ココロの一端
「おおっ! 今度こそ決まったか!?」
「あの子凄いわね。こんなに長くもったの初めてじゃない?」
俺達のすぐ近くの悪魔は、どこか場違いな温度差で、その戦いを見つめていた。
「い、一体何をしているんだあれは!」
「えっ!? あ、ああ吸血鬼様。大丈夫ですよ、あれは」
「はああっ!」
近くの奴を捕まえて事情を聞こうとしたところで、裂ぱくの気合に遮られた。
声の主は、百八十程の長身の男。
上質そうな紺ローブと白のワイシャツに黒いズボン、そして最小限の鎧で体を覆った、白髭をたくわえた老人だ。
いや、当然人ではない。肌の色こそ吸血鬼や人間のそれに近いが、金色の瞳と天に向かって伸びる角はまごうことなき、悪魔。
右手には先ほど俺が手に取っていたショートソード。そして左手には武骨な金属製ナックルをはめている。
リダリーンと対峙していた彼は、その声と共に一直線に駆けた。
「ッ!」
「ふっ、受けてばかりじゃ持ちません、よっ!」
飛ぶように駆け、その長身を活かすような、勢いのままの強烈な回し蹴り。ドッ、と空気をも割り裂く強烈な蹴りが、そのままリダリーンの無防備な腹に叩きこまれて……。
「なっ!? リダリーン!」
反動のまま、彼女は再び地面へと叩きつけられ、派手に土煙をあげていく。
「がっ、ふっ」
「良く持ちましたがもう限界でしょう。そろそろ降参してはどうです?」
「い、え。まだですよ……」
ふらりと、見ているこっちが痛々しくなるほどボロボロの体で、彼女は立ち上がる。さっきの一撃で口からはさらに血が出て、地面でこすられた服はあちこち擦り切れている。
「な、なに、なに、を……」
「あのお嬢さんが、この砂時計が落ちきるまで耐えきって見せるって、ついさっき勝負を挑んだんですよ」
近くの悪魔の言葉にそちらを見ると、大きな砂時計が半分ほど落ちきっていた。
それが意味することは……残りがまだ半分あるということ。
「でももう無理でしょう。ガーストーン様とあそこまで戦えるなんて、大したものですよ」
悪魔の男はそれがまるで賞賛のように語る。他の悪魔達を見ても、この勝負がそのガーストーンとやらに軍配が上がることを確信していた。
いや、だ、だがそれ以前にっ!
「あっ、だ、旦那」
「ガイゼルか! 一体どうしてこうなっている!?」
そもそも、どうしてこんな状況になっているんだ!?
「賭け試合なんですよ! あの悪魔のジジイと、砂時計が落ちるまで戦っていられたら金貨五枚っていう催しがあって」
ギガントオークのガイゼルは、すぐに状況を説明する。
「リダリーンの姉御、それに喜んで参加して。で、でも、どうにも変で! 俺達と戦ってる時より弱くなってるっていうか、手ぇ抜いてるっていうか!」
ガイゼルの顔にも不安や焦燥が見て取れる。それはそうだ。俺達の仲間が、あんなに目の前でボロボロにされていては。
「も、もう、見てらんねえくらいで」
「……あの男も手練れのようだが」
老人とは思えないほどの、威風あるたたずまい。歴戦の戦士を思わせる双眸に、確かに手ごわい相手だとは感じる。
だが……。
「ガーストーン様ー! これ以上は可哀そうですよ! そろそろ決めてあげないと」
「無理しちゃダメよお嬢ちゃん! 降参していいのよー!」
悪魔達からも、一方的な展開にそんな言葉が漏れていた。
賭け『試合』という名前通り、命の取り合いという雰囲気ではない。俺達だって荒事には慣れてるし、毎日訓練もしている。だから多少のやんちゃや怪我などで驚いたりはしない。
だが……。
だがあの姿は、あまりにも……。
「ッ!? リダリーンっ!? そんなっ」
遅れて出てきたミルキ・ヘーラも、目の前の惨状に顔を真っ青にさせる。
「たぶん……いつものアレを隠してるせいだと思うんですが」
ガイゼルの言葉に、俺も気づく。
