう?」

 ラセスチャーの、まあ、ラセスチャーからすれば至極まっとうな質問に、こう答える。


「生憎、こちらの知識は不足しているんだ」

「……こちらの?」

「異世界の常識には不慣れでな」


 俺がこの世界で、何度か口にしてきた言葉だ。

 これを聞いた者達は皆訳が分からずに、時には俺が冗談を言ったりしたのかと思ったようで。まあ、真面目にとらえられることなんてほぼなかったわけだが。


 それでも……。


「質問を続けても?」

「え? え、ええ……どうぞ」


 目の前の悪魔は、違った。

 明らかに、先ほどとは態度を変えた。


「魔王の職務は何だ? そもそも魔王はどのくらいの権限を持っている?」

「魔王の職務は、管轄の地域、国を統治することです。あれこれと話し合って決め、それを部下に指示して動かす。ここは人間の王とそれほど変わりません。ですが軍事に政治……権限で言えば、魔王領ではそれ以上ないほどの独裁ができる立場です。今は人間とかつてないほどの交戦状態、つまり非常事態体制ですから、魔王が指示できないことはないかと思われます」

 すらすらと、淀みなく分かりやすく説明してくれるのは変わらず、けれど言葉の中に込める熱量は、先ほどの比ではない。


 本気で食いついてくれたか。


 情報を買いたかったのは間違いないが、それ以上に欲しかったのは悪魔よ、お前自身だ。


 食いつかせて良かったのかという不安はあるが……彼はどうやら魔王軍の手先という訳でもない。広い見識を持ち、上質の品を揃えた商会をまとめるこの男を。少なくとも一人、コイツのために身を捧げられる覚悟を持った少女を従えるこの男を。

 是が非でも、味方に引き込んでおきたい。


 先ほどの、エルフの族長と言われた女性を思い出す。

 仲間を助けるために自分を差し出す羽目になったという、あの美しいエルフを。


 必要以上に欲すれば、俺も、何かを支払うことになるのだろう。


「……大体、こんな所か」

 一通り質問を終え、今疑問に思っている事はとりあえず解決した。

 かつてミルキ・ヘーラやリダリーンに似たような事を尋ねたが、ここまで上手くは説明できなかった。彼女たちにも学はあったが、それでも足りないところは多かった。

 一般常識といっても、こういうのは荒野で生きてきたベーオウも知らない話だ。そういう意味では、目の前の悪魔以上に分かりやすく説明できる相手はいなかっただろう。


「俺からの質問は、以上だ」

「はい。では、私の番ですね」

 悪魔は話疲れたという事もなく、逆に話しながら落ち着いてきたとでもいうように、声に冷静さと悪魔らしい甘さを混ぜて、問いかける。


「あなた、何者ですか?」

 暗がりの中、恐らくその金色の目を、光らせて。


「俺はカイ・ブルーダラク。お前たちから見て異世界からやってきた、吸血鬼だ」


 その後の詳しい説明も……一言一句、聞き逃してはいないだろう。

 この世界にはない、異世界の知識と技術を有する吸血鬼。


 悪魔の心を動かす対価としては……さて、十分だったかな?


――


「本日は第七悪魔商会(セブンス・ダイモーン)をご利用いただき、誠にありがとうございました」

 外は、すっかり夜の帳が降りていた。

 俺は引き上げていく商会をベーオウやマリエと一緒に見送り、目の前で丁寧な礼をする悪魔と言葉を交わす。


「色々と買い込めたようだ。こちらこそ礼を言おう」

「勿体なきお言葉。今後とも、どうぞ私共をごひいきに」

 悪魔らしい爽やかな笑みを浮かべるラセスチャー。空の青と草木の緑を混ぜた不思議な色の髪は、夜の帳の下ではまた違った印象を受ける。


 そうしてその男は、では、と俺達に背を向け……。


「ああそうです。一つ大事なことを言い忘れていました」

「ん?」

 そう言ってすぐに振り返り。


「カイ様、どうやらあなたは魔王軍に本格的に目を付けられたようですよ」

「っ!」

 俺に向かって、そう告げたのだ。


「魔王軍は私共とは別の悪魔商会を使って、あなたを潰すつもりのようです」

「別の悪魔商会?」

「恐らくは、第四悪魔商会(フォース・ダイモーン)。あそこのやり方はいやらしいですよー? 直接的ではなくからめ手で攻めてくると思われます」

 世間話でもするかのように、悪魔はいっそ楽し気に語る。全く悪趣味な。


「それでわざわざ忠告か? それとも何か売り込みたいのか」

「いえいえ。そんな回りくどいことをするのは趣味じゃありません。これはカイ様、あなたに対する依頼、商談です」

「商談、だと?」

「ええ。名前からも分かる通り勢力はあちらが上でしてね。商品はうちの方がずっといいモノを揃えているのですが、あちらは運だけはいいようで……まあ早い話、私共第七悪魔商会(セブンス・ダイモーン)としては目障りな連中なのですよ。ですからカイ様」

 悪魔は、夜の闇の中でにっこりとほほ笑み……。


「奴らの企みを、ぶっ潰してやってください」

 清々しいほどに分かりやすく、俺に依頼する。


「……降りかかる火の粉は払うだけだ。それで、報酬は?」

「今度こそカイ様が欲しがるものを、差し上げます。それでどうです?」

 金色の目を細めて、まるで次は自分が試す番だと言わんばかりに形のないものを目の前にぶら下げ、悪魔は嬉しそうに笑う。

 ……やれやれ、余計な事を言ってしまったか?


「いいだろう」

「では。今度こそ、失礼します」

 闇夜に溶けるように、その姿が消えていく。

 こうしてその日、突如現れた悪魔との契約が、結ばれたのだ。


「良かったんですか兄さん? あんなにあっさりと約束して」

「返事を保留にしても断っても、俺達にはプラスにならないさ」

 それにあれはどちらかといえば先に報酬をもらったようなものだ。

 俺達がまた新たな勢力、悪魔に狙われているという、値千金の情報をな。


「悪いなマリエ、ベーオウ。また忙しくなりそうな所で、お前たちに任せることになって」

「何言ってるんですか、今更水臭い」

「忙しくしてるぐれえがちょうどいいってもんでさあ」

 マリエはふっとほほ笑み、ベーオウはへへへと笑う。頼れる妹に頼れる従者を持つと心強いものだな。


 そう、頼れる味方をつけたい。

「明日、ブルーダラク領に向け、出発する」


 新たな関係を結び、そして新たな決意を胸に、荒野の夜にそう告げたのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中





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