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黄金を得るより得難きもの



「待たせた」

 熱いシャワーを浴びてから、新しいシャツに袖を通す。

 鏡に映る赤い瞳と銀の髪が軽やかに揺れるのを眺めてから、俺は改めて、一階に降りてこの子オークと向き合っていた。


「だ、旦那、いやその、最初から知ってはいやしたが」

「ん?」

 一階のロビーで、この子オークは俺の姿に何度も目をぱちくりさせて。

「す、すげえ、綺麗っすね」

 そんな事を言うのだった。


「お前の主として相応しい格好になったか?」

「あ……その、ホント、俺にはもったいねえくらいでさあ」

 子オークは緊張しているのか、喉をごくりと鳴らすようにつばを飲み込む。まあ、コイツからしてみれば吸血鬼が正装して目の前に立つなんてのは生まれて初めてだろう。少しくらい気後れしても構わんさ。


 それにしても第一声が『綺麗』か……。


「お前の名を教えろ」

 そうして俺は尋ねる。


 オークの死体の散らばる、血にまみれたその場所で。


「あっしは、ベーオウ、といいやす」

「ベーオウ、最後の確認だ」

 血だまりを踏み越え、その男、ベーオウの前に立つ。


「俺はお前の仲間を殺した。それでも、俺に忠誠を誓えるか?」

 そう、綺麗なだけではない。足元に広がる血の海を見ろ。

 俺は吸血鬼。時に冷酷で、残虐なモンスターだ。

 お前たちに非があったとはいえ、俺が殺した命はもう戻らん。奴らは俺のように、再生しないのだから。


 それでもお前は……。


「奪うやつは、奪われるやつになる。立場が変わったからって恨みやしません。それぐらいの矜持は俺にもありやす。それに俺は最後の最後で、あいつらと死ぬより、あいつらを殺した旦那と生きる道を選びやした。ですから」

 ベーオウは、真っ直ぐに俺を見つめる。


「みっともなくとも最後まで、貫かなきゃ嘘になりやす」

「……いい答えだ」


 右の拳を突き出し、それをこの男の頭上に。


「認めようベーオウ。お前を仮の従者と」

 今こそ交わそう。吸血鬼の契約を。


「俺はお前を『付き従う者』と認め、お前の信頼に報いる。カイ・ブルーダラクの名の下に、ここに誓おう。俺と共に歩め」

 そう言って手から血を滴らせ、跪いたベーオウにかける。


 これが、ブルーダラク家に伝わる従者の儀式。

 吸血鬼の血を分け与えるのは『お前は俺の血と同じほどの価値あるものになれ』という意味が込められている。人間の言葉で言えば、血の洗礼、といったところか。


 まあ、これはあくまで『仮』だけれどな。


「へいっ! 最後まで旦那についていきやすっ!」

 ベーオウは顔から俺の血を滴らせ、仲間たちの死体の転がるこの場所で、しっかりと俺を見据えてそう答えた。


 ……ふむ、俺は中々にいい従者を得たのかもしれない。


 外見はみすぼらしいオークだとしても、俺はこいつの心の中に、煌めく宝石を見た。仲間を殺した俺にどこまで付き従えるのか。こいつの覚悟が、あるいはこれからの俺の行動を映す鏡となる。


