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苦手な方はご注意ください。

ブス専皇帝の気変わり日記

作者: 新水納

■20月05日

 気がつくと、私は異世界にいた。


 魔物やモンスターが蠢く、RPGゲームの中のような世界。何が何だか分からぬままに、アルジャーノ国という国の反乱軍とともに、この世界に圧政を強いる魔王軍と戦うこととなった。


 手に入れた強力なスキルを駆使して魔法使いとなった私は、軍の指揮官として名を上げ、各地で出会った仲間たちとともに魔王城へと攻め込み、最終的には魔王を討伐することに成功する。


 この世界に自由と平和を取り戻した功績と実力を買われ、私はこの国の皇帝の位を授かることとなった。


 それから、ちょうど一年。


 今は魔王軍の残党を借りつつ、一度は奴等に壊滅させられた、アルジャーノ国の再建をしているところである。


 各要職に任命した仲間たちは、よく働いてくれている。おかげで、私は少しばかりの自由な時間ができた。


 というより、働こうとすると、もっと皇帝らしくしていてください。と、怒られる始末だ。


 そのため、こうやって、日記を書くことができるぐらいの余裕ができたのである。




■20月06日

 なんでもこの世界では、成人を迎えた男は結婚しているのが普通であり、そうでないものは、奇異の目で見られてしまうらしい。


 元の世界でも、この世界でも、私は独身だ。魔王軍との死闘の中で、女性と付き合うような時間は、まるでなかったのだから当然である。


 まあ、周囲にまったく女性がいなかったわけではないのだが。


 共に戦った仲間の半分は女性だ。それも、とびきりの美人たちである。互いに信頼しあっていたし、自慢じゃないが、求婚されたことも何度もある。


 だけども、恋愛に結びつくことはついぞなかった。


 私好みの女が一人もいなかったのだ。




■20月09日

 独身の皇帝というのはどうしても箔が付かないらしい。司祭や、元老たちはしきりに、私に貴族の娘と結婚するように勧めてくる。


 いわゆる政略結婚だ。


 魔王軍の支配から解放された世界中の国々は、今から復興を遂げていく。


 ここ、アルジャーノは各国のリーダーとなり、他国を引っ張っていかなければならない。


 その頂点に立つべき存在が、独身では格好がつかないというのだ。


 しかし、政略や形骸のためだけの結婚など、私はまっぴらごめんだ。


 私は皆に、自分の生まれた世界では自由恋愛が当然であり、身分関係なく、本当に好きになった女性と結婚するものだと説明した。


 だから、私が心の底から愛した女性としか結婚はしないと断言すると、みなはしぶしぶ引き下がってくれた。


 しかし、最年長であり、強情なバーラム老大臣だけは、「主の気に入る、素敵な貴族の娘を探してまいりましょう」と、諦めきれない様子で言った。


 私は笑って了承する。が、心中では、まあそれは無理だろうなと思った。


 なぜなら私は、超が付くくらいのブス専だからである。




■20月11日

 この世界の人間は、美男美女率が非常に高い。


 いや、美男美女しかいない。と言うべきか。


 魔王軍と戦うために世界各地を旅し、何人もの現地人の女性たちと出会ってきたが、今のところ、美人にしかお目にかかっていない。


 少なくとも、私好みのブス女と呼べるものは誰一人としていなかった。


 農民や掃除婦、奴隷や売春婦といった身分のものでさえ、一人残らず美しい顔をしているのだ。


 おそらく、普通の感性の人がこの世界に来たら、感覚が麻痺するほどのレベルである。


 ただ、男は2,3人ほど凄くブサイクな奴を見たので、ブスは希少なだけで、まったく存在しないというわけではないようなのだが。




■21月01日

 あれ以来、私の住む城へ、ほぼ毎日のように客人がくるようになった。


 バーラム大臣が呼び寄せた、婚姻目当ての各国の若い貴族の娘たちである。


 派手に着飾り、うやうやしい態度をし、派手に胸元を広げた美しく若い娘達は、私に気に入られようと、様々なアプローチをしてくる。


 けれど、ブス専の私には、あまりにも彼女たちの顔は好みとはかけ離れていた。


 どれもこれも、普通の男の感性ならば、息を呑むような美しさなのであろうが、私にとっては無用の賜物。余計な産物でしかない。


 しかし、バーラム大臣に、もっとブサイクなのをください。なんて要望するわけにもいかない。私にできるのは、そっけない態度で受け流し、彼らが諦めるのを待つだけである。




■21月04日

 本日は、月に一度の軍会議の日である。


 いくら平和を取り戻したとは言え、いまだ軍の必要性は健在であり、魔王軍の残党狩りや、野生の魔物退治、復興のためのインフラの整備など、しなくてはならないことは山ほどあった。


 私は最高司令官として、皆の作業進展報告や、魔王軍残党の情報、人員増加の要望などに耳を傾ける。


 会議の参加者のうち、半数は女性だ。


 大戦で共に戦った、女魔剣士のメルバ、砂の魔法使いのユーミル、召喚士のミリー、ネクロマンサーのジュリーアス、他にも、美しさと強さを兼ね揃えた者たちばかりだ。私は彼らを、各部隊の指揮者として任命している。


 反乱軍は、腕の立つ者たちを各地から集めた寄せ集めのため、それぞれ人種や文化が異なる。そのため、腕章と特殊な羽飾りの付いた帽子以外、決まった制服などはない。皆自由な服を着て会議にでていた。


 ただ、だからといって、露出度の高い、ビキニアーマーを着てくるのはどうかと思う。


 問題のビキニアーマーを着てきたのは、褐色の女魔剣士のメルバである。


 今日は暑いわねえと、わざとらしく呟きながら、椅子に座る姿勢を崩し、私に色目を向けている。

 どうやらこの女、私が以前言った、「身分関係なく、本気で好きな女性と結婚する」の発言を耳に挟んでしまったらしい。


 誘惑しているのだろう。


 会議に出ている男たちは皆、チラチラとメルバの胸や尻を見ていて、どうにも会議が進まない。


 私はメルバに、ちょっと露出度が高すぎではないだろうか。と、遠回しに忠告する。しかし彼女は、今日は暑いし、これはれっきとした戦闘服だからと、改めようとしない。


 すると、他の女性陣たちが、われもわれもといった具合で、着ている服を脱ぎだした。明らかに対抗心を燃やしている。


 このわいせつ合戦は熾烈を極め、ネクロマンサーのジュリーアスは、下着姿になり、召喚士のミリーは、ブラジャーを外し、粘液まみれの触手を召喚して胸にまとわせている。砂魔法使いのユーミルなどは、砂で大事なところだけを隠した姿になって、露出狂のレイシアに至っては、全裸である。


