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パッチワーク盗賊団の家訓

作者: 小高まあな

「うわぁ、マジかよ」

 それが私たちが初めて聞いた、養父の声だった。

 

 気づいた時には、私は馬車の荷台に押し込められていた。

 手足は縛られて、口も塞がれていた。目は見えていたし、私以外にも人の気配はするが、全員が私と同じような格好をしていることだけがわかった。

 がたがた揺れるから、馬車だとわかった。

 ああ、ついに売られたんだ。

 そう答えにたどり着くと、辺りを見回すために持ち上げていた頭を下ろした。

 いつかはこうなるとわかっていて、それが今日だったのだ。朝もらったお茶に、眠り薬でもはいっていたのだろうか。

 私は、父の顔も母の顔も知らない。母は私を産んですぐに死んで、父はもとより誰かわからなかった。いや、何かわからなかったというのが正確か。生まれた私には、明らかに人間以外のバケモノの血が混じっていたから。うろこに覆われた腕とか、母が妊娠してから三ヶ月で生まれたということとか。母はどこかで何かのバケモノに手篭めにされたのだろう。

 私のメンタリティは、極めて人間よりだと自分では思っているが、村では忌み嫌われていた。まあ、仕方ない。うろこに覆われた腕は、異様に力強かったし。赤子の時に殺されず、十になるまで生かされていたことが奇跡的だ。

 私を見世物小屋に売るという話は、前々から出ていた。村の大人達の意見は分かれていた。たとえ見た目が違っても、ここまで育ってきた村の子供なのだから、というのがこの前までは多数派だった。三ヶ月前、村の畑の大部分が焼けるまでは。

 仕方ない。財源がなくなった村で、この冬を乗り切るためには私を売ったお金が必要だったのだろう。村が一冬越せる程度の、高値で売れたのならいいのだが。

 といったことを、その時の私は考えていた。実際には、もう少し幼い言葉で、まとまりなく。

 諦めた私は、目的地に着くまで寝ていようと目を閉じた。

 そしてしばらくして、馬車は急に止まった。ごろごろっと転がり、私は壁にしたたかに体をぶつけたし、そんな私に誰かがさらにぶつかった。馬の鳴き声と、男の悲鳴が聞こえる。騒々しい外に、耳をすませる。

 やがて一つの足音が荷台に近づき、入り口を開けた。

 急に差し込んだ光に目をほそめる。誰かが立っているのだけが見えた。その人物は、

「うわぁ、マジかよ」

 心底嫌そうに呟いた。

「この時間にここ通るの、美術品じゃなかったのかよ」

 光が入ってしっかりと荷台が見回せる。私の他に十人ほどの人影があった。まかり間違っても美術品ではない。

「しくったわー」

 言いながら人影が荷台に上がる。

 そして私たちを見回すと、

「あー、半血集めたんか。売ったら高いかねぇ」

 ぼりぼりと顎を掻きながら呟く。そこそこ若い男に見えた。

「いやー、ダメだな。人身売買は俺の主義に反する。とりあえずー、連れて帰るかー」

 などとやる気なさそうにぶつぶつ言いながら、私たちを縛っていた縄を解いてくれる。

「行きたいところあるなら好きにすればいいし、なかったらついといで」

 適当にそう言うと、別に待つとかもなくすたすたと歩いていく。

 自由人! と思いながら、どこだかわからないところに置いていかれても困るので、震える足で慌てて彼についていった。


 結局、彼についていったのは私をいれて五人だった。

 森のなかの、小さな家に連れて行かれる。

 あとで聞いたところによると、すでに死んでいたものもあの馬車にはいたらしい。

 全員が、バケモノの特徴を持っていた。額に第三の目があったり、尻尾があったり。

「行くとこないなら、ここにいればいいさ。別に、何もいいことないけど。あと、餓死する可能性も否定できないけど」

 うっすいスープを私たちに提供しながら、彼は言った。大きなあくびをしながら。

 彼は、一人で盗っ人をしながら生計をたてているらしい。とてもめんどくさがりで、事なかれ主義の男だった。そして、ちょっと頭が足りなかった。なんの計画もなく、五人ものを子供を自分の手元に置くことにしたのだから。