リダリーン、いつもの触手を使っていない。
「手の内を隠しているせいであんなに……くっ! いつもはあんなにつええってのに!」
「……それだけじゃない」
「えっ」
ベーオウもガイゼル同様、リダリーンが手の内を隠して追い込まれたと思ったのだろう。
俺も最初はそうなのかと……しかしよく見ると、どうやら違う。
「リダリーン、お前……」
「やあっ!」
「くっ! ここまで粘られるのは初めてですよ!」
リダリーンの剣がガーストーンを激しくけん制する。いつもと違って両手に二本の剣。二刀流であっても流石という他ない動きに、彼女をよく知る者なら驚嘆するだろう。
だが……。
「ど、どういうことですかい旦那」
「な、何か調子が悪いんですかい!?」
違う。心配するベーオウとガイゼルには悪いが……理由はもっと単純だ。
「あれは、わざとだ」
そう、それはもっと、単純な理由。
「はあああああっ!」
リダリーンの連撃は一層勢いを増し、ガーストーンを追い詰める。いや、周りからはそう見えている。
だが戦っている当事者たちは違う。
「ふっ! 見事ですっ! ですがっ!」
「あぐっ!?」
「ああっ! リダリーン!」
「も、もう限界だよっ!」
「無理しないでっ!」
周りから、特に古ゴート族から悲鳴に近い声があがる。二刀流の連撃は見事だが、あのガーストーンという男はそれを絶妙にショートソードとナックルで捌き、隙をついて殴り、蹴りを次々叩きこむ。
短く軽いあの剣。それを素早く取りまわして防壁し、それよりさらに速い打撃で確実に相手を削る戦法だ。文字通りリダリーンは、手も足も出ず……。
「ぐっ! ぶぐっ! うがっ!」
「お、おいおい、ガーストーン様、まさか手加減忘れてるんじゃ……」
「あ、あれじゃいくら何でもあの子」
この展開には悪魔達からも不安げな声が漏れる。今俺達が囲って観戦しているのは、老人が少女の剣を軽々とあしらい何度も殴りつける、そんな光景なのだから。
「がはぁっ!」
「ああっ!」
「もうダメっ!」
再び強烈な蹴りを腹に喰らって、リダリーンは吹き飛ばされる。地面にガッゴッと嫌な音を立てて転がり、そのまま地に伏せてしまう。
「こ、これはっ!? しょ、勝者、ガーストー」
「ま、だ、ですっ!」
審判らしきものも一応いるのか。この一方的に近い蹂躙を止めようと勝利宣言を行おうとするが、それを遮ってまたしても立ち上がる、ボロボロになった亜麻色の髪の美女。
「ふふっ、あと……少し、です」
「これ以上は……どうか、お引きください」
歴戦の戦士の顔を持つ老人は、立ち上がって笑みを浮かべる少女に思わずと言った感じてそう声をかけた。
「御冗談、を。あと少しだと、分かっています、よね?」
「で、ですが」
二人のやり取りは、一見ガーストーンがリダリーンを気遣うように周りには聞こえただろう。
だが実際は……。
「どういうことですかい旦那? わざとって」
「追い詰められているのは、あのガーストーンとやらだ」
再び始まる、二人の剣の応酬。
リダリーンの剣は鋭さを増すようにひらめく、が、その剣閃はいつものリダリーンのモノじゃない。彼女ならもっと正確に、もっと的確に相手の致命的な箇所に攻撃を加えられるだろう。
「くうっ!?」
ガーストーンは焦燥の混じった顔で、その剣を紙一重でかわして左手を振るう。ガスンッ、という音と共に、その拳が少女の顔面に叩きこまれ……。
「ああっ! ひでえっ!」
「もうやめてっ!」
もはやこの戦いを楽しんでいる観客は一人もいないのだろう。むごい、ひどい、あちこちから聞こえるそんな言葉に、けれど一番苦しい思いをしているのは、ガーストーン本人だ。
逆に、それこそこの戦いを楽しんでいるのは……。
「ふっ、ま、だ、です」