 他の男どもは歓声を上げて喜んでいるが、肝心の私はまるでなんとも思わなかった。顔が好みじゃないのだから、いくら露出されても興味がないのである。


 結局、会議は録に進まないまま、終了した。




■21月08日

 バーラム老大臣は毎日のように、見合い相手の貴族の娘はどうだったかと、感想を聞いてくる。老い先短い身だから、早く私の結婚を見届けて安心したいらしい。


 だからといって、毎日毎日、媚びてくる貴族の娘を相手にさせられ、城内の女たちに言い寄られては、ストレスも溜まる。


 もちろんそんな不満は顔に出さずに、いつもにこやかに対応しているけど。




■21月12日

 町の復興具合を視察するべく、城下町へと警護を連れて下りてきた。


 しかし、復興具合の視察というのは建前だ。本当の目的は、自分好みのブス女を探すためである。人の多い町なら、ブスなんていくらでもいるだろう。


 しかし、城下町へ一歩足を踏み出すと、黄色い声援とともに、ものすごい数の若い女性たちに、四方を囲まれてしまった。


 どうやら、私が以前言った、「身分関係なく、本気で好きになった女性と結婚する」の発言は、城内にとどまらず、国中に広まってしまったようだ。


 やはり、自分の美貌に自信がある者ばかりなのか、押し寄せる波の中の女たちは、美しい者ばかりだ。貴族の娘たちに比べれば華やかさでは劣るが、いずれも美女だらけである。


 これでは、ブサイク女を探すことなんてできるはずもない。予定を早めに切り上げ、撤退せざるを得なかった。




■21月14日

 あまりにも妃候補の貴族たちに関心を持たないせいで、ロリコン疑惑をかけられているらしい。


 バーラム大臣の連れてくる妃候補が、年端もいかない子供ばかりになってきた。


 この世界じゃ結婚適齢期が低いらしいが、冗談じゃない。




■22月06日

 五歳児とか何考えてんだ、あのジジイ。




■23月09日

 バーラム老大臣は、とうとう結婚を諦めてくれたようだ。

 見合い相手が、ピタリと訪ねて来なくなった。


 よかったよかった、これで一安心。


 ただしホモ認定されてしまったがな。




■24月11日

 一体なぜ、この世界にはブスがこうも少ないのだろうか。


 考えてみれば、私はまだこの世界のことをよく知らない。


 文献などを読めば、何か分かるかもしれない。そう思い、城内備え付けの図書館へと足を運んだ。


 しかし、歴史書のたぐいは、魔王軍に襲われた際に放たれた火によって、貴重な資料とともに、燃えて無くなってしまったそうだ。


 私はがっくりと肩を落とし、その場を後にするしかなかった。




■01月05日

 パトロール兵隊長に任命している、デクスタという男を呼び寄せた。

  

 この男、腕はたつのだが、この世界では珍しい、ひどく醜いブ男であった。おまけに、不潔で、食い方も汚い。


 彼の顔を見ていると、これだけ醜い男がいるのに、醜い女がいないわけもないと、希望が生まれてくる。


 私は期待を込めて、彼に姉や妹はいるかと問いただした。


 しかし、残念なことにデクスタは暗い顔で首を振った。妹がいたが、戦争で一族もろとも、魔王軍に殺されてしまったという。


 私はそれを聞いて頭を抱え、心底悔しがった。彼の妹ならば、さぞかしブサイクであったに違いない。そんな逸材が殺されただなんて。


 今は亡き、魔王への怒りが改めて湧いてくる。


 頭を抱える私を見て、デクスタは私が同情してくれていると勘違いしたようだ。


 涙を浮かべながら頭を下げ、「ですが、今は愛する妻と今年で17になる娘がおりますので、妹の分まで、彼女らを幸せにするつもりです」と、鼻声で答えた。


 思わず声を上げて驚いた。


 成人していたら結婚しているのが当たり前の世界とは言え、このブ男に惚れ込む女が存在し、さらには娘までいるとは。


 しかし、この男の血を引くとなると、それはそれは、極上のブサイクに違いない。いくら嫁が美人でも、この男の血が、10%でも流れていたら、まず間違いなくブサイクになるのは確実である。


