対立と、秘密
「あと七日ってところですかね」
七日……って、そんなに猶予が無いのか。
「あいつらは基本村ごと移動しながら草を食ってたようですが、ここに定住するようになってからは文字通り根こそぎ食い荒らしてやすから」
城の周りで、今も上半身を折り曲げて直に草を食む古ゴート族を眺めながら、呟くベーオウ。
「このエロい光景も、もうすぐ見れなくなりやすよ」
「……すまん、何言ってるかちょっと分からん」
「ほら旦那、あの口元に俺たちのナニがあると想像してみてくだせえ」
やめろ、分かった、分かったから。ちょっと分かってしまった自分が悔しい。
「何にせよこのままでは……彼女たちの食糧が尽きるか」
まず差し迫っての問題が、これだ。
ベーオウの言葉通り、もうすぐ古ゴート族の食糧が尽きる。
彼女たちは主に草などの植物を食べて生きている。一応肉もつまむ程度には食べられるが、好みではないらしい。まあヤギを想像してもらえば分かるだろう。
で、困った事に食性もそのヤギそのものだ。とにかく手当たり次第に周りの草を食いつくして回る。ついでとばかりに根っこごと。
よくヤギがその土地の植生を変えるというが、その通り彼女たちは加減を知らず……。
「だって、いつ食べられなくなるか分からないじゃないですか」
だ、そうだ。
俺たちの話を聞いていたのか、コココっと軽快に近づく音。澄み渡る青空をバックに、短めに後ろで結んだ髪を快活に揺らしてアンリは駆ける。
「だから、食べられるときに沢山食べておかないと」
「いや、このままではこの一帯から草が消えて何も食べられなくなるぞ?」
「……なら尚更、今食べておくべきでは?」
この堂々巡りである。
「旦那。古ゴート族はあんま頭がよくねえみてえですから、言うだけ無駄ですぜ」
「なっ!? 何よその言い方っ! だいたいベーオウさん、ちょっとカイ様にべったりすぎじゃない!?」
アンリはこちらこそ納得がいかないとばかりにまくし立てる。
「それにさっきから視線がやらしーんですけどっ! 安心して草が食べられないじゃない!」
「むしゃむしゃ食ってたじゃねえか! それにやらしー事なら旦那だって考えてたぜ?」
えちょ……ちょっと待て! 卑怯だぞベーオウ!
「カイ様になら、その、いくら見られても……」
「ッ……!」
「そ、そんな死ぬほど悔しそうな顔するな」
思いのほかダメージを負ってしまったベーオウをなだめつつ、俺はもう一つの課題にも頭を悩ませる。
そう、今俺達の間に横たわるこの大きな溝について。
「言っておくけれどみんなそう思ってるんだからねっ! 草食べてる間ずっと見られてて、緊張してちょっとしか草が食べられないのよっ!?」
その草を食いつくしそうな現状を考えると、あまり悪いようには感じないな。
「あんだと言わせておきゃあっ! 手も出してねえのに何言ってんだよっ!」
「て、手なんて出したら許さないからねっ!? 出していいのはカイ様だけよっ!」
「旦那ぁっ! やっぱ代わってくだせぇっ!」
その……なんかすまないなベーオウ。
「二人ともそのくらいにしないか」
俺は二人をそうやってなだめるが、この言い争い自体何度もあった事だ。
アンリの後ろには、いつの間にか無言でベーオウに警戒の目を向ける古ゴート族が。
ベーオウの後ろには、歯噛みするようにアンリを眺めるレッサーオーク達が集まってきていた。
これはいわば、二人を表に立たせての代理戦争なのだ。
「お互い不満があるのは分かるが、仲良くしてくれ」
「は、はい……カイ様がそういうなら」
「へい」
お互い納得はしていないのだろうが、ひとまずはとげとげした雰囲気を収める。まあ実際何も問題は解決していないのだ。当然だろう。
「じゃあ、私は凍期の服作りを進めるので。カイ様、温かくてふわふわな服をご用意いたしますので、楽しみにしていてください」
離れ際に俺ににっこり微笑み、返す刀でベーオウに不敵な笑みを送ってアンリ達は去っていった。
「ちっ、旦那にはあきれるほど媚びる癖に。ちったあ俺達にも欠片でもいいから愛想よくしてみやがれ。してくだせえ」
「本音が漏れてるぞ」