「こ、これ以上はマズいのでは!? ガーストーン様っ!?」
審判が本格的に焦っている。それはそうだ。何度も何度も倒れては立ち上がる少女は、一向に戦いを降りる気がない。最悪彼女を殺すことになるのではと。
「だ、旦那っ! 旦那から止めりゃあきっとリダリーンの姉御だって!」
「そ、そうですぜ! 流石にこれは止めねえとっ!」
「これ以上喰らう気なら、俺も止めるつもりだ」
「へっ!? い、いや旦那っ! あれじゃもう一発でも喰らったらっ!」
「もう、わざと喰らうつもりはないだろう」
俺の言葉にベーオウとガイゼルが驚いた、ちょうどそんなタイミングで。
「これならもう、大丈夫ですね」
ほとんど落ちている砂時計を見て、少女は場違いに笑みを浮かべる。
「では、いきますっ!」
バッと、再び風のように地を駆ける。
「やああああああああっ!」
「ッ!?」
踏み込みの質が、変わったな。
「はああああっ!」
「くっ!」
連撃が、明らかにこれまでより鋭さと速さを増した。ガギギギギギと、まるで掘削でも行っているかのような、凄まじい剣戟のラッシュ。
この技は……。
「お、おおおおおっ!」
「すげえっ! 何か知らねえけど今度は押してるぜ!」
「い、いけえリダリーン!」
周りもそれを感じ取り、ここぞとばかりに声を張り上げる。悪魔達もリダリーンの変わりように、これまでやられっぱなしだった少女の反撃に、思わず目を見張る。
「す、凄いっ! あれだけやられたってのに、どこにあんな力が」
「ガーストーン様と互角に渡り合ってる!」
周りは、俺達の仲間も悪魔も皆、一転した戦況に興奮を隠せない。
「す、凄い凄いっ! リダリーン! 今度こそいけるよ!」
「そうか! リダリーンの姉御はずっと相手の動きを見極めてたんだ!」
「おお! ならもう見切ったってことだな! 流石リダリーンの姉御だぜ!」
レッサーオークの何人かは盛大に勘違いしているな。見切るというなら、彼女は最初から見切ってたさ。
「だ、旦那。どういうことなんです?」
「そうだな……ガイゼル、この賭け試合のルールは?」
「え? ええと、あの砂時計が落ちきるまで、あのジジイと戦ってられたら金貨五枚って」
ああ、恐らくそれをそのままの意味でとったのだろう。
「倒れている間は攻撃を受けないのか?」
「まあそうみたいですね。あのジジイ倒れている間は一度も追撃しねえで……え!?」
「ま、まさかリダリーンの姉御、わざと殴られてたんですかい!?」
まあ、端的に言えばそういう事だ。
「ずっと剣を交えるより、ぶっ飛ばされてダウンしている方が効率よく時間を稼げると踏んだんだ」
正気の沙汰ではない。
あのナックルをはめた拳を、悪魔の力で繰り出される蹴りを、一体何発受けたというのか。
「そ、そんな……リダリーンの姉御、そんなに丈夫な体してるんですかい!?」
「丈夫なのは間違いないが、それ以上に、リダリーンは全ての攻撃を受け流している」
「へっ!?」
派手に吹っ飛ぶのを見れば、その衝撃の大きさは推し量れるだろう。
だがその衝撃はさらに地面を派手に転がることで、地面へと受け流されている。例えばトラックにひかれた人間はその時点では即死せずに、運動エネルギーを壁などに叩きつけられた瞬間に弾けさせて死ぬ。エネルギーは逃げ場を失くすと、その力を物体の破壊に変えるからだ。
逆にいえば、エネルギーを効率よく逃がせれば、致命傷にはならないのだ。
「拳の攻撃も、蹴りも、リダリーンに誘導されていた。最初は隙をついて有効打を与えたと思っていたガーストーンも、途中から全て計算されていたと気づいたはずだ」
一体、どれほど研鑽を積めばこんな真似ができるのか。
あのガーストーンだって間抜けじゃない。鋭く的確な剣の振りも、一瞬のスキをついて繰り出す強烈な拳も、蹴りも、全て一級品と言っていいだろう。駆け引きだって心得ているはずだ。