 でも、そんな彼があの日から私たちの養父となったのだ。売られ損なった五人のバケモノたちの。

 とはいえ、彼は私たちが彼を「父」と呼ぶことを断固拒否した。

「そんなてめぇらの人生に責任を負いたくねぇ」

 じゃあ何と呼べばいいのか、という問いに、彼は「お頭」という答えを提示した。

「憧れてたんだよなー、盗賊の頭」

 今まで一人っきりでやってきていた盗っ人は、なんだかそこで照れたように笑った。

 ということで、彼を「お頭」としたバケモノの盗賊団が完成した。

 最初は指揮命令は養父がやっていたが、養父の作戦などあってないようなものだった。

「つっこめー!」

 ただそれだけ。あきれ返るほど単純で、どうしてこの男がずっと一人で盗賊稼業で生計をたてられていたのかが不思議なぐらいだった。多分、才能があったのだろう。盗みの。全く誇れることではないだろうが。

 頭脳派のメアリがいつのころからか作戦を立てるようになった。メアリは額からツノが生えていた。

 私は人より力強い腕で、よく馬車をひっくり返していた。

 気づけば指名手配されるようになるレベルぐらいまでは、私たちの盗賊団は仕事をしていた。

「名前とか欲しいなー」

 ある日養父がそう言って、

「よし、今日から俺らは、寄せ集め盗賊団だ」

 ものすごく雑な名前をつけた。私たちは全員、呆れた顔をした。

「もうちょっと考えない? パッチワークとか」

「おー、いいなー、じゃあそれで」

 提案に対する答えも、適当だった。

 養父は本当に適当で、基本的にやる気がなく、頭が足りない男だった。

 盗賊行為もお金がなくなるギリギリまでやろうとしなかった。貯金という概念がなかったので、一人のころは金銭がなくなったものの、良い感じの馬車に出くわさず、餓死しそうになったこともあったらしい。さすがに私たちが来てからは、責任感でも芽生えたのか、ちょっとだけ早く動くようになったけれども。

 料理も洗濯も掃除も、下手だった。

 私たち子供達が、自然と分担して家事をこなすようになった。養父の良いところは、家事をすればその分手放しで褒めてくれたところだ。そういうところは好きだった。

 寄せ集めのバケモノ達だったけれども、私たちはそれなりにうまくやっていた。仕事のこともそうだけれども、普通の人間で、いまいちやる気のない養父を叱咤激励しつつ、たまに頼ったり、たまに怒ったりしながら、家族みたいに生活していった。

