裸のケモノと血濡れの吸血鬼
俺は茂みからひょいと飛び降り、そのまま声のした小屋まで足早に向かう。
「な、何だお前!?」
「てめえ、何しにきやがった!」
すぐに俺の進路を遮るように三人の人間が立ちはだかる。粗野な印象の、革鎧と短剣を持っただけの軽装の男達だ。
「どけ。殺されたくなければ」
「はあ? ふざけるなよてめえっ! 俺らに盾突っ」
意志は確認したので、黙らせるために裏拳で払うように男の首をへし折った。
「なっ!? て、てめえこっ」
かかってくるのが遅いもう一人は、こちらから間合いを一息で詰めてやり、手刀で革鎧ごと腹を裂く。
「あっ!? へっ!? ひ、ひいいいいっ!?」
最後の一人は……ああ、まあいい。この様子じゃもう放っておいても害はあるまい。
あちこちで、まだ何が起きたのか把握しきれていない人間たちがざわめいている。
そんなものは当然無視し、俺は小屋の前に来て……遠慮なくドアをけ破った。
「っ!? な、何っ!?」
「なんだ! お前っ!」
家の中には先ほどと同じようないで立ちの男が四人。そして恐らく……。
「君が、アンリか」
奥の、シーツを敷いた床に一人、震えてうずくまる少女の姿があった。
話に聞いていたように、下半身はこげ茶と白の体毛に覆われたヤギそのものだ。だががっしりしたケンタウロスというイメージと違い随分と小柄だ。大人一人を乗せるほど大きくなく、子供が乗れるかどうかという所だろう。
上半身もどちらかといえば細身で、歳は人間でいえば十五、六くらいか。女性らしい柔らかい曲線を描く体。体毛と同じこげ茶色のポニーテールで結ばれた髪を追うように、後ろ向きに半月状のヤギの角が伸びている。
顔つきはどちらかといえば凛々しい感じ。揺れる瞳は、本来ならもっと豊かな感情を讃えていたのだろうが、今は恐怖と絶望にくすんでいる。
整った顔立ちだが、口元からは血が垂れた跡が。殴られたのか、あちこちに痛々しい痣も。
そして彼女もまた、当然のように裸だった。
「……似たような光景を見たばかりだ」
「あん?」
「お前たち、ひょっとしてオークの仲間なのか?」
男たちは一瞬あっけにとられたようだが、すぐに顔を見合わせて笑いとばす。
「おいおい、バカにしてんのか? 俺たちがあの薄汚ねえオークだと!?」
「違うなら、男四人でいたいけな少女を囲んで何をしていた?」
俺の言っていることを理解したのかどうなのか、それでも男たちは下卑た笑みを浮かべる。
「人間様がそんな低俗なことするかよ! いたいけな少女? こいつは『家畜』だぜ!?」
「ゴート族、こいつらの乳はそこそこ栄養があるからな。だからちゃーんと母乳が出るように『仕込んで』やろうってなあ!」
言いながら、男たちはじりじりと俺を囲う。腰から短剣や斧などそれぞれが獲物を抜いて。
「へへっ! 下半身は化け物でも、上半身は可愛がってやる価値はあるからな。生かしてもらってんだから感謝してもらわねえとなあ」
「人間様に使っていただけるだけありがたいと思えってな!」
「……成程、これは失言だった」
俺はため息を一つついて振り向く。
「オークに失礼だったな」
俺の後ろに並ぶ二人に。
「いや、俺も綺麗な生き方なんかしちゃいねえですよ。ただまあ、旦那が言ってた『誇り』ってやつも、なんとなく理解できた気がしやす」
「なっ、本物の、オーク!?」
「俺たちゃあこいつらと違って『いい女』しか抱いた覚えがありやせんからね」
ベーオウはそう言って、どこか誇らしげに胸を張る。
確かオークという種には女性はいないんだったな。だから多種族の女性を襲うという厄介極まりない繁殖方法を持つが、それ故に多種族に対する偏見も薄いようだ。
そんなベーオウの目から、こいつらはさぞ滑稽に映るのだろう。自分たちが抱く女を『化け物』だの『家畜』だのと罵る輩は。
美学など人それぞれだな。
「っ、せ、ない……」
そして聞こえてきたのは、静かな怒り。
ああ、そうだな。彼女は同じ女性であり、モンスターであり……当然こんな身勝手な連中を、許せるはずもないだろう。
彼女、そう、ティキュラは自らの身を差し出す覚悟までして友人を、助けにきたのだから。
「許せないッ!」
「ちっ! 化け物どもが何匹いようがっ!」
ん? 俺がどう思うかか?