 それはある意味、黄金を得るより得難きものを得たのだ。

 俺の歩む道は、こんな風にいつも血にまみれて曇ってしまうからな。


 この世界での最初の闘争で手にしたもの。

 俺の城と、そして、一人の従者。


「それでは早速聞こうか」

 随分と遠回りしてしまったが、今こそようやく、この世界に来てからの一歩を踏み出す時。


「ここは、何処だ?」


――


「あれが道しるべになる星です。いつでも北の空の中心を指してやす」

「この世界の北極星(ポーラスター)か」

 城の外でベーオウと夜空を見上げながら、俺はこの世界の地理やらなんやら、基本的な知識を身につけていく。


「もうすぐ繁茂期って呼ばれる季節で、夜明けの低い位置にあの星が来るとその合図でさあ。月が()()()欠けて見えれば、だいたい中ごろに差し掛かってるってな感じで」

 星空見上げながらあれがデネブアルタイルベガー、なんて、女の子とやるようなものだと思っていたんだがな。

 都会の宙と比べ物にならないくらいの星が瞬いて、それはもうロマンチックな雰囲気だというのに。


 ついでに長々とこんな話をするのもアレなので要約するが、今は初夏。

 ここは人間領、魔王領どちらからも離れた僻地の荒野。魔王なんているのかと聞いたら旦那は本当に違う世界から来たんですねとか言われた。

 ちなみにここが魔界かどうかは、ベーオウ曰く『魔界ってのは地獄の何丁目ですかい?』とのこと。まあ、これに関しては置いておこう。


「月が二つも、か。確かにここは地球じゃなさそうだ」

「旦那のいた世界は月が一つだったんですかい!?」

 ベーオウはそんな俺の言葉に驚く。驚きたいのはこっちだ。


 勝手が違うのは予想していたが……人間がいて暮らしていける程度なら環境は問題ないか?

 それよりも……。


「人間と魔王軍、この世界の主な勢力はこの二つで、大体の国はどちらかに所属していると」

「へえ。まあ、小さい村やそこらまではあっしも知りやせんけど。ちなみに俺たちみたいなハグレ者も、大抵どちらにも所属してやせん」

 ふむ、好都合、か。とりあえずはどちらの勢力からも攻め立てられることはないらしい。

 オーク達は城を占拠してから、全く平穏な日々を過ごしていたのだから。


 問題があるとすれば……。


「人間を襲えないことか」

 人間領が遠いという事は、人間がいないという事。

 つまり吸血鬼の俺からすれば割と死活問題だ。吸血鬼にとって一番血を得やすい相手が人間だからな。


「食いもんならまだ山ほどありやすが?」

「俺が言ったのは血を吸えないという話だ」


 しばらくは我慢できると思うが、吸血鬼にとっての血は食事以上に大切な意味を持つ。

 血を吸わなければ健康面だけでなく精神にも悪影響があるとさえ言われている。


「それに、また強制睡眠が来た時は……」

 俺の弱点は、どうあっても俺が一定期間無防備になってしまう。現実世界(あっち)では俺を守るための優秀な部下達がいたが、今俺を守ってくれそうなのは、この子オークのベーオウただ一人。心もとないにもほどがある。