 私は、是非とも彼の家族に会ってみたいと伝え、食事にお呼ばれすることになった。




■01月06日

 デクスタの家に入ると、金髪で青い瞳の美しい妻と、同じく金髪の、緑の瞳を持つ美しい娘が出迎えた。


 10%どころか、微粒子レベルですら面影がない。


 騙しやがったな、この野郎。と、危うく、デクスタの胸ぐらを掴んで殴りそうになった。


 食事の席で、デクスタは、本当は息子が欲しかったと告白した。


 なんでも、この世界では娘は母親の容姿を受け継ぎ、息子は父親の容姿を受け継ぐことになり、父親似の娘というものは生まれないのだという。


 とても信じられなかった。私の住む世界の常識では、考えられないことだ。


 それでは男性優位のこの世界、ブサイクの血筋というのはやがて自然淘汰され、消滅することとなるではないか。


 今の話はデタラメで、デクスタの娘は、きっと、妻が別の男と不倫してできた血のつながっていない子に違いない。


 そう思いこもうとしたのだが、食事の食い方がものすごく汚かったので、彼女は疑いようのない、デクスタの娘なのだと認めざるを得なかった。




■01月09日

 ブスが絶滅危惧種レベルの希少価値があることがわかった今、自力で見つけ出すのは諦めるしか無い。


 私は最終手段に出ることにした。


 宰相や大臣、軍幹部たちを一同に集め、国民たちの中から、一番ブサイクな娘を探し出し、連れてこいと命令することにしたのだ。


 それを聞いた臣下たちは、皆困惑の表情を浮かべていた。


 前にも言ったとおり、今は国全体の復興作業中だ。


 それだけの大捜索をするとなると、軍を動かさなければならないが、現場としてはそんなことに人手を回す余裕などあるはずもない。


 さらには、その理由が、国一番のブスを探すとなると、まったくもって意味不明なのであろう。


 宰相たちは、今は多忙な時期なので、せめてもうちょっと先延ばしにできないかと、物申してきた。


 彼らの言い分は良くわかる。しかし、今の私にとっては、国の復興なんかより、人生の良き伴侶を探すことのほうが重要なのだ。


 私は皇帝命令を発動し、国一番のブサイク娘を探してくるよう命令した。




■02月14日 

 大捜索の末、ブス候補たちが、私の座る玉座の前へと並べられた。


 しかし、何も知らない地球の一般人が見たら、どこかの一流大学のミスコンと間違うんじゃなかろうかというぐらい、ブサイクとは程遠いものたちばかりだった。


 確かにこの世界の他の女と比べたら、少しばかり劣るのかもしれないが、それでもブサイクと呼べるものではない。


 私は頭を抱えて絶望した。


 この世界の神は、女性に個性というものをお与えにならなかったのだろうか。


 こんな運命、あまりにも残酷すぎやしないか。




■03月06日

 私はどうしても、諦めきれなかった。


 いくらなんでも、この広い世界に、ブサイクな女の一人や二人すらいないなんてありえないだろう。


 そもそも、捜索に駆り出された軍人たちはブサイクな女というものを今まで見たこともない。だから、その概念もよくわからなくて、見逃してしまったのではないだろうか。


 それに、捜索をしたのは、アルジャーノ国だけだ。


 今度は捜索範囲を外国にまで広げよう。


 再び宰相たちを収集し、再調査を命ずることにした。




■03月13日

 メニミバ遺跡の付近にて魔王軍の残党が潜んでいるとの情報を得た。


 しかし、軍隊はブサイク女の捜索に総動員しているため、討伐隊を組むだけの人員すらいなかった。


 こうなったのも、ワガママを押し通した私に責任がある。


 負い目を感じて、自ら単独出撃することになった。




■03月14日

 残党の正体は短い角の生えた悪魔族の、まだあどけなさが残る若い男であった。


 名前は、ムスタファーという。


 体は貧弱で、魔力も筋力もない。


 極悪非道の行いを尽した魔王軍の残党ということで、頭に血が登っていた私であったが、すっかり怯え、泣いて命乞いをするムスタファーの態度に殺意も冷めてしまった。


 役職を問いただしてみると、元魔王秘書だという。


 秘書なら、この世界のことにも詳しいはずだ。私は身の安全を保証する代わりに、私の奴隷になり、知る限りの情報を提供することを条件とした。




■03月15日

 ムスタファーは、メニミバ遺跡から少し離れた洞窟に隠れさせることにした。洞窟に、最低限必要な生活用品を運んでやる。


 落ち着いたところで、私は、なぜこの世にブスがこうも少ないのかを問いただした。


 すると、ムスタファーのやつは、オドオドとした態度で「それは分かりません」と答えた。


 知識があるから助けてやったと言うのに、知らないとはどういうことだ。と、逆上し、殺してしまおうとする。


 すると、怯えながら「わたくしは存じません。ですが、魔王城に、歴史書があり、そこに答えが載っているはずです。だから、殺さないで」と、半泣きで命乞いをしてきた。


 私は、嘘だったら承知しないと釘を差し、ムスタファーの処刑を一旦取りやめた。




■04月01日

 ペットのワイバーン、『ドラちゃん』の背中に乗り、魔王城へと足を運んだ。


 魔王を倒してから、ここに来るのは初めてだ。


 廃墟となった城の中には堅く結界を張り、立ち入り禁止になっている。


 こんな不愉快な建物は、即取り壊すべきという声もあったものの、暗黒の時代を忘れないために、私が独断で元の形のまま残すことにしたのだ。


 城内に入り、中を進んだ。内部にはゴーレムが配置されており、侵入者がいた場合、攻撃するようプログラムされているが、私は対象外となっているので、何もしてこない。


 魔王の書斎に入り込み、歴史書を探した。


 引き出しの中に、ボロボロの本が数冊あるのを発見した。ムスタファーの言っていた外見と一致する。これのどれかが、例の歴史書なのだろう。とりあえず全冊手に取って、魔王城を後にした。




■04月02日

 持ち帰った歴史書をさっそく読む。


 今から千年ほど前の話。


 ここ、アルジャーノ国の地方には昔、男女ともにブサイクしかいない、ブルサイク国というものがあった。


 彼らは、顔の醜さによって迫害を受け続けた者たちであり、他国からこの地に移住して、一つの国を作った移住民族であった。


 彼らが定住した地は、荒れた不毛の大地であったが、先祖たちの努力によって、耕され、住みやすい平和な地となった。


 しかし、その平和は長くは続かなかった。


 ある日、『ウェーイ将軍』率いる、戦闘民族、“Re.アジュウ族”が攻め込んだのだ。


 突然のことにパニックとなり、逃げまどうブルサイク国民に対し、“Re.アジュウ族”は進撃を続け、次々と市民を虐殺していく。


 これに対し、ブルサイク軍もようやく反撃に出る。


『セルフカット将軍』や『兵団長ユニクロン』、『大魔導師ニョウボトル』らが迎え撃ったのだ。


 しかし、決戦の場になったのは、遠距離魔法が主力の、ブルサイク軍のホームグラウンドである森林、“ジッカ”ではなく、騎馬隊による接近戦を得意とする“Re.アジュウ族”に有利な平原、“スターバの地”であった。


 不利な地形によって、ブルサイク軍は次々と敗北を続け、後退を余儀なくされる。


 劣勢になった彼らは生き残った国民と共に城に立てこもる、坊城戦を選んだ。


 しかし、勢いづいた“Re.アジュウ族”は、城を囲み、昼夜問わずに猛攻撃を続けた。防戦一方のブルサイク軍は食事をする隙すら与えられず、兵士たちは便所で排便しながら弁当を食べたとすら言われている。