憎まれ口を叩きつつもどこか隙を作っているあたりが可愛いものだ。まあそれは恐らく、向こうも同じだと思うが……。
「じゃあ俺たちは狩りにいってきやす」
「俺も行かなくていいのか」
「へえ。大物じゃなくて軽い獲物と採集狙いですんで。それに旦那を引っ張りまわしちゃまた噛みつかれかねねえんで」
「へへへっ、あの口で噛んでもらえるならいいじゃねえか」
「それならいっそ俺達からも噛みかえしてやりてぇなあ! たわわに育った部分をよおっ!」
「はははっ! そりゃあいいっ!」
ゲラゲラと笑うレッサーオーク達。こいつらは相変わらずだ。まあ、愛すべき馬鹿というのか、何というのか。
「へへ、旦那も吸血鬼なんですから、胸に実った果実に牙を立てたくなったりするんじゃねえんですか?」
「おお、旦那! あの口うるさい口も黙らせてやってくださいよっ!」
「むしろキャンキャン喘ぎまくるだけだろそれ!」
「ちげえねえっ!」
ギャハハハハ、と黙って聞いてれば本当にポコポコそういう話題が尽きないものだな。ある意味感心するぞ。
まあ俺も吸血鬼としてアンリの白く健康的な肌に牙を突き立てたく……って、いかんいかん。
「旦那相手ならあいつもアンアン言いながら」
「そのくらいにしておけ」
バギバギバギ、と指の骨をわざとらしく鳴らすと、それでレッサーオーク達はしーんと静まり返る。うん、物分かりがよくて俺は嬉しいぞ。
「前にも言ったが、手出しは禁止だ」
「へ、へい……」
すっかり委縮してしまったが、それでもこれから狩りに行くのだと気持ちを切り替えて彼らは出かけて行った。
さて、何とかしなければな。
「ベーオウさん達、またバンブラーの森ですか?」
「ああ」
繁茂期は草が生い茂るだけでなく、そこから連鎖して様々な生き物にとっての実りある時期らしいからな。
「ティキュラもついて行きたかったか? この時期は鳥も取りやすいらしいが」
ラミアといえば鳥やネズミなどの小動物が主食というし、ティキュラもきっと好きなのだろう。そう思って俺の隣まで這い寄ってきた少女を見る。
そういえば、俺はティキュラが食事をしている所を見たことがないな……。
「あっ、あー! え、えと……今日は、そんな気分じゃなくて」
そんなティキュラだが、何故か、俺から顔を逸らすように明後日の方向を向く。
「そ、それよりカイさんはどうなんですか!?」
「ん?」
「お、女の子の体に牙、とか……つ、突き立てたくなるんですか?」
何だ、聞いていたのか。
「あ、いや、そのっ! た、食べるってその、カイさんの好みもあると思いますけどっ! ああじゃなくって何言ってるんだろ私っ」
そういってしどろもどろに頬を染める。どこかアダルトな空気を感じたのか、それともただ単に自分を食べてと言っているようで恥ずかしかったのか。
そんなちょっとした墓穴を掘ってはまっている姿は、まあ、可愛いわけで。
「食べてしまおうか」
「えっ、ああそうで……へ?」
「ちょうど誰もいなくなったしな」
だからこうしてからかいたくもなる。
アンリ達は離れたし、ベーオウ達は狩りに出かけた。怖い吸血鬼を止めるものは、もう何もないぞ?
「えっ!? ちょちょっ!? わっ、わっ! え、嘘っ!? わ、わたっ!」
顔を真っ赤にして体を縮こませる姿に、思わず吹き出してしまいそうになる。その頭にポンと手を乗せながら、気づかれないように一つため息。
そう、最後に残るのは、やはりこの問題だよな。
「え? か、カイさん?」
「冗談だ」
「え……あああっ!? ちょ、くあああああうっ!」
頭をちょっと乱暴に撫でつつ、うーうーうなるティキュラの声を聴きながら、やはり再度何とかしなければと思うのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名
従者:ベーオウ(仮)
同盟:なし
従属:なし
備考:古ゴート族とレッサーオーク達が対立中
:ティキュラの挙動がおかしい(?)
:カイの問題(?)
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