なのに……だというのに。
「うおおおっ!? あの技はまさか!」
「わああっ! いいぞいいぞー!」
「いけるー! 押し切っちゃえー!」
鋭さと速さが、臨界点を超える。
あの剣は、アンリの剣だ。
自在に剣を操り、その時の体勢に最も適した剣閃を、最適の一撃を、連打するという技。
四本の脚で可能なその技を、あろうことか二本の足で、それも……。
オリジナルを完全に凌駕する勢いで。
「ぐっ!? う、ぐああああっ!?」
ガーストーンはとうとう耐えきれなくなり、声をあげた。
彼は今、あの剣の嵐の中で何度も殺されているのだ。
今は首を跳ねられた。今は心臓をえぐられた。そんな一撃一撃を、けれどリダリーンはそうしない。適当に、遊ぶように彼の持つショートソードとナックルを剣で叩きつけて。
まるで、戦っているかのように見せかけて。
「やああああああっ!」
体勢を目まぐるしく変え、足を躍らせ、美しいとさえ形容できる連撃を繰り出し続ける。まるで舞うように、亜麻色の髪が荒野に煌めく。時々無邪気にほほ笑む彼女は……遊んでいるかのよう。
ガーストーンはもはや降参すらさせてもらえないだろう。彼女の筋書きに沿って動かなければ、死ぬ。動いても状況をひっくり返す事などできない。実力差が、ありすぎる。
ただひたすらに、命を握られたまま、踊らされている。
「……馬鹿者」
俺はそんな茶番劇に、ため息をつくしかできなかった。
「ミルキ・ヘーラ、すまない。さっきはああ言ったが、ありがたく使わせてもらう」
「……えっ、あ」
ずっと顔を青ざめさせていたミルキ・ヘーラが、俺の言葉にこちらを向き……びくりと身を震わせ。
「ベーオウ、この金でリダリーンの治療を頼んでおいてくれ。うちの医者に任せるわけにはいかん」
「へ、へい……旦那、その……手加減はしてやってくだせえ」
ベーオウも一瞬俺に怯えたように身を震わせるが、それでもしっかりと金貨を受け取り駆けて行った。
「……参り、ました」
俺がそうして目を離していたすきに、決着はついたようだ。
「す、すげええええええええっ!」
「あそこから勝っちまったぜ!」
「な、何者なのあの子!?」
「いや流石にガーストーン様が手加減したんだろ……まさか、なあ?」
あちこちで上がる歓声、驚き、どよめき。
その中心で、少女は老人の首に剣を突きつけて、微笑んでいた。
「時間ぴったりですね」
「……お見事です。その技量、感服しましたよ」
ガーストーンは、流石に歴戦の戦士を思わせるだけはある。こんなひどい茶番劇を、そんな彼女への賞賛で締めくくれるとは。
「しょ、勝者はなんと! 二刀流の美女、リダリーン! まさかのガーストーン様を下しての完全勝利だー! 何という不屈の闘志っ! 何という怒涛の連撃っ! 華麗に舞う姿は、まるで荒野の金の華だー!」
審判の、いや、実況も兼ねていたのか? そんな悪魔男の快活な賛辞に、リダリーンの頬もちょっと赤くなっている。
「あっ! 城主様!」
そうしてリダリーンは近づいてくる俺を見つけて、嬉しそうに声をあげた。
「やりましたよ! 金貨五枚です! どうぞ、城主様のお役に立ててください!」
そうか、その金は俺に捧げるつもりだったわけか。せめて自分のために戦ったのなら、まだ良かったものを。
「医者の不養生ここに極まれり、だな」
「あ、城主……様?」
さっきまで無邪気に嬉しそうにはしゃいでいた顔から、すっと血の気が引いていく。
全く、血の気が引く思いをしたのは俺達の方だ。
「治療を頼んだ。治してもらえ」
「え、あ、こ、これは、その、かすり傷で……た、たいした、ことは……」
言葉がどんどん勢いを失い、やがて止まると、彼女は震える声で尋ねる。
「あの、城主様……お、怒って、ますか?」