 これが、かの有名な便所飯である。


 ブルサイク軍は一歩も引かずに果敢に奮闘したものの、彼らは天に見放された。


 彼らを束ねる、大長老の『オヤ』が急死したのだ。


 求心的存在を失ったブルサイク軍は混乱し、ついに城は陥落することとなる。


 生き残りの若い男たちは“Re.アジュウ族”の捕虜となり、労働力として各地に奴隷として売り飛ばされた。


 しかし、力のない、女、子供、老人は一人残らず皆殺しにされた。


 こうして、ブルサイク国は歴史から幕を下ろすこととなり、ブサイクな女は絶滅することとなった。


 一方で、Re.アジュウ族の末裔たちは、今もなおスターバの地に住み着いている。


 私は読み終わると、静かに本を閉じた。


 あまりにも残酷な事実と絶望に、涙が止まらなかった。




■04月05日

 玉座に座る私の元へ、緊急の伝達があった。


 スターバの地で、"Re.アジュウ族”が何者かの襲撃にあい、数万人の住人が一夜にして全滅したというのだ。


 女、子供、老人含めて惨殺され、生存者は誰一人としておらず、現場はかなりの凄惨な光景となっているそうだ。


 城内はパニックになり、新たな魔王が復活したのではないかという噂で、もちきりである。




■04月06日

 ゴミクズバカウンコ劣等民族“Re.アジュウ族"は名も知れぬ英雄の正義の手によって、ブザマに滅んだものの、私はまだ立ち直れなかった。


 この世界にはもうブサイクな女というものはいないという、避けられない現実が、重くのしかかってくる。


 生きる気力が湧いてこない。




■04月10日

 城の皆が、私の精神状態を心配し、何があったかを聞いてくる。しかし、返事をする気力もない。




■05月01日

 城からそう離れていない村で、多くの村人が野良オークの集団に襲われ、食われてしまったらしい。

 以前の私なら自ら先陣を切って、退治しにいっただろうが、今はそんな気にもならない。




■05月04日

 オークたちは生け捕りにされた。


 この世界の風習で、犠牲者たちの追悼のため、来週行われる葬式の際に、犠牲者家族の前で処刑されるそうだ。


 私も冥福を祈るために、犠牲にあった村に、視察しにいかないとならないらしい。


 面倒くさいな、もう。




■05月06日

 危うくオーク(♀)のケツに欲情しかけた。




■05月07日

 もう、オークでもいい気がしてきた。




■05月08日

 我慢できなくなり、オーク(♀)の尻をなでているところを、警備兵のエスカルゴに見られてしまった。


 とっさに最大火力の炎魔法を使い、エスカルゴを消し炭にしてしまった。


 死体の処理には困ったものの、飢えているオークたちがあれよというまに、周囲に群がり、骨まで食べてくれたので、処理する必要もなくなった。


 エスカルゴには、非常に申し訳ないことをした。子供が生まれたばかりだと言うのに。


 どうか、成仏してもらいたい。




■05月09日

 旅商人が城を尋ねてきて、私に是非ともお会いしたいと言って聞かないらしい。


 最初、引き取るように命じたが、商人の名前を聞いて顔色が変わった。


 商人はムスタファーと名乗ったという。


 なぜ奴がここに。洞窟に置いてきた食料は、まだ残っているはずなのに。


 自分が追われている身であり、魔王軍の残党だということを忘れたのか。


 下手なことを言って、私が奴を匿っていたことが皆に知られたらまずい。


 私は、すぐに来客室に通すように伝え、他の者たちは全て下がらせる。


 ムスタファーは、商人に変装し、頭の角をフードですっぽりと覆って隠していた。


 彼は涙目になって、洞窟に一人でいるのは心細くて、危険を承知で会いに来たのだと答えた。


 私は激怒し、さっさと消えろと告げる。


 しかし、ムスタファーは、引き下がらなかった。私が望むブサイク女を手に入れる方法があるというのだ。


 思わぬ一言に、虚を突かれる。


 こいつ、いつの間に私がブス専だということに気がついたのだろう。


 それに、ブスを手に入れる方法があるだなんて。とてもじゃないが信じられない。


 いずれにせよ、私がブス専である秘密を知っており、魔王軍の残党であるこいつを追い出すわけにもいかない。


 仕方がないので、一旦、奴を私の部屋に匿うことにした。




■05月10日

 ムスタファーは、一冊の本を私に渡した。


 タイトルは、『現役魔大生が教える、暗黒魔法入門』。その名の通り、暗黒魔法を取得することができる、魔導書である。


 私が、暗黒城から持ち帰ってきた中の一冊にまぎれていたらしい。


 ムスタファーは、それを見て、暗黒魔法なら、私の望むブス女が作れるかもしれないという考えを思いついたようだ。


 彼は女ホムンクルスの作り方のページを開いて、私に見せた。


 禍々しい文字で、材料には若い女の生き肝が44個必要と書いてある。


 私は激怒し、魔導書をはたき落とした。


 こいつは、私自らの欲望のためだけに、何の罪もない若い女たちを犠牲にしろと提案しているのだ。


 私はこの国の英雄であり、皇帝だぞ。


 そんな恐ろしいことができるわけがない。




■05月11日

 とりあえず、予備も含めて300個ほど生き肝をとってきた。


 私好みの、とびっきりブサイクなホムンクルス女が生まれるとイイナ☆




■05月12日

 よく見ると、小さい字で(ただし、“Re.アジュウ族”の若い女の生き肝に限る)って書いてあるんだが。


 どういうことだこの野郎。





■05月13日

 落胆する私に、ムスタファーが次の暗黒魔法を提案する。


 人化魔法というものだ。


 例えば、メス猫にこれを使うと猫耳娘となり、ドラゴンに使うとドラゴニア娘となる。


 なら、オーク(♀)に使うと、さぞかしブサイクなオーク娘になるのではないか。


 早速習得して、捕獲したオークに試してみることにする。




■05月14日

 元の要素が微塵もない、美人で半裸のアマゾネス戦士になった。


 まあ、期待はしていなかったけどね。


 おまけに、やたらと懐いてくる。どうもこの魔法は、主人に忠実な下僕を作るための暗黒魔法のようだ。


 ムスタファーを匿うだけで手一杯なのに、城に置いておくわけにもいかないので、近くのリリバの森へ逃がすことにした。大量の食料を与え、それに気を取られている隙に、走って逃げ帰る。