「殺し……」
飛び込んできた男の耳障りな声を、首を跳ねて黙らせるといくらか気分も良くなる。
まあ、そういうわけで俺も二人と同意見だ。
「吸血鬼の美学からしても、あり得んからな」
「こっ、こいつっ!? 吸血鬼!?」
「舐めるなよこのば……」
けもの、とでも言うつもりだったのだろう。適当に蹴りを入れたら、そいつは二つに千切れた。
「ひっ!? こ、こいつっ!?」
残った二人のうち、一人は恐らく戦意を喪失した。だがもう一人は……。
「油断したなっ! 馬鹿めがっ!」
言葉より先にまばゆい光が足元から湧き上がる。男は手をかざし、その先から目には見えない超常の力を解き放ってくる。
それは、かつて世界に満ちていたという『神秘の光』。
……驚いたな。使える人間を見る機会は、現実世界ではそう多くない。
「旦那っ!? くっ! こいつ魔法をっ!」
「はははっ、捕らえたぞっ! これで後、は……」
俺は光の輪から……恐らくはこいつの言葉からして何かしら動きを制限する類の魔法だったのだろう。その輪から何の問題もなく抜け出て、魔法を使った男の前まで歩いていく。
「ば、かな!? 貴様、何故……魔法が効か」
「さてな」
男の胸を突いて心臓を、一握り。
それで目の前の男は動かなくなった。
「……俺も知りたいくらいだ」
別に答えるのが億劫だったわけではない。生憎本当に知らないのだ。この体質は、生まれつきなのだからな。
全ての魔法、神秘の力を有無を言わさず打ち消す『魔法耐性』。
こいつは一見すると非常に便利と思うかもしれないが、この力は厄介なことに自分で使う魔法すら打ち消してしまう。おかげで小さい頃は『魔法の才能のない子』扱いだったんだぞ。強制睡眠の体質と合わせて病弱っ子だと思われてたし。
次期当主は魔法も使えない貧弱な出来損ない、なんて言われてた頃もあったな。あの時は色々と大変だった。そして何より無視できないデメリットは……。
まあその話はあとだ。俺は今も震えている少女、アンリの元へ近づいていく。
「ッ!? ひっ……」
自分も殺されるとでも思ったのか、びくりと身を震わせて後ずさりしようとする。が、どうやら足を縛られているようで、彼女はその場から動けない。
やれやれ、少しショックだ。これでも俺は君を助けに来たんだが。
俺は何も言わずに彼女の傍にしゃがみこんで、足を縛る縄をちぎってやる。
「あ……」
彼女はようやく、その怯えた瞳に光を灯らせて……。
「アンリィぃぃっ!」
今度こそ、はばかることなく安堵の悲鳴を上げたティキュラに抱きつかれるのだった。
「ベーオウ、彼女たちを頼む」
ティキュラに抱きつかれて、ようやく自分が助かったという実感が湧いてきたのだろう。
ゆっくりとした嗚咽が聞こえてきたあたりで、俺は踵を返す。
「へい。旦那は、どちらへ?」
「残りの掃除だ」
俺は自分でけ破ったドアに向かって歩き出す。
「ひっ!? た、助けっ……」
そういえばもう一人残っていたか。
コイツは……確か偉そうにアンリを家畜だなんだと叫んでいたな。さっきまでの威勢は何処へやら。震えながら、必死に命乞いをして。
全く、どこまでも身勝手な奴だ。
「寝言は寝て言え」
床に這いつくばっていたそいつの頭を踏み砕いて、俺はこの小屋を後にした。
<現在の勢力状況>
部下:なし
従者:ベーオウ(仮)
同盟:なし
従属:なし
備考:ラミア(?)ガールのティキュラと、彼女の仲間を助ける契約中
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