 いっそのこと、誰とも敵対しない立地なら、静かに暮らすという選択肢も……。


「こっちの世界に骨を埋める覚悟なら、だが」

「旦那?」

「……いや、独り言だ」


 何にせよ、今は分からないことが多すぎる。


 何故俺だけがこの世界に来たのか。

 何の定めで、何の因果で、俺は今、異世界の星空を眺めているのか。


「城はあるのに王様一人、か。滑稽だ」

 振り返れば、人間の世界に溶け込ませるために作った、高級マンションのような外観の城が星空と荒野の世界でただただ浮いていた。


「……いや、一人では、ないか」

「旦那?」

「ベーオウ、明日から早速働いてもらうぞ」

 分からないことだらけだろうと、一歩踏み出した以上、俺には進むしか道はない。


「へいっ! まずは、何をするんですかい?」

「決まっている」

 俺は、夜風を浴びながら、煌めく星の下で告げる。


「まずは地固めだ」


――


 次の日。

 昨日の星空に負けず劣らずの清々しい青空に迎えられ、俺は快適な朝を迎えていた。


 そう、自分で殺したオークの死体を担ぎながら。


「これで、全員か?」

「へい。しかし旦那、いいんですかい?」

 ベーオウは俺に付き従い、掘った穴に仲間を丁寧に並べていく。


「俺たちゃあ旦那の敵だったっていうのに、こんなに手厚く葬ってもらって」

 手厚いも何も、穴を掘って埋めているだけだ。

「この世界では、敵対した相手にはどうするんだ?」

「見せしめに首だけ杭に突き刺して並べたり、ですかね?」

 思っていたより物騒な世界だな。


「俺のいた世界には『死ねば仏』という思想もある。死者を侮ったりはしない」

 尤も人間の言葉だし、肝心の俺の部下達にはついぞ伝わらなかった精神だが。

「火葬、はしないんだったな」

「へい」

「埋めるぞ」


 オーク達百七十五人の亡骸を埋め、その上に彼らの武器であるあのチキンこん棒を突き立てていく。

 墓としては最低限のモノしかないが、これで成仏してくれ。


「……旦那がとんでもない吸血鬼で助かりやした。この荒れ地で土が耕せるほど穴掘ってくれたおかげですぜ」

 ベーオウは俺に降伏した時のように体を地面になげうち、額を彼らの埋められた地につける。俺が聞こえないくらいの声で、何か呟きながら。


 こういうのは聞かない方がいいのだろう。


「大したことはしていない。ステップする要領で地面を踏み砕いて回るだけだ」

「旦那、誰が聞いてもそりゃあ……ああいや」

 ベーオウは何か言いたげに頭を抱えたが、その先を口にする代わりに……。

「感謝しやす」

 一言、そういった。


 本当に変わったやつだ。そのオーク達を殺した相手に礼を言うなんて。


「……お前の親も、いたのか?」

「へ? 親?」

 作業を終え、俺たちは城に入りつつそんな会話を続ける。


「いやいや、俺は……あー、成程」

「ん?」

「旦那、俺はあいつらとは種族がそもそも違いやす」

 な、何?


「俺は【レッサーオーク】でさあ。この体で成人してやす」

「……え!?」


 ちょ、ちょっと待て待て。


「お前、オークの子供じゃ」

「違いやすよ。俺ももう16でさあ。そもそも俺達オークにゃ親が誰かなんていうのはないんですよ」

「い、いや、何を言って……生物として誰かからは生まれているはずだろう?」

 まさかゲームみたいにどこかから湧いて出るとか? いやいやまさか。


「母親はさらってきた女の誰かで、父親はまあ、大勢いるオーク達の誰かでしょうね。オークにゃ男しか生まれませんで」

 うわあ……。


「なら、あの中でレッサーオークがお前ひとりだったのは?」

「一人じゃありやせん。残りは全員逃げやしたよ。旦那をあの部屋へ誘い込んだ時に」

 ……ほう?


「お前、あのどさくさに紛れて仲間を()()()()のか?」

「あー……いやその、すいやせん、その通りです」

 城の放送室に向かう途中、気配が分散するのには気づいた。てっきり挟み撃ちでも狙っているのかと思えば、ただ単に俺をおびき寄せてその隙に逃げ出していたのか。


 思い返してみれば、放送もベーオウの声だった気がする。あの部屋で唯一の非戦闘員といってもいい存在だ。

 ベーオウは、そこで逃げる道もあったのだ。


「あの時の戦闘の作戦も、お前が?」

「いやあ、作戦って程のモノじゃねえですよ。つええ奴ほど周りをよく見ていやすから、どれかには引っかかってくれるかと」

「……」

「だ、旦那?」


 ひょっとしてコイツ、中々に賢い?


 オークだからという訳じゃないが、こうちょくちょく頭が回るというのは、何というか意外というか……。学がある訳でもなさそうだし、切れ者、という事なのか?


「逃げたという、ええと、レッサーオークは何人だ?」

「ざっと五十人程度ですかね」

 結構な数だな。

「あ、あの、旦那? 怒ってやすか?」

「いいや」

 仲間を守ろうと『わざと囮になった』男を、怒るはずもない。


「だが、残しておけばよかったと後悔するぞ。お互いな」

「へ?」

 死者を弔ったわけだが、まだ終わりじゃない。むしろここからが本番だ。


「大掃除の開始だ」



<現在の勢力状況>

部下:なし

従者:ベーオウ(仮)

同盟:なし

従属:なし


備考:【レッサーオーク】について

・レッサーオークはオークの下位種として名付けられた。通常のオークより一回り以上体が小さく、その大きさからゴブリンと間違われることもある。しかし体格的に劣っているものの筋肉の密度は非常に高く、大抵は別のオークの集団と共生している。そのためか大柄なオークの弱点を補う動きをするので非常に厄介な存在である。繁殖力も他のオークと同等かそれ以上のため、村の周辺や街の近くに集落を作られないよう注意が必要である。





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