 なんだか、犬でも捨てて来たみたいだ。




■06月07日

 最近、リリバの森で行方不明者が続出しているらしい。なんでも、恐ろしい怪物が人を襲い、バーベキューにして食べてしまうそうだ。


 皆に、森に近づかないように勧告する。


 このあたりも物騒になったものだ。




■06月09日

 暗黒魔法は、多大な代償を払う代わりに、通常の魔法では叶えられないことができる。


 私はすっかりこの暗黒魔法にはまり、ムスタファーと二人で日夜、研究室に閉じこもって、魔導書とにらめっこをするようになった。


 私は次第に公務を全て部下に丸投げし、外出することも、仕事をすることもなくなった。




■06月11日

 ムスタファーは中々使えるやつだ。話が分かるし、頭も良いし、信頼できる。


 一人でブス女のことで悩んでいた私にとって、今では気のいい相談役となっていた。


 すっかり気を許した私は、彼を宮廷御用商人として登録することにした。これで、今までのように隠れる必要もなく、城内で自由に生活することができる。


 そのことを伝えると、ムスタファーは飛び上がって喜んだ。




■06月14日

 暗黒魔法は心の弱いものが使うと、精神を蝕まれ、ダークサイドに引きずり込まれてしまうそうだ。


 自分の利益を優先するもの、他人の命をなんとも思わないもの、自分の力を過信するもの、これらは特に飲まれてしまいやすいらしい。


 幸い、私はどれにも当てはまらないのでなんの問題もないな。 




■07月02日

 ムスタファーが、次の計画の提案をしてきた。


 今度のは、今までのとは少し趣旨が違っており、おまけに、失敗のしようがない方法だという。


 失敗続きであまり期待はしていなかったが、その内容を聞いて、改めてこいつは天才だと確信した。




■07月04日

 暗黒魔法によって、魔法陣の中にマジックアイテムが生成される。


 手に取り、触ってみる。弾力があって、よく伸びる、ベージュの薄手の靴下のようなものであった。


 私の元の世界では、ストッキングと呼ばれていたものだ。


 この世界では、足に装着することで運気が+1になる、激レアなくせに役立たずのクソアイテム扱いらしいが、これが重要になる。


 この日、一日中、このクソアイテムを量産して過ごした。




■07月10日

 先に説明したとおり、ウィングルランド軍には、腕章と特殊な羽飾りの付いた帽子以外、決まった制服などはない。


 しかし、今日からは違う。


 私は女性騎士たちを招集し、広間に整列させた。


 そして、一人一人に、量産したストッキングを手渡していく。


 彼女らは私のプレゼントに喜び、きゃあきゃあ言いながらお礼を言ってきたが、全て配り終わり、私が全員に頭に(かぶ)るように命じると、皆無言になり、真顔で私を見つめた。


 女騎士のベクトラシルが手を上げ、頭には羽根飾り付きの帽子があるので被れないであります。と、毅然とした態度で言った。


 私は、帽子は廃止とし、これからは、頭にはストッキングを被るのを義務付けると告げた。


 すると、再び沈黙が生まれた。ストッキングを頭にかぶったところで、何の意味があるのかが理解できないらしい。


 私は、先程のベクトラシルを側に呼ぶと、私自らの手で彼女の頭にストッキングをかぶせてやった。


 美しい瞳と、銀色の髪の彼女が、とんでもない醜い顔へと変貌する。私ですら「うわ、ぶっさ」と、思わず声が出てしまったほどだ。


 ベクトラシルの恐ろしいまでの顔の変貌を見て、女騎士たちは悲鳴を上げた。


 そして、間髪入れずに猛反発の声が相次いた。床にストッキングを叩きつけ、こんな、おぞましいモノは被れないと抗議する。


 私は大声で喝を入れ、一瞬で全員を黙らせた。


 そして、皇帝命令として、彼女らに頭に被るように命じる。


 皇帝命令とあらば、軍人は拒否することはできない。彼女たちは、屈辱の表情を浮かべながら、頭にストッキングを被っていく。あちこちで、くっ! くっ! という声が響いた。


 私の前に、整然と整列した女たちが列を作った。ストッキングで顔をパッツンパッツンにさせた、誇り高い騎士たちが。


 私は恍惚とした表情でそれを眺めた。


 なんと素晴らしい!


 こんなに愉悦になったのは、どれだけぶりだろうか。




■08月13日

 全国民への、ストッキングの配布がようやく行き渡った。


 今日からは、国民の義務として、このストッキングを頭に着用しなければならない。


 本当は女だけでいいのだが、公平さを期すため、男たちにも着用を義務付ける。城内の人間とて例外ではない。


 各地で猛反発を受けるが、それも気にしない。


 端正なものより、多少歪んでいる方が生物として正しいのだ。ブサイクこそが正義。


 だから、皆の顔を適正なものとして修正してやろうとしているのに、なぜ非難されないといけないのか。


 むしろ、感謝してほしいくらいだ。



■08月15日

 また問題が発生する。


 せっかくのストッキングを、無くしたり、破ってしまうものが多発しているのだ。それも、尋常じゃない数の民や兵たちがだ。


 わざとそうしているのは明白である。


 そこで、私はストッキングを紛失・破損させたものは厳重な処罰の対象にすると通告した。




■09月04日 

 処罰の通告をしても意味がなかった。


 依然として、ストッキングをわざと廃棄する輩が続出している。罰則よりも、ストッキングをかぶるという屈辱を回避するほうが、彼らにとっては重要のようだ。


 ストッキングは激レアアイテムゆえ、私が一人で暗黒魔法を使用して量産するほかない。増産するペースより、破損や紛失の数のほうが多くては、いつまでたっても行き渡るわけがない。


 何か対策を考えねば。




■09月07日 

 ムスタファーの提案を採用し、暗黒魔法を使って、国中に呪いをかけ、人間限定でストッキングを頭に被り続けなければ死に至る呪いをかけた。


 こうなると皆、ストッキングを被らないわけにもいかず、今度はこぞって配布のストッキングを奪い合い、我先にと被るようになった。


 あれだけ猛反対をしていた、女騎士や女官も、屈辱的な様子で自発的に被っている。


 力ってのは、なんでも叶えることが出来るもんだね。


 暗黒魔法最高!




