託された命運
「困るんだよなあ」
そんな一言が俺を呼び止めたのは、小屋を出てすぐだった。
「俺、まだちゃーんと遊べてねえんだよ。だから独り占めなんてされるとなあ」
「お前が、親玉か」
そいつは俺を、待っていたようだ。
着崩したシャツと革のズボン、土で薄汚れたダークグリーンの外套を纏い、その男は癖の強い黒髪を弄ぶ。
「赤い瞳……あんた、吸血鬼か? こりゃまた随分おキレイな野郎だ」
年齢は二十代後半くらいだろうか。百八十を超える身長とがっしりとしたガタイ。成程悪党の親玉に相応しい風格の、彫りのあるやせ狼を思わせる顔。
その男が半笑いを浮かべながら、担いだ獲物でトントンと自分の肩を叩く。
「何しに来たか知らんが、もう終わった後だぜ? ここはもう俺たちの縄張りだ。今更、吸血鬼と事を構えたくなんてないんだよ」
その獲物……一見すると槍だが、違う。木製の杖の先に片刃の剣が取り付けられ、その上には筒状の何か。筒の後ろには宝石? いや、クリスタルのようなモノが括りつけられている。
魔法の触媒、にしては妙な意匠だ。
これが例の『鉄槍』か?
「穏便に済ませられないものかねえ」
男がそう言って笑う、直後……。
飛び込む殺気、そして背後から飛来する『何か』に、俺は迷うことなく反応した。
「げっ!? こいつ!」
「素手で止めやがったっ!?」
背後に、まあ、気配で何となく気づいてはいたが、建物の陰に潜んでいた二人は奇襲が失敗するとはみじんも思っていなかったようだ。
手で掴んだのは、二本の、長い銀の針。
「おー! やるねえ吸血鬼」
「……奇遇だな」
「ん?」
掴んだ針、長さ20センチ程のそれを手のひらで弄びながら、俺も言葉を返してやる。悪びれもせずだまし討ちを決めた親玉に。
「俺も穏便に済ますつもりはなかったんだ」
「ぎゃっ!?」
「げっ!」
針を、俺を撃った二人の眉間へと放って。
「……いいねえ。こちとら準勇者を辞めてから、久しぶりの吸血鬼狩りだぜ」
準勇者?
「野郎ども! 全員で可愛がってやるとしようぜ!」
この男の言葉で、家の陰に隠れていたやつらが続々と姿を現す。ざっと四十人ばかり、どいつもこいつも皆あの奇妙な槍を構えて。
成程。先ほどの銀の針を飛ばしたのはあれか。
先につけられた片刃の剣といい、現実世界の銃剣を思わせる。
だが弾速は拳銃よりはるかに速い。近いとすれば狙撃銃か。その速度で、およそ20センチもの針を飛ばしてくるとは。火薬の代わりに恐らくは魔法を使っているのだろう。引き金を引く動作すら必要としないようだ。
面白い。
人間が、銀の弾丸を手に吸血鬼を殺しにくるか。
「教えてやる」
聞きたいことはあるが、まずはそう。
「吸血鬼に牙をむく人間の、末路をな」
そうして戦いの火ぶたは、切って落とされた。
――
「うっ、ううううぅっ! うえええんっ!」
「もう大丈夫。もう大丈夫だよ、アンリ」
旦那が出ていった小屋の中で、二人の少女は抱き合っていた。
人間どもの血にまみれたその場所で、そこだけがいつか見た絵画の中から切り取ったかのように、俺の目には神々しく映った。
ああ、成程。旦那のいう『誇り』をもって生きていると、こういう光景に出くわせたりするらしい。上半身裸の娘が、年下の少女とくんずほぐれつする中で、そこそこに実った胸が潰されたりこぼれそうになったりするさまは、何ともいえねえ良さがあって……。
「あ、あの、ベーオウさん」
「ん?」
「ちょ、ちょっと視線がやらしーんですけど」
おいおい、手を出してないってのに文句を言われるとは思わなかったぜ。
「ティキュラ、どうし……ひっ!? ご、ゴブリン!?」
「レッサーオークだ! あんなのと一緒にしねえでくれや」
思わぬ侮辱にため息をつく。っていうかこの古ゴート族の娘……アンリ、だったか。さっきまでのやり取り、聞いてなかったのか?
「あ、あのお方……あのお方は?」
アンリはまるで熱に浮かされたように視線を彷徨わせる。あのお方、とは、どうやら旦那の事らしい。
「カイさんは今、外の人間と戦ってる。ねえアンリ、アンリと一緒に戦ってた他の仲間は?」
「あ……」
ティキュラの嬢ちゃんの言葉に、アンリは寂しそうに黙って首を振った。まあ、分かっちゃいたことだが。
「ティキュラの方は? 皆、逃げられたの?」
「ん? 皆だぁ? どういうことだ嬢ちゃん」
「あ、ええと、その……」
俺の質問にティキュラの嬢ちゃんはバツが悪そうに目を背ける。
……ははあ、コイツ、仲間を隠してやがったか。
事情が呑み込めてねえアンリに、ティキュラの嬢ちゃんは改めて笑みを浮かべて。
「うん、きっと皆無事だよ。あ、あの、その、ベーオウさん」
「あん?」
「そ、その、他の皆は……えと、見逃してもらいたいって」
「そういうのは旦那に聞きな」
俺達オークが見つけた時には、既に仲間たちと逃げた後ってワケか。確かに一人でいるところを見つけた時は妙だと思ったが……。
この嬢ちゃん、さては自分から囮になりに来たな。
俺や旦那に黙っていたのは、知れば交渉の材料にされるからか。仲間たちの血も寄越せとか、女は全員その身を差し出せ、とかな。
それくらい、こっちは要求して当然なんだが。
「ティキュラの嬢ちゃんが隠してたのは……他の古ゴート族かい?」
「は、はい」
「女か?」
「うっ、そ、その……女、子供です」
戦いに向かない女子供を逃がしてたってか。まあ、俺達オークなら喜んで女全員頂くところなんだが……。
「旦那なら……ああ、そうだな、潤いにされるかもな」
「う、潤い!?」
「ち、血をお捧げしろって事!?」
一気に顔を真っ青にさせる二人を、ちょっと悪いが愉快な気分で眺めさせてもらった。
ま、俺だって騙されていたんだから、これくらいの仕返しはいいだろう。
「……まるっきり、手遅れだったわけじゃねえってことか」
救えた命は一つじゃねえ。旦那、俺たちゃちゃんと、間に合ってたみたいですぜ。
「頼んますよ、旦那」
旦那の肩には、そいつらの命運もかかっているんですから。
<現在の勢力状況>
部下:なし
従者:ベーオウ(仮)
同盟:なし
従属:なし
備考:ラミア(?)ガールのティキュラと、彼女の仲間を助ける契約中
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