 誰も捕まることなく、十年が経って、私は二十歳になった。

 その頃、養父が倒れた。

 流行病で。

 彼はずっと私たちには具合が悪いのを隠していた。

「隠してたんじゃないって。だらだらしてたから具合悪いのも気づかなかっただけ」

 そんな嘘をついて。

 あっという間に彼は、枯れ木のように痩せ細った。

 養父は、私たちをベッドの周りに集めた。いろいろ手を尽くしたけれどもうまくいかなくて、私たちはもう覚悟を決めつつあった。それは養父自身もだろう。

 私たちの顔を見回すと、

「全員笑って来い。それが我が家の家訓だ。ああ、だから人を殺したらダメだぞ? 人を殺したら天国に行けなくなるからな」

 そう言って笑った。

 そう、私たちは金品の強奪はしていたが、命を奪うことはなかった。必要以上の怪我もさせないようにしていた。養父がそういうから。

 それには、そんな意味があったのか。そして彼は、天国を信じているのか。その二つが衝撃的だった。私は、天国なんて信じたことなかったのに。

「なんで家訓なんだよ。盗賊団の掟、じゃないのかよ」

「生きることは、家族のことだろ?」

 今までずっと父親らしいことをしてこなかった養父の、最初で最期の親らしい言葉だった。


 養父が亡くなったあとも、私たちはパッチワーク盗賊団を続けていた。

 とはいえ、養父が抜けた私たちは、どこかぎくしゃくしていた。何もしていないような怠惰さを持ちながらも、養父の存在は私たちを精神的に結びつけていたのだ。

 失敗こそしなかったけれども、微妙な空気をまとっていた。

 そんなある日、私たちは荷馬車を覗き込み、

「まじかー」

 いつかの彼のような言葉を呟いた。

 そこには、いつかの私たちのような存在がいたから。

 五人で一度顔を見合わせて、それから先はてきぱきと動いた。みんなの心は同じだった。

 あの日、養父がしてくれたことを、私たちはするつもりになったのだ。

 違うのは、捕まっていた子供達は普通の人間で、私たちの異形の姿に完全に怯えていたことぐらいだ。

 帰る場所、あるいは行きたい場所がある子供は送り届けて、そうではない子供はパッチワーク盗賊団に入れた。

 人間の子供が入って、我々はますます寄せ集めの要素が強まってきた。

 でも、前よりも、養父が亡くなった直後よりも我々はまとまっているな、と思った。養父がいなくなったけれども、養父のマインドは私たちに引き継がれていたのだ。


 盗賊行為をしていたけれども、私たちは養父の教えに恥じないように生きていた。まあ、養父が何か教えてくれたことは全然ないんだけれども。笑う、っていうことだけは忘れないようにしていた。

 リリィが大怪我をして、危篤状態になった時も。

 新しく入った人間の子供を庇って、剣で斬られたのだ。殺さない程度に反撃して、アジトに連れ帰って。でも、もうダメだということがわかっていた。

 せめてもと用意した痛みを和らげる薬草で、少し落ち着いたリリィがぼそぼそっと話し始めた。

「ね、あの子のこと……お願いね」

「ね、あの子のことお願いね」

 あの子というのは、リリィが庇った子供だ。妹に似ていると、リリィは彼女を可愛がっていた。

「うん、まかせて」

 それにリリィは安心したように微笑んだ。そして、

「パパが」

 メアリは養父のことを、こっそりとパパと呼んでいた。

「待っていてくれるなら、怖くないんだ。ね、私のこと、褒めてくれるかな」

「褒めてくれるよ。だって、リリィ、がんばったもん」

「やった」

 それだけ呟くと、リリィは目を閉じた。

 そして、その日の夜、眠るようにしてリリィは息を引きとった。痛みもかなりあったはずだが、彼女の死に顔は笑っていて、安らかだった。

「これなら、お頭に会っても、受け入れてもらえるね」

「そうだね」

 少し羨ましいと思いながら、私たちは彼女を見送った。


 もっと外が見たいと旅に出たものもいる。

 リリィのように怪我や病気で亡くなったものもいれば、最初の子供達同士で結婚して、新しい子供が生まれたりもした。

 たまに子供を拾うこともあった。

 増減を繰り返しながら、パッチワーク盗賊団は、存在し続けた。


 そして今、最初の子供たちの、最後の一人になった私の命が尽きようとしている。

 我ながら相当しぶとくて、かなりのおばあちゃんになった。だからちょっとした風邪をこじらせて、治らないどころか悪化させてしまった。

 もうダメだな、というのが自分でもわかる。

 でも、私は後悔していない。

 その日その日を精一杯生きてきた。あの世で、養父に褒めてもらうために。彼に恥じない生き方をしてきた。その自負がある。

 そりゃあ、ちょっとだけ悔しけれども。道半ばだな、と思う部分もあるけれども。でも、胸を張って死んでいける。

「長老」

 ベッドの脇に立った、何人かの盗賊団のメンバー。最古のメンバーの私は、いつの間にか長老なんて呼ばれるようになっていた。

 これを言ったら、養父はなんというだろうか。ずるい、とか言いそう。そんな風に思うと、自然と口元がゆるむ。

「ねぇ、これだけは覚えておいて。全員笑って、天国に来て。それが、我が家の家訓です」

 私の言葉に、涙ぐみながら皆が頷く。

 ねえ、これでいいんだよね。おとうさん。

 微笑むと、目を閉じた。

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