■09月11日

 兵たちが、反乱を起こした。




■09月12日

(解読不能)




■09月15日

 なんとか鎮圧させることに成功。




■10月02日

 首謀者を調べ上げると、女官や、女騎士たちが中心となって動いたようだ。


 驚いたのは、今回の蜂起に加わった者の多さである。暗黒魔法の力がなければ、さすがの私も多勢に無勢。国家は転覆していただろう。


 反乱が収まったのはいいとして、問題は、彼らの処遇である。


 これだけのことをしでかして、寛大な処置などできるわけもない。


 しかし、彼らは私の仲間だ。


 処刑するわけにもいかない。


 悩んだ末、謀反者全員にサボテンになる呪いをかけてゴブレットの死の砂漠に放置することにした。




■10月04日

  反乱のせいで城内は壊滅状態だ。


 おまけに、反乱軍の残党たちが、再度責めてくるかもしれない。


 仕方ない、城内が修復するまでの間、どこかへ身を移すか。


 そうだ。魔王城。仮の住まいをあそこにしよう。セキュリティもあって安全だし、うってつけな仮住まいだ。




■10月08日

 新しい住処は居心地が良い。


 しかし、私は、まだ反乱のことで尾を引いていて落ち込んでいた。


 あれだけ信頼しあっていた仲間たちが、私に歯向かうだなんて。いったい、何がいけなかったのか。




■10月09日

 手下たちを引き連れ、魔王城近くの町中を視察しながら、ぼんやりと歩いていると、ストッキングを被った、まだ五歳くらいの女の子が話しかけてきた。


 私を指差し、「なんであんたはストッキングを被らないの。皆我慢して被っているのに、おかしいじゃない」と指摘してきたのだ。


「何故も何も、もちろんみっともないからだ」と答えようして、ハッと気がついた。


 そうだ、みっともないんだ。


 いくらブサイクが好きとはいえ、私自信はブサイクになるのは嫌である。


 なぜなら、ブサイクはかっこ悪いから。ブサイクはダサいから。ブサイクになるぐらいなら、死んだほうがマシだから。


 それなのに、私は自分が嫌なことを、皆に無理やり押し付けていたのだ。


 自分の嗜好品を物みたいに作り上げようとして、愛する仲間や国民に強制していた。


 なぜ、こんな単純なことに気が付かなかったのか……。


 ブサイクがこの世にいないと知って、頭がどうかしていたのかもしれない。


 私は反省し、その子に、ストッキングの強制着用の令は廃止することを約束し、礼を言った。


 でも、いくら子供とは言え、皇帝に向かって、“あんた”呼ばわりされたのはムカついたので、とりあえず殺しておいた。




■10月10日

 有言実行。解除の仕方を調べて、民の呪いを解いてやることにしよう。




■10月11日

 解除方法がわからない。




■10月12日

 わかんね、もういいや。放置しとこ。




■10月15日

 処罰した軍人の数が多すぎて、深刻な兵力不足に陥っている。


 まあ、魔王軍が滅びた今、他国から攻め込まれる心配はあまりないし、いざとなれば私が前線に出ればいいわけだから、そこまで危惧していないが。


 しかし、それでもこの戦力減はよろしくない。兵の数というものは、政治的にも国力的にも重要となるのだ。




■11月6日

 募兵することにしたのだが、希望者が全く集まらない。


 どうも、ここ最近の私の奇行によって、国民たちに私の気が狂い始めていると噂が流れているようだ。


 失礼な、そんな噂を流しているのは、どこのどいつだ。


 この世界の救世主であり、皇帝の私に向かって。




■11月13日

 国民たちを一から教育し直すことにした。


 といっても、私がいかにこの世界に平和をもたらしたかのおさらい程度だが。


 ちゃんと、暗記できなかったものには罰を与えるが、これは仕方がない。


 なぜなら、この世界の人間は、どうも頭が悪くて、物覚えが悪いからだ。




■12月02日

 兵不足を解決する、素晴らしい手段を思いついた。


 暗黒魔法を使い、野生のオークや、スライムなどといったモンスターを手下にし、兵にするのだ。戦闘力的にも申し分ないし、洗脳魔法を使えば、忠誠心も高い。


 野生のモンスターならいくらでもいるし、広範囲魔法を組み合わせれば、数千匹単位で兵を増産できる。人間の側近や兵たちはいつ裏切るか信用できないし、全員クビにしてやろう。




■12月11日

 兵の問題はモンスターを採用することで解決した。ちょっと頭が足りないので、村人を襲ったりしてしまうが、まあ多少のことは目をつぶろう。


 国民たちも、大人しく新たな教育を受けている。


 また平和な日々が訪れたのはいいことだが、心は満たされず、日がな一日ぼーっとした生活を過ごしている。


 暗黒魔法入門を読むことも無くなってしまった。




■13月03日

 一日中、海を眺めて過ごした。





■13月07日

 人生ってなんだろう。


 生きるってなんだ。




■13月14日

 すごいニュースがとびこんできて、激震が走っている。


 いや、まだ調査中で、確定はしていないものの、かなり信憑性は高い情報だ。


 もし、このニュースが事実だとしたら、天地がひっくり返ることになるぞ。


 ともかく、続報を待とう。




■14月03日

 デマじゃなかった。私と同じ、日本人がこちらの世界へと転移されてきたらしい。


 それも若い女性で、なんとなんと、とんでもない醜い顔をしているのだとか。


 この知らせに私は飛び上がり、すぐにその女性の容姿や居場所を突き止め、私に知らせるように部下たちに伝えた。




■14月06日

 すごい! すごいブサイクだッ! なんて完璧なブサイクだろう!


 映像転送石から送られてくる彼女の映像を、水晶玉を媒体に見ながら、狂喜乱舞をしている。


 彼女の容姿は、とんでもないほどに醜い。同じ人間とは思えないくらいだ。


 私の超、超超超超超タイプのブサイクだ。百年に一度の逸材といってもいい。完全に一目惚れしてしまった。


 映像転送石は音を伝えてはくれないので、彼女の今の状況は予測するしかないが、どうやら、女勇者の職業を選んで、各地を旅しているようだ。


 いてもたってもいられず、私はペンを取り、彼女への恋文を書き始めた。


 いきなり、結婚してくれなんて書いたら引かれるだろうし、まずはお友達からお願いしますという旨の内容を何度も書き直し、ドキドキしながらおしゃれな便箋に蝋を垂らすと、ワイバーンのドラちゃんに手紙を咥えさせ、届けさせた。


