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酔えない吸血鬼



 それから二日。

 大掃除もあらかた済んで、俺達はようやく落ち着ける時間を取ることができた。


「いやー、大変でしたね旦那」

「七割がたお前たちのせいだからな?」

 オーク達がもっとお行儀よく過ごしていればこうはならなかったんだぞ?


 まあ残りの三割は俺のせいだけれど。


「にしても旦那。こんなにデカい城、前は一体何人暮らしてたんですかい?」

 ベーオウと俺は外のちょうどいいサイズの石に腰掛けながら、そんな話をする。

「大体四千人前後だ」

「よん……いや、すげえっすね」

 ベーオウは絶句しているが、人間と戦う事を考えれば全然足りないくらいだ。まあ吸血鬼一人で武装した人間達数十人と戦えるから、無茶ではないんだが。


「お前たちも部屋を使っていいぞ。空き部屋はいくらでもある」

「え、部屋? ですかい? それって扉で仕切られた中のことですよね?」

 ん? 何か独特な言い回しだな。


「いやあ、俺達オークは基本集団で過ごすんで。一人でいたり、狭い場所に大勢でかたまると落ち着かねえんですよ」

 ははあ、成程そういう訳か。

「なら広い部屋を作ってやる。どのくらいがいい?」

「……へ? 作る?」

「カイさーん! ベーオウさーん!」

 と、そんな中元気な声が割って入る。


「お疲れ様です。これ、どうぞ」

 シュルシュルという音を立てながら近づいてきて、ラミアガールのティキュラは灰色のコップを二つ差し出した。


「おー! 助かるぜ嬢ちゃん」

「えへへー」

 褒められたのが嬉しいのか、ティキュラはちょっとだけ頬を赤らめる。褐色の肌にほんのり浮かぶ赤が、荒野に沈む夕日を連想させた。


「カイさんも、どうぞっ!」

 元気よく差し出されたコップを受け取り……コップは土を焼いて固めたものか。土器というほど原始的ではない。灰色の地に釉薬を塗っているのか光沢もある。人間の使う茶碗、に近いものか?


「ああ」

 ティキュラの小さな手からソレを受け取る。透明な中身を見るに、恐らくはまあ水だろう。そんな先入観で口にすると……。


「ッ!」

「かぁー、うめえな! 何だ酒も持ってきてたのか」

 ベーオウの言葉の通りだ。


「これは……酒?」

「はい? そうですけれど」


 驚いた。てっきり城の水道から汲んできた水だとばかり。


 ああ、そうそう。こんな世界でもちゃんと上下水道は使えるんだ。城の設備で雨を溜めたり空気中の水分を集めるなどで生活用水を確保している。下水処理も自前でできるのだ。人間と対立してインフラを切られたとしても安心だ。


 対人間用の設備類がこんな所で役に立ってくれるとは……。


「あ、あの……お口に合いませんでしたか?」

 そんな思考を遮るように、不安げな声が。


「ああいや、すまない」

 突然のことで混乱したが、味が悪かったわけじゃない。いやむしろ……。


「すごく、美味いな」

「ほ、ホントですか!?」

 ティキュラは興奮しているのかブンブン尻尾を振っている。何だそれ犬みたいで可愛い、とはさすがに本人には言わないが。


 というか、本当に美味い。別にさっきのは世辞でもなんでもない。うちに置いてある高級酒と比べても見劣りするどころか、いや、ひょっとするとそれ以上に……。


 するっと飲めて、どこかピリリと辛いもののそれが全然苦にならない。すっきりとしていて、最後にほんのりと甘みを感じさせる。それがまた気持ちよくて、ついつい次が欲しくなる。


「えへへっ、また作りますねっ!」

 ティキュラはそんな様子の俺を見て、嬉しそうに微笑む。

「また……作る?」

「はいっ!」

 ふむ、酒は自家製なのか。


 酒は確か、酵母と発酵させる物と適した環境があれば誰でもできると聞いたな。なので人間は醸造業には酒税をかけて国家の収入源にしているらしいが、この世界ではどうなのだろう?


 近代国家のような仕組みが整ってなければ、いずれはこれで商売をする道も……。


「カイさん?」

「ああいや、何でもない」

 いや、今はいいか。

 今はただ、ティキュラがくれたこの美味い酒に舌鼓を打とう。


 女と酒を愛さぬものは一生を阿呆で過ごす、だ。


 ……はて、人間の誰の言葉だったか。


「えへへ、カイさん」

 しゅるり、と衣擦れのような足音を立て、その少女は傍による。


「どうです? 酔っちゃいましたか?」

 ニコニコと這い寄る甘い声。頬を染め、まるで彼女の方こそ酔っているかのようだ。

 幼い外見に見合わず、その瞳は潤み、妖艶に俺を誘う。そんなティキュラの湖面のような美しい瞳を肴に一杯やるのは、中々に風流のような気がした。


「酔わせたかったのか?」

「ッ!?」

 髪を人差し指の先でつまんでやると、少女の顔はまた更に赤みを増した。だんだんと妖艶な顔が崩れていき、やがて恥ずかしさで固まる少女の顔が浮かぶ。


 ……ティキュラは時々こんな風に大胆に迫ってくるが、基本的には少女が背伸びをしているだけなので、ちょっとからかってやると割とぼろが出る。こういう所が逆に男としては可愛いとも思うのだけれどな。


 ついでにいうと俺は酔えない。無限再生の余波なのか、アルコールがいくら回ろうともすぐに回復してしまう。まあ、そんな無粋な事は今は言わないが。


「……ッ!」

 ついでにベーオウがもの凄い悔しそうな顔してるから、ティキュラをからかうのはこのくらいにしておくか。


「カイさまー!」

 と、そんな中俺を呼ぶ声が。一人の古ゴート族がコココっと軽快に蹄を鳴らして駆けてくる。


「そ、そのっ、すいません、ちょっと、お風呂場まで来ていただけないでしょうか?」

「ん? 何かトラブルか?」

 その子は慌てながら、半分くらいは申し訳なさそうにしながら切り出す。


「あの、お風呂場で水が止まらなくなってしまって」

「ああ。なら俺が見てきやすよ旦那」

「……待て」

 さっと自然に名乗り出たベーオウに、俺は待ったをかける。

 何でって……ほら、まあ、なんとなく。


「何ですかい旦那? ちょいと裸を見てくるだけですが」

 ほらやっぱり。


「せめて本音を隠せ」

「ちょいと様子を見てくるだけですが」

「……すまん、隠してもやっぱり駄目だ」

 思わずため息をついてしまう。


「襲うなと言っただろう?」

「え、裸を見てくるだけですよ?」

「アウトだ」

 一度ベーオウとは、女性の権利についてきちんと話し合わなければいけないな。


「旦那は見たくねえんですかい? 古ゴート族の奴らの裸」

 それは……まあ。

「一緒に行きやしょう。向こうが旦那を呼んでるんですから、何も問題はねえですぜ」

 うん、それは……そう、確かにそうだが。

「あいつらが裸の楽園に俺達を招待したんでさあ。じゃあ旦那は? 行くんですか? 行かねえんですか?」

「……行く」

「ちょっとー」

 ノリに押し負けていると、そんな俺をたしなめるように声が。


「女の子の前で堂々と覗きに行こうとしないでくださいよ」

 今度はティキュラがため息をつく番だった。


 まあ、何はともあれ行ってみないと始まらないだろう。


 俺達は早速風呂場へと向かう。

今日はまだ続けて連投したいと思います。

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