「ああ」
当然だ。
恐らくは彼女なりに色々と考えてのことだったのだろう。
正体を隠す、実力を隠す。相手は、まあ、俺の知ってるそれとはずいぶん違うが、それでも悪魔であることには変わりないのだ。俺もそれが一番いい手だと思う。
だがそれと、自身がボロボロになるのとでは話が変わる。
もし少しでも目測を見誤れば。少しでも予想外の事態が起これば。
完全に未来を見通すことができるわけじゃない。想定外は、いついかなる時だって、起こりうる。
その時代償を支払うのは、俺の愛しい……いや、俺達の愛しい少女だ。
そんな事、俺達の誰が望むというのか。
「無謀な真似をして怪我だらけになった事、そんな姿で皆にどれだけ心配をかけたのかという事、相手を侮った戦いをした事、何より手を抜いた事、色々あるが」
俺は周りに聞こえないよう小声で早口にまくし立ててから、一つ大きく息を吐いて。
「説教はまず、手当てをしてからだ」
すっかり青ざめてしまった、亜麻色の髪の美女に、そう告げた。
反省しないようなら引っぱたくくらいはしなければと覚悟していたが、その必要はなさそうだ。
死ぬほど手加減するつもりだったが、流石に俺も彼女自身の命にかかわることで、手を抜ける自信はなかったからな。
まあ、少し甘いかもしれんがこれで……。
「ごっ、ごめんなさいっ! 城主様っ!」
と、そんな俺の思考を、叫び声で彼女は遮って。
「つっ、次はもっとっ! 上手くやりますからっ!」
ざわっ、と、彼女の叫びに周囲が時を止める。
「だ、だから、捨てないでくださいっ!」
そんな言葉を大声で、皆が注目するその只中で、叫んだのだ。
「リダ、リーン、お前」
「じょ、城主様の望むとおりにしますっ! 何でもしますっ! 何でもしますからっ! で、ですからどうかっ!」
恥も外聞も、恐らくは演技もなく、ただただ怯えるように、少女は俺に縋りついてきた。
さっきまであんなに喜びにはしゃいでいたのだ。周りもまさかこうなるとは思っておらず、悪魔も俺達も、皆が息をのんでその様子を眺めるしかなかった。
ただ、彼女の目の前に立つ、俺以外は。
「リダリーン」
そうか……。
今まで見えなかった、リダリーンという少女が、少しだけ見えた気がした。
予測困難な戦いという舞台で踊り、そして俺に無茶をするなと言われてなお、もっとうまくやると平然と答える……恐らくはそれが可能なほどの実力と、その実力をつけるだけの、途方もない研鑽を積んできたであろう、少女。
全く、どんな世界で生きてきたんだ、お前は。そしてそれだけの実力がありながら、こんなに心に不安を抱えているという、何とも奇妙な矛盾。
……まあ、気持ちは分からなくはないさ。
どんなに力があろうと、怖いものがある、という気持ちはな。
「ど、どうかっ! どうか城主さっ」
「捨てる訳ないだろう。何言ってるんだ」
俺は努めて平静に、気軽に、何でもない日常の一コマのように声をかけ、彼女を抱きしめる。
柔らかい体から伝わる冷えた鼓動が、それで熱を取り戻していく。
彼女の心の一端。
そこに巣食って、今彼女を蝕む恐怖を。
「少しは、落ち着いたか?」
「あっ……」
その恐怖を、消しされるよう、温かさを込めて。
愛しい女を捨てる男がいるか。
今まで気づいてやれず、こんな不甲斐ない君主ですまないな。
「う……」
そこからは憑き物が落ちたかのように。
俺の胸で丸くなり、震えて嗚咽を漏らし始めた少女の、頭を撫でて。
妙なハプニングではあったが、とりあえずはそうしてその場を収めたのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会が来訪中
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