 大空を飛んでいくドラちゃんを窓から見送りながら、ブサイク女勇者様のことを思う。


 勇者様、喜んでくれるかなあ。


 この歳で、恋する乙女の気分になるとは思わなかった。




■14月07日

 私は今、これ以上ないほど落ち込んでいる。


 手紙は無事渡せたらしいが、彼女を激怒させてしまったみたいだ。


 受取人に、“ブサイク女勇者様へ”と、ストレートに書いてしまったのがマズかったらしい。


 挑発と受け取られてしまって、便箋ごとビリビリに破いてしまった。


 ワイバーンのドラちゃんも帰ってこない。おそらく帰宅途中に、天敵の大ドラゴンに襲われ、食われてしまったのだろう。


 ブサイクに対する価値観が麻痺して、悪気なくブサイクなんて単語を使ってしまったのは、私の落ち度だ。


 決して悪口なのではなく、むしろ私からすれば、極上の褒め言葉のつもりだったのだが、そんなことが彼女に通じるわけもなく、誤解を与えてしまった。


 ショックで食事も喉を通らない。




■14月09日

 ブサ……いや、女勇者様のお名前は、レイアというらしい。


 レイアちゃん……なんて、素晴らしい名前だ。




■14月12日

 いつまでもウジウジしていられない。


 この世界では、魑魅魍魎たる危険なモンスターやら、荒くれ者がのさばっている。


 レイアちゃんは私のようにチート能力を授かることができなかったらしく、女勇者の職業を選んで、武装してはいるものの、まだ新米でレベルも低い。


 それどころか、RPGゲームの知識すら殆ど持ち合わせていないようだ。戦い方も支離滅裂としている。


 もし、高レベルモンスターとうっかり出会ってしまえば、その時点で彼女の人生は終了だ。だから、私が、彼女のことを守らなければ。


  とりあえず、ボディガードとして、戦闘能力の高い手下を彼女の元へ送り込むことにした。




■14月13日

 どうやら彼女に与えられたスキルは、"キャプチャ"というもので、出会うキャラクターが、敵であるかどうかが判別できるというものらしい。


 ……なんて酷い、ゴミスキルだ。スパイ防止ぐらいにしか役に立たないではないか。


 おかげで、ボディガード役として、手下どもを送っても、問答無用で敵認定されて逃げられてしまう。




■14月15日

 水晶玉に中継される映像を見て、私は目を疑った。


 いつの間にか彼女は、見知らぬ若い男と、行動をともにしているではないか。


 どうやら、賞金稼ぎの風来人とパーティを組んだらしい。それも、こちらの世界の基準として見ても、かなりのイケメンである。


 風来人は低レベルのくせに、気取りながら彼女と談笑している。


 怒りと嫉妬で、頭がどうにかなりそうになる。皇帝である私の未来の婚約者に、あんなゴミみたいな、悪い虫がまとわりついているとは。


 ぶっころしてやる。




■15月01日

 レベル99のありとあらゆる最強のモンスターたちの兵たちを揃えて、特殊部隊を結成した。その中の、リーダー格のモンスターに、男を闇討ちして殺するように伝えた。


 ただし、絶対に女性のほうは、傷一つ点けてはならないと念を押す。




■15月02日

 成功だ。特殊部隊はなんなくあの男を殺すことに成功した。


 ざまあ。


 今までとは桁外れに強いモンスターたちを相手に、風来人は手も足も出ずに、体中をもがれ、内臓を撒き散らせながら死んでいくのを見れたのは、これ以上ないほど愉快だった。


 目の間で仲間を殺され、また一人になってしまったレイアちゃんは、意気消沈しており元気がない。私も落ち込んでいる彼女を見るのが辛いが、私という素晴らしい男のことを知れば、すぐに元気を取り戻してくれるだろう。




■15月05日

 私は信じがたい映像を見ながら、あんぐりと口を開いた。


 水晶玉の中では、ソロに戻ったはずの彼女の他に、魔法使いや武闘家、詩人、ショタなどの美男揃いのパーティが映っていた。見事に逆ハーレムである。


 あれだけ落ち込んでいた彼女も、イケメンに囲まれ、満面のブサイクな笑みを浮かべている。すっかり、例の風来人の記憶など、彼方へと飛んでいってしまったらしい。野外で男たちの輪の中の中心に座り、嬉しそうに食事をしている。


 あんなに男をはべらせて……まさか、彼女はとんでもないビッチなのでは……。


 ブスは純情だと相場は決まっているのに。


 私はハンカチを噛み、奇声を上げながら城の中を暴れまわった。そして、すぐさま再度、高レベルモンスター部隊を再編して、男どもを皆殺しにすべく派遣した。




■15月07日

 仲間を再び失い、ソロになったレイアちゃんは、男がパーティにいると、どういうわけか敵モンスターが強くなる法則に気がついたらしい。


 しぶしぶといった具合に、逆ハーレムを諦め、町の集会所で女ばかりを選んでパーティを組んだ。


 まあ、一人でいるよりは安全だし、女同士なら何も嫉妬することはない。私は、彼女の新たな仲間たちの加入を快く認めた。




■15月09日

 どうやらレイアちゃんは、新しい仲間たちとは意気投合できたようだ。皆で協力しあって、魔物たちと戦い、順調にレベルアップしている。


 だが、仲間たちも決して強くはない。ランクは下の下だ。レイアちゃんのスキルがゴミ過ぎるせいで、あんなのしか仲間になってくれなかったらしい。


 皆で力を合わせて、ようやく雑魚の群れを狩る程度の実力しか無い。


 少しばかり強力なモンスターが表れただけで、全滅の危機に直面するのもしょっちゅうだ。


 これではいつか、死んでしまうだろう。


 誰か彼女を守れる強い仲間を送ってやれれば……。




■15月10日

 まてよ、考えようによっては、これはこれでいいような気がしてきた。


 倒しやすくて、雑魚なレベルのモンスターを次々と送り込み、ガンガン経験値を稼いでもらう。そして、モンスターたちに、強力な武器、防具、多額のゴールドなどを報酬アイテムとして持たせるのだ。


 地道にそいつらを倒すのを繰り返せば、やがて高レベルとなって、私も安心できるくらいに強くなってくれるだろう。


 そして来るべき日に、私が陰ながら支援していたことを、彼女に打ち明けるのだ。


 真実を知った彼女は、私の優しさと男気に心から感激し、感謝するだろう。


 早速実行に移そう。




■16月01日

 水晶玉に中継される映像を見ながら、私は雑魚モンスターたちに指示を出し、レイアちゃんパーティを襲わせる。


 彼女たちのパーティに相性がよくて倒しやすい、経験値効率のいいモンスターたちだ。


 それによって、彼女たちのレベルが格段に上がっていく。


 私はすっかりこの育成方法にハマり、片時も水晶玉から見を離さずに見守っている。雛の成長を見守る、親鳥の気分だ。


 責任重大だし、彼女が殺されないように、常に監視しなければならないが、彼女のレベルが一つ上がるたび、このうえない喜びを感じる。


 もはや生きがいといっていい。




■16月11日

 またまた問題が発生した。


 レイアちゃんパーテイのレベルが上がりすぎて、雑魚モンスターを倒しても以前のようにレベルが上がりにくくなってしまった。


 そのせいで、彼女たちは私が送った雑魚モンスターとの戦闘を回避するようになり、もっと強い、野生のモンスターたち相手に、勝手に挑んでしまうようになってしまったのだ。


 これはマズイ。連戦に次ぐ連勝で、完全に自分たちの力を見誤っている。


 いわゆる、調子に乗っている状態だ。


 今のところは大した敵にも出会わず、運も手伝って、なんとか倒せているが、自分たちよりも遥か高レベルのモンスターを相手にしてしまえば、死の危険だってある。


 仕方ない、派遣するモンスターをもっと強くて、彼女らがギリギリ倒せるレベルまで、引き上げることにしよう。


 うっかり加減を間違えて殺してしまいそうで、本当はしたくないのだが。




■18月03日

 レイアちゃんパーテイは、順調にレベルを上げている。


 私が最新の注意と計算を払って派遣する、モンスターの強さの塩梅が功を奏しているようだ。


 何しろ、彼女の元に派遣するモンスターたちは、討伐されるためだけに作り上げたモンスターなのだから当然といえば当然か。


 時代劇のヤラレ役のように、ただ殺されればいいってわけじゃない。レイアちゃんがそこそこ苦戦し、倒した時に達成感を得られる程度に交戦しなければならないのだ。


 そのために手間暇かけて教育し、演技力も身につけさせ、ある程度の力もつけさせている。


 ただ、大事に育てすぎて、私に懐いてしまう奴等も出てきてしまった。


 戦地に送る前には送別会を開くのだが、どいつもこいつも、今まで育ててきてもらった恩を、涙を流しながら私に伝えてくるのはやめてほしい。


 しかも、私の自画像を描いてよこすのが習わしになったみたいで、城の壁一面が、下手くそな私の似顔絵だらけになっている。


 この前戦地に送ったヒュドラなんか、私の目の前で息子や妻と抱き合いながら、涙ながらに別れの言葉をかけあう姿を延々と見せつけるんだから、気まずいったらありゃしない。




■18月12日

 レイアちゃんたちのレベルは、強敵と呼ばれるモンスター相手にも、まるで退けをとらなくなってきた。


 特に、レイアちゃんのステータスの伸びが半端ない。戦い方も、最初に比べるとまるで別人である。


 どうやら、大器晩成型のようだ。


 ただそのせいで、レイアちゃんのレベルに合わせた敵を送り込むと、レイアちゃん以外のパーティの仲間をうっかり殺してしまうことが増えてしまった。


 まあ、彼女以外の女には用がないので、別に死のうがどうでもいいけどさ。




■19月02日

 それにしても、レイアちゃんの目的はなんなんだろう。村から村へと、渡り歩いていて旅をしているけど、一体どこへ向かっているのだろうか。



■19月07日

 彼女の旅の目的が、判明した。


 なんと、目的地はこの魔王城で、この世界に圧政を強いる、魔王を討伐するのが旅の目的だというのだ。


 それを聞いて、思わず笑ってしまった。


 魔王なら、とっくの昔に倒してしまったというのに。


 しかも、それを討伐したのは、何を隠そうこの私。


 その事実を伝えられないのがなんとももどかしい。


 だけど、目的地ががここならば、何もせずとも、最終的にレイアちゃんは自らこの魔王城にやってくることになる。


 だったら、私は何もせずにここで待とう。そして今では見違えるほど高レベルとなった彼女に会って、全てを彼女に打ち明けるのだ。


 私が魔王を倒したことも、そのおかげでこの世界を解放して平和を取り戻したことも、彼女を陰ながら見守っていたことも、全てが明らかになる。


 それを知った彼女は、どんな顔をするのだろうか。


 今から楽しみで仕方がない。




■20月02日

 もうすぐだ。レイアちゃんは、魔王城まであと少しの距離まで近づいている。おそらく、明日か、明後日には到着するだろう。


 彼女を迎えるため、魔王城の結界やトラップを全て解除し、ムスタファー他、一部の者たちを除いて全て城から追い払うことにした。


 料理人に命じ、最高級のディナーの下ごしらえを準備するように命ずる。


 ああ、ドキドキしてきたなあ。


 レイアちゃんといよいよ対面できるんだ。




■20月03日

 何やら、ムスタファーが大騒ぎをしている。


 聞くと、私に武装し、女勇者を迎え撃つように忠告してきた。


 何を言ってるんだ、こいつは。気でも狂ったのだろうか。


 もちろん私は断った。そして、ムスタファーにも暇を出して、城から出ていくように命ずると、わりと素直に引き下がった。


 しかし、何やら怪しい動きをしているのに気がつく。


 気になって調べてみると、なんと、超上級モンスターたちを城の周囲に配置し、レイアちゃんが近づいてきたら、殺すように命じているではないか。


 私はすぐさま、その場に飛び出していき、ムスタファーをぶっ殺してやった。


 信頼していた男だったので、惜しい気持ちもあるが、私のワイフを暗殺しようと企むような輩を、側においておくわけにはいくまい。


 しかし、なぜ、ムスタファーはレイアちゃんを殺そうとしたのだろうか。


 動悸が不明だ。


 彼女が、私を殺そうとしているなどという、嘘までついて。




■20月04日

 いよいよだ。


 彼女が、城の中へと入ってきたみたいだ。


 中が広すぎて、迷っているらしいが、やがてこの王座の間へと来るのも時間の問題だろう。


 彼女に出会ったら、何もかも、全て話すつもりだ。私が彼女のことを愛していることも。


 結婚指輪も、花束も用意している。


 彼女は、喜んで受け入れてくれるかな?


 きっと受け入れてくれるさ。隣にいる友人もそう言って、励ましてくれている。


 おっと、足音が聞こえてきた。扉のすぐ向こうまで、来ているみたいだ。


 それじゃあ、彼女を迎え入れようとするかな。


 今日は人生で一番の、素敵な一日になりそうだ。


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[良い点] 「ブス専」で作品を検索した時に、 文字数の多さ、読了時間の長さを見て、 これだけの分量を読むのか・・・ と思いましたが、 日付ごとにしっかりと区切られていると、 長さを感じずに楽しく読み…
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